第32話 武器の注文
冒険者ギルドコルホル支所にて登録作業を済まし、騎士団出張所では防衛副部隊長のミランダ・コーネインに訓練討伐参加の許可を得た。次は武器の調達となる。
「ここにするか」
クラウスと共に中通り沿いの建物に入る。
「いらっしゃいませ」
カウンター越しに20代後半ほどの男性店員が出迎えた。
「武器を作りたい、使うのはこの子だ」
「武器種は何でしょうか」
「剣だ」
「承知しました。ただいま担当者が接客中でして、店内で少しお待ちください」
接客中? 店内奥には応接スペースらしき区画があり談笑する声が漏れていた。あそこか。それにしても武器屋なのに店内陳列がかなり少なく感じる。在庫は抱えない主義か。
「リオン、握りだけでも先に決めておくか」
「え?」
「剣を持つところだよ」
そうだが、決めるとは?
「子供用握りの見本はあるか」
「ございます」
店員はカウンター後ろの棚から木製のケースを持ち出した。
「あちらにかけてお試しください」
店員が案内した先には広い机とソファが見える。俺たちがそこへ向かうと店員はケースを机に置いて蓋を開ける。そこには長い棒が何本も入っていた。
「どれでも手に取ってみろ」
「うん」
ほほう、剣身はただの金属棒で鍔はない。ただ握りだけは本物と同じと一目で分かる。これを持ち比べて感覚を試すのか。
机の横に立ち見本を両手で握り軽く構える。ふーむ、なるほど。違う見本を握る。あーこれはちょっと。別の見本。あーいい感じ、キープだ。これはどうかな、うーん、まずまず。重さは全部一緒だな、そりゃそうか。
一通り試して2つに絞り込む。
「5番と7番か、どっちがいい」
「……じゃあこっち!」
再び握り比べて片方に決めた。
「5番だな、分かった」
クラウスが店員を呼ぶとケースをカウンター内へ移動する。先に決められる項目があるなら待ち時間が有効活用できていい。それにしても握りの感じは大事だ。何が違うか説明し辛いが、太さ、長さ、僅かな凹凸の有無など、本当に少しの違いなんだけどね。
与えられた物でも使っていればそのうち慣れる。実際、訓練用の剣はもう慣れた。でも選択できるなら自分に合ったものを選びたい。
「父さん、ここって注文制作専門店?」
「いや、よくある武器商会だ」
「ふーん」
「武器は大抵作る。この店に並んでる既製品は余程急ぎの時くらいだ」
「そうなんだ」
まあ命を預ける武器だ、可能な限り拘りたい。
「この店はゼイルディクのフローテンに本部がある。素材が豊富で職人も多いから人気なのさ。俺は町にいる時から利用してたぞ」
「へー」
大手か。その支店が村にあるのは助かるな。もちろん冒険者の住人が多いから売り手としても外せないか。
「先客が終わったらしい」
奥から客らしき人が出ていく。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
少し遅れて40代半ばほどの男性が奥の応接スペースへ案内する。
「私はルーベンス商会コルホル支店、注文制作担当のアッケルマンです」
「西区のクラウス・ノルデンだ。こっちは息子のリオン」
「あーノルデン様、確かお世話したことありますよ」
「そうか、昔は町にいたからな」
「ええもう12、3年前でしょうか。コルホルへ移住されたのですね」
アッケルマンと言ったか、よく覚えているな。流石客商売。
「さて、今回はこちらリオン様の武器をお作りになると。剣と伺っています」
「そうだ」
「握りを先に選んでいただいたのですね。5番で間違いありませんか」
「うん」
「承知しました。精霊石はお使いになりますか」
「あー、そうだな、リオン」
精霊石か、んー、全属性1だしな。いらないかも。
「今はいいかな」
「柄に精霊石をはめ込む個所を作るのですが、使わない時は仮石を入れておき、将来必要になれば精霊石に入れ替えられます」
「あー、そうなんだ」
「もちろん全く使う予定が無いなら相応の仕上がりとなり、後から精霊石仕様には出来ません」
どうしよう。属性レベルも上がるかもしれないな。
「じゃあ仮石運用にします」
「承知しました。精霊石穴はつける、と」
アッケルマンは手元にメモを残してる。
「続いて剣身の素材ですが、ご希望はありますか?」
「魔力操作を生かせる鉱物で頼む」
「でしたらトランサス合金、もしくはシンクルニウム合金がオススメです。共鳴効率がいいので強さの向上が期待できますよ」
トランサスって精霊石を売った時に高かった鉱物だ。
「そうなるな。じゃあシンクルニウムで」
「承知しました。剣身の長さ、幅、厚みは素材に合った最適なものとします。特にご希望があれば多少調節できます」
「いや、標準でいい」
「承知しました。重量は先程握りをお選びになった見本より少し重い程度となります」
「リオン、いいか」
「うん」
さっきより少し重いか。なら十分扱えるな。
「定着期間は3年程となります」
「分かった」
定着期間? もしかして3年経ったら消える?
「柄の意匠ですがいくつか種類があります」
そう言うとアッケルマンは脇の箱から見本を出して机に並べた。ほうほう鍔はどれも小さいのね。デザインと言ってもそんなに凝るところは少ないな、柄頭くらいか。
「じゃあ、これで」
「承知しました」
俺は一番シンプルなのを選んだ。
「最後に鞘の見本をお持ちします」
アッケルマンは柄見本を仕舞うと席を立ちソファの後ろから何本か鞘を抱えて机に並べた。
鞘かー。これはまあ面積多いからデザイン色々だな。
「この中に気に入ったものが無ければまだお出しします。拘るお客様は図面をご用意されることもあります」
「へー」
「家紋を入れたり、特定の魔物を象った彫りを入れたり、見た目で拘るのはここくらいだからな。人によっては力の入れようが違う」
「俺は普通のでいいよ。じゃあこれ」
「承知しました」
まあ子供だし。それに未熟な腕前で見た目を拘ってもね。
「鞘には革製のベルトが付属します。装備個所は背負いと腰が選べますが、どちらにしますか?」
「背中と腰かー」
どっちがいいかな。村の住人は背中が多い印象。そっちの方がカッコイイし。
「じゃ背負いで」
「承知しました」
「リオン、背負ったままでは抜けないぞ。いいのか」
「え、そうなの?」
「はい、リオン様の腕の長さですと難しいと思われます。見本がありますのでお持ちします」
彼は鞘見本を仕舞うと奥のスペースに行き、なにやらごそごそと探している。
「当支店で最も小さいベルト見本です。リオン様のお体に合いそうですから装備してみますか」
「はい」
「子供用の見本武器も納めた状態で装備しましょう」
立ち上がった俺の体にアッケルマンはベルトを取り付けた。タスキみたいに斜めにぐるっと1周掛けて腰回りのベルトと繋がっているのね。
「これで装着完了です。抜きを試してください」
左肩の後ろに剣の握りがきてるので右手で掴んで引き抜いた。くっ、かなり抜けたはずだが剣が前へ回せない、つまりまだ鞘に引っ掛かっている。頑張って色々試すが無理だ、これは抜けない。
「父さん、あとどのくらい残ってるの?」
「一番抜けた時でも多分20cm残ってるぞ」
「うは、そんなに。絶対無理だ」
60%しか抜けなかった。見本の剣身は50cmほどで家にある訓練用とほとんど同じ。
「村のみんなは背負ってる人多いけど、ちゃんと抜けてるの?」
「俺は何とか抜けてるがイザベラは一度背中から外して抜いてるな」
「えー、そうだったのか」
知らなかった。確かに背中から剣を抜いている場面はクラウスしか見たことない。
「じゃあ俺も一度外してから抜くことにする」
「村での戦闘なら外した鞘をその辺に投げても回収は容易だが、森で動き回ると鞘の場所が分からなくなる。なら剣を抜いた後に鞘を背負えばいいが魔物がそこまで待ってくれるかな」
「うわあ、確かに」
「だったら森に入る前に抜いて鞘は馬車にでも投げておけばいいが、今度は素材を持ち帰る時に剣がじゃまだな」
「んー、どうしよう」
背負った剣が抜けないなんて運用面でそんな弊害があるのだな。一度外すくらい面倒でもいいかと思ったがこれは考える。そう外すときも魔物が待つはずない。
「じゃあ腰にする」
「腰だとお前の足の長さなら地面に引きずる。だったら鞘の先を上げればいいが多分水平近くなる。そうすると体の向きを変えた時に近くの人に鞘が当たるかもしれないな」
「うわわー」
まいったな。武器を携行するって思ったより考えることが多い。
「はは、でも言ったらキリがないからな。階段を下りる時も腰に武器があれば後ろの階段に鞘が当たる。まあ武器を装備すると最初は戸惑うものさ。でも直ぐ慣れるよ」
「……うん」
「背負いと腰、それぞれのベルトを付けてくれ」
「承知しました。腰タイプの鞘の角度は、おっしゃる通り水平近くなります」
「装備個所は両方試してやり易い方にすればいいぞ」
「うん!」
そうだね。想像だけでどちらかを決めるなんて無理。
にしてもファンタジーなんだから、その辺うまくごまかせないのかよ。なんてね。
「お見積りには少々時間をいただきます。店内でお待ちください」
応接スペースを出て握りを試したソファに座る。
「ノルデン様」
呼ばれたクラウスはカウンターへ行きしばらく店員とやりとりする。
「リオン帰るぞ」
「父さん、ありがとう」
「ああ」
俺たちは店を出た。
「納品は5~10日後だ」
「幅があるんだね」
「工房の混み合い具合によるからな」
それでも遅くても10日後とは早く感じる。まあある程度の形は決まっているものだし。職人たちも経験豊かだ。それにこのルーベンス商会は大手だから素材の在庫も潤沢で直ぐ対応できるのだろう。
「いくらだった?」
ストレートに聞いてみる。
「……300万ディルかな。一式で」
「え!?」
た、高い! 高過ぎるぞ、おい!
「どうしてそんなに高いの?」
「武器ならこんなモンだ」
「そ、そうなの……」
武器って高いんだな。買ってもらえるのちょっと嬉しかったけど、こりゃとんだ出費になった。
「ごめん父さん、急に高い買い物ができちゃって」
「はは、気にするな。必要なものだからな」
だからってポンッと買える金額じゃないぞ。
「実を言うとFランク魔物相手にそこまでの武器は必要ないんだ」
「あれ、そうなの」
「鉄が基本の合金でも十分倒せる、それなら30万程度だ」
「10倍違うの!? じゃあそれでいいよ」
「それは大人が使っての話だ。才能あると言っても子供はまだ未熟。多分一緒に戦うやつらもいい武器を使っているはずだぞ」
そうか大人が使ってか、なるほどな。
「その上お前はスキルがあれだから武器の性能に頼るしかないんだ。こないだトランサスを含む精霊石の買取りが高かっただろ」
「うん」
「多分トランサス合金なら100万前後ってとこだな。今回のシンクルニウム合金はもっと性能がいい。だから高いんだよ」
「そうだったんだ……」
俺のスキルが最低だから補う武器の品質も周りの子供より上でなければいけない。そこまで考えて。クラウス、すまない。
「武器ってのはな、自分の命を預ける重要な道具だ。いくら金を持ってたって死んだら意味ないだろ。その時に自分が扱える最高のものを用意するんだ。倒せるか倒せないか、最後の一押しを決めるのは武器の性能なんだよ」
確かにそうだ。冒険者の武器に対する拘りは凄いんだな。
「魔力操作で武器に魔力を流すんだ。お前の力量ならシンクルニウムは相当の切れ味と威力になる。あとは身体強化をしっかりして振り抜け。そしたら剣技が無かろうと魔物は武器が倒してくれる」
「はあーそういうことかー」
魔力操作が長けている俺に特化した武器なんだな。
「父さん、本当にありがとう……俺、絶対強くなってみせるよ!」
「ああ、期待しているぞ」
いくらフリッツが同伴とはいえ魔物との戦闘は何が起きるか分からない。その時最後に頼るのは己の武器だ。クラウスは自分が行けないから代わりに武器を託すんだ。思いの詰まった武器。よーし、使いこなしてみせるぞ!
西区に帰る。
「うわ! ゴーレム!」
出入り口付近の崩れた城壁の向こうに石の巨人の上半身が見えた。城壁から少し離れたところに子供たちが集まってその光景を眺めている。
「リオン! こっちこいよ」
ピートが俺を見つけて呼んだ。すぐさま駆け寄る。
「リオン来たんだ! 見て見て凄いよねー」
ミーナが近寄ってくる。見て見てって言ってるミーナが見てるのは俺だった。
ゴーレム。操石士と呼ばれる者が精霊石から石を作り人型に配置。魔石を中央に置き、それを原動力に束の間の命を宿す。動き出したその石の人形は人では動かせない巨石を軽々と持ち上げ運ぶ。この世界の建設用重機だ。いやー、これこそファンタジー。
ゆっくりと確実に1つ1つ崩れた城壁を撤去していく。外側から撤去するのね。そりゃそうか、内側だとじゃまになる。
「エド、見入ってるね」
「うん」
「凄いよねー、あんな石の巨人を作って操れるなんて」
「僕、実はね、操石士いいなと思ってるんだ」
「将来目指すの?」
「分からないけど、ありがたいことにスキルの最低条件は満たしてる」
エドヴァルド、努力家のキミなら何にでもなれる。応援するよ。
「かっこいいよね。あんな大きな城壁の石を持ち上げて」
「うん、とても力強いよ」
住人の命と財産を守る城壁。それをしっかり作ってくれるゴーレム。活躍の時間は短いけど残したものはとっても価値があるんだ。
ゴーーーーーン
昼の鐘だ。
「ゴーレムが……消えた?」
「きっと城壁の向こう側で横になった。操石士もお昼だからね」
そうかゴーレムはご飯食べないけど動かす人はそうもいかない。立たせて置くことはできないのね。
しかし随分スッキリしたな。昨日崩れたところはもちろん、歪んだ部分もほとんど取り除かれている。でもこれじゃ魔物が侵入してくるぞ。
「城壁の向こうが内側から見えると違和感があるね」
「うん、魔物も飛び越えられそうで、ちょっと不安」
「見張りがしっかり見てくれるから接近までには対応できるよ」
そうか、エドの言う通りだね。森からここまで距離があるし、城壁の上から狙えば入る前に仕留めてくれる。昨日のクリムゾンベアでも城壁まで来れなかった。
食堂へ向かう。通路に移動していた机と椅子は食堂横のスペースに戻っていた。今日は天気いいから外でも心配ないね。
「母さん、リオンの冒険者登録できたぞ」
「そう、よかったわ」
「騎士団にも挨拶したから。ああ、冒険者証は夕方に取りに行く。風呂の途中に寄ってみるか。まだ出来てなかったら明日だな」
「武器は注文したの?」
「5日~10日で出来るそうだ」
金額聞いたら驚くだろう。
「ひょっとしてシンクルニウム?」
「よく分かったな」
「リオンにぴったりね」
ソフィーナは材質を色々知っているのか。まあ冒険者だし。と言うことは金額も想像できるよね。クラウスやソフィーナはどんな武器なのか。
「父さんの武器って材質は何?」
「俺のは内部に魔物素材を使っている。マッドマンティスの鎌だ」
「え、魔物?」
「とんでもなく切れ味がいいんだぞ」
「へー」
「ただ扱うのに最初はかなり苦労した。どんどん魔力を吸われるからな」
魔力を吸う!? 怖いよ。
「お前の次の武器は魔物素材がいいかもな」
「え、えーっと……」
「ふふ、リオンならきっと使いこなせるわ」
うへー魔物素材か、あの角やら爪やらを使うんだね、確かに強そう。それで魔力を吸うか、魔力量が増えないと厳しそうだ。おっドラゴンの素材もあるかな。うは、強そう。先日のワイバーンでもかなりの武器になりそうだ。お高いでしょうけど。




