第38話 最大共鳴
訓練討伐の経験、実物の武器、魔物装備のブーツ、そして飛び抜けた魔力操作。俺は確実に冒険者として環境を整えている。あとは実績を積み上げ稼ぐことが自然と英雄の力の解放に繋がるだろう。そのためには日頃の訓練だ。
「じいちゃん、立ち回り再開するから見てて」
「分かった」
「ピート! お前も座って見るんだ」
ランドルフの声に子供たち3人はごっこを止めて座った。
集中、強化、行くぞ!
ダッ! タタタッ ズザッ タタタッ
共鳴10%、キイィィン
ブンッ タタタッ……。
ガルウルフ3体討伐を2セット終える。
「ふぅー、休憩」
「さっきより少し切り込みを速くしたな」
「うん」
「反転も速くなったぞ」
「へへ、うん」
回数を重ねるほど魔力の使い方が分かる。やはり訓練は大事だ。
「お、お前……どうなってんだ」
「リオン、凄いよ!」
「本物の冒険者だ!」
子供3人は驚きの声を漏らす。
「訓練討伐に参加するからね、このくらい動けないと」
「ああ、そうだな、そうだったな……」
ごっこではない。油断すれば命の危険もある。
「でもあんまり無理するなよ」
「大丈夫、仲間もいるから」
「東区の子はどうだったかの?」
「シーラだね、あの子は水属性の魔導士。ヘルラビットの動きを止める氷の矢を放っていたよ」
「ほっほ、やるのう、射撃もあるとは」
そうか氷の矢なら射撃スキルも必要だ。シーラは水属性と射撃が両方高いのか。
一方俺は全部1だ、魔力操作と装備に頼るしかない。
……仮石か。
柄には精霊石の代わりに仮石がはめられている。ジェラールは水属性の剣士だが今日の戦闘では属性を絡めた戦い方をしていなかった。きっと氷で凍結を狙わないと魔物に効果がないのだろう。そして氷を出すにはそれなりの属性レベルが求められると。
リュークとサンドラは火属性を攻撃に乗せていた。水を氷にするよりは扱い易そうだが、別の事柄を同時に展開する技術は簡単に身につくものではない。
「じいちゃんは氷の矢を撃てるよね」
「いかにも。ただ時間が掛かり過ぎて出来た頃には戦闘が終わっとるわい」
「はは」
「弓が使えるからの、鏃に氷の魔素を乗せて飛ばす方がワシには合っとる」
「リオンは精霊石を使わんのか?」
「……まだいいよ」
流石にレベル1では何もできない。これも封印されているなら解放できるはずだが、どう取り組めばいいのか。
「属性の訓練ってどうやるの?」
「そりゃあ精霊石を使う他あるまいて。もちろん武器に装備してだぞ、ワシもひたすら矢を撃ったものだ」
「へー」
「両立はとても難しい。うまく氷の魔素を付与しても矢の飛距離が足らず、矢が勢いよく飛び刺さっても凍らず、それを繰り返して最適な力加減を見つけるのだ」
「大変だね」
2つの要素を同時だからね。改めてリュークとサンドラは大したものだ。
「もしかして母さん凄い?」
「今頃気づいたか。ソフィの矢はとびきり速く射程も長い、尚且つ精度が高い。おまけに刺さったら燃えるんだ」
「うはあ」
「お前を産んでからひと回り強くなったの」
「へー」
女性は出産すると魔力が増す。ソフィーナは2人産んでいるからね。
「まあ剣士の属性攻撃は後回しで構わん。とにかく立ち回りと1撃の威力だ」
「分かった」
「クラウスやフリッツに聞けばいい」
「そうだ、先生から聞いた? 同伴のこと」
「チラッとな、もちろん行ってやる。実はちょっと行ってみたいと思ってたがの」
「はは、そうなんだ」
カスペルも申請討伐は息子夫婦に任せているため森での戦闘から遠ざかっている。森へ入りたいなんて、やっぱり冒険者の血が流れているのね。
「訓練を続けるよ」
ガルウルフを想定した立ち回りを繰り返す。
「ふーっ、はーっ……疲れたー」
「もうガルウルフは敵ではないな」
「ハァハァ……どうかな」
「とにかく経験だ、それが自信になる」
「分かった」
そろそろ風呂の準備か。
家に帰って居間に座る。
それにしてもトランサス合金の共鳴強化か。魔力で強さを増すなんて不思議な金属がこの世界にはあるのね。製作依頼中のシンクルニウムはもっと上らしい。また違った共鳴の感覚だろうか。
おっ共鳴訓練なら屋内でも可能だ。
武器を構える。
10%、キイィィン。
随分慣れたな、10%なら直ぐ合わせられる。それに一度共鳴率を上げてしまえば維持に必要な魔力はかなり少ないので、戦闘中は常時共鳴していても身体強化に使う魔力に影響しない。
ん? 今何か不思議な感覚が。
……。
これは……そうか! まだ強くする方法があるのか。
んー、何だ、どうすればいい。
剣身に入った魔力を感じながら探る。
……。
はーダメだ、分からない。でも確かに感じた。この武器には何かある。
「リオンいるな、風呂行くか」
「うん」
北区へ向かう。
「今日は魔物来たの?」
「午前中にな。レッドベア3体とサーベルタイガー7体だっけか」
「うは、多いね」
「んー、まあまあだな」
「まあまあの基準が分からないよ」
「はは」
風呂を済まし中央区へ。冒険者ギルドに立ち寄る。
「こんにちはアレフ支所長」
「待っておったぞ。訓練討伐の知らせが来た、明日と明後日だ」
「え! 続けてですか、3日後くらいと聞いてましたが」
「10日、11日、12日と建国記念日の兼ね合いで連休となるため、その前にまとめて行うそうだ」
「じゃあ今日が7日だから、8日、9日と3連続ですね」
「その通り」
連休のうちに行事もあるはず。町の子供たちも参加するだろう。
「参加するか?」
「はい、もちろん」
「ではまた明日、今日と同じ時間に来てくれ」
うひょー、早速、武器を試せるぜ!
「嬉しそうだな」
「どのくらい通じるか試せるからね」
「お前ならFランクは余裕だぞ」
「そうだといいけど」
確かに武器を共鳴すれば倒せる自信はある。むしろ10%に抑えるんだ。でも危なそうだったらもっと共鳴率を上げてもいいんだよね。
食堂に向かう。
「風呂は随分進んだね」
「骨組みと屋根は修復したな。先に女湯の脱衣所に取り掛かるそうだ」
「小さい子供を東区まで毎日連れて行くのは大変だもんね」
ブラード家のギルベルト1歳も女性陣が風呂に連れて行く。乳幼児の風呂は母親や祖母が世話するとこの国の風習でもあるのかな。
「ギルはいつから男湯に来るの」
「3歳くらいじゃないか」
「ふーん」
「お前もそれくらいまで女湯に行ってた、なあ母さん」
「どうして?」
「おっぱいあげるからよ、風呂上りは特に欲しがるの」
「あーなるほど」
イザベラって授乳させてて竜殺しなのか。母は強いんだな。
食事を済ませ居間に座る。
「実はフリッツが来る」
「そうだ明日のこと伝えなきゃ!」
「もう俺が伝えた、行けるぞ」
「ありがと父さん」
しまった忘れてた。ギルドで日程を聞いたら直ぐ伝える意識をしないと。
「じゃまするよ」
「夜分すまない」
「先生、こんばんは」
「クラウスから見せたいものがあると聞いた」
見せたいもの? 何だろう。
「リオン、昼間にやった共鳴を最大で頼む」
「うん、いいよ」
「なに、最大だと」
居間で剣を構える。
集中、強化、共鳴。
キイィーーン
20%、30%……
キイィィ--ン
70%、80%……
キュイイイィィィーーン
「おお、これは!」
剣身の光が鋭さを増す……100%、最大に到達だ。
これは……いやまだだ、まだ上がる!
いっけえええぇぇーー!
ギュイイイィィィーーーン
「はっ!?」
「ええっ!?」
「もういい、止まれリオン!」
シュウウウゥゥゥーーーン
……。
「ふーっ、父さん……昼間より、上がったよ、ハァハァ……あれが最大じゃなかった」
「ああ……そのようだな」
剣を鞘に納めソファに座る。隣りにフリッツ、向かいにクラウスとソフィーナが座った。
「これは大事だな」
「そうだろう訓練討伐では10%に抑えるよう伝えた」
「10%か、ふーむ」
「そうか今のが100%なら5%でもいいか」
まだ抑えるの? 5%とか微調整が難しいな。
「できるかリオン」
「うーん、魔物の出方によっては合わせられないかも」
「ああそうか、そうだよな。別に5%ぴったりじゃなくても近辺でいいんだ」
「それならできそう」
大体でいいか。共鳴に意識が向いて動きが疎かになっては困る。
「さあフリッツどうしたらいい? 可能性を教えてくれ」
「ハッキリ言おう、士官学校の特待生になれる」
「え!?」
「なんですって!」
「うは!」
士官学校って騎士を育てる機関だよな。カスペルの話では実績も必要らしいが。
「特別待遇の生徒は、学費、寮費、あらゆる諸経費の負担はない。且つ、装備、教官、全て最高の環境を用意される。更に言えばリオンは王都行きだ、王都の士官学校に入ることが出来る」
「ええーーっ!」
「……なんだ、と」
「……まあ」
王都ってかなり東だよな。うへー遠い。
「ワシがミランダ副部隊長に話し、彼女の前で今の共鳴を見せれば数時間後にゼイルディク騎士団本部へ、数日後にはプルメルエントへ出発し、その翌月には王都へ向かうだろう」
みな表情を固め沈黙する。
「あくまで王都の士官学校は選択肢だ。そこでも十分通じるほどの能力と認識すればいい」
なんだ、そういうことか。
「ワシは他言しない。他に知っている者は?」
「カスペルとランドルフだ。あの2人も言わないと約束した」
「そうか」
ただ屋外であったため目撃者がいる可能性が高い。まあ遠目なら心配ないと思うが。
「隠す理由は特待生とは違う懸念があるからだ。犯罪組織の目に留まれば身内を人質にして働かされるぞ」
「そんなもん襲って来ようが負けない」
「町のディアナは守れるか」
「う、それは」
「貴族の目に留まれば、身内へ引き込むため婚約を強要する。断ればあらゆる手段を行使し圧力をかける。それが領主なら尚のこと、村での生活がどうなるか想像できんぞ」
「そんな」
「貴族を甘く見るな、目的のためなら何でもする」
なんてことだ……犯罪組織に貴族。
「……フリッツ、脅かすな」
「無論、可能性の話だが、全く無いと言い切れるか」
「うーむ」
「訓練討伐参加の子供らは3~4年進んでいるだけ。大人になればお前たちと同等、良くても騎士団の指揮官くらいだ。冒険者で言えばBランクであり、正直そんなヤツらはいくらでもいる」
やはり早熟だったか。それでも十分な才能だけど。
「リオンは別格だ、次元が違う。ワシの見てきた誰よりも遥かに突き抜けている」
「なんと、そこまでか」
「もっと早くに伝えるべきだった、すまない」
「ああ、いや」
「脅す様な事例をあげてすまなかったが、裏社会に生きる者や王侯貴族の価値観はワシらとは全く違う。リオンの力は誰もが欲しがると考えるべきだ」
俺も認識が甘かった。世の中には様々な考えの者がいる。
「訓練討伐はワシかカスペルに任せろ、怪しまれてもごまかす」
「すまないが頼んだ」
「リオンもそのつもりで振るまえ、いいな」
「はい!」
「本来、飛び抜けた才能は歓迎されるもの、未来は明るいぞ。大事なのは道筋を間違えないことだ」
うん、よく考えないと。
「実のところ士官学校が最もいい選択だ。王都ならばリオンは要人扱いの護衛がつく。誰の子であるかも事情を話せば伏せられる。身内も本人も安全だ。そして将来も約束される」
「ただ騎士はちょっと」
「実はワシも好かん、だから辞めた。あんな組織に属していてば身動きが取れん」
「はっはっは、そうだろう」
「だがリオンが望むなら伝手はいくらでもある、気が変わったら言え」
「今、好かんと言われたところへ行きますか?」
「はは、確かに」
騎士団は騎士団で役目があって立派だけど、俺がその一員になろうとは今のところ思わないな。
「よくワシに相談してくれた。悪いようにはしないから安心しろ」
「頼む」
「お願い」
「じゃましたな、明日8時に来る」
フリッツは去った。
「ふー、いくらなんでも大袈裟だな」
「そうね、でもちょっと心配になったわ」
「まあ可能性が無いとは言い切れない」
「俺、自覚が足りなかったよ、浮かれちゃって」
「いやリオンはいい、俺たちが気を付けることだ」
フリッツは英雄の力の解放後も想定していた。強い力は影響力がある、良くも悪くもか。俺は強くなってどうすればいい。
「犯罪組織は知らんがクズみたいなヤツはいくらでもいる。それが嫌でここまできたのに」
「やっぱり町はそうなの」
「ほとんどはいいヤツだ、本当に悪いヤツは出て来ないんだよ、裏でコソコソする。そんで捕まったらそこへ呑まれる」
「うへー」
「捕まるのも怪しい話に乗らなければ大丈夫だ。ただ自分は気を付けても周りは分からん」
引き込まれた友人知人を見てきたのか。辛いな。
「魔物の方がマシだぜ、あいつらは分かり易い」
違いない。
「まあフリッツも経験上良かれと思って言ってくれた。用心に越したことは無い」
「私は騎士でも何でもいいのよ、リオンが幸せなら」
「俺は騎士には興味は無いよ、ミランダ副部隊長は怖いし」
「はは、俺も苦手だ」
なんだか無機質で事務的で印象悪い、それが規律で威厳だろうけど。
「しかしリオンがそこまでだったとは」
「普通じゃないとは思ったけど」
「いっそどうだ、貴族家と繋がりを持つのは」
「なら父さんと母さんも身なりや言葉遣いを正さないとね!」
「言うなコイツは、まあ母さんは直ぐ出来るぞ」
「どうかしら」
貴族も色々と面倒だろうな、生活も一変する。
「さあ寝るか、難しいことは夜考えない方がいい」
「ふふ、そうね」
おやすみの挨拶を交わし2階へ。ベッドに入る。
しかし共鳴5%で運用とは正直やり辛い。でも目立つと色々面倒だし。
それにしてもトランサス合金は凄いな。クラウスが止めなかったらまだ上がっていた。ただ同時に武器が悲鳴を上げているような気もした、あれ以上は武器が持たない可能性がある。英雄の力を最大限発揮するには相応の武器も必要なのか。
そう、これは間違いなく英雄の力であり、フリッツの言う通り別次元だ。今度から新しい試みは人目のつかないところで行おう、信用できる大人と共に。
ただ感覚が麻痺した恐れがある。初めから最大共鳴とやらを実現してしまったからな。最早現状で十分な気さえする。そう100%で戦えばワイバーンだろうが1撃で首を落とせるだろう。これ以上、一体何のために強くなるのか。
おお、金だ! 討伐に行けば金が稼げる。今日はガルウルフの角5000ディルのみだが、明日からは討伐報酬も貰える。人数で割れば6等分か。んー、まあ仕方ない。
いかん、収入で考えると性格が変わる。これは訓練であり稼ぐのが目的じゃない。もっと謙虚に、ピュアな心で挑め。あの環境を維持する関係者に敬意を。何とありがたい事か。
寝よう。




