第37話 目的と手段
訓練討伐の初見学を終えた。2班の子供たちは地形や魔物の特性、そして己の力量に見合った素晴らしい連携を実現していた。またガルウルフと近距離で遭遇したため急遽注意を惹く役割をも経験する。
午前中のみではあったが間違いなく貴重な時間を過ごすことができた。フリッツの推す理由もよく分かる。やはり実戦に勝る経験はないね。
「訓練討伐参加のリオン・ノルデンだ。村への便に同乗する手筈となっている。冒険者ギルドコルホル支所のアレフブレード支所長からは聞いているか」
「確認するから待て」
街道口に立つ騎士にフリッツが問い掛けると、騎士は近くの馬車に行き御者とやり取りをする。
「確認した! 後ろへ乗れ!」
指示に従い馬車の後ろへ向かった。
「へー階段付きだ」
荷台後部には収納式の階段が展開しており身体強化することなく乗り込めた。中には両車輪側に長椅子が設置されている。この仕様はよくあるのね。
この荷台は幌があり雨や日差しを防げる作りだ。その幌も完全に覆ってはおらず長椅子背もたれとの間に隙間がある。俺が座って振り向けば丁度顔の高さが隙間となり外を見渡せた。
ガルウルフの角は長椅子の下に転がしてフリッツが足で押さえている。
「お前たちは村の者か」
「許可は得ている」
「聞いていないぞ」
そう言いながら騎士が乗り込んできた。おいおいアレフ支所長、ちゃんと伝わっていないぞ。
「その者たちは同乗で構わない、私が聞いている」
「はっ! 副部隊長、失礼しました」
うは、ミランダ副部隊長だ。一緒かよ。
「出せ!」
「はっ!」
御者にミランダが伝えると馬車は動き出した。
……。
なんだこの空気は。彼女がいるとピリッとする。
「リオン、初陣の感想は」
「え、あ、はい! とてもいい経験になりました」
「足元のそれはお前がやったのか」
「いいえ、俺は武器を未所持のため見学です。あ、この武器は先程2班の子供に貰い受けました」
「……ほう」
ミランダが絡んできた。怖いよー。
「こやつは急接近するガルウルフに丸腰で対峙し何度も攻撃を避け時間を稼いだ」
「角はその報酬か」
「そうなる」
「……ところでフリッツ、例の城壁の件、計画見直しの運びとなった」
「では避難部屋になるのか」
「そうだ」
おお、決まったのか! でも懸念材料はどうかな。
「費用と工期は?」
「費用は全て領主持ち、住民に負担はない。工期は5月中に完成予定だ」
「それはまた。働き感謝する」
「私も望むところだ」
へー、好条件だね。ミランダが動いたのか、やるねこの人。しかしフリッツ、相手は副部隊長なのに言葉遣いが対等だな。元騎士だからか。
「実のところ案を聞いた領主が即決しただけ。ワイバーン2体を食い止めた功績が大きく評価された」
「なるほどな」
「近く再計画案を建設ギルドが西区へ案内する」
「分かった」
確かにワイバーン2体を町に行かせなかったと考えれば妥当だな。
それから誰も話すこと無く馬車は村へ着いた。俺はずっと外を見ていた。
「風呂が直るまで帰りは騎士団の馬車を使うといい」
「すまない」
「ありがとうございました」
「礼なら馬に言え」
俺とフリッツは馬車を降り、ミランダに言われた通り運んでくれた馬にお礼をした。本当に快適だったよ、それに速い。どうもこの世界の馬は地球と比べてパワーがあるらしい。そうか魔獣だったね、きっと魔力が関係している。
「ギルドに報告と角の売却だ」
「うん」
先に素材買取り窓口へ。
「これを頼む」
「ガルウルフの角だね、これなら5000ディルだ」
「この子の口座に頼む。リオン冒険者証だ」
「はい」
うひょー、初めての入金!
「そうだ、馬車代出すよ」
「武器が完成してからでいい」
「……分かった」
続いてギルド受付へ。
「あらリオンとフリッツじゃないかい、ちょっと待ってね、支所長ー!」
「おお帰ったか、どうだった?」
俺は流れを説明した。
「川まで出たのか。しかしガルウルフとは、ほとんど出ないのに今日は当たったか」
「はい、強かった」
「Eランク上位は子供の力では強敵だ」
「あれを村のみんなは1撃で倒すって流石です」
「それは当然、住人はCランク以上の冒険者だ」
襲ってくる魔物を見たら確かにそれだけの条件が必要と分かる。
「次は3、4日後かもって聞きました」
「大体日中に知らせが来るから夕方にギルドで確認すれば間違いない」
「じゃあ風呂の後に寄ります」
「昨日の時間だな」
「では帰ろう、昼の鐘はもう鳴っているぞ」
「やっぱり」
村へ向かう馬車の中でその時間を過ぎたはず。ふー腹減った。
西区に帰り食堂へ。
「帰ったなリオン」
「待っててくれたんだ」
「その剣は何だ」
「パーティメンバーでジェラールって言うんだけどその子に貰った。定着期間があと10日なんだって」
「切り替え時期か。ならありがたく使わせてもらえ」
「うん!」
あら意外と素直に受け入れるのね。武器の譲渡はよくあるのか。
「それ5番じゃないか、握り」
「ほんとだ! これは嬉しい」
抜いて構える。俺の選んだ握りと全く一緒だ。だよねー、この感じ、ジェラール分かっているじゃないか。
「トランサスっぽいな、いい武器じゃないか、手入れも丁寧だ」
「うん、トランサス合金って言ってたよ」
「それならリオンでも扱えるわね、よかったじゃない」
両親と昼食を始める。フリッツも近くに座った。他の住人はほとんど残っていない。
「それで討伐はどうだった?」
「うんとねー」
朝からの流れを話した。
「ガルウルフか、あれは動きが分かりやすい方だからな」
「うん、ちょっと滑って焦ったけど」
「そうだブーツを買っておいた、走力5%上昇だ」
「ありがと!」
「まあ5%だから劇的には変わらんが速すぎても制御し辛いだろ」
いや5%って結構差を感じるぞ。これは感覚に慣れないと。
「その靴は滑りにくいから次から履いて行けよ」
「うん!」
昼食を終えて家の居間へ。
「これがブーツだ、履いてみろ。足を近づけ装備すると念じながら魔力を送るんだ」
「分かった」
靴を置いて片足を近づけ念じる。装備!
スポン!
「うはっ!」
続けてもう片足。
スポン!
「うはーっ!」
ぴょんぴょん、その場で跳ねてみる。
「これ軽い! ありがとう!」
「よさそうだな」
ただぴったりハマるのはいいけど脱ぐときは?
「脱ぐのはどうするの?」
「装備解除と念じる。ソファに座った方がいい」
「うん」
座って両足を上げる。装備解除!
ポン、ポン
「あはっ! 凄い」
うひょー、何これ、チョー楽しい!
「念じる距離はどのくらいまで届くの?」
「そうだな、装備部位から50cmくらいじゃないか」
「へー」
その距離ぎりぎりに置いてみる。装備!
スポポン!
「いけた!」
うわ、これクセになる。
「楽しそうだな」
「うん!」
これは間違いなくファンタジーだ。
「そうだ、この武器を試すけど見てくれるかな」
「いいぞ」
「私もいいかな」
「うん、母さんも見て」
搬入口裏へ行き鞘から剣を抜く。
「おーリオン、武器か」
「うん、じいちゃん」
カスペルとピートのおじいさんがいた。
「まずは武器の特徴を掴むことだ。その素材なら魔力を流してうまく制御できれば威力が増す。ここでその力を試せないが強くなった感覚は分かるぞ」
「な、なるほど」
「魔力が腕を伝って剣身に入る感じだ」
「うん、やってみる!」
うはー、本物の武器だ、ちょっと緊張する。
集中。体中の魔力を剣に流す。
キイィィィン
おー、き、きた!
「お、おい、ありゃ」
「これはたまげた!」
「リオン、お前……」
剣身が光る、青白い光だ。とてもキレイで且つ鋭い。そう鋭い光。
魔力が、いや魔素が共鳴している。分かる、今この剣は凄まじく切れ味を増した!
まだいける、真の力を引き出せ、トランサス!
キュイイイィィィーーーン
「うわ……」
「お、おい!」
「これは……!」
「なんてこと!」
青白い光はさらに輝きを増す。よし高い位置まで到達したぞ!
「リオン止まれ! もういい!」
「あ、うん」
シュゥゥーン……
光が消えた。
「今のは……」
「これはびっくりじゃ」
「リオンあなた……」
ソフィーナが顔を覆ってしゃがみ込んでいる。
俺は剣を置き駆け寄った。
「母さんどうしたの、具合悪いの」
「ううん……私嬉しくて、涙が」
「リオン、お前は本当にどういう子なんだ」
「え」
「今やったのは最大共鳴。トランサス合金の限界火力状態だ」
「へー」
やっぱりな。もうあれ以上は上がらない気がした。
「い、いくつか、とんでもない事が起きたぞ。1つ1つ説明するな」
「うん」
クラウスの顔が真剣だ。どうした。
「まず最大共鳴現象。トランサス合金が魔力に共鳴して切れ味と威力が増すのだが、その時、青白い光が剣身に宿る。ただ普通は薄っすら光る程度だ」
「最初はそんな感じだったね」
「いやかなり光ってた。加えてその後の光は共鳴現象が最大にまで到達した印、のハズだ。実は俺も見たことないから想像だが」
「クラウス合っとるよ、あれが最大だ」
カスペルが補足する。
「ワシもむかーしに1度見た限りだがの」
「あそこまで共鳴させるにはかなりの鍛錬が必要だ、同じ素材を何年も使い続けてな」
「そ、そうなんだ」
「さらにリオンのとんでもないところは最大共鳴に至るまでの時間だ、恐らく30秒も掛かっていないぞ」
「ワシが見たのは3分を超えていた」
「え!」
うは、こ、これは。
「さらに目を疑うことに、お前息切れ一つしていないだろ」
「ほんとだ」
「あれだけの魔力操作をしたら恐らくしばらく立てないはず」
「うは」
「ワシが見たやつは意識を失ったぞ」
「え!」
ななな、なんだって! 危なかったんだ俺。
「ごめんなさい、ちょっと調子に乗って……」
「ああいや構わない、平気なんだろ?」
「うん」
「リオンは制御下に置けると判断したのだろ、危なかったら途中で気づいて止めるからの」
ほっそうか。確かに余裕はあったからね。
「これはしかし、どうするか……リオン、普段は最大の20%、いや10%でいい。それでFランクの魔物には十分通じる」
「分かった」
「ただより強い魔物、あそこならガルウルフか、Eランク上位程度なら本気を出して構わないぞ」
「そうなの」
「ちょっと試しに10%でやってみろ」
10%か、このくらいかな。
キイィィン
「おおそうだ、それで十分だ」
「分かった」
「はっは! それがいい! じゃないと大騒ぎになるわい、なあランドルフ」
「その日から村にいられなくなるぞ」
「ええ!? それは困る」
ピートのおじいさんの名前が分かった! ランドルフだ。
「すまんがみんな……」
「ああワシは何も見とらん」
「ワシも近頃は物忘れがの」
これはマズかった感じか。雰囲気的に強すぎるので伏せておこうだよな。これってやっぱり英雄の力? 魔力操作は封印がうまくいかなかったみたいだから、きっとそうだね。
「この武器はいい状態だな。鞘や柄を見ると使い込んでいるが剣身や握りは手入れがしっかり成されている。作った職人も腕がよかったのだろう」
「へー」
「貰った子には感謝しろよ」
「うん!」
ジェラール、武器を大事にする子なんだ。
ただ10日で消えるのだろう。まあ予備でも何かあった時には使う、その備えは必要か。高くても惜しまず金を出し丁寧に手入れをする。ほんと冒険者って武器に対する拘りが強いな。俺も大事にしなきゃ。
「私、家の用事があるから行くわね」
「そうだ義父さんリオンを見てくれないか、俺も畑仕事があってな」
「構わんぞ」
クラウスとソフィーナは去った。忙しいのに付き合わせてごめんよ。カスペルとランドルフは暇そうだけど。
「じいちゃんたち、よくここで日向ぼっこしてるね」
「リオン実はな、日向ぼっこと見せかけて……」
「え、なになに」
「ボーっとしてるだけだ」
「それが日向ぼっこなのでは……」
どっちでもいいや、暇なのは確かだ。
「いやホントはな西区に出入りする人を見ている、特に入る人をな」
「どうして?」
「知らない人は何の用事だ、怪しい素振りは無いか」
「へー、知らなかった」
そう言えばフリッツもたまにメンバーに混ざっている。老人会の振りしてちゃんと見てたのか。こりゃ失礼。
「では訓練でもするか」
「じゃあ魔物を想像しながらの立ち回りをやるね」
昨日、同じ時間帯に行った訓練だ。最初は跳び掛かって切り込んでいたが、カスペル曰く実戦向きではないと。実際に今日2班の動きを見てよく分かった、前衛の2人は決して跳び掛かったりはしない。
魔物の動きも実際にガルウルフと対峙してよく分かった。僅かな姿勢の変化や息づかいまでも身近に感じたのだ。更に武器も訓練用からトランサス合金に、靴も速度5%アップの魔物装備に変わった。
昨日の俺とは全然違う。実戦を想定し実戦の装備で訓練だ、行くぞ!
集中、強化。
ダッ、タタタッ、タンッ、スタッ……。
今だ、共鳴10%! キイィィン
ブンッ、ダッ、タタタッ、ダッ……。
次、ブンッ!
シュタッ、タタタッ、ズザッ、ダッタタタッ……。
最後、ブンッ!
ザッ。シュゥゥー……。
「ふー、どうかな」
「はっはっは! 完璧だ、何が見えたランドルフ」
「ガルウルフ3体じゃな、全く無駄のない動きだの」
「へへ、やった!」
このブーツいいな、加速も5%増しになってる。そして滑らない。これは手放せなくなるじゃないか。
「もう1回いくね」
そしてガルウルフ3体討伐を何回か続けた。
「ふー、はー、流石に休憩」
「大したもんだ、よくここまで連続で動けるの」
「だが実際に1人でここまで戦うことは無いぞ」
「はは、そうだね」
「おーリオーン、冒険者ごっこやろうぜ!」
ケイスだ、ピートとロビンも。
「ピートたちリオンはごっこじゃない本物の冒険者になったぞ」
「あーそうだった」
「おい、それ武器か」
「そうだよ、ケイス」
「うはー、すげーな」
ケイスは俺の横に座る。
「な、ちょっと持たせてくれよ」
「うん」
ケイスは立ち上がって構える。
……。
「えいっ! やあっ! ふーっ」
ほう、ちゃんと強化してしっかり振れてる。
「返すよ、ありがと」
再び横へ座った。
「なあ俺、実は冒険者を目指してるんだ」
「うん、知ってる」
「え、誰にも言ってないのに」
「だって、ごっこ好きだろ」
「……まあな」
あれでバレてないと思ったか。
「先、越されちまったな……」
「……」
「将来、同じパーティになったら、よろしく頼むぜ」
「う、うん」
「いよーし、ピート、ロビン、パーティ結成だ、俺がリーダーな!」
「はいよー」
「ほーい」
それから3人の冒険者ごっこが始まった。
ほう意外とケイスの動きはしっかりしている。跳び掛からないし魔物もそこにいるみたいだ。まあそりゃ西区の住人だもん、魔物戦闘は何回も見ているか。城壁の避難部屋が完成したらもっと吸収する機会は増えるね。頑張れ、ケイス!
「リオンよ」
「なあに、じいちゃん」
「このまま冒険者を続けるのか」
「うーん……」
カスペルは冒険者を最後の選択肢にしろと言っていた。俺も違う道をまずは目指すと応えた。それなのに真っ先に冒険者へ取り組んでいる。
「じいちゃん、違う道は冒険者のあとでもいいかな」
「はは、もちろんだ。それまで生きておればの」
神は俺の命を狙っている。次また強力な魔物を仕向けられても戦えるように英雄の力を解放する。そのための冒険者活動、魔物と対峙する実戦だ。
目的と手段は合っているはず。うん大丈夫。




