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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
42/321

第42話 謎の鉱物

 5月9日、平日3日目。今日も午前中は訓練討伐だ。


 ベッドを下りると机の上の花の編み物が目に止まった。ミーナが編み物に取り組んでいる姿を想像すると穏やかな心持ちになる。前世でも我が子の成長は小さなことでも嬉しかった。8歳なら色んな事が1人で出来るようになるからね。


 だからって魔物討伐参加はぶっ飛んでいるが、まるで習い事のごとく選択肢として存在するのがこの世界だ。地球に危険生物がいれば子供の頃から銃火器の扱いを身につけていただろうか。いや殺虫剤スプレー噴射だって広い意味では魔物討伐かもしれない。


 そんなことを考えながら1階に下り、両親と挨拶を交わす。


「朝の訓練に行くか」

「うん」


 クラウスと城壁へ。今日は12段目から着地できた。


 朝食をすまし居間に座る。


「次は立ち回り訓練だ」

「うん!」


 起床から朝食まで身体能力訓練、食後は搬入口裏で立ち回り、この流れが日課になってきた。ただ正直、朝から全力で動くと辛いし、食後も眠くなってしまう。でも魔物はこっちの都合なんてお構いなしだ。村の住人は食事中だろうが何だろうが、鐘が鳴ったら瞬時に切り替えて武器を握る。俺も眠いだの何だの言ってられない。


「おー、精が出るな」

「毎日よくやる」


 カスペルとランドルフだ。あんたらも毎日よくそこにいる。


「おや? リオン武器を見せろ」

「え、うん」


 クラウスは剣身を注意深く観察する。もしかして壊したか、無茶な使い方もしたからな。


「……俺の見間違いか」

「どうしたクラウス」


 カスペルとランドルフも加わり剣身を囲んで何やら言葉を交わす。


「やっぱりか」

「ワシもそう思うぞ」

「なになに?」


 俺も近寄る。


「これはトランサス合金だと言ったな。俺も使ったことがあるし、使用者を何人も見てきたから色見や質感は知っているつもりだ」

「うん」


 クラウスも使ってたのね。


「その上で判断すると、これはトランサス合金ではない」

「え!」


 うそ、ジェラールはそう言ってたよ。


「見間違いかと思ったが2人も同じ意見だ」

「うむ、違うの」

「とても似てるがな」

「じゃあ何?」

「それが分からないんだ」


 分からない?


「俺もそれなりに武器を見てきたが、これは初めてだ」

「ワシも知らん、もう鑑定して確認するしかないの」

「うへー」


 どういうことだ。ジェラールは初めて作った武器にそんな珍しい素材を選んだのか。トランサス合金と告げて譲ったのは知られてはいけない理由があると。ならば昇華まで管理下に置くべきだ。それとも俺たちが気づかないと踏んだのか。


「ギルドに行く前に鑑定してもらうか」

「その方がいいのかな」

「まあ何か分からないよりいい程度だ、もう使いこなしているしな」

「先生にも聞いてみるよ」


 言われてみれば貰った時と若干色見が違う。薄っすら青みがかっていたが濃さが増したようだ。加えて表面がよりきめ細かくなった気もする。もしかして誰かの武器を間違えて持って帰って来たか。でも握りや鞘まで酷似しているとは考えにくい。


「ひとまず訓練するよ。それで武器だけどいつ共鳴させればいいかな」

「魔物を発見したら直ぐ準備するものだが、お前は共鳴させるまで一瞬だから切り込む前でも間に合うだろ」


 じゃあ魔物遭遇時にまず5%で維持して立ち回り、その最中に強敵が出現したら上乗せすればいいか。昨日のダークイーグルも切り込む直前でも80%まで上昇したし。それに高い共鳴率は斬撃波の可能性もあるから普段は危険だ。


「じゃあ最初からにする、共鳴維持にほとんど魔力は使わないから」


 よしやるぞ、共鳴5%。


 キイィィン


 想定する魔物を変えながら訓練を繰り返す。


「ふー、はー、ここまでにするよ」

「じゃあ帰ろう」


 居間で休んでいるとフリッツが現れた。武器がトランサス合金ではない可能性が高いため彼にも意見を聞く。


「確かに違う、よく気づいた」

「ほんの少しだから見間違いかと思ったが」

「いやこれはトランサス合金ではない、鑑定するべきだ」

「料金は後で払うよ」


 おお鑑定か。ちょっと楽しみ。


 ギルドへ向かう。


「昨日襲来したダークイーグルのうち1体はお前が仕留めたな」

「あれはー」

「負傷したカスペルでは極めて難しい」

「はは……うん俺がやったよ」

「実はギルドから聞かれてな、弓と魔法で倒したにしては不自然だと」

「えっ、なな、何が」


 マズい、気づかれたか。


「素材回収を行った職員の証言では、胸骨の突起下部から肩甲骨に至るまで完全に2つに分かれていた。魔法の斬撃であそこまで真っすぐで鋭い切り口にはならんと」

「あー、骨はしばらく残るか」

「討伐地点にランメルトが向かっていたため、彼の槍による止めだったと最終報告した。本人にも伝えてある」

「それは手間を掛けた」


 ランメルトもすまない。


「彼にも共鳴を見せたとカスペルから聞いた」

「うん」

「まあこうやって少しずつ知れ渡るものだ」

「魔物が来たら仕方ないよ。昨日もランメルトが間に合ってたか分からないし」

「それでいい、あのくらいの魔物は制限せず全力で行け」


 はは、魔物には容赦ないね。


「共鳴率はどの程度だったか」

「多分80%くらい」

「!? ははは、それはやり過ぎだ」

「今制限するなって」


 動けないカスペルを守る意識が強かったから、とにかく目の前の脅威を排除することに集中した。


「しかし妙だ、その剣身では肩甲骨まで届かない」

「それは俺も不思議に感じた。思い返せばグリーンガビアルも首回りを完全に切り離すには長さが足りない」

「斬撃波か」

「やっぱり!」


 そりゃ剣を振れば多少の風圧は出るけど斬撃と同じ性質ではない。でも俺が振るった剣からは明らかに魔物を切り裂く何かが出ていた。


「強化共鳴にそんな効果があるの?」

「いや無い」

「あ、もしかして剣技! 遂に解放した?」

「確かに高レベルの剣技には斬撃波を飛ばすスキルがある。だがお前が解放したとは思えん。剣技を行使すれば立ち回りはもっと多彩だ」

「俺って多彩じゃない?」

「単調だ」


 そんな気はしてたけどハッキリ言われると何だかな。


「身体強化と共鳴した武器の性能だけで戦っているから当然だ。もちろん飛び抜けた魔力操作を有したお前でなければ成立しない」


 これは地球の格闘ゲームみたいなものか。剣技スキルをコマンド入力して繰り出す必殺技とすれば、俺は通常攻撃しか出せていない。どんな相手にも大パンチだけで挑む、技が出せない素人みたいだ。ただその一発が当たれば体力ゲージを全て持って行く。正にチートだ。


「武器鑑定は念のためワシの知り合いに頼む」

「知り合い?」

「結果によっては広まると影響が出る」

「確かにフリッツも見たことない材質だからね」


 なんだか変なことになってきた。


「こっちだ」


 中通りの横道に入り、少し進んで路地へ曲がる。うはー、怪しい匂いがする。こんなところが中央区にあったのか。


「おはよう」

「ほうフリッツか、珍しいな」

「鑑定を頼みたい」

「……ついて来い」


 細身の老人は座っていた椅子から立ち上がると近くの建物に入った。俺とフリッツも続く。怪しいー!


 建物奥の部屋へ。4畳ほどに小さい机といくつかの椅子が無造作に並べてある。窓はない。


「好きに座れ」


 俺とフリッツが椅子に座ると彼は近づき手を掲げた。そのまま30秒ほど過ぎたか。


「音漏れ防止結界を張った。品は何だ」


 洗礼の後にも見たな、秘密のお話だ。


「リオン」

「あ、はい!」


 武器を鞘ごと渡す。


「剣身か」

「うむ」


 彼は剣を抜き机に置くとしばらく見つめる。


「トランサイト合金」

「なんだと!」

「えっ!?」


 トランサイト? トランサスじゃないのか。もしや俺がジェラールから受け取る際に聞き間違えたか。


「成分割合までは分からん」

「構わん十分だ」


 フリッツは立ち上がり彼に何かを手渡した。鑑定代金かな。


「毎度」

「リオン行くぞ」

「はい」


 建物を出る。


「フリッツ、彼は?」

「古い知り合いでな、信頼は出来る」


 人脈が広そうだからね。怪しい物を鑑定する時に依頼するのか。彼も怪しかったけど。


「さっきのトランサイトって知ってるの?」

「聞いたことはある、歴史上でな」

「えっ」

「精霊石には含まれない謎の鉱物、その製法も分かっていない。今でも多くの武器職人が製造を試みているが成功者はいない」

「うわ……」


 ちょっと怖いよ。ジェラール、お前は一体どこで手に入れた?


「分かっているのは名前と武器性能だ」

「性能?」

「共鳴すると剣が伸びる」

「え!?」

「ただ実際に剣身が伸びはせず、剣身と同じ性質を持った魔素集合体が切っ先から延長される仕組みだ。その長さは剣身の2倍とも言われる」


 すげぇ!


「じゃあ斬撃波ではなく」

「ガビアルもイーグルも直接剣で切った」

「ふへー」


 よく考えたら斬撃波を生み出すほど切っ先がトップスピードに達する時間は短い。そこから斬撃波が広がっても切り裂ける範囲は限られている。つまりあの巨体を真っ二つにするには長さが足りないのだ。


 なるほど最初から剣が伸びていたのか。


「ただ剣身の2倍としても1m、イーグルの肩甲骨までは届かない」

「共鳴率80%なら2倍とは限らない」

「あーっ!」


 確かに80%もの高い共鳴率で魔物を切り裂いたのはその1回だけ。森では5~15%だから大して伸びていなかったのか。或いは伸びていない可能性もある。いやいやガビアルの首の直径は剣身50cmを超えている、伸びていなければ落とせない。


 15%で伸びるのか? どのくらい? 2倍?


「フリッツ、検証しないと危なくて使い辛い」

「……今日のところは強敵でも10%で抑えろ、いいな」

「うん」


 戦術も考えるか。なるべく後衛に頼って止めだけなら5%でも十分だ。マルガレータも活躍出来て気分がいいだろう。


 冒険者ギルドに到着。


「少し遅れたぞ早く行ってやれ、194Dだ」

「用事があってな」


 アレフ支所長に急かされ正門へ速足で向かう。


「身体強化で走ったら?」

「人が多い」


 まあ危ないね。


「すまん遅くなった」

「そうか? ワシらは早めに出るから後から来ても気にすることはない、さあ乗れ」


 馬車に乗り込み直ぐ出発する。


「隣りに行くよ」

「うん」


 シーラが横に座る。


「口座確認した?」

「あっ、忘れてた」

「たまーに入金されてないから確認はしっかりね」

「なんだって!」


 おおーい、ギルド仕事しろ。


「はは、ちゃんと入るわい、遅れることはあるがな」

「ほっそうなんだ」

「シーラは討伐の翌朝に必ず確認している。口座管理所からニコニコして出てくるぞ」

「はは」

「もうっ、変なこと言わないで」


 いいじゃないかしっかり者だよ、お金は大事。


「シーラは欲しいものはあるの?」

「うーん、魔物装備かな、次は射撃速度が上がる手袋がいいな」

「へー、そんなのあるんだ」

「昨日キラースィケーダに外しちゃったから」

「でも惜しかったよ」


 ただ速度上昇で精度にも影響があるのか? 精度上昇の手袋で解決だろう。あるのか知らないが。


「速いと狙いも定まるの?」

「違うよ。うんとね、魔物に届くのが遅いと魔物が動くでしょ、だから当たらないの」

「あーなるほど」

「ちょっとは動きを予想して撃つけど速く魔法が飛んでいけば予想するのが少しでいいでしょ」

「うんうん」


 そういうことね。カスペルは魔力が落ちて矢の速度が下がったと老衰の影響を落胆していた。応援要請の時にはガルウルフに7本撃って当たったのは2本だったと。ソフィーナは矢の速度が速いから精度も高いのか。


 ただそれは弓矢の話で魔導士は杖から魔法を放つ。手袋で杖を持って魔法の飛ぶ速度が上がると。まあいいや、魔法自体がファンタジーだし、深く考えてはいけない。


「マリーは凄いんだよ、遠くからでも首を落とすんだから」

「へー」


 おいおい子供が首を落とすなんて物騒だな。もちろん魔物だけど。


 ところでみんな身体強化してるよな、前衛や弓士は分かるけど魔導士は?


「ねぇ魔導士の身体強化は何のため?」

「反動で倒れないようにするためだよ」

「反動?」

「氷の矢を発射する時に後ろに飛ばされそうになるの、それを踏ん張るため」

「へー反動があるんだ」


 言われてみればその通り。あの飛行速度を実現するためには、発射地点には強いエネルギーの発生があってしかるべき。それは何かしら反動を生み制御を伴う。意外と力が要るのね魔導士って。


「そもそも魔物が来たら逃げるでしょ」

「確かに!」


 逃げ足用の強化はみんな必要だね。


「もし間に合わなくてもおじいちゃんが抱っこしてくれるから」

「いやいや、もう大きくなったから無理じゃよ」

「むー、私、重くないもん」

「ははは」


 かわいいねシーラ。ミーナ含めて娘みたいだ。


 しかし防具類は邪魔とは言え少し軽装過ぎないか。マルガレータもサンドラも女の子は短いスカートだ。恥ずかしくないのかな。こういうファッションが流行ってるのか。


「なにーリオン、私の脚見てー」

「ああいや、スカートって短いんだね」

「女の子はみんなそうよ、この方が魔力効率がいいの」

「ほほう」

「肌が見えていればいいけど女の子は特に脚、太ももね」

「へー知らなかった」


 でもソフィーナやイザベラはズボンだったり長いスカート、いや膝下くらいか、まあ短い方ではある。いや子供を産んで魔力が上がったから極端に足を出す必要がないのか。


 しかし面白い、肌の露出で魔力効率が良くなるなんて。


「男の子は?」

「知らない」

「えっ」

「男性はお腹の中心と言われてるがあまり変わらんらしい」

「へー」

「養成所では夏場に川辺で水着訓練がある。人によっては劇的に効率がよくなるぞ」

「なんだって!?」


 水着が戦力向上に繋がるなんて不思議だ。


「女の子はね、脚の次は胸元を出すといいのよ、男の子は喜ぶよね」

「そーなのかな、ははは」


 シーラ、ぐいぐいくるな。


「あそこだ! 止めてくれ」


 突然ベルンハルトが御者に向けて声を飛ばす。すると馬車は街道沿いの草むらに突っ込み停車した。監視所までかなり距離があるがいいのか。


「監視所まで行かないの?」

「入る進路が遠くだから直接集まるんだって」


 ふーん。ベルンハルトとシーラは馬車から降り俺とフリッツも続く。近くには10人ほどの集まりが見えた、あそこか。


「2班はこっちだ!」


 凛とした高い女性の声が響く、ミランダ副部隊長じゃないか! びっくりした、その辺の騎士が取り仕切っているのではないのか。


「本日はミランダ副部隊長が同伴されるのよ!」

「とても誇らしい事です!」


 サンドラとリュークが嬉しそうに告げる。ミランダが同伴!?


「何が狙いだ」

「フン、有望な若手を間近で視察するだけ」


 フリッツが問いただす。有望な若手? はっ俺のこと? むむむ、一体何を考えているのか。ただでさえトランサイト合金で気を使うのに。おおそうだ聞いておかないと。


「ジェラールおはよう」

「おはようリオン」

「あのさ、この武器とってもいいけど何処で手に入れたの?」

「何処ってルーベンス商会だよ、ええとメルキースのマクレーム支店かな」

「へー、それと確認だけどトランサス合金だよね」

「そうだよ、リオンは使いこなしてるよね、もう俺以上だ」

「ありがと」


 やはりトランサス合金のようだ。ルーベンス商会と言えば俺の武器製作を依頼している大手だよな。商会規模が大きければトランサイトの入手も可能か。いやいやジェラールはトランサスだって。ならば間違えて入れ替わったのか、むむむ、ワケが分からん。


「今日は北端の進路を行く、2班は準備に取り掛かれ」

「はい!」

「了解!」


 リュークとサンドラは人が変わったみたいだ。確かにサンドラは騎士家系の雰囲気があるから副部隊長であるミランダに憧れているのだろう。リュークも同じ感じかな。


 しかし今日はやり辛い。

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