第319話 正体
10月13日、今朝も波長探知によって起床される。シーリンが目覚めるまであと小一時間、重力操作の訓練でもするか。望まない早起きではあるが、1人で集中する時間を確保できたと思えばいい。
朝食を終えて今日の予定を確認する。
「午前中はずっと虫類科なの?」
「はい。使役は操石士において必須ですから重点的に取り組みます。午後は錬成部の鉱物科で土属性の訓練が主です。進捗を見ながら鑑定訓練も組み込みます」
「使役が半日を占めるのは仕方ないけど鑑定を極端に減らされると困る。毎日1回は欲しい」
「承知しました。調整を申し出ます」
様々な魔物装備を鑑定できる貴重な機会だからね。
「ところで昨夜のサキュバスの件、養成所の職員は頻繁に外へ出て構わないの?」
「正当な事由ならば問題ありません」
「逢瀬も該当するの? 加えてあの男性職員を鑑定したら妻子持ちだった」
「配偶者とは別の異性と関係を持っても何ら構いません。その相手が施設外に居住していても、手続きさえ正しく踏めば面会は可能です。その回数に制限はありません」
「不貞行為だよ?」
「家族内の問題です。施設側は関与しません」
まあそうか。
「でも情報漏洩とか心配じゃない? 強い恋愛感情は判断力を鈍らせるから」
「それを制御するのが大人です。もちろん外出時には一筆残しています」
「じゃあ昨夜の件は誓約の範囲内?」
「いいえ。孤児の情報は口外無用です」
「あらー、いい年してのぼせちゃったか」
「探知班は特に厳しく指導されていると聞きました。従ってユニスの話を聞く限り、サキュバスによる魅了の影響下だったと思われます」
やっぱりね。
「それで今後の対応はどうする? 襲撃の可能性は無さそうだけど詮索は続けるでしょ」
「放置で構わないかと。こう言っては何ですが、探知班が知り得ているユニスの情報に大きな価値があるとは思えません」
「まあそうだね」
「寮長はドラルガからの経緯を幾らか把握していますが、性別が女性のためサキュバスの魅了は効果がありません。それは私も含みます」
「あー、同性には無効なんだ。えっ、じゃあ俺は?」
「男性への魅了は精通以降でなければ効果が無いと教わりました。ただユニスは強烈な色魔なので何とも言えません」
表現が直球だね。
「女体に詳しいと言ってくれるかな」
「サキュバスから誘惑されて耐えられますか」
「も、もちろん! 相手は魔物だぜ?」
「ニザム商会長はユニスの内面を8歳男児とは思っていません。加えて私の完璧な性教育が漏れ伝われば魅了を試みる可能性があります。気を付けてください」
確かに注意が必要だな。どうもスライヤは俺を抹殺ではなく、配下として取り込みたい様子だし。その実現に魅了はうってつけだ。
魅了はリャナンシーがワリドに行使していたな。愛するアマーニが側にいるにもかかわらず、一瞬で心奪われていた。
あれってつまりは意のままに操る完全支配状態だよね。リャナンシーの目的は性交の相手だったけど、もし俺たちに剣を向けろと指示されていたら、対応にかなり苦慮したぞ。
「万一、俺が魅了されたら、構うことなく平手打ちしてくれ」
「えっ、そんな事が有効なのですか」
「仲間がリャナンシーに魅了された時には一発で解除できた」
「わ、分かりました。覚えておきます。ところで昨日、ロスタムと名乗ったニザム興行商会所属の鑑定士ですが」
「ああ、いたね。あいつは魔人だよ」
「人物鑑定結果を教えてください」
「はは、興味あるんだね」
『祖父:ゲリュオネウス(魔物)
祖母:スキュラ(魔物)
父親:オーガ(魔物)
祖父:ゴブリンメイジ(魔物)
祖母:シャイマ・カビル
母親:アルヤ・カビル』
「……父方の両親に驚愕しました。ゲリュオネウスとスキュラは共に伝説級のAランク魔物ですよ」
「そう言えばスキュラはスライヤの正体候補として名前が出ていたね」
「はい。これで実在が証明されました」
「ゲリュオネウスってどんな魔物?」
「姿形は筋骨隆々な男性です。頭は3つ、腕は6本あり、それぞれに剣や槍などの武器を携えています。体高は10mほどと伝わっていますが定かではありません」
へぇ、腕が6本か。逆に戦い辛そう。
「スキュラは上半身が人間の女性に近く、下半身は獣や蛇の頭が複数本、さらに蛇の尻尾やタコの脚が複数本生えているそうです。大きさはトカゲ種のヒュドラに匹敵したと言われています」
「うは! 間違いなく化け物だ。ヒュドラって先月討伐したけど全長80m以上の超大型だったよ。もしスライヤがスキュラだったら突然巨大化するのかな」
「記録通りならそのはずです」
とは言え、街中でそんな姿を晒したら一大事だ。
「ロスタムの年齢を教えてください」
「えーっと、38歳だね」
「やはりニザム家はジャンドゥーバ侯爵家の拘束以前から、魔人研究において高度な領域に達していたのですね」
「あのクレア教の支配に反旗を翻した件か。なるほど分かった。その実働部隊が魔人もしくは魔物血統で固められ、大きな戦力差を産み出していた」
「その通りです」
チートみたいなものだからね。
「あれ? ちょっと待って。魔物と人間、或いは魔物同士の交配時、その魔物は人間の行使した使役の影響下なんでしょ」
「はい」
「ゲリュオネウスやスキュラを使役できるの?」
「ほぼ不可能です。と言うのも魔物の使役は基礎レベル31以上で習得可能ですが、そのレベルと使役可能な魔物ランクは連動しているからです」
「具体的には?」
「レベル31でFランク、32でE、33でD、34でC、35でBランクを使役可能です。従ってAランクを使役するにはレベル36が必要であり、ザラームの使徒でなければ到達できません」
ふーん。分かりやすいね。
「となると使徒がニザム家の配下に存在したのかな?」
「その可能性はあります。ただいくら使徒と言えども、Aランク魔物を使役しての交配は現実的ではありません。何故なら使役レベルと魔物ランクが同等の場合は、魔力量の差に応じて使役可能な時間が決まるからです」
「ほう、時間」
「人間が保有する最大魔力量は、出産経験の多い女性で400前後、よほど優秀な魔人でも600辺りです。一方、魔物はFランク中位のゴブリンですら300はあります。Eランク上位のオーク程度でも2300なんですよ」
おや? 聞き覚えのある数字だな。
「もしかして魔物の魔力量って魔石の含有に等しいの?」
「はい」
「うわ! Aランクなんかとんでもない魔力量だよ!」
「従って使役できたとしても十数秒ほどでしょう。それでは正しく交配出来ません」
「じゃあレベル37なら?」
「元の魔力量に大きな差がありますから数分が限界かと。やはり最低でも20分は欲しいところです」
「何でそんなに時間が掛かるの。要は勃起して射精して受精させりゃいいんでしょ。5分あれば十分だろ」
「女性型の魔物を性的興奮状態に至らせなければ正しく妊娠しません。そこに一定の時間が必要です。ユニスには私が毎晩、完璧に指導していますよね」
「魔物相手に前戯するの!」
「はい」
うへぇ、面倒だな。
「加えて魔物同士の交配なら男性型と女性型を同時に使役する必要があります。それが互いに伝説級のAランクなんですよ、とても人間の制御下には置けないでしょう」
「じゃあ魔物が自発的に交配したのかな」
「それしか考えられません。ただ魔物の亜人種は、異性型の亜人種を交配相手として見ておらず、むしろ敵対しています。高ランクならまた違った生態かもしれませんが」
確かにハーピーはオークに魔物を仕向けていた。とても性行為に及ぶような関係性に見えなかったな。
「ニザム興行商会長がAランクの魔物なら、極めて高い知性が備わっています。或いは魔物を交配対象として見るかもしれません」
「確かに異色の存在だよね。何しろ貴族家の一員として、そして商会長として、加えてバラカートの母親としても問題なく振るまっているのだから」
そもそもスライヤ・ニザムという人物に成りすましている時点でかなり高度だ。それは同じ人間ですら難しい。
「スライヤはスキュラなのかな」
「……どうでしょう。もしスキュラならロスタムの祖母の可能性もありますが」
「確かに魔物は寿命が無いからね」
そう思いながらロスタムの鑑定結果を見直すと、両親と両祖父母の項目に違和感を覚えた。どうやら何か追加されたっぽい。えーっと……表示しろ。
『祖父:○:ゲリュオネウス(魔物)
祖母:◎:スキュラ(魔物)
父親:○:オーガ(魔物)
祖父:○:ゴブリンメイジ(魔物)
祖母:―:シャイマ・カビル
母親:―:アルヤ・カビル』
おおっ! なんか出た。
「ユニス、どうしました?」
「ええとね……」
シーリンに表示された記号を伝える。
「何でしょう? 魔物のみに『○』か『◎』で、人間は『―』ですか」
「……いや待って。他の人間の鑑定結果にも『○』がある」
「私の両親と祖父母はどうですか?」
シーリンの鑑定情報を確認する。
『祖父:―:オークメイジ(魔物)
祖母:―:シャムス・バハ
父親:―:アルキダ・バハ
祖父:―:ゴブリンアーチャー(魔物)
祖母:―:エルミ・タウィル
母親:―:ミンザイ・バハ』
「全員『―』だね。何だろう」
「共通しているのは全員死亡だけです。魔物は魔石から具現して交配したので本体は存在しません」
「ああ、なるほど」
これまで記録した人物鑑定情報を見返す。
「どうやら『―』が死亡で間違いないね」
「では『○』と『◎』の違いは何でしょう」
「うーん、そもそも『◎』が全然無いんだよ」
「ではスキュラだけ特別な何かを示していると」
「……いや、あった!」
「魔物ですか?」
「人間だ。加えて魔物血統でもない」
ごく普通の一般人に見えるね。これはドラルガ緋爵領のマクゼン南区に初めて入った時に鑑定した。実は鑑定記録もフォルダ管理出来ると気付いて分けておいたのだ。
「あっ!」
「どうしました?」
「印が付いた名前に意識を向けたら別の人の鑑定記録が出てきた。あー、なるほど。これは親子だね」
「親子? ではスキュラの名に意識を向けると答えが出るのでは」
「やってみる! ……あれ?」
「どうしました?」
「スライヤの鑑定情報が出てきた」
もちろんこれは偽装された情報なのだけど。
「おー、そうか! 分かった!」
「何ですか?」
「その人物が鑑定済みで、且つ情報を記録している場合が『◎』なんだよ。つまりさっきの親子は、子の鑑定情報を先に見て、印のある母親に意識を向けたら、記録している母親の情報が出たってこと」
「おおっ!」
「んで『―』が死亡なら『○』は単に生存じゃないかな」
「その様ですね」
ただリアルタイムで反映されているとは思えない。恐らくは記録した時点での情報だろう。そう思って鑑定情報に意識を向けると記録した日時が出てきた。じゃあもう確定だね。最新情報が欲しければ再び鑑定しろってことか。
「つまりロスタムの父方の祖母であるAランク魔物スキュラは、たった今、スライヤ・ニザムに扮しているAランク魔物そのものである」
「はい。間違いないですね」
「スキュラってメチャクチャ強いよね」
「そう伝わっています。討伐記録はありますが多大な犠牲を伴ったそうです」
「うーん、まあ向こうも何か考えがあって今の身分なんだし、そこへ辿り着く過程で多大な苦労もしたはず。急に巨大化して暴れ出すなんて選択は取らないだろう」
何もかもブチ壊しだもんね。
「ユニス、バラカートは人物鑑定していますか?」
「うん。あー、そうか!」
「もう魔物に殺されたとは思いますが、念のため確認を」
急いでバラカートの鑑定記録を開く。
『母親:○:スライヤ・ニザム』
「えっ!? 生きている!」
「本当ですか!」
「うん、間違いない。えー、じゃあ何処かに監禁されているのか」
「それが濃厚です。成りすましている元の人物が出歩いては意味がありませんから」
「だったら始末すればいいのに。何が目的で生かしているのか」
「……逆に見つけられない?」
「あー、なるほど! スライヤは魔物の正体を知っている! だから身の安全のため姿を隠していると!」
「ただ身分を考えれば講じる手段は幾らでもあるはずです」
「確かに。大貴族ジャンドゥーバ玄爵家の一員だからね」
「もしや敢えて現状を維持しているのでしょうか」
「それはつまり魔物と通じているってこと?」
シーリンは小さく頷く。うーん。どうだろう。そんなことをする利点が思い付かない。
「まあここでいくら想像しても仕方ないね」
「はい」
「ところで昨日、魔物待機場で絡んだアマト課長だけど、あれも人間に化けた亜人種だった」
「もう1体いると言っていましたね」
「Cランクのセイレーンだよ。スキュラやサキュバスに比べれば脅威ではないが、発現が137年前と長生きでね。それがちょっと不気味ではある」
「確かに経験は多そうです」
「スキュラって何歳かな?」
「ロスタムの父親であるオーガを産んでいますから少なくとも40歳です」
「えっ!? 計算がおかしいよ」
ロスタムは38歳だから魔物はそれぞれ1歳で交配したことになるぞ。
「スキュラが交配に成功すれば、約3ヶ月の妊娠期間を過ごします。その後、産卵された卵は約1ヶ月で孵化し、出てきた魔物は約2ヶ月で交配可能な大きさまで成長します。そのオーガが人間の母親と交わり、運よく早い段階で妊娠し、約6ヶ月の妊娠期間を経てロスタムが誕生したのです」
なぬ!? 産卵に孵化だと。
「魔物って卵から産まれるの?」
「はい。父親が魔物でも人間でも、母親が魔物なら必ず卵を産み落とします。これには諸説ありますが、人間と同様に胎児を育てて出産した場合、角などの突起物が母親の内臓を痛めるため、産卵という形をとったそうです」
「あー、確かに言われてみれば危ないね。ちなみに双子なら卵は2つ?」
「いいえ。1つの卵から2体が産まれます。確率は100分の1ほどです。三つ子は3000万分の1だそうですが信憑性はありません」
それにしても驚いた。魔物は産卵だったとは。でもハーピーは鳥っぽいから合ってるね。スキュラも蛇っぽい要素があるらしいから。
「とは言え、40年は流石に短いと思います。あれだけの知能を身につけるには相当の年月を要しますから。恐らく200年以上ではないかと」
「確かに配下のセイレーンより年下とは思えないね。いずれあの鑑定偽装を突破できれば正しい発現時期を確認できるよ。ところで孵化した魔物も鑑定情報は発現なの?」
「はい」
「あらら。区別していないのか」
「そもそも人間の個人情報とは全く違います。親なども分かりませんし」
まあね。
「おっと、随分と話し込んじゃったね」
「遅刻は構いません。有益な情報を聞き出していると判断されますから。ただ遅れた分が午後に追加される可能性はあります」
「それだと鑑定訓練が削られる。早く行こう」
俺たちは足早に使役訓練へ向かった。




