第314話 満点
鑑定部まではそれほど距離が無いので徒歩で移動する。魔物装備科へ入り席へ座ると、ライーダが息を切らしながら駆け込んできた。
「ふー、間に合った!」
「走って来たの?」
「うん。だって遅れたら居残りだもん。あー、何であんなに調理科は遠いのよー」
「へぇ、料理人を目指してるんだ」
「一応ね。でも鑑定部と掛け持ちだと11日の午後が大変なのー。魔力を沢山使った後に急がないといけないから」
「馬車は?」
「もちろん乗って来たけど、乗り場に着く時間がこっちの始まる時間のギリギリになっちゃう」
そんな事を話していると教官が訓練開始の合図を送る。前回同様、机の上に置かれた魔物装備を3分間眺めては記録を繰り返した。シーリンの話では今回から満点でも構わないので、鑑定結果をそのまま記録する。
『バラクーダの腕輪
定着:9日7時間51分
帰属:済
特殊:衝撃2%』
おっ、海洋魔物だ。
『レッドスクイッドの指輪
定着:5日15時間7分
帰属:済
特殊:水属性3%』
これも海洋魔物、赤いイカだね。Dランク下位だったかな。以降も海洋魔物が続いたため高い訓練効果を期待できそう。
休憩時間を挟んで後半の訓練が始まる。今度はガルウルフやテラーコヨーテなどの獣種が続いた。隣席のライーダは魔物装備を渡しながら呟く。
(全然、分かんない)
確かにどれも犬っぽい外見だからね。
『マッドディンゴの腕輪
定着:18日23時間9分
帰属:済
特殊:土2%』
初めて見る魔物だ。図鑑では犬系のEランク下位だったか。
『レッドパンサーの腕輪
定着:21日20時間42分
帰属:済
特殊:剣技5%』
これも図鑑で見た。Dランク下位の真っ赤な豹だね。
『ブラッドジャガーの腕輪
定着:17日3時間19分
帰属:済
特殊:槍技3%』
また赤い豹だ。どうも先程の犬系連続と言い、教材選定者の特別な意図を感じる。
「訓練終了! 採点が終わるまで待機!」
教官が告げると訓練室は大きなため息で埋め尽くされた。
「あー、もー、絶対、居残りだ」
「鳥系が7個も続いてワケ分からない」
「2列目は鳥地獄だったか」
「色が濃いのがパンサーだっけ」
「違うよジャガーだよ」
「犬系はディンゴ、ウルフ、コヨーテの順かな」
「コヨーテ、ハウンド、ウルフだろ」
「私は全部ガルウルフにしたよ」
「1つは当たりそうだな」
皆、答え合わせで盛り上がる。
「ユニスは分かったか?」
「うん。昼間勉強したからね」
「いやお前、昨日0点だったろ。スキルが優秀でも頭の良さには関係ないぞ」
「ユニスはまだ覚え始めたばかりだから仕方ないよ。それなのに今日は意地悪な試験だったから可哀そう」
「いやー、全部合ってると思う」
「はは、大した自信だな。でも間違って覚えたら後で混乱するぞ」
「採点終了!」
教官の声に皆、静まり返る。
「居残りは17名!」
「うへぇ!」
「そんなに!」
この習科は30名だから半数以上か。教官が対象者の名前を読み上げる度に落胆の声が響く。
「やっぱり私もかー。お腹空いたよー」
「何時まで?」
「再試験に合格したら帰れるよ。でも不合格だったらもう1回。それもダメだったら補習が明日。お出掛けする予定があるから絶対にヤダー」
落第者は休日の時間が削られるのか。子供でも容赦ないね。
「全問正解は1名! ユニス・ベンバレク!」
「おー!」
「すげぇな!」
「流石は特待生!」
皆の注目が俺へと集まり称讃の声が飛び交う。
「お前、ちょっとの時間でよく覚えられたな」
「ユニスは頭いいんだね!」
「へへ」
鑑定スキルの所有は伏せているので、当然ながら周りの評価は高い記憶力だ。本来の試験目的とは異なっているが、俺自身の能力を駆使した結果なのだから胸を張っていい。不正は無かった。
もちろんその能力を得た手段は皆と大きく違う。こんな化け物が紛れ込んでいるなんて、どう見てもアンフェアだ。単にチートでイキり倒しているクソガキだもんね。極めて浅く薄っぺらい。
今は褒められて嬉しいけど慣れれば虚しくなる。だったら鑑定せずに皆と同じ条件で挑めばいいが、せっかくの訓練機会を逸してしまう。どの道、もうやっちまった。
スクール馬車に乗り込み特待寮へ戻る。
「今日も登録作業があります。ついて来なさい」
寮長はそう告げて応接室へ向かう。ああ、今日も魔力波長記憶があったね。
今回は15人に記憶される。昨日と合わせれば38人だ。珍しい探知持ちがこんなに所属しているなんて、タルカザン養成所の人材はかなり豊富だね。いやまあ皆がここの職員とは限らないか。ともあれ波長記憶感知の訓練は捗った。
夕食を終えて自室へ戻る。
「では寮長へ報告に行きます」
「俺は勝手に聞くからね」
シーリンを見送り、物体通過と重量操作を駆使して寮長室の天井に張り付く。
逆探知反応は19時に5人、19時15分に3人だった。後の3人は昨日と同じ方角と距離である。間違いなく時間と担当者が決まっているね。他に記憶された30人は有事の際の捜索要員か。或いは今後、担当が変わるか。
まあ朝5時の逆探知は困るけど、スキル訓練としては貴重な機会だ。常時オンにしておくか。
「なるほど。魔物や武器へ興味を抱く根拠はよく分かりました。他に有益な情報は聞き出せましたか? 例えばパラケル記念館に立ち寄った理由など」
「いいえ」
「性教育の最中なら気持ちが緩むでしょう。今晩はその辺りを意識して取り組みなさい」
「はい」
ほほう良い着眼点だが、激しく喘いでいたらそんな余裕無いだろ。
「本日、魔物装備科の模擬鑑定試験では満点でした。午前に座学を受けたとは言え、昨日は全問不正解の子が急に出来過ぎです。加えて休日前日は難易度が高い。一体何があったのですか」
「昼食後に私が指導しました」
「それだけでこの成績は不自然です」
「最大効率で完璧な教育を施しました」
「……そうですか。シーリン、あなたは思ったより優秀なのですね」
「恐縮です」
押し切ったぞ。まあ他に説明もできないが。
「明日は申請通りに外出を許可します。闘技場希望者は8時に西第2検問所へ集合。馬車は147番。行き先はアルケビル中央です。ゴーレム科特待生は男女共に3名。バラカート、カリム、マリカが同乗します。現地でも行動を共にする様に」
「はい」
おっ行けるのか。こりゃ楽しみだ。
「シーリンは来週後半にメロウウェン養成所での感知訓練を予定しています」
「えっ!? それは対魔物ですか」
「当然です。詳しい日程は決まり次第伝えます」
「は、はい」
「苦手としているのは分かっていますが、魔物感知を習得すれば魔人研究部への異動が近づきます。頑張りなさい」
「……はい」
ふーん。シーリンは魔人研究部とやらで仕事をしたいのか。確かに魔物感知があれば役立つ場面も多いだろう。ただ先月は酷い目に遭ったから、もう訓練に行きたくないと漏らしていた。
シーリンは寮長室を出て階段へ向かう。俺も自室へ戻った。
「入浴しましょう」
「うん」
身体を洗い湯船へ浸かる。気持ちいい時間のはずだがシーリンの表情は暗い。
「魔物感知訓練が不安かな」
「……はい」
「身体強化はしているんでしょ? 動きをよく見れば十分避けられると思うけど」
「怖くて固まってしまうのです」
「あらー、そうなんだ。じゃあまず魔物に慣れないとね。ちょうど明日は闘技場だから裏手に入って待機している魔物の視察なんかはどう? 表向きは俺の希望でいいから」
「……分かりました。立ち入りを申請してみます」
寝間着に着替えてベッドへ入る。
「さてハルツームへ向かう目的を明かす約束だったね」
「はい。お願いします」
「その一部分だけを伝えても理解し辛いから、全体的な流れも合わせて説明しよう」
「助かります」
「ただこの情報が他へ漏れればどんな影響を及ぼすか想像できない。絶対に秘密だからね」
「はい。固く口を閉ざします」
よし、じゃあ話すか。
「まず俺の生まれた場所はカイゼル王国の北西地域だ。現在も両親の他、身内が数多く暮らしている。最終目的はその地へ戻ることだね」
「北西とはクレスリンから見てどちらですか?」
「北だよ」
「高い山脈で隔たれていると聞きましたが、その北側にも国土が続いていたのですね」
「むしろそちらが本体だ。クレスリン公爵領は貿易や外交の役目が大きいだけ。カイゼル王国全体で2億の人口だからね」
「ではマルズーク帝国と同規模でしょうか」
「その通り。国土面積も近いと思う」
ただマルズーク帝国には領海がある。しかも広い。恐らく海岸線は1000km以上だ。やはり海の恵みを好きなだけ享受できる環境は大きいね。
「ハルツームでは迎えが待っている。合流後は故郷まで一緒に行く予定だ」
「なるほど。そういう目的でしたか」
「だから飛行艇や魔力結晶は関係無いし、クレア教の幹部を殺す必要も無い。ハンマメット王国も道中通過するだけ。分かった?」
「はい」
シーリンは何度も小さく頷き、得られた情報を自分の中に落とし込んでいる様子。これで変な妄想は起こさないだろう。
「思ったより大した理由ではありませんね」
「は!? 何言ってるの!? 家族の元へ帰るんだよ! とっても大事じゃないか!」
「ユニスの身分を考えれば他に優先するべき事があるでしょう。それとも故郷にはザラーム教にとって特別な何かがあるのですか?」
「いや……故郷とザラームは関係無い」
「と言うことはザラーム教徒もいない?」
「うん。周りはクレア教が多いね」
「では何故、その様な地に産まれ……ああ! 分かりました! カイゼル王国の内側からクレア教の勢力を削ぐ! つまり幹部どもを」
「だから殺さないって!」
本当にこの娘はクレア教が大っ嫌いなんだね。加えて手段が直接的だ。
「とにかく俺は故郷へ戻って家族と一緒に暮らす! 確かにクレア教は厄介だけど考えるのは後回し! 分かった?」
「……はい。ユニスは家族思いなのですね」
「そんなの人として当然だろ。あっ、シーリンの親はいなかったね。ごめん」
「気遣いは不要です。何とも思っていませんから」
それはこれまでの印象からも想像は出来た。何しろ両祖父が魔物だからね。これもし血筋となったオークメイジやゴブリンアーチャーと対面したらどんな感情を抱くのだろう。当事者ではない俺なんかは全く想像できない。
「しかし不思議ですね。家族が大事なら離れず暮らせばいいのでは? 何故こんなにも遠いザファル王国へ単身で来たのですか?」
「それは……止むを得ず」
「ザラームの指示ですか」
「いや違う。別の要因に大きく影響を受けた」
「それは何ですか?」
「……うーん」
どうしよう。神の魔物も伝えるべきか。
「ご存知の通り、ザファル王国はザラーム教が国教です。ユニスの身分ならお膝元とも言えるでしょう。今の話から推察すると意図に反してこの地へ訪れた。つまり来たくなかったと受け取れます。私もザラーム教徒の端くれです。ユニスの言動が本当なら、正直なところ大きな失望を禁じ得ません」
ああ、しまった。これじゃまるでザラーム教を避けているみたいじゃないか。
「確かにザファル王国へ来るつもりは無かった。しかし同時にザラーム教の支配地だとは知らなかった」
「ザラームから聞いていなかったのですか」
「うん。意思疎通できる時間が限られていたからね。それも別の優先するべき情報だけで手一杯だった。加えてもう二度と連絡は取れない」
「そうだったのですか……ところで今の情報は極めて重要と思われますが、私なぞに明かしても構わないのですか」
「いいよ。シーリンは信用できる」
もう神の魔物も言おう。
「シーリン、今から更に踏み込んだ内容を話す。この情報の扱いを間違えれば、多くの犠牲者が出るかもしれない。心して聞け!」
「は、はい!」
「実は俺、創造神クレアシオンから命を狙われている」
「でしょうね」
えっ、軽い反応だな。
「とんでもない能力を持った全権大使ですよ。生かしておけばクレア教にとって脅威です。あらゆる手段を行使して抹殺するでしょう」
「その通り。実際、これまで何度と襲撃された。そのほとんどは強大な魔物だったが、時には信仰深いクレア教徒や身近な子供さえも操り、俺へと殺意を向けてきたのだ」
「何と卑劣な! 邪教に相応しい仕業です!」
じゃ、邪教なのか。
「あっ、ではこの環境も安全ではありません! 直ぐに警備を強化しないと! いえ、対魔物なんてどうすれば……」
「シーリン、案ずるには及ばない。神が魔物や刺客を正しく操るためには襲撃地点のクレア教徒の数が多く必要だ。しかしここはザファル王国。神は何も出来ない。つまり俺はザラーム教徒たちによって守られているのだ!」
「おおっ!」
シーリンは感嘆の声を漏らすと、両手を胸の前で広げ俺へと向ける。そして少しうつむき目を閉じた。何かぼそぼそと呟いている。経典や聖句の様なものか。
「及ばすながら祈りを捧げました。僅かでもクレア教の悪意が遠ざかれば幸いです」
「う、うむ。感謝する」
「さあもう遅い時間です。明日は出掛けるので夜更かしは控えましょう」
「そっか、外出だったね。話の続きは後日に回すか」
「今夜はとても重要な情報をお伝えいただき大変感謝します。今後とも配下として誠心誠意尽くします」
「うむ。では寝る前に性教育を頼めるか」
「ですが夜更かしは」
「いいから服を脱げ」
「……はい」
大満足の時間を過ごし眠りにつく。




