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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
序章
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第4話 戻った記憶

「リオン! よかった生きてた……」


 ベッドの横で目を潤ませて微笑んでる女性がいた。俺、リオンの母親、ソフィーナだ。


「報告が終わって戻ったら、ピクリとも動かなくなっててビックリしたのよ。まるで魂が抜けたみたいに」


 確かに魂は抜けていた。


「母さん心配かけてごめん。俺もう大丈夫だから」

「今、母さんて! 思い出したの?」

「ええと……母さん、だよね」


 どう言ったらいいんだ、記憶が戻りましたって。記憶が無くなったことを覚えてないことにしないとややこしくなる。


「いいのよ、いいの……」


 ソフィーナは俺を抱きしめた。これは迂闊にしゃべらない方がいいな。


「父さん呼んでくる!」


 彼女は急いで部屋から出て行った。



 ふーーー。それを見届けて息を長く吐く。


 俺はリオンだ、間違いない。


 宇宙で聞こえた声が言ってた通りだ。リオンの記憶も全部思い出した。と言っても8歳だから、2~3年前くらいまでのことをボヤっとだけど。もちろん前世の地球でのことも覚えてる。家族の顔と名前は消されたのでやっぱり出てこないが。


 41歳、まあ実際ある程度思い出せるのは死んだ日から10数年前くらいまでかな。それより前は印象に残ってることが中心だけど。でも多分、思い出そうとすれば幼少期くらいまでは出てきそうだ。


 そう思って、すぐ出てきたのは保育所に母さんと行っている場面だ。なぜかその日だけは覚えてた。あ、今、保育所の外観から辿って思い出した感覚だ。そう、実際に大人になって忘れてて、たまたま保育所の隣りを通って思い出したのを覚えてたんだ。


 つまり思い出すきっかけがあったということ。他にも同級生と久々に会ってだとか、押し入れの奥から学生時代の品が出てきてとか。


 ということは、この世界で保育所の隣りを通ることは無いし、同級生とも会わないし、実家の押し入れも無い。忘れてても思い出すきっかけがないんだ。そう考えると今ある地球の記憶はとても大切なものに思えてきた。忘れないようにしたい。


 思い出すと言えばアルバム。あの存在はかなり意味あるものだと、この環境になって実感した。


「リオン記憶が戻ったのか!」

「父さん」


 切羽詰まった表情でクラウスが部屋へ飛び込んできた。クラウスは父さんの名だ。


「おお、俺が分かるのか、よかった……」


 その後、ソフィーナも入ってきて、今日俺が目覚めてからの流れを説明してくれた。前世の記憶のみ状態の時ことは覚えてないことにした。


 それにしても変な感じ。体は8歳の子供なのに中身は大人、それもいい年したおっさん。でありながらリオンの記憶もあるから中身も子供の部分がある。いやまてよ、前世の俺が子供ぽかった可能性もある。まあいずれにしろ基本はリオンであることに間違いない。


 ただリオンの元々持ってる情報より前世の情報が圧倒的に多いので、宇宙の声が言っていたように人が変わった錯覚に陥る。ちょっと前まではリオンの記憶がない状態だったので本当に別人になっていた。いや、そう思い込んでたんだ。ある意味、洗脳状態。


 それもリオンの記憶が戻ったら解消されるんだから、記憶による言動って結構いい加減なものなのかもしれない。人格って何をもって決まるんだろうね。うーん、哲学。


 ああ、魂はひとつか。それだ、それで説明がつく。もうそれでいい。


 ゴーーーーーーン


 低い鐘の音が響いた。昼前の鐘だ。この村では1日3回、朝昼夕に鐘が鳴る。地球時間で多分今は午前11時半くらいかな。この鐘を合図に仕事の手を止め昼食になる。時計はあるが高価なので、この村には数個しかない、この西区には食堂に1つあるだけだ。


 そう、食堂があるのだ。それぞれ戸建ての家があるが、家の中に台所や食卓スペースはない。まあ居間でつまむとか、お茶を入れるくらいはできる環境があるが、朝昼夕の食事は全世帯が集合して食堂で行う。


 西区専属の料理人が3名常駐しており、20軒、約100人分の食事の世話を毎日している。ただ週に1回は料理人の休日なので、その日は厨房に住人が入り料理を作る。俺も何回か手伝いに行ったが大人数で料理を作るのはとても楽しかった。


 両親と一緒に食堂へ行く。途中、同年代の子供が声をかけてきた。


「リオーン、昼飯の後に冒険者ごっこやろーぜ、俺がリーダー」

「ケイスごめんよ、今日はやめとく」

「リオンは昨日熱があったみたいで調子悪いんだよ」

「そーなのか、んじゃまただな」


 ケイスは9歳、ガキ大将っぽいポジションで子供たちで集まった時に何して遊ぶか決めることが多い。もう1人はエドヴァルド、彼も9歳。ちょっと知的な感じで落ち着いている、顔もいいので女子に人気。


 食堂に着くと他にもたくさん人が集まってきていた。メニューは日替わり。今日はパスタとサラダとスープだ。既にトレーに載っている食事を自分の席まで運ぶ。


 食堂には向かい合わせで10人掛けの長机が10脚ならんでる。座る場所は家々で大体決まってるので、俺はいつもの場所にトレーを置いた。子供には椅子が高いため座ると足がプランプランになる。


「よう、ソフィ、さっきは見事だったな」

「おう、あれはかなりの腕前だ」

「いえいえ、皆さんが誘導してくれたお陰でうまく狙えたんです」


 ソフィーナの顔を見ると皆、口々に褒める。ちょっと前の魔物の話かな。


「リオン、母さん凄かったぞ。キラーホークを1撃で仕留めたんだ」

「かっこいい!」

「ふふ、うまく頭に当たったのよね」


 ソフィーナは弓士。飛んでる魔物の頭を射抜くなんて中々の芸当だ。普段は物腰柔らかいが弓を握るとハンターの目つきになる。何回か戦ってるところを見たけど、とてもかっこよかった。


「リオンの熱は下がったのかい? 司祭が来ていたようだけど」

「ああ、もう平気みたいだ、心配かけた」


 クラウスがカスペルに聞かれて応える。カスペルはウチの隣に住んでいるソフィーナの父親だ。ソフィーナの実家とウチは隣り同士。俺は毎日のようにカスペルのところに行って色々話をする。ここでの生活だけでは知らないことを沢山教えてくれるから楽しい。


「昼からじいちゃんとこにお話聞きに行っていいかな」

「病み上がりだからなー、ま、外で遊ばないならいいだろう、義父さんどうかな」

「構わんぞ、是非来い」


 午後はカスペルのところへ行くことにした。


 リオンの記憶が戻ったのはいいけど、実際のところどういう子供だったのか、言動に不自然さは出ないのか不安だった。そこは知っている人に会ったり話をすると以前の調子が自然と出てくるようで安心した。


 ただちょっと、頭の中の反応というか、認識というか、以前は父親を見れば、父さん、と思ってたのが、先に、クラウス、と思ってしまう。母さんもソフィーナ、じいちゃんもカスペル、名前の印象が先に来てしまう。


 自分から見ての血縁関係より、対象を個人としてみる傾向が強くなった、とでもいうのかな。この辺は前世の記憶が影響してるんだろう。でも話すときには、父さん、母さん、じいちゃんと自然に出るんだけどね。


 食事を終えてカスペルの家の前に来た。玄関を開ける。


「こんにちはー」

「あらリオンいらっしゃい」

「元気になったようだな、父さんは2階だぞ」


 伯母のイザベラと伯父のランメルト、ランメルトはソフィーナの1つ上の兄だ。小さい子供が3人いるから来るとたいてい賑やか。


「にーに、にーに!」


 家に入るなり張り付いてきたのは従妹のカトリーナだ。3人の子供の一番上で4歳。


「お昼寝終わったら遊んであげるよー」

「うーん!」


 頭をなでなでして2階へ上がっていった。


 隣りには3世代が暮らしている。カスペルと妻のエミーが2階、長男のランメルトとその妻イザベラ、そして孫の3人が1階だ。合わせてブラード家。だからリオンの母親ソフィーナの旧姓はブラードだ。今はノルデン。俺もフルネームはリオン・ノルデンだ。そう、家名がある。


 家名があるのは王族・貴族だけかと思ったら、この世界、いや少なくともこの国の人々は家名があることが多い。大昔は無かったそうだが人口が増えて人の移動も活発になれば同名がいるとややこしい。ある時期から一気に広まったとカスペルにちょっと前に聞いた。


「よく来たなリオン、そこへお座り」

「うん」


 部屋に入るとカスペルが椅子に座って待っていた。エミーは1階にもいなかったので外出してるようだ。俺はいつものようにベッドに腰かけ、背筋を伸ばし、少し前のめりになった。話を聞く姿勢だ。


 前世の記憶の影響だろう、知識欲が強くなった。ものの仕組みや、社会のルール、過去の出来事。なんでもいいからこの世界のことをもっと知りたい、そういう衝動にかられた。それはこの世界で生きていくためにきっと役に立つはずだ。


 カスペルは話を聞く相手として最適だ。この西区ができたのは20年前で、その最初の居住者であり、その前は冒険者として沢山の経験があるからだ。そして彼は話すのが好きなので聞けばどんどん教えてくれる。


 この世界には冒険者という職業がある。いわゆる何でも屋だ。年齢や経験に応じてできる仕事に差があるが、やはりメインは魔物討伐だろう。冒険者ギルドという組織でその討伐依頼などを受けることができ、達成すれば報酬が貰える。


 カスペルは冒険者ギルドに籍は置いてあるが、もう年なので最前線では戦わないと言っていた。昼前の魔物襲来も参加せず家で孫たちといたそうだ。


「今日はどんな話をしようかの、リオン、聞きたいことはあるか」

「魔物について知りたい!」

「おおそうか、この村にいるからには特に大事なことだからの」


 それから2時間くらい魔物の講義を聞いた。


「とまあ、そんな感じだ」

「じいちゃん、ありがと、とてもよく分かったよ。また他にも聞かせてね」

「いつでもおいで」


 俺は部屋を出て1階に降りた。


「あれ、リーナは?」

「あんたがなかなか降りてこないからアルマと納屋に行ったよ」


 1階にはエミーと、一番下の孫ギルベルトがいた。ギルベルトはまだ1歳で今はお昼寝中だ。アルマは3歳、恐らくカトリーナと2人で両親が納屋で作業する近くで遊んでいる。正直カスペルの話を聞き過ぎて疲れたから今日は遊ぶのを勘弁してもらおう。


 外に出ると、納屋の中にいたカトリーナが俺を見つけると走ってきて張り付いた。


「にーに! あそぼ!」

「ごめん、今日ちょっと疲れたから遊ぶのまた今度にしよ」

「うー!」

「リーナ! リオン兄ちゃんまただって、こっちきなさい」


 イサベラが呼んだのでカトリーナは素直にそっちへ行った。ごめんよ、次はたっぷり遊んでやるから。なんだか分からないけどカトリーナにはとても懐かれてる。


 家に帰るとクラウスとソフィーナはいない。さっき納屋にいなかったから外の仕事をしてるんだろう。あ、野菜を出荷しに行ったのかな、調整した野菜と荷車が無かった。


 俺は2階に上がりベッドで横になる。


 ふう、今日は朝起きてから色々あった。知らずに疲労がたまっていたみたいだ。カスペルの話は勢いで聞いたが終わったらどっと疲れがでた。


 なにしろ記憶の流れでは、


 地球で朝目覚める、納屋で妻と野菜の調整箱詰め作業、雨が上がり収穫に行く、真っ白。目覚めるとここ、前世の記憶のみで狼狽(うろた)える、魔物襲来、いっぱい考える、寝る。気が付くと魂が宇宙空間に、壮大なお話を聞く、急降下し目覚める。昼食後にカスペルのお話。


 という、これでまだ1日が終わってないのだから、よく今状況が整理できてるなと感心する。


 地球での最後の瞬間からここで記憶が戻るまで、少なくとも8年は経過しているのだが直ぐ後にも思える。しっかり寝て起きたという感覚がないので、ずっと1日の出来事として繋がっているんだ。なんだか徹夜明けみたいだな。


 そんなことを考えていたら少し寝てしまったらしい。


 ゴーーーーーン


 夕方の鐘で目を覚ます。


「リオン、メシ行くぞ」


 直ぐにクラウスとソフィーナが帰ってきて食堂へ向かう。夕食は肉料理だ。この世界は魔物がいるのでその肉でも出そうだが、食材としては使えない。従ってこの肉は魔獣のもの。


 魔獣とは地球でいう動物だ。牛とか豚とか。家畜がほとんどだが、その辺の野山にいる野生の猪や鹿なんかも、たまに食用として狩猟される、というより畑に迷い込んだのを仕留めるそうだ。


 何にせよ食生活が充実しているのはありがたい。


 ただ毎日3食しっかり食べれて、その代金を支払っているところを見たことないな。後でまとめてとかなのかな、今度カスペルに聞いてみよう。お金のことは親には聞きづらいからカスペルほんと便利。


 食堂を出ると日は暮れていた。


 家に帰って1階の洗面台で歯を磨く。洗面台には鏡がある、ちょっと輪郭がぼやけてきれいに映らないが。鏡に映った俺は間違いなく子供だ。髪はやや薄い青、瞳はもうちょっと薄い青かな。うん、異世界だ、改めてそう思う。


 しかしクラウスが緑髪、ソフィーナが金髪なのに、子供の俺が青い髪なのはあまり深く考えないでおこう。他の子供も両親とそういうところは似てない例も割とあるし。多分この世界、血統はあまり関係ないんだろう。ああ、先祖返りかもね。


「今日の風呂はウチが先だな」


 クラウスが着替えをカゴに入れて渡してくれた。この地区では食堂だけでなく風呂も共同なのだ。食堂の横に浴場がある。さらにその横には洗濯乾燥施設まである。至れり尽くせりの環境だ。


 食堂と違って、風呂は住人全員が同時には入らない。施設のスペースの都合もあるが、魔物襲来に備えて直ぐに動ける人員を確保するためだ。みんな裸で出て行って戦うわけにはいかないからね。なので大体隣り同士で先か後かを決めている。今日はウチが上がったらブラード家が入るという具合だ。


 と言っても日が暮れて暗くなると魔物はまずやってこない。いつも襲来は日中だ。


 風呂から上がって家に帰る。途中クラウスがブラード家に風呂を出たことを伝えに立ち寄っていた。


「ふー、今日は色々あって疲れたな、さっさと寝るか」


 居間でクラウスがソファに座りひと息ついている。


「じゃ、上がるわね、おやすみ」

「おやすみ、父さん」

「ああ、おやすみ」


 俺とソフィーナは2階に上がり部屋に入った。


「あ、母さん、俺もう1人で寝れるから」

「あらそう? じゃ明日からね、今日は一緒に寝ましょう」


 2階の部屋にはベッドが2つあり、いつも夜は1つが俺、1つがソフィーナが寝ている。


 ただ2カ月前までは違った。俺には2つ上の姉、ディアナがいる。今年から学校へ通うために町に出て今は寮暮らしだが、それまでは隣りのベッドで寝ていた。彼女が村を出て2階に俺1人になって寂しいと、ソフィーナが隣で寝てくれるようになったのだ。


「最後は一緒のベッドで寝ましょうか」

「え、ええと、うん」


 ちょっと戸惑ったが返事をし2人同じベッドに入った。俺の中は41歳のおっさんの記憶もある。子供も2人いたんだ、前世の妻とやることはやってる。


 ソフィーナは30歳。見た目はもっと若く見えるし美人だ。密着するとそのスタイルのよさが肌に伝わってくる。風呂上がりでいい匂いもする。でも不思議と性欲的な感情は湧き上がってこなかった。恥ずかしいような、嬉しいような、変な気持ち。体が子供だからだろうか。


 そんなことを思っていると急に抱きしめられて柔らかいものに挟まれた。


「母さん、苦しい」

「あらごめんなさい」


 彼女は手を緩める。


「リオンが今日あんなことになったから私改めて気づいたの」

「何を?」

「リオンがとってもとっても大事だってこと」

「うん、俺も母さんが大事、心配かけてごめんなさい」

「もういいのよ、ほんとにいい子ねあなたは……さぁおやすみ」

「うん、おやすみ母さん」


 その1日は、動揺、驚き、落胆、安堵、様々な感情が集中した。それでも短時間で落ち着きを取り戻したのは100万の転生枠が集まった魂だからだろうか。明日目覚める時には知らない環境や宇宙の声ではなく変わらぬ日常を願いたい。


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