第298話 新たな出発
10月6日。朝食を終えて登校する子供たちを見送る。
「元気でな! ユニス!」
「みんな、いってらっしゃい!」
しばらく手を振り孤児院内へ。もう「お帰り」と声を掛けることは無いだろう。特殊な境遇も受け入れ前を向いている。健気なキミたちの笑顔は忘れないよ。どうか幸せになってくれ。
孤児院内へ戻り身支度を整える。
「ユニスの荷物は精霊石だけかな」
「それはクリシ先生にあげる」
「いいのかい? ここへ来た時に大事に持ってただろ」
「もう必要ない」
「そうか。じゃあ貰うよ。ありがとう」
当初はシンクルニウム含有だったため確保したが今は次元収納に入っている。代わりにありふれた成分を手渡した。変に拘っていても後々処理に困る。売るなり何なりしてくれ。
「9時に迎えが来るから」
「うん!」
自室へ戻りひと息つく。待っている間に次元収納の中身でも確認しておくか。
まずは精霊石。
火 2,568
水 4,403
風 3,721
土 5,972
計16,664
うち土属性にはシンクルニウム含有が3つ、レア度4のイリアステル含有が1つ含まれている。他にレア度4のデュランダルとレゾナルス、そして鑑定不能を含有した精霊結晶が1つだ。
これらの大部分は洞窟生活時とワリド合宿で集めている。高度な隠密やトランサイト武器があったとは言え、短期間の成果としては異常だ。これだけ一気に拾っても同等の精霊石がいずれ復活するのだから、この世界は本当に不思議である。
主な使い道は各属性の訓練か。ただ人目を気にするので取り組める状況は限られる。
続いて魔石。まずは無駄に含有の多い高ランク魔物たち。
Aヒュドラ 1
Aジルニトラ 1
Aケルベロス 1
Aカルキノス 1
Aニーズヘッグ 1
Aガルグイユ 1
Bアウドムラ 1
Bカトブレパス 1
Bデスマンティス1
次に亜人種の魔石。
Dリャナンシー 1
Dゴブリンキング 2
Dオークメイジ 2
Eオーク 114
Eオーク(定着済み) 18
Eオーク(定着済み) 23
Eハーピー 34
Eゴブリンメイジ 10
Eゴブリンアーチャー 27
Eゴブリンソルジャー 56
Fゴブリン 200
最後にレッドベアやガルウルフなどの通常種Dランク以下だ。
D~F 54
D~F(定着済み)50
定着済みの魔石は洞窟生活時やワリド合宿で訓練に使用した。未定着の魔石は討伐証明として使えるが当然そんなことはしない。実際の使い道は定着の訓練程度だろう。
次に魔物装備の防具や装飾品だ。
ヒュドラの指輪(水レベル3、射撃速度21%)
ヒュドラのベルト(魔力回復73%)
ケルベロスのベルト(魔力効率52%、魔力回復97%)
ケルベロスのブーツ(走力34%、跳躍力47%、着地制御75%)
ジルニトラの腕輪(共鳴率9%)
カルキノスの腕輪(反動制御42%)
カルキノスの手袋(腕力34%)
ガルグイユの指輪(水属性16%)
カトブレパスの手袋(腕力41%)
ガルウルフのブーツ(走力6%)
一番下のウルフブーツはワリドが街で調達した定着品である。他は未定着。しかし今見返してもケルベロスの2品はかなりの性能だな。特にベルトはぶっ壊れている。アマーニは100億タミル以上の価値だと言っていた。
続いて魔物武器。
リャナンシーロッド1
ゴブリンブレード 1
ハーピーボウ 1
武器としての性能はそこそこだが特殊能力がとんでもない。それぞれ水属性成長3倍、剣技成長3倍、弓技成長1.5倍だからね。とくに弓と剣の価値は計り知れない。
だからと言って販売は出来ないし、もし大金が手に入ってもあまり意味はない。そもそも神の魔物と対峙する上で武器は必要だ。その時が来たら帰属してでも使う。むしろ早い成長を活用して積極的に訓練するべきだ。
となると魔物との対峙だが、これからの生活を考えると想定できない。ガルダイアの国境でゼイルディク騎士団と合流して後のことだな。
最後に魔物素材。まずはAとBランク。
ヒュドラ
ジルニトラ
ケルベロス
カルキノス
ニーズヘッグ
ガルグイユ
アウドムラ
カトブレパス
デスマンティス
部位は肩角、頭角、背びれ、鎌、甲殻、牙、爪、棘など。一番大きいのはヒュドラの肩角7m、数が多いのはヒュドラの牙600本だ。首が9本もあったからね。
全て未定着、そして接続延長もしていない。使い道としてはそれらの訓練だが、大きい角や爪をどこでも出せるはずもない。しばらくは放置だな。
そして亜人種素材。
リャナンシー 角 1
ゴブリンキング 角 3 牙 1
オークメイジ 角 1 牙 1
オーク 角10 牙12
オーク(定着済み)角38 牙36
ハーピー 角12 爪46 羽根17
ゴブリンメイジ 角10
ゴブリンアーチャー角13
ゴブリンソルジャー角15
ゴブリン 角41
定着済みはワリド合宿で手に入れてミデルト基地で訓練したもの。他は未定着。ゴブリンはもっと数はあったが当時は次元収納を覚えていなかったためリュックに入りきらず捨て置いた。
アマーニと取り分の割合を決めたのは下山当日だ。その日に倒した亜人種はリャナンシーだけだが、俺はあの5日間全てが対象だと解釈している。従って単純に未定着の素材を3割貰った。まあ違っていても今後は幾らでも倒せるからいいでしょ。
現在の収納可能対象は精霊石、魔石、魔物装備、魔物素材である。スキルレベルが26に到達すれば定着物も入る。当面は重力操作や物体通過を訓練して基礎レベルの上昇を期待しよう。
内容物の使い道はほとんど定着訓練だが、最終的な処分方法は考えていない。それならいっそ未定着を維持して、海運商会と別れる際に世話になった謝礼とするのも手だ。
とは言え、勝手に置いて行くと戸惑うから、多少は素性を明かすべきか。まあその辺も相手次第だな。信頼できる人間かしっかり見極めてからでいい。
「ユニス、使者がいらしたわ」
「はい、院長」
孤児院長に連れられて院長室へ向かう。副院長とクリシも同席した。
「メフディ様、日程は如何ほどですか」
「3泊4日ですね、院長」
「まあ遠い」
「ザファル王国の東端から西端まで横断ですから」
直線距離で約400km、長旅だね。
「さて、ユニス・マズラウィ。この先、色々と不安もあるだろうが何でも遠慮なく言ってくれ。私はメフディと呼べばいい。敬称は不要だ」
「はいメフディ。よろしくお願いします」
「いい子だ。準備は整っているか」
「いつでも行けます」
「では出発しよう」
メフディ・ブカリ、38歳男性。ベンバレク海運商会エンサール支部、人事部長か。アインハルまでの世話役だろう。
「ユニス、元気でな」
「クリシ先生と遊べて楽しかった」
「あなたは間違いなく立派になるわ」
「時々は孤児院を思い出してね」
「院長、副院長。お世話になりました」
敷地内へ停められた馬車へ乗り込む。通りへ出てからも孤児院の玄関先では職員たちがずっと手を振っていた。
「寂しいか」
「……はい少し」
「新しい環境では学校へ通うはずだ。同じ年頃の子供と毎日過ごせるぞ」
「それは楽しみです」
「ところでキミはしっかりした教育を受けたのだな。言葉遣いが8歳児とは思えない」
「変ですか」
「いや全く問題ない。何しろ貴族家の一員となるのだ。それでも気を許した相手には砕けた言葉でも構わないぞ。常にそんな調子では気が張って疲れるだろう」
「えっと……じゃあメフディには普通にしていいかな」
「もちろんだ。何でも話せ」
「分かった!」
メフディは既婚で3人の子持ちか。俺くらいの年頃もいるのかな。
「この先で船に乗り換える」
「川を下るの?」
「その通り。初めてか?」
「うん」
「では水上の景色を楽しむといい」
港へ到着すると別の馬車から降りた男女が同行する。この2人は商会の護衛か。孤児院からも付いて来てたのね。利用する船は長さ20m、幅4mほど。屋根付きで通路を挟んで座席が並んでいる。水上バスに近い雰囲気だな。
ゲルミン川自体は何度も飛行移動しているが沿岸の景色は森や廃墟ばかりだったので賑やかな街並みは新鮮だ。船は時速20km程度で馬車とさほど変わらない。ただ川には交差点が無く速度を維持できるのでとても快適だ。
何度か客の乗降のため接岸し、昼過ぎには俺たちも上陸した。ドラルガと比べて大きな街である。少し高級な飲食店で昼食をすまし、再び船へ。
「あれ? 何だかさっきと雰囲気が違うね」
「これはベンバレク商会の船だ。次の目的地まで停まらず進む」
流石は海運商会か。
夕方、港へ到着。かなり規模が大きい。ゲルミン川自体も対岸まで1km以上といつの間にか広くなった。もはや湖だね。上陸して馬車へ乗り換える。倉庫が建ち並ぶ通りを抜けると一気に賑やかさが増した。
「人がいっぱい!」
「ここはエンサール蒼爵領の中心地。ベンバレク商会の支部がある街だ。今日はその近くで宿泊する」
宿へ入り夕食を済ます。2人部屋には風呂が備わっていたのでメフディと共に入った。
「服着てたら分からなかったけど結構お腹出てる」
「はは、バレてしまったか。仕事柄、付き合いでお酒を飲む機会が多くてね。運動もしないからたるむ一方だ」
「背中流すよ」
「おお……これは気持ちいい」
人に触れる機会があれば必ず魔力波長を記憶している。対象人物が近くにいれば波長探知も訓練できるからね。
風呂を終えてベッドへ入る。
「明日もゲルミン川を下る。宿泊は王都だ」
「えっ、王都に行くの?」
「中継地として立ち寄るだけ。明後日は陸路でアインハルへ向かう。その次の日に本部へ到着する予定だ。移動ばかりだが辛抱してくれ」
「色々な景色を見れて楽しいよ」
「そうか。さあもう寝よう」
明日は王都か。マルズーク帝国の国境からは約200kmまで近づく。ザラームの話ではクレア教施設から100km半径が正常に魔物を操れる範囲だった。まだ来ないと見ていいだろう。
そもそも王都なんて人口密集地で魔物が暴れたら幸福度の大幅な低下に繋がる。襲撃を仕掛けるなら郊外だ。いや、俺を仕留めるためなら多少の被害は覚悟の上かも。
クレスリンの襲撃から3ヶ月半が経過している。記憶が戻った後からの襲撃ペースを考えると、今は操る力を大きく溜め込んでいるはず。では遂にSランクを仕向けるのか。
うーん。最悪の事態は想定するにしても、大都会で暴れ回るSランク魔物なんてとても想像できない。俺が神なら郊外へ移動するまで様子を見るね。
となると刺客を使うか。何しろ人口2億でクレア教が国教だ。信仰深い強力な暗殺者を何人も用意しているはず。こりゃ感知スキルに頼らざるを得ないな。
殺意を感じ取るなら標的感知だが、現在レベル17だ。相手の隠密レベルによっては接近に気づけない。もし襲われたら傷害感知の出番だが、こちらはレベル29なので無意識に回避できると信じたい。
他に機能しそうなスキルは人物魔力探知か。遠くから矢や魔法で狙うなら恐らく不自然な魔力変動が起きる。いやでも街中で武器を構えていたら周りの人が騒ぐから分かるだろ。じゃあ屋根に上って狙撃か。
ふう……対人を想定すると何だか疲れる。ほんと、魔物は分かり易いよ。
寝よう。




