第35話 2班の子供たち
5月7日、平日2日目の朝だ。1階に下りて挨拶を交わす。
「父さん、朝の訓練に行こう」
「分かった」
城壁北端で昨日と同じ訓練をした。
瞬発力の訓練は同時に減速のタイミングも意識した。昨日の魔物襲来時には畑から全力疾走をしながらも城壁前にぴったり止まれた。あれは長距離だから合わせやすかったのだ。短距離ではそれが難しい。
「11段目からいけたよ。まだちょっと余裕があるけど止めとくね」
着地訓練、明日は12段目に挑戦だ。
続いて跳躍と、昨日と同じメニューだったが結構時間が余った。
「父さん、他に訓練はある?」
「城壁でも登ってみるか」
「まだ上の歩廊からは着地できないよ」
「いや、壁をよじ登るんだ」
「へ?」
あークライミングか。分かった。
「見てろ」
クラウスは城壁の僅かな凹凸に手と足を掛けてスイスイ登る。
「よっと、あんまり高く登ったら下りられないぞ」
「うん」
俺は少しずつしっかりと手と足を掛けて登る。城壁の断面は台形なので壁面も垂直ではなく少し角度がついている。故に案外登れてしまう。
この辺でやめとくか。よっと! スタッ!
「いいぞ、少しずつ速度を上げて見ろ」
「分かった!」
それから登っては下りを3回繰り返した。
「ふーいいかな」
「最後はまあまあ速かったぞ、じゃメシにしよう」
ゴーーーーーン
朝の鐘だ。
「今日は壁も登ってたわね」
「うん、意外と簡単だった」
「自然の地形では崖をよじ登ることもある。そこでは土が崩れるから城壁の様にはいかんぞ」
「そっかー」
冒険者って、走ったり、飛び降りたり、よじ登ったり、結構アスレチックだな。鎧を装備しない理由もこういったところか、身軽な方が動きやすい。
「武器が仕上がるまでに魔物装備も揃えるか」
「魔物装備ってどんな効果なの?」
「腕力、走力、跳躍力などが少し上がる」
「へー、いいね」
「ただし外せば能力低下に繋がる。装備前提の感覚が染み込んでしまうと同じ装備をずっと使い続けなきゃいけない」
「あー」
依存しちゃうんだ、それはよくないね。
「お前は伸びしろが十分あるから外しても付けた時の感覚まで鍛えて追いつける」
「なるほど、ちょっと成長を先取りする感じかな」
「俺は走力がいいと思うが」
「そうだね、逃げ切る要素はもっと欲しい」
「分かった、探してみるよ」
うひょー、更に速くなるのか。楽しみ。
「でも子供用ってあるのかな」
「全く心配ない必ずある。魔物装備は装備個所に近づけて装備するぞと魔力を送れば勝手にハマってくれる」
「うわ、なんか怖い」
「はは、何も怖がることは無い。それで初めて装備する時に形に合わせてぴったり変形するんだ」
「へー、凄い!」
サイズ調節が自動なのか。
「魔物装備は一度装備するとその人専用になる。他の人は装備できないんだ」
「なるほどー」
帰属というヤツか。盗難意欲低下にもなるね。
「8時30分に正門だったな、東区の子が来るんだろ」
「うん、先生が8時にウチに迎えに来て、一緒に行くんだ」
「東区の子ってどんな子なの?」
「シーラっていう9歳の女の子、魔導士なんだって」
「後衛なのね」
「リオンは見学だから後衛の近くにいればいいな」
「そうだね」
9歳平均より上の戦い方を間近で見学できる。どのくらいの力量だろう。流石に大人と同等ではないよな。多分12、3歳ってところか。
13歳になる年にはFランクの冒険者登録も可能だ、きっとその辺りだろう。実際、魔物と戦っているし。単に早熟なのか大人になっても平均よりも伸びるのか、いずれにしても若い頃から戦った経験は身になる。俺もそうでありたいね。
「シーラね、仲良くするのよ」
「うん」
「監視所まで馬車も乗り合わせて行く。村からの参加者が毎回同じ2人なら自然とパーティも組むだろう」
「じゃあ連携も磨かないと」
町の子供たちは普段会えないけど東区なら近い。討伐が無い日は連携を相談してもいいね。シーラなら東区の避難部屋で魔物討伐をよく見てるだろうし。
食事が終えて居間に座る。
「フリッツが来るまで1時間近くあるな。剣の訓練をするか」
「うん!」
訓練用の剣を握り納屋の前へ出る。
集中、強化! 素振り3発! 向きを変えて3発! 更に3発!
「ふーっ」
「いいぞ、かなり速くなった」
「へへ」
「今は強化の訓練だからその流れで構わないが実際は強い1発を放つだけだ」
「あー、そっか」
これまで住人の魔物戦闘を見る限り連続で切り込んではいない。魔物の隙に一気に間合いを詰めて一太刀浴びせたら直ぐに間合いを取る、その繰り返しだ。つまりヒット&ウェイが基本動作なんだよね。
連続で切り込めば早く倒せるかもしれないが魔物の反撃も想定される。村には城壁があり他の住人もいる、安全に確実に倒せればそれでいい。ただ森ではパーティメンバーだけで城壁もない。
「父さん、村と森では戦い方はどう違うの?」
「まず足場。石や木の根ででこぼこしてるし、水溜まりや柔らかい土があったりで不安定だ。それから視界。そこら中に木が生えてるから周囲の見通しが悪い。加えて草や背丈の低い木、これが一番やっかいで足元の状態が分かり辛い」
「うわー、そんな環境でどう戦うの?」
「お前ならどうする?」
んー、それでも見える範囲で安全そうな足場を選ぶか。でも踏んでみるまで分からないしな。むう、どうしたらいいか。
「えっと、逃げる」
「はは、まあ正解だ」
「そうなの?」
「いくら俺たちでもそんな環境では力を発揮できない。だったら変えればいいのさ。森はどこもそんな場所ばかりではない。少し開けたことろもあるし崖があるなら高低差を利用した戦い方もできる。太い木はうまく使えば魔物の足止めにもなる」
「へー」
「森を進むときにある程度の目星をつけておくんだ。ここは見通しがいい、足場がいい、この木は使える、とかな」
「なるほどね」
なにも出会ったその場で戦う必要はない。少しでも有利な場所に連れて行けばいい。
「例えばレッドベアなら太い木を背にして攻撃させ、避ければ爪が木にハマってすぐ抜けない時があるんだ。その少し止まった時に足を狙うとかな、やりようはある」
「はー、凄い」
「それから西の川近くは戦い易いぞ、見通しがいいからな。近くにいい場所がないなら、ひとまず河原まで出るんだ」
「そっかー」
「ただ見通しのいいところは魔物にとっても同じだ。空から見つかり易いから今度は上を気をつけないとな」
「確かに」
要は常に警戒を怠らないことだな。気が張って疲れるけど森の中では仕方ないね。
「じゃ剣の素振りをより実戦的なものにするか。身体強化はちゃんと出来てるからな」
「分かった」
「目の前に魔物がいると想像して一定距離を保ち、襲ってきたら避けて距離を取る。それを繰り返して魔物にスキが出来たら一気に近づいて切り込んでみろ」
「うん」
ひとまずガルウルフにするか、あれなら動きは分かる。
目の前にガルウルフが現れる、距離は3m。俺へ視線を向けるとそれを外さない、ターゲットにしたな。双方距離を保ちながら移動しているとガルウルフの前脚が屈み姿勢を低くした。跳び掛かる気だ!
おりゃ! 避けたぞ! 直ぐにガルウルフを見ると着地体勢ではあるものの頭はこちらを向いている。体を俺に対して真っすぐ向き直すと再び身を屈めた、また来る!
跳び掛かりを避けて、今だ!
ブンッ! 入った! すぐ距離を取る。
お、今のが致命傷か、倒れて骨になった。
「おー、いいな、今のガルウルフだろ」
「分かった?」
「なんとなくな。流れはそれでいいぞ、とにかく確実に当たる瞬間を狙え。だから魔物に遭遇したら最初は動きを観察するんだ。もちろん避けながらだぞ。ちゃんと見ていれば必ずスキを生む動作が分かる」
「まずは動きをよく見るんだね」
「そうだ、絶対に目を離すな」
前世であった狩りゲームみたいだな。実戦でも理屈は同じか。
「ヤル気だな」
「あ、先生」
「フリッツ、まだ10分ほど早いが」
「ここで待つ」
「なら家に入ろう」
俺たちは居間に座った。
「そうだ先生、同伴の大人はEランク以上が条件だって、だから違う人にお願いする時は確認して欲しいと支所長が言ってたよ」
「ワシの代わりならカスペルだから問題ない」
「じいちゃんが」
「話はしてある」
毎回フリッツは申し訳ない。用事もあるだろう。
「森へは久しぶりか、申請討伐はアルとエリーゼが行っていると聞いた」
「あの辺りの森は開拓以来だ」
「開拓ってこの村?」
「ワシが騎士の頃だ」
「え! 先生って騎士だったの?」
「数年だがな」
ずっと教官じゃないのか。
「冒険者の指揮を執った経験がある、無論、森での戦い方も知っている」
「監視所に知り合いがいそうだな」
「どうだか、同年代はみな引退している」
「じゃあ町から来る同伴にいるかもですね」
「あり得る」
騎士家系の子供が参加してるならその祖父母はフリッツと年齢近いね。
「そろそろ行くか」
「はい!」
「頼んだぜ教官」
「ふっ、久々に指導者へ戻るとしよう」
俺とフリッツは冒険者ギルドへ向かった。
「おはようございます、アレフ支所長」
「おはよう、リオン、フリッツ。少し前にシーラたちは正門へ行ったぞ、馬車番号はコルホル203Dだ」
「分かった」
「帰ったらまたここへ来てくれ。ああそうだ、帰りは騎士団の馬車へ同乗するよう手配してある、料金は不要だ」
「すまんな」
正門へ向かう。馬車番号コルホル203Dだったね。前世の自動車ナンバーみたい。
「ここかな」
「うむ」
正門近くの馬車乗り場らしき施設へ到着。何台か馬車が並んでいた。ナンバーは荷台後方に取り付けてあるらしい。1台1台見て回る。
あった! 荷台に2人乗ってる。
「おはようございます、訓練討伐を見学するリオン・ノルデンです」
「キミか! さあ乗り込んでくれ」
荷車に上がろうと試みるが子供の身長では難しい。身体強化をして飛び乗った。
「キミ! 今のは身体強化だろ?」
「はい」
「驚いた一瞬じゃないか。これは言ってた通りだな」
俺に続いてフリッツも上がる。荷台の両車輪側は長椅子となっており、今やり取りをした60代ほどの男性と隣りに女の子、その向かいに俺とフリッツは座る。
「ワシはベルンハルト・キーヴィッツ、こっちは孫のシーラだ。そちらはフリッツだな」
「そうだ、同伴する」
「シーラです、よろしくね」
「リオンです、よろしく」
この子がシーラか。精霊石の付いた杖を両手で抱えている。魔導士だ。
「2頭立てか」
「昨日夕方知ったからな、それからの手配ではこれしか確保できなかった」
「半分出す、いくらだ」
「監視所までならそう高くはない。4000ディルだ、従って2000頼む」
「分かった」
フリッツがベルンハルトへお金を渡すと彼は御者へと回した。
「揃ったぞ、出発してくれ」
「あいよ」
馬車はゆっくりと動き出す。乗車賃はどういう計算だろう。4000なら1人1000かな? 先に支払うなら時間ではなく距離とみた。監視所までの距離は分からないけどそこそこの値段に感じる。ああでも2頭立て馬車だから少し高いかもしれない。
おー、意外と速い。時速20km以上は出てるぞ。これが2頭立ての力か。
「馬車に乗るのは初めてか?」
「うん!」
景色を眺めているとフリッツが聞いてきた。これ結構快適だぞ、思ったより揺れない。
ダンッ、ズトン!
「うわっ!」
「クスッ」
急に大きく揺れたから声が出てしまった。今、シーラ笑ったよな、ぐぬう。
「揺れて平気なの?」
「うん、慣れたよ」
ニコッっと彼女は笑う。くっ、余裕あるな。
「あなた凄いのね、強化まで直ぐだったから」
「乗り込む時かな、うんまあね」
「隣りでお話していい?」
「うん、いいよ」
シーラは立ち上がり俺の隣りに座った。向かいだと距離があるからね、声が大きくなる。
「シーラは魔導士なんだ」
「水属性なの、リオンは?」
「俺は……」
「剣士?」
「まあね」
手元の訓練用武器を見たのだろう。一応、剣だからな。
「武器はまだなんだ、注文はしたけど」
「そっか」
「見学は後ろの方だよね」
「そうよ、マリーとサンドラも後ろだから近くにいるといいよ」
「その2人も後衛?」
「うん、マリーは風の魔導士、サンドラは火の弓士」
「へー」
名前から女の子っぽいな。
「前は火の剣士リュークと、水の剣士ジェリーよ」
「もうパーティメンバーは決まってるんだね」
「うん」
リュークとジェリー。1人は男の子っぽいな。これでシーラ含めて5人か。
「女の子多いね」
「リュークとジェリーは男の子よ、ジェリーはジェラール」
「愛称か」
「うん、マリーはマルガレータね」
「みんな年はいくつ?」
「マリーが12歳、ジェリーが11歳、リュークが10歳、サンドラと私が9歳ね」
「10歳以上もいるんだね」
町の学校に通いながら参加してるのかな。
「シーラはいつから参加してるの?」
「えっと、3月になった頃かな」
「へー、じゃあ2カ月か、何回くらい行ったの?」
「……20回くらい」
「おー、じゃあもう慣れたね」
「うん」
凄いな。まだ子供なのに実戦をそんなに経験してるなんて。
「魔物、怖くない?」
「怖くないよ」
「うわー大したものだねー」
「城壁のお部屋からいつも見てるの、だから平気」
「東区はそうだよね」
やっぱり見慣れるって大事だな。西区の話はどうなったか。
「先生、例の避難部屋の進捗はどうですか」
「領主まで話は通ったはず。そこまでの感触としてはいい」
「じゃあ期待できそうだね」
「なーに?」
「城壁を直す話だよ」
「ワイバーンが突っ込んだのよね?」
「うん」
部屋の話は決まってからにしよう。
「西区は大変だったな、よく死人がでなかったものだ」
「東区も来てくれたからだよ」
「いかにも、城壁を壊した個体はウチの連中が止めを刺したからな。みんな俺だ俺だって言ってたぞ、はっはっは」
言ったモン勝ちだからな。ワイバーンの止めなら報酬もいいだろうし。イザベラはいくら貰ったのか。
「もう1体は西区の者が首を落としたと聞く」
「ウチの隣りだよ。イザベラって言うんだ。竜殺しのベラで覚えてね」
「うむ覚えた。女性だったのか、達者だのう」
言っていいよね。本人あれで嬉しそうだし。
「あれが監視所?」
「そうだ」
街道沿いに石造りの建造物が見えてきた。塔らしき部分はかなりの高さがある。まあ監視所だから当然か。囲む城壁も村よりずっと高く10mはありそうだ。
「馬車と人が沢山いるね」
「町からの参加は20人、同伴者も含めたら40人だ」
「みんな1日ここにいるの?」
「そうだ」
監視所が近づくと馬車は止まった。
「降りるぞ」
馬車を降り人の集まりに向かうと騎士が話しかけてきた。
「シーラとベルンハルトだな。もう1人は見学者……リオンか、それとフリッツ」
「よろしくお願いします」
この集まりは騎士が取り仕切っているらしい。
「ではリオン、2班につけ」
「2班ですか」
「私の班よ」
シーラの班が2班なのね。カッコいいパーティ名じゃないんだ。
「2班はこっちだ、コルホルの4人来てくれ」
同伴の大人が呼ぶ。
「今日から2班に加わったリオン君だ。武器を用意するまで見学となる。みんな仲良くしてやってくれ」
「リオン・ノルデンです。よろしくお願いします」
「俺はジェラール、剣士なんだ、よろしくな」
「リュークだ」
「マルガレータよ、マリーって呼んでね」
「サンドラ・ブルーキンクだ。よろしく頼む」
ジェラールとマルガレータは話しやすそうだな。リュークは無口なタイプっぽい。サンドラはどことなくミランダ副部隊長の雰囲気に近い、恐らく騎士家系だ。
「リオンは同伴の大人と一緒について来てくれ」
「だって、リオン」
「うん」
シーラは後衛の近くと言っていたが、どうも大人と一緒のようだ。まあ訓練用の剣だし、丸腰と変わらない。
「先生お願いします」
「うむ」
シーラ達は集まって何やら相談している様子。作戦会議か。
俺は近くの森を見渡す。
木々の密集度は思ったほどではない。地面もここから見る限り平坦だ。多少緩やかな勾配はある。
「この森は川まで似た状態だ。戦闘はやり易い」
「訓練に適してますね」
「開発を敢えて止めている理由がそれだ」
なるほど天然の訓練場か。魔物ランクも低いし。
「2班は街道沿いに北へ進み森に入る。みんな準備はいいか」
「はい!」
「はーい!」
「うん、いいよ!」
「では出発だ!」
「おー!」
掛け声をあげて2班の5人は歩みを進める。リュークとジェラールは剣を握り鞘は背負っていない。やっぱり直ぐ抜けないと困るよね。
街道には時折り馬車が通り、すれ違いに乗客が子供たちをまじまじと見る。まあ珍しいよね、子供だけのパーティって。
ただ不思議と頼もしくも感じる。やはり経験豊富だからか。回数をこなせば自信がついてくるのだろう。その戦い方、しっかり見させてもらうぞ。




