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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
33/321

第33話 村に住む条件

 屋外に机と椅子を並べて青空の元で昼食だ。メニューは馴染みのパスタやスープだが外で食べると味が薄くなった印象を受ける。風の影響で匂いをあまり感じないからか。


「みんな聞いてくれ!」


 おや、フリッツだ。


「城壁に関して話がある! 食後1軒に1人食堂に残ってくれ! 以上だ!」


 これは例の避難部屋か。よく考えれば当事者である西区住人への提案が先だ。となるとフリッツは中央区で騎士団と何を話したのか。


「俺が残るよ、母さんは厨房だしな」

「そうね」


 結局は住人のほとんどが残る。俺も一緒に聞くか。


 議題はやはり避難部屋だった。フリッツは提案者を伏せて皆に意見を聞く。騎士団にはもし建設となった場合、魔物対応などで影響があるかを聞いた程度だった。


 避難部屋についてミランダ副部隊長は好意的な反応を示したため、実現に向けて騎士団の後押しが期待できるという。子供でも実物による魔物教育が必要だと防衛部隊は考えているらしい。


 住人の反応も概ね良いが懸念も上がった。まず費用、西区住人が一部でも負担するなら金額によっては難しいと。そして工期、もし長期間に及べば関係者が城壁付近に長く留まり、魔物襲来の頻度が上がりかねない。それは農作物への被害が増えるに等しいと。


「では費用と工期についてワシが関係者に掛け合ってみる。構わないか」

「いいぜ」

「ああ、頼むよ」

「お願いね」


 フリッツ、忙しいな。


 会合は終わり住人は散る。厨房内の住人にもある程度の内容が伝わったようだ。


 家に帰って居間に座る。


「子供教育もそうだけど飛行する大型対応に避難部屋があると安心だわ」

「風呂より頑丈に作れば間違いないな」


 風呂の浴場は天井まで石造り、ワイバーンによって一部崩れたが建物自体は持ちこたえた。ただ頭部が扉を突き破っただけ、体全体で突進されたら俺たちは浴場ごと押し潰されていた可能性もある。それに耐えうる分厚い壁なら安心だけど窓から外がほとんど見えないね。


「13時過ぎか、俺は草抜きに行くよ。雨の後はすぐ伸びるから」

「じゃあ俺も行く」

「私は家の用事するわね」


 よし、城壁の外に出ればゴーレムの全身を見れる。


「そう言えば出入り口は開くようになったの?」

「内側の落ちた城壁は撤去されたが外側のレールは曲がったまま。変わらず扉は半分しか開かないが出るには出られるぞ」

「そっかー」


 俺とクラウスは荷車に武器や道具を載せて畑へ向かう。


「ゴーレムが起き上がるよ」

「はは、ちょっと見るか」


 操石士が横になったゴーレムの上半身と下半身の間に魔石を置く。そこへ両手を向けて、しばらくすると魔石が光った。するとゴーレムは手をついて上半身を起こし、足を曲げてしゃがんだ姿勢へ、続けてゆっくり足を伸ばし立ち上がった。


「おおー!」

「……うるさいな。これだから田舎のガキは」


 

 !? なんだコイツ。口の悪い操石士だなー。


「行こう、リオン」

「うん」


 操石士カッコいいと思ったのに。中にはああいうヤツもいるんだな。


「大方、町から急に派遣されて機嫌が悪いのさ、気にするな」

「そっか」


 でもそれが仕事なんだからしっかりやってくれよ!


「リオン、今回はこの畝を頼む」

「うん!」


 一心不乱に草を抜く。機械の様に同じことを繰り返すこの満足感。俺たちの目を逃れて密かに育った草どもを次々と根っこから引き抜いてやる。……フフ、見つかっちまったなぁ、おい。


 チョー楽しい! 過ぎ去った後には美しい畝。たまらん。


 あ、これは!


「父さん! ここ踏まれてるよ」

「昨日のあいつらか、まあ仕方ないさ」

「えー」


 くっそ、クリムゾンベアから逃げてきた冒険者がここを通ったのか。


「あいつらもなるべく道を通る。魔物なんか好き放題だぞ」

「そうだけど……」


 確かに魔物は畑だろうがお構いないだ。そういう意味では飛行系の魔物は助かる。地上の魔物も住人がなるべく農道に引っ張り出しているようだけど。


 城壁前の道幅がかなり広い理由はそこを戦場とするためだ。広ければ城壁の上から狙い易くもある。北区は城壁拡張のために相当広く畑を削って道にするらしい。


 おや、よく考えると住人が増えるのに畑を削って影響は無いのか。そう言えば東区は住人が3倍になったけど畑も3倍に増やしたのかな。


「父さん、東区の畑って住人の分は確保できてるの?」

「入居当初は足りなかったが今では畑も拡張を終えたらしい」

「へー、そんな場所の余裕あったんだ」

「ないない、東の森を切り開いたのさ」

「あーやっぱり」


 とすると魔物も多く出て大変だったね。あー、増えた住人で対応できるか。


「北区もかなり広げるみたいだぞ。こりゃ魔物が増えるな」

「うへー」


 まあ仕方ないね。


「まだ検討段階と聞いているが西区は拡張までにかなりの森を切り開くらしい」

「そうか西区も」

「なんでも川の側まで畑にする計画だってさ」

「え、川までってそれなりに距離があるよね」

「森の入り口から2kmかな」

「うわ」


 それ全部畑にするのか。川近くの畑が割り当てられたら城壁まで遠すぎる。鐘の音だって絶対聞こえないよ。


「まだ計画案だからな。そもそも西区の拡張人数だって決まってない」

「北区は80軒だよね、じゃあウチは100軒?」

「それ以上という話もある」

「凄い」


 その人数なら応援要請レベルの襲来も西区だけで対応できる。もし100軒以上なら畑も多く必要になるね。2年後か。しかしそんな短期間であの広範囲を切り開くなんて無理だろ。


「父さん、拡張が2年後なら今からでも開拓を始めないと間に合わないんじゃ」

「まあそのうち分かるさ」

「ふーん」


 開拓速度が上がっている気がする。領主は何が目的なんだろう。


 でもあんまり開拓を急ぐと、


 カンカン! カンカン! カンカン!


 ほらこうなる。


「魔物だ!」

「あれか……デスアリゲーターっぽいな。エビルアントも数がいる、団体か」

「うはー」

「リオン、城壁まで行けるな、身体強化の全力疾走だ!」

「分かった!」


 俺は急いで農道に出る。


 魔力集中……速く走るために必要な全てを高める。


「行くぞ!」


 ダッ! タッタッタッタッタッ……


 うっわ、速い速い、城壁がどんどん近くなる。


 制動距離を逆算して……この辺か!


 ズザアァー、ピタッ


 止まると同時に城壁に両手をつく。計算バッチリだぜ、さすが俺。


「おいリオン、早く入れ!」

「うん!」


 急いで城壁内へ入ると住人が扉を閉める。


「外に出てた子供は俺だけ?」

「そうだな、あ!」

「まだいた?」

「操石士忘れてた」

「あー」


 彼は非戦闘員だから城壁に入れてあげないと。口は悪いけど。


「あれー? いない」


 住人は扉を少し開けて外を確認するが操石士の姿が見当たらないため再び閉めた。


「どっかに避難したんだろ、さあお前も家に入っておけ」

「うん」


 自宅に帰り居間に座る。今来ている魔物はデスアリゲーターらしい、確かレッドベアと同額の報酬だった。エビルアントはガルウルフと同額か。10万と1万ね。1万は数が多いらしい。俺も早く自力で稼いでみたいな、怖いけど。


 最低300万は稼ぎたい、武器の元は取らないとね。Fランクのヘルラビットは報酬5000だから600体か。うは、多い。まあ討伐に行けば複数を倒すだろう、素材もお金になるし。


 1回の討伐で3万稼ぐとして100回か。3~4日に1回行くなら1年ほど掛かる、そう考えると早いな。あー馬車代を引かないと。それでも1年半以内だろうから冒険者って稼げるな。


 もし英雄の力が解放されたら1万なんか1撃だろう。いやきっと10万でも1撃だ。いやいや、英雄だぞ、100万でも1撃では……おいおいちょっと待て。もしかして俺、物凄い金持ちになるのでは?


 いいのかな、子供がそんなに稼いじゃって。税率っていくらだろう。


 なんてまだ1体も倒していない捕らぬ狸の皮算用でした。狸じゃない魔物か。


 ドドン! ドドン! ドドドン! ドン! ドドン!


 勝利の太鼓だ! 初めて聞くリズムだな。


 しばらくしてソフィーナが帰って来た。


「母さん、お帰り!」

「終わったわよ」

「どうだった?」

「デスアリゲーターが2体、エビルアントが15体かしら」

「多いね」

「まあまあね」


 まあまあか、基準がよく分からない。


「エビルアントが1体城壁に入りそうで危なかったわ」

「あー崩れたとこ!」

「もうほとんど壊れた城壁を撤去してたから低くなってたのよ。それでも本来の半分だけど城壁の高さはあるからアントは越えられないの」

「じゃなんで?」

「崩れたゴーレムが城壁前に放置してあって足場になったみたい」

「うは! 操石士はどうしたの」

「鐘が鳴ったら中央区に走って逃げたそうよ」

「えー」


 何やってんだよ、もう。


「帰ってるな」

「父さん!」

「やれやれ畑が大分やられちまった」

「あらら」

「デスアリゲーターは尻尾も長いからぶんぶん振られると野菜がなぎ倒されるのよね」

「ウチはそうでもないがランメルトのとこ半分は収穫無理だな」

「うわー」


 前提の環境とはいえキツイな。俺ならヤケクソになって1日家で遊ぶわ。


「ねえ、そういうのって補償をしてくれるの?」

「それは無いが収穫見込み計画を緩和してくれる」

「計画を緩和?」

「この村に住む冒険者兼農家は1年にこれだけ収穫するっていう計画を出すんだ。その通りにちゃんと出荷しないと村を出て行くことになる」

「ええ!?」


 なんと住む条件があったんだ!


「目安は割り当て圃場面積に応じてギルドが示すが、まあ結局それに合わせるように計画を作る」

「へー」

「それは自然災害や住人の病気なんかでも一部緩和されるが、ここは魔物被害が一番多いだろ。それも加味してくれるのさ」

「なるほどね」


 まあ不可抗力だもんな。


「襲来の後に農業ギルドの職員が圃場被害を毎回見に来てるぞ」

「それなら間違いないね。でも派手に荒らされて野菜の売り上げ減ったら困るよね。大丈夫?」

「そこは申請討伐で調整する。大きな損害が出た家は申請討伐の回数を増やしてくれるんだよ」

「あーそうか」


 それで森の魔物が減って農業に集中できるし。収入面も含めてちゃんとバランス取れるように考えているのか。


 とは言え、頑張って育てた作物がむちゃくちゃにされると精神的ダメージが大きい。世話した手間や費用は返ってこないのだ。まあ魔物も自然災害と考えれば諦めもつくか。コントロール出来ないものに抗っても疲れるだけだし。


 しかし計画未達成で退去とは厳しい条件だな。ここは入居の抽選もある程の人気みたいだし。入ったからにはしっかり役割を果たさないといけないのね。


 だからか、クラウスが俺の訓練討伐に同伴できないのは。圃場管理が優先で簡単に村から出られないと。まてよフリッツはいいのか。もしかしたら年齢や居住期間とかで緩和されてるのかな。


「私はお風呂の準備するわね」

「そうだな」

「父さん、草抜きの仕事再開する?」

「いいや、荒らされたところを片付けないと。今日はそれで終わりだな」

「そっかー」

「リオンはしなくていい、俺がやる」

「うん」


 これキツイよな。なーんにもなりゃしない、ただただ辛いだけ。まあそれが農家ってもんだけど。


 2人が去って1人になった、さてどうしよう。剣の訓練でもしたいが誰か見てくれる人いるかな。そうだカスペルにお願いしよう。女性と子供が風呂行ったから家で暇してるはず。


 隣りのブラード家へ行く。


「こんにちはー!」

「リオンいらっしゃい」


 やっぱりカスペルいた。


「剣の訓練を見てほしいんだけど、どうかな?」

「もちろんいいぞ、今行く」


 俺たちは納屋の前にやってきた。


「リオンは魔力操作が大人並みと聞いておるからの、楽しみだ」

「うん、見ててね」


 いつもの素振り3連発を披露。おお、全然疲れなくなった。ならば更に3連発、少し間を置いて3連発。ふーいいかな。


「こりゃまた、大したもんだわい! その上、息も大きく乱しておらん」

「慣れたからね」


 剣を振るだけなら割といける。ただ足元の動きが伴えばまた違うか。


「ちょっとやり方を変えるね。跳び込みからの素振りをやってみる」

「ほう、そうか」


 ウチとブラード家の納屋、その前を往復なら大丈夫かな。いや人が建物の影から出てくる可能性がある。跳んだら軌道修正できないし。


「ごめん、ここだとちょっと危ないかも」

「なら搬入口裏に行くか」

「うん」


 搬入口裏の広いスペースへ。ここなら見通しが良いため危険はない。


「じゃ行くよ」


 集中、強化、前方向へジャンプ!


 ダッ!


 着地に合わせて振り下ろし!


 ブンッ! スタッ


 すぐさま別方向へジャンプと振り下ろし!


 ふうっ、もう1回だ!


 スタッ


「ふーっ!」

「いやあこれは凄い、今のでウルフ3体やったな」

「えーそうかな、ヘルラビットじゃない?」

「はっは、それでも大したもんだ」


 一応、そのイメージで動いてみた。


「しかしなリオン、魔物にはあまり跳びかからない方がいいぞ」

「そうなの?」

「確実に倒せるならいいが跳んだら制御が効かないからな。お前が訓練の場所を変えたのもそれが理由と見たが」

「確かに」

「跳んで人を避けられないのと同じで魔物が思わぬ反撃をしたら対応できんぞ」

「じゃあ走って切り込む方がいいね」

「うむ」


 跳んだ方がちょっとカッコいいと思ったけどよく考えたらスキだらけだ。着地の制御も必要で魔力を余分に使ってしまう。落ちる力を剣に乗せられるが当たらなければ意味がない。うむ、跳び掛かりはリスクの方が高いな。


 次に住人の戦闘風景を見れたら切りかかる動作をちゃんと観察しよう。


「それにしても集中強化が怖ろしく早い、本当に大人並みだわい。その上あれだけ連続で動いて大して息が乱れておらん。お前さん忙しくなるぞ」

「うん、訓練討伐に行くんだ。冒険者登録も済ませたよ」

「ほう、まあ今の動きならそれも可能だろうて。しかしそれなら尚のこと目立つと色々と声がかかるぞい」

「声が?」


 何だろう。


「そうは言っても特待生は相応の実績が必要だ。まあリオンならあまり時間は掛からないだろうがの」

「特待生って養成所とか?」

「士官学校だよ。騎士を育てる専門の機関。お前は頭もいいし加えてその動きなら間違いなく放っておかない」

「うへー」


 騎士かー。んー、あんまり興味ないな、今のところ。


「そうなれば貴族の間でも噂は広まる。中には年の近い娘を会わせに来るかもしれんのう」

「ええ!?」

「将来有望な子供は早いうちに確保するもの。場合によっては婚約まで話が進むぞい」

「なんだって!」


 強くなって目立つとそういう展開もあるのか。まあ相手の立場になって考えれば動いて当然だろう。しかし面倒だ。


「カトリーナとでも早めに婚約して防ぐのもいいぞ」

「じいちゃん、もしかして最初からそれが目的?」

「はっは、いやいや例えばの話だ。とにかく強い力は人を引き付ける、良くも悪くもな」

「ふーん。あ、風呂の前に冒険者証を取りに行かなきゃ」

「なら訓練は終わるか」


 大魔導士ベアトリスは何度も騎士団への誘いを断った。かなりの好待遇でも。それが結果的に強大な戦力を隠すことになり侵略を受けた時には大活躍できた。


 飛び抜けた力があっても割と好きに過ごせるのではないか。その時代と今が同じ風潮か分からないけど。まあ断り続けるのもエネルギーは必要だ。


 なんてね。まだ何も成し遂げてないのに心配は不要だぜ。

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