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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
3章
319/321

第315話 スライヤ

 10月12日、早朝。5人から同時に波長探知を受けて目が覚める。その不快感は深い眠りを一瞬で吹き飛ばした。さながら強力な目覚まし時計である。


 15分後には別の3人からも探知された。今日は休日だが波長探知のお仕事に休みは無いらしい。そんな事は露知らず、隣りのシーリンは爆睡中だ。一方の俺は完全に目が覚めてしまったので重力操作の訓練でもするか。


 跳躍後に上下を逆転して天井へ立つ。そのまま重力操作を解除して床へ下り立った。再び跳躍からの上下逆転、そして床へ。これは中々に目が回るな。


 それでも回数を重ねた結果、普通に床を跳躍している感覚まで至る。これが何の役に立つかは不明だが、訓練とはそういうものだろう。


 そろそろシーリンが目覚める時間だ。俺は天井を下にして寝転び、空中浮遊を行使する。天井からの距離は1mほど。そのままベッドの上へ移動してシーリンを正面に捉える。


「ひぃ!」

「やあ、おはよう」

「……な、何やってるんですか」

「重力操作の訓練だよ」


 彼女は小さく息を吐き呆れた表情でベッドから下りる。


「おや? 不機嫌かな」

「当然です。穏やかな目覚めを阻害されたのですから。今後は場所を考えてください」

「……はい」


 ちょっと悪戯が過ぎたな。反省。


 身支度を終えて椅子に座る。


「今日は外出だったね」

「はい。予定では17時頃に養成所へ戻ります。ところで昨夜の話ですが、ユニスはザファル王国へ訪れた理由を止むを得ずと言っていました。何があったのですか?」

「魔物に連れて来られた」

「は?」

「いや俺が勝手に掴まっていただけか。クエレブレを知っているか。Aランクのドラゴン種だ」

「はい」

「あれの背中に乗り、クレスリンの宮殿からドラルガの山中へ飛行移動した。実は俺、公爵配下に軟禁されていて、そこから脱出するために魔物を利用したのさ」

「は、はあ……」


 シーリンは伝えた内容を頭の中で想像している。


「ただユニスの能力なら、その様な危険な手段を取らなくても容易に抜け出せたでしょう」

「当時は全然大したことないよ。その山奥で過ごした期間に大きな成長を遂げた」

「なるほど。クレスリンに軟禁された理由は?」

「俺は大金を生み出す元だったからね。脅迫されて働かされた」

「何と酷い。やはり邪教徒は滅びるべきです」


 またまた極端な意見だね。


「領主に問題があっただけで、クレア教徒がどうこうでは」

「いいえ。奴らの教義が間違っているのです。クレアシオンなんか信じているから正しい判断ができないのです」

「ああ、そう」


 シーリンは信心深いのだな。この手の問答は意味が無いから止めておこう。


「その大金を産み出す力とは?」

「うーん、まあ武器だね」

「えっ! ではユニスも聖なる武器を」

「いや違う。対象は悪魔ではなく魔物だよ。とにかく圧倒的な戦力の底上げが実現できるのさ」

「それは凄いですね」

「詳しくは追々伝えるから。そろそろ朝食の時間じゃない?」

「はい。行きましょう」


 武器製作の全てを身につける上でトランサイトの存在は明かすべきだろう。その方が習科の段取りなど円滑に進むはずだ。


 食堂の席につくと対面のバラカートが吠える。


「お前も闘技場へ行くのか!」

「ユニスだ。いい加減、覚えろ」

「あそこは本物の魔物もいるんだぞ! ビビッて泣くからやめとけ! お前みたいな気弱なヤツは劇場がお似合いだ! がはは!」

「名前を覚えられないのか?」

「俺は全然平気だ! 毎週行ってるからな!」


 ダメだ。会話にならない。


「ユニスは闘石士を目指すのか?」

「何それ、カリム」

「ゴーレム闘技をする操石士のことだよ。他にも闘氷士、闘鉱士がいる」

「あー、なるほど。俺はイシュマ様から商会で働く操石士を期待されているから闘石士は今のところ無いね」

「じゃあ何で闘技場に行くんだ?」

「闘技用ゴーレムを見たいから。それと魔物にも興味がある」

「ほー、魔物か。でもバラカートの言う通り怖いぞ。正直、夢に出てくるから見ない方がいい」


 これはカリムの実体験だな。確かに殺意むき出しで血まみれだから縁の無い人には衝撃だろう。


「俺はドラルガの山奥で3年間賊に軟禁された。建物の周りには常に魔物がいたから慣れているよ」

「へー、そうなのか。何がいたんだ?」

「レッドベアやガルウルフ、テラーコヨーテやブラッドジャガーをよく見掛けた。あとはエビルバッファローやビリジアンホークかな」

「えー! Dランクも! 凄げぇな!」


 出現域はゲルミン川沿いだがフェズ基地周辺も似た様な傾向だろう。


「だったら闘技場の魔物なんか見てもつまらないだろ」

「魔物同士が戦うから面白いんだよ。人間が倒す場面は見飽きた」

「そ、そうか」


 カリムは引き気味に応える。バラカートは驚きの表情のまま固まっていた。ああ、なるほど。魔物経験に限れば俺の独壇場じゃないか。


「バラカート、俺はEランク程度の魔物は何も怖くないぞ」

「……」

「いつだったかCランク大型のクリムゾンベアを大人たちが総出で倒してたよ。あれは体高5m、背中の角含めたら7mだ。どうやって倒すか知りたいか?」


 バラカートは何も応えず黙々と食事を続ける。これはいい対処法が見つかった。今後、絡みが面倒だったら魔物マウントを取ろう。討伐の具体的な流れを聞かれたらコルホル村を参考にすればいい。


 朝食を終えて特待寮を出る。スクール馬車に乗り込むといつもとは違った方向へ走り出した。集合場所は西第2検問所だったか。


 検問所へ到着すると馬車を乗り換える。内部は通路の両側に2人掛けが4列、最後部は5人掛け。合わせて13人乗りか。


 おや、最後部に座った3名の大人は見覚えがある。確か魔力波長を記憶した人物だ。そりゃ街に出れば逃亡の危険性が増すからね。


 むむ。近くの馬車から5つの波長探知を受けたぞ。この感じは朝と夜に行使している面々に違いない。俺たちに同行するのか。


「隣り、いいでしょ?」

「ああうん」


 マリカが隣席を希望するとシーリンは立ち上がり席を譲る。その際に俺を見ながら笑顔で何度も頷いていた。ええと、仲良くしろってことかな。


 ほどなく馬車は動き出し、タルカザン養成所ことアインハル第2児童保護教育施設を出た。


「ユニスはゴーレム闘技が見たいの?」

「うん。普通のゴーレムとは形が違うって聞いたから楽しみ」

「じゃあ初めて見るんだね。動きも速いからビックリするよ」

「へー、そうなんだ。マリカは闘石士になりたいの?」

「まーね。私は細かい作業が苦手だから思いっきりぶん殴る方が性に合ってる」

「はは、そっか」

「来月は祝福だから打撃が沢山伸びているといいな」

「打撃?」

「4撃性は使役ゴーレムにも反映されるんだよ。だから闘石士はみんな高い」


 ほう、それは知らなかった。


「じゃあ打撃の訓練もしているの?」

「もちろん。ハンマーで石を砕いたり、斧で木を割ったりね。厚い手袋をして的を殴る訓練もあるよ」

「凄い! 格闘家じゃん!」

「だから私を怒らせない方がいいわ」


 そう言いながら小さくシャドーボクシングを繰り出す。血の気の多い娘だな。


「でも戦績が悪いと商会で働くことになるから最初の1年が勝負なのよねー」

「年間成績を競うんだっけ」

「そうそうゴーレムリーグね。ベンバレク所属の定員が決まっているから漏れないように頑張らないと。今は下位リーグにそんなに強い闘石士はいないから、新人の私でも通用するはず」

「リーグはいつから始まるの?」

「毎年9月だよ。7月に適性試験があるから、それまでもう10ヶ月を切ってる。早く祝福を終えて闘技用ゴーレムの訓練をしたいんだけどねー」


 なるほど。まずは自分に合ったゴーレム構築からか。それにしてもゴーレム操作ってどんな感覚だろう。両手を向けているので、操縦桿を握ったりコントローラーから入力もしていない。この部分からファンタジーなんだよな。


「そういやアンタ、魔装科で満点って聞いたよ。大したもんだね。私はどれも同じに見えるわ」

「微妙に色と形が違う。1つ1つ確実に覚えたらそうでもない」

「ふーん。頭いいんだねー」


 そんなことを話していると沿道の賑わいが増してきた。街の中心部へ入ったらしい。この辺りは商会本部から養成所へ向かった時に通った道だね。夜間だったが何となく覚えている。


 おや、前方500mに魔物反応だ。数はEランク下位からFランクが20体ほど。恐らくは闘技場内で待機している魔物か。俺たちの目的地は近い。


 むむ、Aランク相当の反応もある。他にもBランクとCランクを1体ずつ確認した。うちBランクはサキュバスだな。至近距離で魔物鑑定まで行使したからよく覚えている。


 他の2つはメフディと初めて来た時に探知した個体だろう。あの時は通り沿いの建物内だったが今回は闘技場内に座標がある。地上15mなので高層階か。


 サキュバスとの接触時には敵対心を全く感じなかった。それもそのはず。向こうの認識は無害な人間の男児だ。性的対象からも外れるため、俺から動かない限り絡むことは無い。


 他の2体も放置で構わないだろう。もちろん興味はあるが、不用意に近づいて俺の正体を悟られては面倒な展開になるかもしれない。特にAランク個体は厄介だ。触らぬ神に祟りなし。


 闘技場へ到着。


「ユニス、例の件を事務所に申請するので入場は少しお待ちください」

「うん分かった。シーリン」


 魔物視察だな。間近で観察すれば少しは慣れるはず。こればっかりは場数を踏むしかない。俺だってガルウルフと初対峙した時は緊張した。


「本日はニザム興行商会長が闘技場内にいらっしゃる。この後、顔を見せに行くからね」

「お母様が? 嫌だ!」

「ワガママ言うんじゃないよ」

「どうせ怒られるだけだ!」


 バラカートとスミヤが何やら揉めている。


「カリムとマリカ、それにユニスも一緒に行くよ。こいつの普段の様子を商会長に伝えて欲しい」

「おーう、任せろ!」

「えー、私はあんまり分からない」

「カリム! 変なこと言うなよ!」

「ありのままを話してやるさ。問題児だってな!」

「チッ……おいスミヤ行くぞ! さっさと終わらせるんだ!」

「待ちな! まだ入場手続きが終わってない」


 スミヤはそう言いながら歩き出したバラカートの手を掴む。


「お待たせしました。視察の許可が下りたので裏手へ入れます。時間は午後からです」

「良かったね。シーリン」

「裏手? 何を見るんだ?」

「待機中の魔物だよ。何ならバラカートも来るか? あーいや、ビビッておしっこ漏らすから止めた方がいい」

「何だと!」

「はいはい、揃ったから出発するよ」


 スミヤを先頭に入場口へと歩みを進める。一般客とは別の経路を抜けて階段を上がった。何度か踊り場に出るも素通りして上へと向かう。おいおい随分と上がるな。


 最終的に5階まで到達した。


「私たちの到着を商会長にお伝えする。その辺りで座って待て」


 スミヤはそう告げて廊下の奥へ姿を消す。俺たちは歓談スペースのソファに身を沈めた。大きな窓の下には賑やかな市街地が広がっている。何だかエーデルブルク城から眺めたエナンデルの街並みを思い出した。


 バラカートはいつもの勢いが影を潜めている。入場前のやり取りから察するに、母親との対面を控えて気が沈んでいるのか。まあ商会長らしいから躾けも厳しかったのだろう。


 スミヤはニザム興行商会と言っていた。なるほど。ガルダイアが建国の際に割譲した領地。その引き換えにニザム家がアインハル玄爵領の興行権を手に入れた。つまりこの闘技場もガルダイアの上位貴族が経営者というワケだ。


 闘技場含む賭博施設、それに劇場や娼館。こりゃ莫大な金が毎日動いているね。


「みんなお待たせ。私について来て」


 スミヤが戻り、後へと続く。上質な絨毯が敷かれた廊下を通り、品の良い扉の前で歩みが止まる。ここが商会長室か。


 む! 扉の向こう側に魔物反応が!


「よく来てくれましたバラカート。半年ぶりですか。元気そうですね」

「お、お母様も、ご機嫌、麗しく」

「お連れの方々もどうぞ中へ」

「失礼します」


 使用人に案内されてソファへ腰を下ろす。向かいにはバラカートが母親と呼んだ女性が座った。30代半ばか。気品に満ちた立ち居振る舞いからは育ちの良さが伝わって来る。


 この者がニザム興行商会長であり、バラカートの母親、そして……Aランク魔物!


 何という事だ。亜人種が社会に溶け込んでいる例はサキュバスで経験したが、身なりや取り巻く人々から想像するに、ごく普通の一般人に扮していると思われた。


 しかしこいつは違う。貴族家で商会長だと? 一体どんな経緯で現在の身分へ辿り着いたのか。そもそも人物鑑定の時点で普通の人間ではないと悟られるはずだが。


 ともあれ鑑定だ。情報が欲しい。


『名前:スライヤ・ニザム

 生誕:マルズーク帝国歴802年2月7日

 洗礼:マルズーク帝国歴802年2月8日

 祝福:マルズーク帝国歴816年……』


 なぬ!? 人間だと!?


「あら?」


 魔物は穏やかな表情から一転、鋭い眼差しを俺へと向けた。


 まさか!


「あなた、お名前は?」

「ユ、ユニスです。ユニス・ベンバレク」

「ほう、養子に迎えたならさぞ優秀なのでしょう」


 む! 人物鑑定!


「……なるほど。ゴーレム科の特待生として申し分ないスキルです。ただ、鑑定はレベル3止まり。派生に人物鑑定は見当たりませんね」

「お母様、当然です。こいつはまだ8歳」

「偽装か」

「え?」

「先程の無断鑑定はベンバレクの指示ですか?」

「……し、失礼ながら、おっしゃる意味が分かりません」


 くっ、こいつ、鑑定感知持ちだったか。


「頬被りでは凌げませんよ。正直に答えなさい」

「……も、申し訳ありません。俺には何のことかさっぱり」

「ああ、分かりました。人払いしましょう。ユニスの世話役はどなた?」

「わ、私です。シーリン・バハと申します」

「ではシーリンとユニスを除いて他の者は退室しなさい。予定通り私の闘技場を楽しんで」


 魔物がそう告げるとバラカートたちは足早に廊下へ出た。


「結界を」

「はっ!」


 使用人らしき男性が音漏れ防止結界を施す。


「まずはシーリン、ユニスの素性を話してくれますか」

「は、はい!」


 シーリンは俺が孤児となった経緯から養成所に入るまでを一通り話す。ドラルガ神職者ギルドへの寄付や、カナディ家から送られた品は伏せていた。


 魔物は時折り小さく頷き、または小首を傾げる。その間、俺から視線を外さなかった。


 うーむ。これは面倒な事になった。まずバラカートたちが先程のやり取りをどう受け取ったのかだ。子供らは後で誤魔化せたとしても、スミヤたち世話人は幾らか疑念を抱いたはず。


 魔物が俺の偽装を指摘して目つきを変えた時、部屋内は張り詰めた空気に包まれた。その上、俺とシーリンは個別面談だ。何か事が起きたとの認識だろう。


 こうなったらスミヤたちも配下として取り込むか。いやー、そんなにうまく行くかなあ。少なくともスミヤはニザム家寄りの身分っぽいし。まあ後でシーリンに相談してみよう。


「……ふむ。よく分かりました。不自然な点は多々ありますが、知らぬ存ぜぬの答えなど、聞いても仕方ないでしょう。それは後ほど当主に問いただします。無礼な行為を仕向けた責任は、どう取るのかも含めて」


 くっ、これはマズい。ベンバレク家が絡むと収拾がつかなくなるぞ。ひとまずこの場で治めなければ。


「ベンバレクは関係ない」

「は?」

「鑑定は俺の独断だ」

「フフ、本性を現したか」


 魔物は勝ち誇ったように応える。目つきは鋭さを増し、得体の知れない威圧感を放った。これが本性か。

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