表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
2章
299/321

第297話 洗礼の儀(地図画像あり)

 10月1日。朝食を終えると孤児院長とクリシと共に隣接するファジュル神殿へ向かう。目的は洗礼の儀だ。もちろん洗礼自体は5ヶ月前に済ましているため本来は受ける必要が無い。正に表向きの通過儀礼である。


 神殿の事務所で手続きを終えると奥のホールへ案内される。中央通路の両側には長椅子が並び、最奥には祭壇が見えた。設備構成はゼイルディクのラムセラール神殿とよく似ている。長椅子最前列へ腰を下ろすとローブ姿の50代女性が近づいた。


「この子がユニスか」

「はい、モニブ神官」

「エステトから聞いている。神話を熱心に聞く信仰深い子供だと」

「何度もお手数を掛けました」

「いいや構わん。エステトもいい経験だ」


 孤児院長と職員が言葉を交わす。この人が神官か。人物鑑定では契約レベル28で派生には洗礼を確認できた。レベル28は冒険者ならBランクである。神職者の中でも高い能力を持っているらしい。


 ほどなくモニブ神官は洗礼の儀の始まりを告げる。名前を呼び上げると最前列から子供が1人、祭壇へと向かった。なるほど俺の他にも対象者がいたのか。確かにここドラルガはコルホル村に比べれば大きな街だ。


 儀式自体はクレア教のそれと大差はない。神職者がそれっぽい文言を発した後に対象者が光で包まれる。まあスキルの成せる業だから言葉は要らないよね。あくまで雰囲気作りだ。


「ユニス・マズラウィ、ここへ」

「はい!」


 モニブ神官に促され祭壇へ上がる。祭壇の奥には剣を持った女性の像が据えられていた。その造形はテマラ基地の護授堂で見掛けた剣の女神ファルクナにそっくりである。このファルクナも元は使徒であり、数々の戦績を挙げて神になったと聞かされた。


「ザラームの子、ユニス・マズラウィよ! 今この時より、地上で果たすべき役割がもたらさせる! 神々の導きに従い、希望溢れる未来を手に入れるのだ!」


 言葉の後にしばし沈黙が訪れる。


「これは……何故、光が降りない」


 あっ! しまった!


 モニブ神官はもう一度洗礼を試みるが失敗する。そりゃ当然だ。彼女は祭壇を降りると足早に別の神職者を連れてきて再度洗礼を施した。しかし結果は変わらない。神殿内には信者のざわめきが広がっている。


「エステト、別室へ案内しなさい」

「はい!」


 エステトに連れられて祭壇横の通路へ向かう。孤児院長とクリシも続いた。部屋内の椅子に腰を下ろすとお互い顔を合わせて首を傾げる。数分後にモニブ神官が現れると孤児院長が疑問を投げかけた。


「洗礼は失敗ですか?」

「その様だ。ひとまずは日を改める」

「原因は何でしょう?」

「分からない」

「次も失敗したらどうすれば」

「別の神殿へ案内する」

「……そうですか」


 孤児院長はがっくりと肩を落とす。うーむ、困ったな。このままでは神殿をたらいまわしにされてしまう。


「では明日、同じ時間に」


 モニブ神官に促されて席を立つ。よし、ひとつ小芝居をやってみるか。


「うっ……」


 立ち止まり目を閉じるとクリシが身体を支えた。


「ユニス、どうした」

「……何だか、ぼーっとする」

「神官、この症状はもしかして」

「確かに洗礼を受けると稀に起きるが」

「念のため人物鑑定をお願いします」

「……エステト、呼んできなさい」

「はい!」


 エステトは足早に部屋を出る。うまくいったね。では鑑定士が来る前に偽装情報を書き換えよう。アマーニの提案では操石士か御者向けのスキルだったな。


 おや、契約スキルに派生が追加されている。


『洗礼26

 祝福26』


 うひょー! 洗礼と祝福を覚えたぞ! ただ祝福は受けていないのに何故だろう。まあ基礎レベルが習得可能レベルに到達したから勝手に覚えたのかな。


 鑑定士が入室する。


「洗礼の項目に日付が記されています!」

「おお! 洗礼は成されていたのか!」

「スキルを読み上げます。

 含有魔力5

 最大魔力1

 火1

 水1

 風1

 土5

 斬撃1

 衝撃1

 打撃1

 射撃1

 操具1

 測算1

 鑑定3

 錬成3

 使役3

 以上です」

「何と!」

「土5に加えて専門が3つも!」

「凄いぞユニス!」


 クリシは俺の頭をくしゃくしゃに撫でまわす。


「痛いよ!」

「す、すまない。つい興奮して」

「いやはや驚いた。この才能なら間違いなく養親として領主が手を挙げる」

「その通りです院長。やったなユニス! 貴族家へ入れるぞ!」

「へ?」

「お屋敷での高等教育を受けて将来は大成功だ! いや待てよ。貴族学園へ編入かな」

「それなら王都の学園でしょう」


 スキル1つで一気に選択肢が広がるな。やっぱり才能が目に見えるって分かり易い。


「皆、喜ぶ気持ちは分かるが、くれぐれも鑑定結果は内密に。不用意に広まればユニスの身の安全にも関わる」

「はいモニブ神官」

「固く口を閉ざします。ユニスも言っちゃダメだよ」

「うん、分かった」

「今日の結果はザラームの大いなる導きによってもたらされた。感謝の心を忘れず、日々の祈りに励みなさい。ユニスの今後については近いうちに連絡します」


 神殿を出て孤児院へ戻る。


「院長、ユニスは明日から初等学校の予定でしたが中止にするべきですか」

「そうですねクリシ。手続きをお願いします」

「はい!」


 さてさて、後はアマーニたちに任せて待てばいいな。俺の行く先はアインハル玄爵の身内が経営する海運商会だったか。国境付近に本部があるらしいが具体的にどの辺りだろう。ダメ元で聞いてみるか。


「院長先生、王国の地図が見たい」

「おや、地図なんて誰に聞いたの?」

「ワリド!」

「そうですか……まあいいでしょう。あなたは王都が何処にあるのか知っておくべきです。でも地図を見た事は誰にも言ってはいけませんよ。約束できますか?」

「はい!」


 やはり地図の扱いには気を遣うようだ。ザファル王国は戦争中だからね。院長室に入ると書棚から羊皮紙を取り出し机に広げた。


「これがザファル王国の地形図です」

「うわー!」


挿絵(By みてみん)


 国を囲む山地や海岸線はワリドから教わった内容に近い。加えて細かい山地や河川も描かれている。これはいいものだ。


「東から西へ流れている太い川がゲルミン川です。孤児院前の通りを東に行けば大きな川が流れているでしょう。あれが海まで繋がっているのです」

「すごーい!」


 院長は文字の書かれた半透明の板を地図に重ねる。


挿絵(By みてみん)


「太い赤線が玄爵領の境界です。ザファル王国は5つの玄爵領と王都に分かれています。私たちの住んでいるドラルガ緋爵領はウェッドゼム玄爵領の南東の端、ゲルミン川が山地から注ぎ出ているこの辺りです」


 院長はそう言いながら指で示した。細い赤線で囲まれている地域が領地だな。山中の範囲は基地等の拠点を含んでいるのだろう。


 ウェッドゼム玄爵領はサンデベール地方と同等の面積か。


「どのくらい人が住んでいるの?」

「王都と玄爵領それぞれ1000万、合わせた6000万がザファル王国の人口です」

「多い!」


 ワリドは5000万と言っていたから随分と差があるぞ。院長の言うそれぞれ1000万が揃い過ぎてかなり怪しい。恐らく800万~900万だろう。


「こっちはザファル王国じゃないの?」

「西側のマルズーク帝国とガルダイア王国ですね。マルズーク帝国は悪い人たちばかり住んでいます。ガルダイア王国は友達です」

「マルズークは友達にならないの?」

「いきなり喧嘩をしてくる馬鹿な人たちです。話し合いで決めた約束も勝手に破ります。これはクレア教という酷い教えを信じているからです。仲良くなんて出来ません」

「うーん、そっかぁ」


 こりゃ戦争が終わっても対立は続きそうだな。アマーニも敵意をむき出しにしてたし。


「ガルダイアは仲良しなら遊びにも行けるね」

「国境には大きな街があって普段から沢山交流しています。ここでは見ないお魚も多いと聞きます」


 関係は良好で貿易も盛んか。アインハルを南北に流れている川の河口付近が賑わっていそうだな。恐らく海運商会の本部もここだろう。ドラルガからは直線距離で約400kmか。


「神殿でも話しましたが、ユニスが行くかもしれない王都はここです。朝から出発しても次の日の夕方に着くほど遠いところです」

「うわー」

「王都で立派に育てば沢山お金を稼げます。余裕が出来たらドラルガの孤児院を思い出して恩返しをしましょう」

「恩返し?」

「寄付です。つまりお金を預けて子供たちの環境をより良くするのです。あなたが何処へ行こうとふるさとは変わりません。よく覚えておきなさい」

「はい!」


 院長は再び地図を指さしてドラルガの位置を示す。そうか地図を見せる目的は金だったか。


 午後からはいつも通り庭で子供たちと遊ぶ。その間、クリシが常に側に付いていた。夕食時も入浴時も過剰にべったりだ。これは院長の指示か。何かあったらいけないからしっかり監視しているのね。


 クリシは俺を2段ベッドの上段に寝かしつけると自らは下段に入った。


 翌日、朝からモニブ神官が孤児院に訪れ、ドラルガ緋爵から招待されていると告げられた。院長らと共に屋敷へ出向くと、緋爵お抱えの鑑定士が俺のスキルを確認する。緋爵は大変驚いていたが、その目の奥には怯えも感じ取れた。


「ユニスよ。そなたほどの才能があれば将来の大きな成功は約束されたも同然だ。是非とも我がカナディ家へ迎え入れたいところだが、諸事情により違った道が用意されている」

「と申しますと」

「ファジュル孤児院長、ユニスの養親はベンバレク家に決まった」

「ベンバレク……私の記憶が定かならアインハル玄爵の家名ですが」

「その通りだ。具体的にはアインハル玄爵次男の家系へ入る。近日中には使者が訪れ、速やかな手続きの後、ユニスはアインハルへと旅立つのだ」

「素晴らしい!」

「本件は決して口外してはならぬ。その日までユニスの世話を頼んだ」

「はい! 承知しました!」


 ほほう次男の家系か。何にせよガルダイアまでの道が予定通り進んでいて良かった。アマーニに感謝だね。そのアマーニの魔力反応は2階の自室から動かない。顔を見に来るとも思ったが自重している様だ。まあよく考えたら表向きの接点は無いか。


 3日後、ベンバレク家の使者が孤児院へ訪れる。共に領民管理所へ出向き、所属変更や転出の手続きを終えた。


「明日朝、出迎えに参ります」


 そう告げて使者は去った。つまり今晩が孤児院で過ごす最後の夜である。夕食の席では俺が旅立つと周知された。表向きは領外に身内が見つかったとしている。


「ユニス行っちゃうのかー」

「寂しくなるな」

「ダウド、ハルファン、仲良くしてくれてありがと」

「お前と遊べて楽しかったぜ」

「またいつか会おうね」


 孤児は引き取り手が見つかればある日突然居なくなる。俺に限ったことではなく日常の風景なのだ。そして去る者がいれば新たに加わる者もいる。あのフェズ基地で軟禁されていた子供たちもファジュル孤児院の仲間として日々を過ごしていた。


 このドラルガの地に降り立ったのは6月25日、今から100日前だ。命の危険を何度か経験したが同時に大きな成長も遂げた。出会えた人たちにも恵まれていたね。


 ゼイルディクへの道のりは果てしなく遠い。その道中、どんな人に出会うか、どんな景色を見るか、そしてどんな成長が待っているか。もちろん神との戦いも続くが、今はまだ見ぬ新しい世界に期待を膨らませたい。

 2章 ~ドラルガ~ 完


 ここまでお読みいただきありがとうございます。続きは登場人物紹介などを挟んで3章として再開します。先が気になる方はブックマークをお願いします。いいねや評価ポイントもいただけると励みになります。感想もお気軽にどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] やっっと、ストーリーが本筋に近い流れになったので再度ブクマして読ませていただきました(下ネタに耐えられず暫く外してた) 洗礼?でかなり減らしたステータスでも周囲に期待されてたのはやはり、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ