表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
3章
305/321

第301話 街の魔物

 10月9日。宿を出て馬車に乗り込む。


「移動は今日で最後だ。夕方には商会本部へ到着する。そこで向こうの担当者へ引き継ぐからね」

「メフディとはもう会えないの?」

「私はエンサール支部所属だから特別な用事でも無い限りこちらへは来ない」

「そっか」

「まあユニスが立派に成長して商会を支える一員となれば、人事絡みで関わる可能性もある。その日を楽しみにしているよ」


 俺はガルダイアへ行ってしまうから、その未来は無いけどね。メフディは話しやすくて一緒にいて楽だった。あと1日、よろしくね。


 馬車に揺られること4時間、昼食を済まし、更に3時間走った辺りから沿道の建物が急に増えてきた。アインハルの中心部へ入ったらしい。


 むっ! 魔物の反応だ。距離400m、数は約30、Eランク数体と他はFランクか。しかし見える範囲に山は無いぞ。地形探知でも平野ばかりだ。そもそもこんな都市のど真ん中に魔物が湧く森なんか存在してはいけないだろう。


「どうしたユニス」

「あー、その、町に魔物って来る?」

「来るワケないだろう」

「だよね」

「闘技場は例外だがね」

「え?」

「魔物同士、或いは魔物と人間を戦わせて観戦する施設だ。ゴーレム同士の競技も行われている」


 魔物戦闘を見世物にしているのか。確かに反応はヘルラビットやガルウルフなどの地上を移動する魔物ばかりだ。飛行系はいない。


「そうかユニスは操石士として抜群の才能を有していたな。もちろん我が海運商会では積荷管理を期待するが、ゴーレムリーグへ参加して大きな活躍も見込めるだろう」

「ゴーレムリーグ?」

「操石士たちが毎日の様にゴーレム闘技を行い年間成績を競うのさ」


 なるほどプロリーグがあるのね。そう言えばミランダからもゴーレム同士が闘う興行があると聞いた。まあこの世界は身体能力強化があるから地球の球技みたいなスポーツは成り立ちにくいだろう。その代わりの娯楽がゴーレムなんだね。


 加えて魔物戦闘か。それも興味があるな。


「メフディ、今から観戦できる?」

「それは構わないがゴーレムの試合が行われているとは限らないぞ」

「いいよ。施設の雰囲気だけでも見たい」

「分かった。では行こう」

「急にごめんね」

「気にするな。キミからの要望はなるべく応える様にと指示を受けている。遠慮せず何でも言ってくれ」

「うん!」


 これはいい身分だ。とは言え、あまり子供らしくない言動は怪しまれるか。記念館や冒険者ギルド、そして闘技場に行きたがる8歳児ってどうなんだろう。まあ孤児院では虫対決もやってたし、魔物やゴーレムも似たようなものか。


 問題は長期間拉致されて過酷な環境に置かれた割りに復活が早いこと。そして孤児院の教育にしてはあまりにしっかりした内面に仕上がっていることだ。今のところ大きな疑心を抱いている様には見えないが。


 まあもういいや。どうせガルダイアまでの繋ぎだし。いちいち相手の印象に気を使っていると疲れる。見聞を深める機会があれば遠慮せず利用させてもらおう。


 大通りを進むと石造りの大きな建物が見えてきた。あれが闘技場だな。外観から考察すると円形に観客席が階段状に並び、中央底の闘技場所を見下ろして観戦する感じか。馬車を降り施設へ近づくと時折り大きな歓声が漏れ聞こえる。どうやら試合中らしい。


「今は魔物同士の闘いだな」


 メフディは入場券を護衛の分含めて購入した。正面ゲートをくぐると飲食店が軒を連ねている。テーブルで談笑している層は高齢男性が中心か。酒類の販売も行われている様子。おや、あれはオッズ表に見えるぞ。どうやら賭けの対象らしい。


「せっかくなので魔物券を買ってみよう」

「魔物券?」

「どっちが勝つか予想してお金を賭けるんだよ」

「子供が買っていいの?」

「購入に年齢制限は無い。ほら1000タミル渡すからあそこの窓口で買って来てごらん」


 そう告げてメフディは1000タミル硬貨を手に握らせた。子供が買ってもいいのか。ザファル王国の公営ギャンブルは随分とおおらかだな。


 さて、次の試合はナスリー・ルクンとサーリム・カルブか。これらは魔物の愛称でナスリー・ルクンの意味は「勝利の角」、魔物種はヘルラビットである。この個体はなんと27連勝中だ。一方のサーリム・カルブは「無傷の犬」でラスティハウンド。こっちは9連勝。


 普通に考えればEランク中位のラスティハウンドとFランク上位のヘルラビットなので勝負は見えている。しかしラビットはかなり魔素を吸って強化が成されているはず。前の試合ではEランク下位のダークウィーゼルをも簡単に倒していた。


 しかしオッズはラビット1.24倍、ハウンドは1.12倍とやや期待が低い。やはりランクの違いは大きいと見る人が多いのだろうか。


 俺はラビットに賭けるぜ!


 魔物券を購入しメフディらと観戦席へ向かう。思った通りの円形闘技場だ。真円ではなく楕円か。その両サイドの入場口から魔物が勢いよく飛び出してきた。場内の歓声がひときわ大きくなる。おっ、あのヘルラビット、角が赤いぞ。魔素を多く吸収すると外見にも変化が現れるのか。


 中央の隔てられた柵が上がり戦闘が始まった。お互い敵意むき出しで一気に距離を詰める。ハウンドはぶつかる直前に軌道をずらし、動きが止まったラビットの側面から鋭い爪を立てた。ラビットが頭を振り角を向けるがハウンドはあっさり避けて距離を取る。


 ラビットの受けたダメージは少ないが、これを繰り返されると再生が追い付かず力尽きてしまう。うーむ、やはり戦いは機動力がモノをいうのか。ハウンドの攻撃が命中する度に場内から歓声が上がる。ラビットは防戦一方だ。


「どんどんやれ! サーリム!」


 メフディはハウンドに賭けたらしい。動きの鈍ったラビットに向けて、止めとばかりに一直線に襲うハウンド。首筋に噛みついて一気に決めるつもりだ。


 あっ、この勝負ラビットが勝つぞ!


 ハウンドが噛みつく直前にラビットは少し身体を傾け、肩付近に敢えて鋭い牙を受けた。そしてそのまま走り出し跳躍する。空中で身体を傾けると側面から落下し、噛みついたままのハウンドは下敷きになった。


 ハウンドは首の骨に大きなダメージを負って動けない。するとラビットは距離を取って突進を繰り出した。全身から血を流しながら全速力で接近すると、その頭から生えた赤い角がハウンドの頭を勢いよく貫く。


 ほどなくハウンドの血肉は消え始めた。


「おおおおっ!」

「やったぜえええぇ!」


 ラビット勢の観客から雄叫びが上がる。俺も思わず叫んだ。なるほど、ラビットは敢えて序盤から攻撃を受け続け、大きなスキが生み出せる時を狙っていた。これができたのはFランクの範疇を超えた大きな耐久力に自信があったからなのね。


「ユニスはナスリーに賭けていたのか」

「偶然だよ」

「いやしかし、これで28連勝か。次の相手設定がますます難しくなったぞ」


 そう言いながらメフディは魔物券を破り捨てる。掛け金が見えたが10万タミルだった。おいおい、ちょっと遊ぶにしては金額が大きいんじゃないか。


 あれ? 倒れたラスティハウンドに魔石の反応が無い。俺の魔石探知は半径400mだから確実に範囲内なのだが。おや? 闘技場職員が誘導しているヘルラビットにも魔石が確認できない。俺は魔物体内の魔石も探知可能なのに。


 それならばと場内控室にいると思われる魔物たちを探知するが同じく魔石が無かった。魔導具に使われている魔石とは探知座標は違うので区別できる。間違いない。この施設内に存在する魔物は全て魔石を有していない。一体どういうことだ。


 ちょっと聞いてみよう。


「メフディ、魔物は山とかで捕まえるの?」

「いや、そんなことはしない。魔物士が呼び出すのさ」

「え!?」

「錬成の派生スキルに魔物具現がある。これを行使すれば魔石を魔物へ変えられるんだ」

「すごーい!」


 なんと。魔石が魔物へ変化していたのか。


「ほら、さっき倒れたハウンドの骨が消えても魔石が残っていないだろう。魔物具現で作り出された魔物は全て同じだ。もちろん魔物装備も出ない」

「魔物具現ってレベルいくつで覚えるの?」

「錬成31だ。つまり一級錬成士が魔物士となる最低条件なのだよ。加えてEランクの魔物具現はレベル32が必要だ」


 ほほう錬成レベル31か。俺はレベル29だからあと2つだな。いやしかし魔物を任意に呼び出せるってかなり危険なスキルだぞ。使い方によっては大きな混乱を引き起こす。


 俺が魔物具現を覚えたとして使い道は何だろう。まあ好きな時に戦闘訓練は出来るか。もちろん今の立場じゃ無理だけど。ひとまず機会があれば習得しておく程度でいいな。


 おや? 魔物反応の座標が1体おかしい。これは建物の3階辺りか。闘技魔物たちは1階もしくは地下に集まっているはずだが。


 む!? Bランク相当だと? よく探ると魔石座標も一致している。これは魔物具現で産み出された魔物ではない!


「どうしたユニス、険しい顔をして。腹の具合でも悪くなったか」

「メフディ、ちょっと行きたいところがある」

「はは、構わないよ。お供しよう」


 魔物反応へ徐々に近づく。後ろからは護衛2人もしっかりついて来ている。施設の警備と思われる戦闘スキル持ちも何人か周りに確認した。もしここで魔物戦闘が起きても対応できるはず。


 辺りには沢山の机と椅子が並び、多くの人が飲食しながら談笑していた。そこに魔物らしき姿は無い。あれ? おかしいな。


 魔物探知の座標には若い女性が重なる。数人の男性に囲まれ楽しそうに会話していた。20代前半でかなりの美人。加えて魅惑の体つきだ。あの人が魔物? とてもそうは見えないが。


 対象と距離を詰めて鑑定を試みる。


『サキュバス

 レベル28

 発現:63年5ヶ月11日

 装備:有り

 特殊:結界、使役、隠密』


 やっぱり魔物だった! こいつは亜人種か。ただ魔物特有の角が見当たらない。


「ぼうや、私に用事?」

「え!?」

「親とはぐれたのかしら」

「彼の保護者は私だ。ユニス、トイレは向こうだぞ」

「ああ、うん」


 メフディに連れられ魔物と離れる。人間に化けた亜人種ではリャナンシーと遭遇したが、どこか不自然だった。しかしさっきの魔物は完全に人間社会へ溶け込んでいる。


 記憶した鑑定情報を見返す。発現は63年前。なるほど、その期間に人付き合いも学んだのか。レベル28はBランク中位、ワイバーンと同等だ。もしリャナンシーの様に本性を現せば手強い相手となる。


 あれ? 確かリャナンシーは人間に化けている間は探知出来なかった。じゃあサキュバスはあの姿が通常なのか。もしくは俺の魔物探知能力が上がって魔物の形態関係なく探知可能になったか。


 サキュバスと言う魔物名はアマーニから聞いた。使役の派生スキルである魅了を使って男性から精液を搾り取ると。恐らくリャナンシーの上位種だな。


 スキルは使役の他に結界と隠密も有していた。確かに行為ともなれば音漏れ防止結界に頼る場面も多い。いやよく考えたら63年も人間社会に紛れ込んでいるのだからもっと高いレベルだ。人物鑑定されそうになったら姿を消すだのお手の物だろう。


 あっ、もし結界派生の障壁も覚えていたら俺の攻撃が通じないじゃないか。たださっきの接触時は特に敵対心を感じなかった。まあこっちから手を出さない限り戦うことは無いな。


 闘技場から出て馬車に乗り込む。


「ほどなく商会本部へ着く。長旅、疲れただろう」

「ううん、楽しかったよ」


 通りを進むと別の魔物反応を掴んだ。これも亜人種だな。さっきのサキュバスとは感じが違う。Cランク相当か。むむ! こっちはAランク相当じゃないか! おいおい、街中だから魔物とは無縁と思ったが割と潜伏してやがるぞ。


 亜人種も神が操る魔物の対象なのだろうか。もしこいつらが複数同時で動けばかなりの脅威となる。中には何百年と生き続けて高レベルのスキルを有している個体もいるかもしれない。


 うーむ。いっそ亜人種は発見次第、こっそりと討伐するか。1対1で奇襲すれば安全に倒せるだろう。次元収納にはゴブリンブレードがある。シンクルニウム含有の精霊石を取り付ければ蒸着飛剣を放てるはずだ。いやリャナンシーロッドで必中魔法の方が確実か。


 となると今の立場では夜中に抜け出すしかない。えー、ちょっと面倒だな。正直、夜は普通に休みたい。そのために手間を掛けて養子になったのだから。


 まあザラーム教が盛んな地域にいる限り神の魔物は心配ないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ