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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
3章
314/321

第310話 アインハル(地図画像あり)

 10月11日、大きな不快感で目が覚める。これは魔力波長探知か。数は5つ。ただ方角と距離が分からない。逆探知の範囲外は気付かないと思ったが、しっかり反応してくれるようだ。


 現在午前5時。探知反応は約10秒で途絶えたが、言い知れぬ気持ち悪さが残る。ひとまずシーリンの胸に顔をうずめて気分転換だ。ああ……幸せ。このまま眠りに落ちよう。


 ぬ!? また波長探知か! 今度は南40mと50m、そして北西80mの3つだ。時刻は5時15分。昨夜は19時15分に同じ距離と方角から探知を受けた。行使者は同一人物と見ていいだろう。


「ん……ユニス?」

「ごめん。起こしちゃったね」

「何かありましたか」

「波長探知だよ。もう8人から受けている」

「仕方ありません。彼らも仕事ですから」


 そんなの知るか。こちとら安眠を妨害されて不機嫌だ。なるほど。逆探知がパッシブスキルである理由が分かったぞ。もう目覚めるまでオフにしておこう。


「まだ寝たいけど探知のせいで気分が悪い。年上女性の魅力で何とかして」

「無理です」


 そう告げて背中を向けると直ぐに寝息が聞こえた。本当につれない女だな。


 少し遅い起床のあと朝食へ。席につくや否や向かいのバラカートが吠える。


「おいお前! 今日は俺のところに来いよ!」

「大きな声じゃなくても聞こえるよ」

「うるせぇ! 来るって言え!」

「うるさいのはお前だ。何処に行くかは知らない」

「は!? 調子に乗りやがって!」

「止めな!」


 世話役のスミヤがバラカートを諭す。その様子をカリムは鼻で笑い、シャラフは呆れて息を吐いた。どうやら日常の風景らしい。


 食堂を出て自室へ戻る。


「では本日の予定をお伝えします。午前中はまず使役部虫類科を視察。11時頃からは鑑定部の魔物装備科で座学を受けます」

「虫類科ってバラカートがいるところ?」

「はい。ただ今日、彼が訓練しているとは限りません」

「会わなかったらまた文句を言うよ」

「無視して下さい。相手にすると増長します」


 まあそうか。


「午後は昨日と同じく模擬鑑定訓練ですが、鉱物科の準備が整えばそちらへ向かいます」

「模擬鑑定の成績はあれでいいの?」

「はい。ただ本音は釈然としないでしょう」

「そりゃね」


 でも不自然さを回避するためには仕方がない。


「今日からは全問正解で構いません。私が個別に指導した成果とします」

「えっ? 1日でそれは流石に変でしょ」

「そもそもベンバレク家はあなたの内面を8歳相応だと思っていません。むしろ覚えが早い程度は予測の範囲内です」

「そうだったね」


 なら意識して子供を装う必要も無いか。


「イシュマ様にもブカリ部長の報告は伝わっており、その大人びた精神面に高い期待を寄せられています」

「特別扱いしろみたいな話だっけ」

「要望に細かく対応すればドラルガの思惑を引き出せるとも言っていました」

「はは、間違いなく勘違いしている」

「ユニスとカナディ家はどの様な関係ですか?」

「え?」

「これは探りではなく興味本位です。寮長へ報告はしません」


 ほほう、個人的に知りたいと。


「昨日の一件で、隠し事は無駄だと確信しました。私はユニスの従順な配下です。その信頼関係を築く上で、ある程度の情報共有は必要かと思います」


 ふむ。まあ言い分は理解できる。それがヤル気に繋がるなら応えてやるか。


「分かった。教えよう。ただしベンバレク家に漏れ伝わっていたらヒュドラの角で串刺しだよ」

「重々承知しています」

「ドラルガ緋爵ことカナディ家の当主カドルとは、色々あってまあ、現在は俺の配下だね。当初は仲介に利用する程度だったけど、約束を破った報いとして屈服させた」

「本当に貴族でも容赦ありませんね」

「言っただろう。俺から見ればシーリンも権力者も等しく同じ人間だ。味方なら仲良くするけど裏切ったら許さないだけ」


 シーリンは強張った表情でゆっくりと頷く。


「ではカナディ家に何の思惑も無いのですか」

「その通り。あの希少精霊石12個も俺が調達して取引に使わせた。ベンバレク家は大きな勝負と解釈している様だけど真意は空っぽだね」

「よく分かりました」


 結果的に円滑な流れに繋がったけど、同時に不要な勘繰りを生み出してしまったな。


「ベンバレク家はカナディ家周辺を調査するよね」

「当然です。ただユニスが足掛かりに使った程度なら何も出て来ません」

「いや、そうとも限らない」

「え?」


 ドラルガ奥地の亜人種発現が伝わったら面倒な展開になりそう。まあ表向きは存在しない魔物だから隠し通すだろうけど。


「ところで寮長とは毎日話をするの?」

「はい。夕食後に寮長室へ1人で来るようにと指示を受けています」

「じゃあ俺は勝手に情報を共有させてもらうね」

「ご自由にどうぞ」

「その話でちょっと気になったのだけど、俺の世話役とは言え、シーリンはかなりの情報を知り得ている。一介の職員にしては少し不自然じゃない?」


 何の地位も無い16歳の少女だからね。


「私は自分で言うのも何ですが高く評価されています。学力優秀、品行方正、高い忠誠心。それらがあなたの世話役に抜擢された理由です」

「なるほど。厚い信頼を得ているんだね。寮長たちに後ろめたさはある?」

「はい。これまで大変お世話になっていますから」

「いざとなったら向こう側に付く?」

「いいえ。私はあなたの配下です」

「分かった。その言葉を信用する」


 成り行きとは言え、裏切りを強要しているからね。いずれこの娘には相応の見返りを与えるべきだな。


「まだ聞きたい事があるけど視察への出発が遅れたら怪しまれるよね」

「問題ありません。有益な情報を聞き出していると判断されますから」

「ふーん。だったら話題を準備しておくか。ひとまず俺が武器に興味を持った理由を作っておこう」

「助かります」


 とは言え何があるかな。おー、そうだ。


「俺はフェズ基地で賊に軟禁されていた。期間は約3年。あの魔物被害直後からだ。その間、剣の訓練を受けていた。目的は将来、賊の手駒とするため」

「頭に入れておきます」

「もう1つ、ファジュル孤児院の環境だ。所在はドラルガ緋爵領のマクゼン中央区。知っての通りドラルガは冒険者が多く居住している。故に武器や魔物戦闘の話題も身近にあった。ブカリ部長との道中で魔物に関心が高かった理由としても使ってくれ」

「承知しました」


 よしでは本題だ。


「昨日、イシュマを盗視鑑定した。その結果についていくつか聞きたい」

「お答えできる範囲なら」


 まずは家系かな。


『祖父:ドスト・ザファル

 祖母:ラバーブ・ザファル・ファル・アンナバス

 父親:アルハジ・ベンバレク・ズラク・タルカザン

 祖父:サタル・ベンバレク・ファル・アルケビル

 祖母:バーリア・ベンバレク

 母親:ハウラ・ベンバレク』


「イシュマの父親アルハジがタルカザン蒼爵だけど、それは鑑定結果でも確認できた。タルカザンってこの辺の地名だよね。養成所も同じ呼称だし」

「はい」

「アルハジの両親は家名がザファルだ。これは王家かな?」

「その通りです」

「母親ラバーブはアンナバス陽爵。アンナバスって何処?」

「確か王宮の所在する地域です」

「へー、国の中核じゃないか。どうしてそんなところから来たの?」

「詳しくは知りません」


 ふむ。じゃあ次は母方だ。


「イシュマの母親はハウラ。その父親サタルはアルケビル陽爵だ。アルケビルって何処?」

「アインハル玄爵領の中心地です。宮殿も所在しています。ベンバレク海運商会の本部も同領内です」


 俺が初日に辿り着いた地域だね。中心部に相応しい都会だった。どうせなら周辺の地理含めて把握しておきたいな。


「アインハル全域の地図を用意して欲しい」

「それは出来ません。あなたは監視対象だとお忘れですか」

「まあそうだけど、いちいち気にしてたら何もできない。地理に興味を持つ子供だっているでしょ」

「……分かりました。ただ持ち出しは不可です。事務室内で職員が同伴なら閲覧出来ます」


 戦時中だから制限されているのか。


「じゃあ1階に下りたら地図の手続きをして」

「承知しました」


 情報確認を続けよう。次は子供たちだ。


『嫡子:イシュマ・ベンバレク

    ホマユン・ベンバレク

    ファド・ベンバレク

    シャキラ・ベンバレク

    アビラ・ベンバレク

    シェイク・ベンバレク』


「嫡子兄弟は6人。イシュマは8歳で一番上かな」

「はい」

「爵位の継承順位って年齢だけ?」

「そうです」

「もし今、父親のタルカザン蒼爵が亡くなったらイシュマが継承するの?」

「いいえ。母親のハウラ様です」

「母親も亡くなったら?」

「両親の兄弟家系から適任者を探すでしょう。13歳以上でなければ爵位を預かれませんから」

「生前継承は?」

「ありません。基本的に死後、或いは行方不明です」

「なるほど。よく分かった」


 カイゼル王国は15歳以上で男子のみだけど、ザファル王国は13歳以上で性別問わずか。こっちの方が緩いね。特に女性も対象なのが大きい。


 続いて異父母兄弟。


『異母:ダニヤ・マスリ

    バラダル・サリム

    オマリ・サイドル

 異父:無し』


「異母兄弟が3人。全員家名がベンバレクではないね」

「そ、そうなんですか」

「大方、メイドにでも手を出したのだろう。この子たちに爵位を継承する権利はある?」

「……あったはずです」

「9歳以上ならイシュマより順位は上?」

「流石に嫡子が優先でしょう」


 そりゃそうか。


 最後に養子だ。


『養子:アニサ・ベンバレク

    シファ・ベンバレク

    ザヘド・ベンバレク

    カマル・ベンバレク

    ユニス・ベンバレク』


「養子は5人だね。俺の名前もしっかり入っている。他の4人も孤児かな」

「はい。アニサとシファは当養成所の業務部門特待生です。主に結界、鑑定、契約スキルが優れています。ザヘドとカマルはエルラシディア養成所の特待生と聞いています」

「エルラシディア?」

「第1施設の呼称です」


 ああ、海沿いの養成所だったね。


「この子たちは爵位を継承できる?」

「恐らく無理かと。全く別の血統ですから。ユニスは貴族になりたいのですか?」

「あー、もう貴族だよ」

「は?」

「色々と付き合いが面倒でさ。領地運営に大金も必要だし。おー、よかったらシーリンを使用人として雇おうか? キミは優秀だからね」


 彼女はため息をつき呆れた表情だ。冗談だと受け取ったらしい。


 後は何を聞こう。所属かな。


「イシュマの所属はサミカマル学院で初等部2年だ。これはどんな学校?」

「多くの貴族家ご令息ご令嬢が在籍され、初等部、中等部、高等部と、それぞれ3年間を過ごされます。宮殿の近郊に所在しているそうです」


 やっぱり貴族学園か。在学期間はカイゼル王国と同じみたいだね。


 おや? 所属の項目に違和感が。これは横方向? ほほう、また別の情報が出てきたぞ。


『履歴

 ザファル王国暦14年8月20日

 アルケビル陽爵領 認定登録士

 ファウジ・スタネクザイ』


「シーリン、履歴って何のこと? 日付、肩書き、人名の順で並んでいる様だけど」

「情報を登録した人物とその登録日です」


 へぇ、そんなのが分かるんだ。俺の所属登録履歴はどうかな。


『ザファル王国暦15年9月1日

 ドラルガ緋爵領 認定登録士

 サフレ・モセタム


 ザファル王国暦15年10月5日

 エンサール蒼爵領 認定登録士

 メフディ・ブカリ』


 おお、ちゃんと出てきた。9月1日はファジュル孤児院に入った日か。10月5日はドラルガを離れる前日だったはず。現在の所属はアインハル第2児童保護教育施設だけど、最終更新者がメフディなので彼が入力したと読み取れるのね。


「変更可能な情報には合わせて履歴も記録されています。その様子だと偽装情報の履歴は触っていないのですか?」

「えっと……うん」


 確認すると履歴は『無し』だった。


「履歴無しはマズいかな」

「はい。必ず反映されますから」

「でも言及は無かったよ」

「単に確認していないだけでしょう。もしくは気付きながらも敢えて聞かなかったか」

「それ、後者だとマズいのでは」

「履歴内容は変更不可です。従って鑑定偽装を疑われます。もちろん8歳での習得は考えられませんが他に説明は出来ません」


 うーん、詰めが甘かったか。まあもう過ぎたことは仕方がない。ひとまず今後に備えて履歴も偽装しよう。変更された項目は他に名前と住所だったか。


 まず名前。所属と同じ様に横方向に意識を向けるとしっかり履歴が出てきた。


『履歴

 統一暦2290年5月2日

 アーレンツ子爵領 認定命名士

 エミディオ・フルーネフェルト


 ザファル王国暦15年10月10日

 タルカザン蒼爵領 認定登録士

 サルワル・ジャリル


 ザファル王国暦15年10月10日

 (資格無し)

 リオン・ベンバレク』


 一番目は俺の誕生日の翌日だ。2番目と3番目は昨日のイシュマとの面会時か。ひとまず偽装履歴には2番目をそのまま反映して3番目は反映しない。でも1番目が困ったぞ。


 ユニス・マズラウィの誕生日はザファル王国暦7年9月30日。まあ本来は7月30日だけどそこはごまかしが効く。問題は命名士だ。恐らくドラルガ緋爵領の認定命名士だけど名前が分からない。


 実在しない人物では気付かれた時に面倒だ。ドラルガで盗視鑑定しまくった中に命名士とやらが含まれていると助かるのだが。


 ……。


 お! 認定命名士の資格所持者を発見! 年齢は47歳か。よし、この人物を採用だ。


 続いて住所の履歴。


『履歴

 統一暦2290年5月2日

 アーレンツ子爵領 認定登録士

 エルカンナ・サウテンデイク


 ザファル王国暦15年9月1日

 ドラルガ緋爵領 認定登録士

 サフレ・モセタム


 ザファル王国暦15年10月10日

 タルカザン蒼爵領 認定登録士

 サルワル・ジャリル


 ザファル王国暦15年10月10日

 (資格無し)

 リオン・ノルデン』


 これも1番目をドラルガの登録士にして2番目と3番目をそのまま反映しよう。1番目は2番目の登録士と同じでもいいが、確かこのサフレという人物は20代半ばだった。8年前は領民管理所で勤めていない可能性もある。やはり鑑定記録から年配の登録士を選出しておこう。


 年齢はなるべく高い方がいい。どうせ8年前の仕事内容なんか正確に覚えていない。


 ……。


 ふー、終わった。


「履歴って頻繁に確認するものなの?」

「分かりません。何かあった時に使える情報ではありますが」

「もし履歴偽装を疑っているのなら、昨日の時点でダーラからシーリンに情報提供されているはず。それが無いところを見ると気付いていないんじゃないかな」

「同意見です」

「じゃあ話は終わり。地図を見に行こう」


 1階へ下りて事務室へ向かう。窓口で地図閲覧を申請すると座って待つように案内された。ほどなく寮長ダーラがA4ほどの羊皮紙を持ちテーブルの向かいへ座る。


「この地図はアインハル玄爵領及び周辺の大まかな地形、そして陽爵領の境界と各養成所の場所を表しています」


挿絵(By みてみん)


 おおー、いいね!


「アインハル全域と各陽爵領の人口を教えて下さい」

「は? 何故それを知りたいのですか」

「教養を深めたいだけです。他に理由が必要ですか」

「……いいえ。ではお教えします」


 アインハル玄爵領は人口1170万。ファジュル孤児院長は1000万と言っていたが、ダーラは2年前の統計を元にしているため信頼性が高いだろう。


 各陽爵領の人口は以下だ。


 イスマイリア 180万

 アルケビル  340万

 グラティマ  210万

 モスタガ   190万

 ジェルファス 120万

 トレムセン  130万


 やはり中心地であるアルケビルが最も多い。ジェルファスは地形、面積、人口共にゼイルディクに近い規模だろう。


 ザラームの言った通り、海岸線からマルズーク帝国まで約100kmの距離だ。海上に出れば神が魔物を操れる有効範囲に入ってしまう。


 船上なら人的被害を最小限に抑えられるし、何より俺の逃げ場が無い。こりゃ間違いなく襲撃の対象だな。今後、船へは絶対に乗ってはいけない。

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