第300話 海洋魔物
10月8日。身支度を済まし宿を出る。
「今から港へ向かう」
メフディはそう告げて俺の手を引いた。護衛2人も少し離れて続く。
通りを歩きながら昨日立ち寄った記念館を思い出す。飛行艇ねぇ。確かにあんなものが実現したら軍事面どころか物流システムも大改革だ。それがザラーム教国家となれば神への嫌がらせとして絶大な効果を発揮する。
あれ? でもよく考えたらおかしいぞ。パラケルは研究室で思い付いたと言っていたが、そんなのザラームから直接聞けば済む話だろう。つまりは知識チートみたいなものだからね。
……ワシはザラームの声を聞いていない。
え? でも使徒でしょ?
……高い錬成や探知の才能を周りが勝手に使徒だと祭り上げたに過ぎない。その身分は女を侍らす上で都合が良いので便乗したまで。
じゃあ研究成果とザラームは無関係なの?
……全てワシの実力だ。
へぇ、凄い。本物の天才だったのね。
確かに言われてみれば、神話に登場するザラームの声を聞いたとされる使徒たちは戦闘スキル系ばかりだ。ザラームと使徒契約を交わし効率の良い訓練を経てクレア教を脅かす手駒となる。恐らくターゲットなどの情報提供も受けていたはず。
俺に封印されている100万の英雄の力は、それら使徒をも超え、神話にすら残らない遥か古代の力だ。何しろレベル41以上だからね。今でさえかなり危険な能力なのにもっと凄いなんて神が世に出したくない気持ちもよく分かる。
となるとパラケルなど技術者記憶の保管に疑問符が付く。神は将来の発展に備えていたらしいが、よく考えると不可解だ。こんなのが世に出たら間違いなく秩序を大きく乱すぞ。自ら世界管理の難易度を上げるだけじゃないか。
そもそも情報提供だけなら神託を使っていつでもできるはず。手間を掛けて記憶を残す必要性は全く感じられない。記憶が付与された転生枠はどれだけあるか知らないが、41以上のスキル付与転生枠に置き換えた方がずっといい。明らかに無駄に圧迫しているだけだ。
いや待てよ。これってもしかして、神の意志ではなくザラームの仕業だろうか。ああ、きっとそうだ。神がガチャに応じて100万の転生枠を1つに圧縮する。その中に予め仕込んでおいたのだ。全ては究極の異物を作り出すため。
うーむ。この考察が合っているなら途方もない壮大な計画だな。同時に強い執念を感じる。
港へ到着。
「ここからはウチの船に乗り、一度海へ出てバトナ川の港へ向かう」
「えっ、海!?」
「ゲルミン川に比べて波は高いが大型船なので揺れは少ない。海原を眺めながらゆっくりと過ごせるよ」
これはマズい。帝国に近づき過ぎると神の魔物が襲ってくるじゃないか。ザラームの話ではクレア教施設から100km圏内が危険地帯だった。
「メフディ、帝国の近くは通るの?」
「いや通らない。もちろん我が商会には海上国境付近を通過する船もあるが、その航路の利用は開戦してから条件が厳しくなってね。警備船を多く付ける必要があるから運航数が少ないのさ」
「へー」
「需要の多い王都との直通便なだけに窮屈な思いをしているよ。もちろん溢れた分を他の航路や陸路に割り振っているから総物流量は変わらない。やや日数が掛かったり割高ではあるけどね」
なるほど、戦争の影響で大幅に減便していたのか。
「今回の航路は王都から南下するだけで距離は100kmほど。その先はずっと馬車移動になる。いやはや海運商会なのに情けない」
「ううん、仕方ないよ」
こちらとしては陸路メインの方がありがたい。どうやら魔物襲来の心配は無さそうだね。
ゲルミン川の港からベンバレク海運商会の船が出航する。長さ80m、幅15mほどか。昨日の船と比べて倍の大きさだ。確かにこれだけの大型船ならば安定感がある。見える範囲の材質は全て鉄合金だ。
船内には多数の荷物に加えて30台ほどの馬車も積載している。2階、3階には客室も多く備えられていた。最早、カーフェリーの様な雰囲気だな。この世界の造船技術はかなり高い。
「ユニス、アマルナ湾に出たぞ。数多くの船が行き交っているだろう」
「うん、この船と同じくらいの大きさもいくつか見えるね」
むっ、魔物反応だ。距離300m、Eランク相当5体か。他にも距離500m辺りにDランク2体、Fランク10体だ。
「海って魔物がいるよね。大丈夫かな」
「はっはっは、心配には及ばない。湾内にはD~Fランクばかりだ。この船の大きさなら完全に無視できる」
「へー、そうなんだ」
「もちろん中型船以下には被害が及ぶため、領兵や冒険者が常に討伐している。ほらあの船がそうだよ」
メフディが指で示した先に全長15mほどの船が見える。甲板には数人が立ち、手には棒状の物体を構えていた。よく見ると魔物が5体、船に並走している。さきほど探知した個体だ。
おっ、魔法を放った。3体に命中したぞ。どうやら討伐っぽい。やるなぁ。
「海中で倒したら素材回収はどうするの?」
「海洋魔物は討伐するとしばらく水面に漂う。それを船に引き揚げて回収するんだよ。海水に浸かっている間は血肉が昇華しないので銛で突けばいい」
メフディの言う通り、さきほどの船は残り2体を討伐した後、先の3体含めて甲板に死体を引き揚げていた。すると見る間に血肉が昇華して骨だけとなる。ちゃんと角も生えているのね。姿形はただの魚っぽいな。
「あれはバラクーダ、Eランク中位だね。陸上の魔物と同じく角や牙が残るよ。もちろん魔石や稀に魔物装備もね」
「素材は冒険者ギルドへ運ばれるの?」
「その通り」
「見に行きたい!」
「はは、分かった。港へ着いたら最寄りのギルドへ立ち寄ろう」
よし、鑑定訓練ができるぞ。海洋魔物は初めてだから高い訓練効果が期待できる。あー、それなら定着訓練もしたいし、次元収納へも入れたい。でも大量買い付けなんてどう考えても不自然だ。鑑定だけにしておくか。
約4時間の海上航行を経て陸地へ近づく。
「ここがバトナ川の河口部だ。もう少し進めば港へ入る」
「大きな川だね」
「ザファル王国ではゲルミン川に次ぐ大きさだ。ちなみに川の東側がクリブカ玄爵領、西側がアインハル玄爵領だよ。もちろん我々は西側の港へ向かう」
ほどなく港へ到着。下船後、近くのベンバレク海運商会へ。メフディが馬車の段取りを確認すると向かいの料理店で昼食を済ます。
「あとは宿へ向かうだけだ。道中、冒険者ギルドの素材保管庫へ立ち寄ろう」
「わーい!」
馬車に乗り込み出発する。これは貴族向けの乗用型だな。となると海運商会ではなくアインハル玄爵家の所有か。いずれにしろ素晴らしい乗り心地だ。護衛2人は商会の馬車で追走の様子。
数分走り、ギルドへ到着。メフディが事務所でやりとりし、職員に倉庫へ案内される。
「午前中の討伐分が集まっています。ゆっくりとご覧ください」
「ああ、すまない」
よーし! 鑑定するぞ!
『バラクーダの角
接合:4日17時間
定着:29日17時間
成分:F10 L07 R01
G11 A01 W12
H08 D06 М09』
おおー、バラクーダか。出航時に討伐してた魔物だな。見た目はオニカマスを巨大にした感じだった。こっちは巨大なハサミだが、なるほどマッドロブスター、伊勢海老か。Eランクっぽいな。
そっちには小さ目の角がまとめてある。エビルフライ? おっ隣りの大きいヒレもエビルフライだぞ。あーこれはきっとトビウオだ。Fランクだろう。あの角は大きいな。ダークマーリン、カジキか。Dランクだな。
それから15分ほどかけて全て見回った。大満足。それなりに手応えは感じたので訓練としても効果があった。
「終わったよメフディ」
「そうか。ユニスは独特の感性を持っているな。私はこんな角や牙を眺めてもさっぱり面白みが分からん。全部同じに見えるぞ」
「ねぇ向こうでもギルドに行きたい」
「それはまたお前の養親へ伝えればいい。私は送り届けるまでの付き合いだからな」
「分かった!」
ギルドを出て馬車に乗り込む。宿を目指して出発だ。




