表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
3章
322/322

第318話 アマト

 闘技場1階の職員通路へ入る。目的は魔物の視察だ。今週、シーリンが感知訓練のためメロウウェン養成所へ出向く。その時に備えて少しでも魔物に慣れるためである。


 職員に案内されて通路を奥へと進む。頑丈な金属の檻の向こうに魔物が見えた。こいつはマッドディンゴか。Eランク中位の獣種だな。魔物素材は模擬鑑定で回ってきたが実物を見るのは初めてだ。


 魔物は俺たちを視界に捉えると鋭い牙を剥きだして跳び掛かってきた。


「ひいいっ!」


 シーリンは顔を覆いながら尻もちをつく。魔物は檻に爪を突き立てて唸り声をあげていた。


「目を逸らしちゃダメだよ。しっかり動きを見て」

「……は、はい」


 彼女は怯えながら立ち上がり魔物に視線を向ける。しかし魔物が吠える度、目を閉じ、身体は硬直したままだ。これでは一方的にやられてしまうぞ。


 俺が手本を見せたいところだが檻越しでは動きが限られる。やはり実践の立ち回りを披露するべきか。檻に触れると物体通過が有効と返って来た。よし、中に入れるぞ。


 しかし周辺には闘技場職員が数名、俺たちの行動を監視している。恐らくは安全上の理由だ。その点は全く問題ないが俺の素性が知れると面倒ではある。


 おや、通路奥にはアマト課長と呼ばれた魔物の姿が。あいつはスライヤから俺の監視を命じられていた。ならば幾らかは素性が伝えられているはず。


 だとしたら多少は構わないか。管理職みたいだし利用させてもらおう。


「シーリン、ちょっと待ってて」

「はい」


 アマト目掛けて通路を進む。彼女は俺の接近に気付くと目を逸らして平静を装った。


「こんにちは。頼みたい事があります」

「……」


 ほほう無視か。


「アマト課長、あなたですよ」

「なっ!? どうして私の名前を」


 小さく手招きをするとアマトは困惑しながらしゃがみ込んだ。


(人払いをしてくれ)

(はっ?)

(少し魔物を利用したい。俺が普通の子供ではないとニザム商会長から聞いているだろう)

(な、何故それを)

(この区画に俺とシーリン、そしてあんたを残して他を移動させろ。課長ならそのくらいの権限はあるだろ)

(唐突に何を言い出すのか)

(いいからやれ。ありのままを商会長に報告すればいい)

(……承知した)


 アマトは立ち上がると首を傾げながら俺を見下ろす。顎を振って催促すると小さく息を吐いて職員たちの方へ向かった。短いやり取りの後、このマッドディンゴの檻周辺には俺たち3人だけが残る。


「ユニス、何をしたんですか」

「理解力の高いアマト課長に訓練環境を作ってもらった」

「は?」

「シーリン、今から魔物対応の手本を見せる。よく観察するんだ」

「は、はい!」


 物体通過を行使して檻の中へ入る。魔物は一瞬、戸惑いを見せたが、すぐさま俺を標的にして跳び掛かって来た。


 ガオッ!


 前脚を檻にぶつけて爪を突き立てる。俺は寸前で回避して後ろへ回り込んだ。魔物からは強い苛立ちと殺意が読み取れる。


 ウガァ!


 魔物は体勢を整えると駆け出して噛みつきを繰り出す。それを再び寸前で回避し、距離を取った。


「こっちだ!」


 魔物は殺意を増して襲い掛かる。俺は回避を続け、檻の中を動き回った。


「シーリン! 魔物が動く直前の、俺の身体の向きだ!」

「はい!」

「次の行動を読み、予め備える! それが魔物感知だ!」

「はい!」

「目に映る情報だけに頼るな! 魔素を伝播する思考を掴め!」

「分かりました!」


 3分ほど立ち回り檻の外へ出る。やっぱり動きっぱなしは疲れるね。お陰でマッドディンゴの動きは完全に掌握した。


「ハァハァ、どうかなシーリン」

「……スキルについては何とも言えません。ただこれほど長い時間、至近距離で動く魔物を注視した経験は初めてです。意外と目で追えるんですね」

「その通り。実のところ身体強化した人間と速さは変わらない。つまり必ず回避できる。当たらないんだから何も怖くないだろ」

「はい」

「恐怖心は筋肉の硬直を産み出す。怖じれば負け。平常心なら勝ち。さっき俺は逃げているだけに見えたか?」

「いいえ。何と言うか、手玉に取っている感じでした」

「的確な表現だね。とにかく主導権を握ればいい。そこに戦闘スキルの有無は関係ない。回数を重ねれば誰でもできる」


 そう、この世界の人間は生まれながらにして魔物に耐性がある。要は環境次第だ。正しく訓練すれば必ず身につく。


「アマト課長、こちらの用事は終わった。急な依頼への即応、大変感謝する。俺たちは場内へ戻るから職員を元の配置へ頼む」

「……これは世話人へ向けた訓練か」

「まあ、そうだね」

「魔物感知を習得する目的は?」

「うーん、彼女が望む配置転換に必要だから」

「具体的には?」

「魔人研究部だっけ。交配の現場に携わりたいんだよね」

「はい、ユニス。その通りです」


 シーリンが答えると、アマトは訝しげに彼女の顔を見つめた。


「単純に魔物がいるから利用しただけさ。他意は無いよ」

「……そうか」


 さてこのアマトも魔物なら鑑定しておこう。もう感知されようが関係ない。


『セイレーン

 レベル25

 発現:137年7ヶ月25日

 装備:有り

 特殊:鑑定、使役、契約、隠密』


 ほう、セイレーンか。確か魔物図鑑では2つの記述があった。1つは上半身が人間で両腕は鳥の翼、下半身も鳥の特徴を有した姿だ。ハーピーによく似ていたな。もう1つは上半身が人間で下半身は魚の形状だ。この個体がどちらかは分からない。ただこのアルケビルは港町だから後者の可能性は高いな。


 発現は137年前。サキュバスが63年前だったから倍以上の年齢だ。図鑑ではレベル18のDランクだったが、この個体はレベル25のCランクだ。長い年月を経て多量の魔素を取り込み成長したらしい。


 感知スキルを有していないからか、俺の鑑定行使には気付いていない様子。もしスライヤと戦闘に至ってしまったらこのアマトも相手に加わる可能性がある。Cランクはそこまで脅威ではないが、137年の経験は侮れない。


 15時前に3階の観客席へ向かう。マリカたちと合流しゴーレムリーグの開始を待つ。


「初めは下位リーグの試合からだよ」

「マリカが闘石士になったら所属するリーグだね」

「うん。それで成績優秀だったら中位との入れ替え戦があるの。中位で優秀なら上位と、上位で優秀なら最上位と入れ替えって感じ。最上位で優勝したらすんごい賞金があるんだよ」

「へー」

「私は短期間で中位に上がって見せるわ!」


 自信満々な表情のマリカは小さく拳を握る。彼女のスキル構成は操石士として平均的だろう。ただ来月の祝福次第で大きく伸びる可能性がある。


 場内に拡声器の音が響く。いよいよ始まるぞ。


「東側! ベンバレク海運商会! マナン・ラフマト!」


 選手紹介と共に入場口から10代後半の女性とゴーレム1体が現れる。ほほう、確かにゴーレムの形状が土木作業用とは随分と違う。ふた回りくらい細身に見えるぞ。歩く速度も3倍くらい速い。


「西側! ニザム興行商会! ナジル・アナフィ!」


 反対側の入場口から10代後半の男性とゴーレム1体が現れる。こちらのゴーレムも同様の体型だな。


「マナンはタルカザン養成所出身なのよ」

「へー、先輩かー」

「でもずっと成績が振るわなくて。今期で下位優勝できなかったら商会の操石士になっちゃうの」

「あらー、厳しいね。若いけど何歳?」

「17歳。とっても面倒見のいい人で、私が入所した頃から気に掛けてくれた。だから頑張って欲しい」

「でもマリカが闘石士になったら試合するでしょ。やり辛くない?」

「もちろん全力で倒す!」


 はは、そこはプロの世界か。


「試合開始!」


 司会の声と共に鐘が鳴り響き、双方のゴーレムが身構えた。場内は割れんばかりの歓声で覆いつくされる。これも賭けの対象だからね。


 両者のゴーレムは数十秒見合っていたが、マナンが先に仕掛けた。その1発目の拳は避けられたが、続けざまに2発目、3発目を繰り出す。ナジルのゴーレムはそれらを全て避け、大きく間合いを取った。


 おお、速い。人間同士が戦っている速度に近いぞ。まあ身体強化した本気の動きにはほど遠いが、十分エンターテインメントとしては楽しめるね。


「これって勝敗はどう決まるの?」

「相手のゴーレムから魔石を弾き出したら勝ち。制限時間内に決着がつかなっかたら判定ね。3分過ぎたら1分休憩、それでまた3分過ぎたら1分休んで最後に3分だよ」


 なるほど。ボクシングに近いね。


 マナンは休むことなく攻撃を続けている。もう後が無いから積極的に動いているのだろう。ここまで印象は良いから判定に持ち込まれても優位と思われる。


 ナジルは時折り反撃を試みるが、難なく避けられ再び防戦一方だ。これはマナンの気迫が大きく上回っているね。彼女の絶え間ない攻撃は遂にナジルのゴーレムを捉え、防御に回した腕を粉々に打ち砕いた。


 マナンのゴーレムも右腕が大きく損傷したが、間髪入れずに回し蹴りを繰り出す。そのつま先がナジルのゴーレム腹部に光る魔石を捉え、高速で弾き飛ばした。次の瞬間、ゴーレムは崩れ去り、人の形を失った。


 場内の歓声はひときわ大きくなり、審判がマナンの右手を取り高々と差し上げる。1本勝ちだ。


「蹴りが空振りだったら背中を見せて止まるから簡単にやられてた。あれはギリギリの判断だったよ」

「へー、そうなの」

「私なら一度肩から突っ込んで倒して、そんで魔石を蹴り飛ばす。倒れなくても間合いが詰まっているから片方の腕で魔石を狙える」

「確かにその方が成功率は上がるね」


 まあそのタックルが避けられたら背後に回られそうだけど。


 何試合か観戦し、養成所へ戻る時間が訪れる。ゴーレム同士の闘いは中々に面白かった。夕方から夜にかけては上位や最上位リーグとなり、よりテクニカルな試合が期待できるらしい。氷塊ゴーレムや金属ゴーレムも出場するから観たかったけど、それはまた別の機会に。


 タルカザン養成所に到着し、夕食を済ます。シーリンは寮長ダーラへ報告に向かった。俺はその動きに合わせて天井へ張り付く。


「ニザム興行商会長と長時間の面談があった様ですが何を話しましたか」

「ドラルガ地域に大変興味を持たれており、主に魔物戦闘に関する内容でした」

「もっと具体的に」


 ダーラに問われシーリンは作り話を披露する。もし裏取りされても合わせてくれるだろう。一応、脅しはしたからね。


 む! 養成所の城壁付近に魔物反応だ。これは……あのサキュバスじゃないか! まさかスライヤから指示を受けて俺を狙いに来た!? やはり魔物同士、通じていたのか!


 いや待てよ。近くに用事があっただけかもしれない。ただもし俺の抹殺が目的ならこの特待寮で対峙することになる。そうなったら魔力探知やらで戦闘行為を悟られてしまうぞ。


 どうする。先に動くか。養成所の外で始末すれば俺の関与は伏せられる。定時の波長探知はもう受けた。次は朝だ。それまで自由に動けるはず。


 魔物の反応は城壁付近から動かない。やはり偶然、通りがかった訳ではなさそうだ。


 シーリンが俺の部屋に戻ったので状況を伝える。


「えっ!? そんな近くにサキュバスが!」

「目的は俺の可能性が高い。従って先手を打つ。場合によっては養成所の外で仕留める」

「相手はBランクです! もう警備に事情を伝えて迎え撃ちましょう!」

「1人で問題ない。スライヤへの脅しを見ただろう。俺がその気になればどんな相手でも確実に暗殺できる」

「……そうでした」


 自分で言っておいて何だが、本当に恐ろしい能力だな。こりゃ過度に警戒されて当然だろう。早期に排除する対象として間違いない。


 隠密を全力行使して特待寮から外へ出る。そのまま空中浮遊で城壁を目指した。最高速度は時速50km、ものの数分で城壁へと到着する。


 重力操作で城壁の歩廊まで上がり、そのまま跳び下りて道路を横断。魔物は酒場らしき建物の外で立っていた。やや人通りが多い。ここで仕掛けては目立つな。少し様子を見るか。


「よう! ねーちゃん! 1人かい?」

「俺たちと遊ぼうぜ!」

「お誘いは嬉しいけど人を待っているの」

「こんないい女を待たせるなんて、そんなヤツほっとけよ」

「おうおう、楽しい事しようぜ!」

「んふふ、後でね」


 酔っ払いに絡まれているな。煩わしく感じて人気の無いところに移動したら狙い目だ。おい、お前ら、頑張れ。


「ごめんねー、待たせちゃって」

「いいのー、会いたかった」


 1人の男性が魔物へ声を掛けると近づいて抱きしめ合った。それを見て酔っ払いたちは散る。ふむ、単純に特定の人物へ会いに来ただけか。どうやら思い過ごしだった様だ。


 おや? あの40代の男性は探知班の一員じゃないか。そうか、思い出した! 闘技場で魔物とイチャついていたあいつだ!


 魔物と男性は酒場の横道を奥へと歩く。さてどうする。ひとまず喫緊の危険性は薄れたが、もう少し様子を探ってみるか。


 2人は数分進んだところで歩みを止めた。しばらく見つめ合うと熱いキスを交わし、近くの建物内へ姿を消す。一見、宿泊施設だが、全ての客室に音漏れ防止結界が施されている。出入りする客層から察するにラブホテルと見ていいだろう。


 うーん、どうしよう。行為が終わったら俺への襲撃を決行する可能性もあるぞ。いやそうか。サキュバスは精液が大好き。つまり活力の源である。たっぷり吸い取って万全の状態を作り、そして動くのか。


 じゃあやっぱり今仕留めるべきだな。幸い、音漏れ防止結界が施された個室内だ。何をするにも都合がいい。


 2人が入った客室へ潜入する。既に男性は全裸でベッドへ寝そべり、その股間に魔物は顔をうずめて竿を咥えていた。お前ら行動が早い。


 ええい、首を撥ねるにしても男が邪魔だ。もう少し待つか。


「ねぇ、あのユニスとか言う特待生、養成所ではやっぱり優秀なの?」

「まあね。先日は試験でまんて、うっ……それいい。もっと強く」


 ほどなく男は発射し魔物は満足そうに飲み込んだ。再び竿を口に含めるとほどなく復活する。魔物は男に跨って挿入し腰を振り出した。


「ねぇ、他に目立ったことは? そのユニスって子」

「何があったかなー、はぁ……それいい」


 男は再び発射すると魔物を押し倒して胸に顔をうずめた。


「ああー、キミは本当にいい女だよ」

「んふふ、もっと楽しみましょう」


 男はほどなく復活し行為を再開する。うーむ、ここまでのやり取りから推察するに、俺の養成所での様子を聞き出すのが目的だったらしい。こりゃとんだ無駄足だった。


 加えておっさんが気持ち良くなる様子を何度も見せられて不機嫌だ。腹いせに部屋へ戻ってシーリンを攻めよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ