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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
2章
294/321

第292話 森の美女

 ゲルミン川を3kmほど南下すると馬車道沿いに人工物が見えてきた。ビラル舟舎だね。もちろん完全に破壊されている。更に1km進んだところで巨体の一部が視界に入った。川原に降りて作戦会議を始める。


「ニーズヘッグね。Aランク中位のドラゴン種よ」

「縄張りの中心はギヤス基地か」

「地図上ではそのはず。跡形も無く壊滅しているけど」

「魔物の特徴は?」

「真っ黒な鱗で覆われ火属性の魔法を放つ。口からは炎も吐くそうよ」

「ふーん」


 火魔法を使うサラマンダーかな。


「鱗の硬さはリンドブルムと同等かしら。まあトランサイトなら関係ないけど」

「作戦はジルニトラやガルグイユと同じか」

「そうね。ユニスもいい?」

「分かった」


 魔物の北100mへワリドを残し、そこから東50mへアマーニが潜む。俺はさらに50m南へ移動し、その時を待った。


「おいニーズヘッグ! この俺が相手だ!」


 ワリドの注意を惹き付ける台詞は他にバリエーションが無いのか。まあ役目は変わらないけど。


 グオオオオッ


 魔物からは低空飛行の意思を感じる。両翼を広げて姿勢を低くした瞬間、アマーニの氷槍魔法が頭に突き刺さった。ちょっとタイミングが早い気がする。まあいいか。


 シンクルニウム蒸着。魔物は俺に気づいて魔法を準備する。そこへ2発目の氷槍魔法が到達。激しい怒りと共にアマーニへ敵意を向ける。


 変化共鳴。立て続けにアマーニは魔法を放ち見事命中。魔物は首を大きく振りよろめいた。


 スパアアァァン


 距離を詰めたワリドが左前脚を切り飛ばす。魔物はバランスを崩して横倒しになった。


 強化共鳴。


 スパアアァァン


 地面に付いた片翼をワリドが切り落とす。直後に4発目の魔法が頭へ突き刺さる。上顎付近は広範囲に凍り付き、魔物の動きは完全に止まった。


 止めだ。魔素飛剣!


 縦に振り下ろした剣から不可視の刃が真っすぐ進む。それは体の中心に位置した心臓を捉え、巨体もろとも真っ二つに切り裂いた。


「きゃー! やったわー!」

「完全勝利だ!」


 笑顔の2人が駆け寄る。


「ハァハァ……流石ユニスね」

「ふー……一撃だな」

「2人共、ちょっとやりすぎ」

「はは、流石に2発目の後は動けなかったぜ」

「私も、息が上がっちゃって」


 まあ俺の攻撃が当たれば確実に仕留めるからね。それを見越して動いたのだろう。お陰で狙いをつける余裕がかなりあった。


「俺の攻撃の前でも勝負は決していたかも」

「私たちレベルのトランサイト使いがあと2人いれば安全に倒せるわね」

「ああ、十分いける」


 流石は現役冒険者だ。経験を重ねる度にトランサイトの扱いもAランクとの戦闘も慣れてきている。やはり場数を踏むことが何よりの成長に繋がるね。


 ニーズヘッグの魔石と素材を回収する。魔物装備は火属性18%の指輪だった。


 十分休息を取り再びゲルミン川へ。ギヤス基地から5kmほど進むと沿岸に拠点跡地が見えてきた。高ランクの魔物反応は無い。僅かに残った城壁へもたれて小休止する。


「この基地の名前は?」

「ヤルダト基地だったかしら」

「見たところミデルト基地と同規模か」

「馬車道は終点っぽいね」

「この先は両岸とも山の斜面が迫っているからな」

「上流へ向かうなら舟でしょう」


 テマラ基地みたいに陸路で繋がっていない拠点があるかもしれないね。


「……お、おい!」

「どうしたのワリド」

「人だ!」

「えっ!?」


 彼が示した方向には人間の姿があった。距離50m、こちらへ向かっている。直ぐに俺たちは立ち上がり武器を構えた。


「何故こんなところに人が」

「もしや魔物?」

「魔物探知は反応していないよ」

「では領兵か」

「それにしては服装が場違いね」


 その人物は深紅のドレスを身に付けていた。胸元は大きく開き、スカート部分には深いスリットが入っている。歩くたびに太ももまで肌が露出した。


 明らかに女性である。金色の髪は地面に着くほど長い。年齢は20歳前後か。かなりの美人だ。


「おいキミ、何処から来た」

「……」


 女性はゆっくりと腕を上げて森を指さす。


「はあ? 意味が分からない。他の領兵は何処だ」

「……」

「黙ってないで何か言ってくれ」

「男……」


 そう呟いておもむろにワリドの股間へ手を伸ばす。


「おい!」

「ちょっと何してるの!」

「女……要らない」

「はあ? 喧嘩売ってるの?」

「待てアマーニ……この人は悪くない」

「えっ!?」

「ふふ……」


 金髪の女性はワリドの手を引いて歩き出す。明らかに様子がおかしいぞ。人物鑑定だ。


『リャナンシー

 レベル20

 発現:2年1ヶ月22日

 装備:有り

 特殊:使役』


 なぬ!? こいつ魔物か!


「その女から離れて!」


 ワリドの手を引っ張るが全く動かない。


 パン!


 アマーニはワリドの頬へ平手打ちする。


「うがっ、何だ?」

「距離を取って! さあ早く!」

「お、おう」


 2人と一緒に川原へ走る。


「あいつは亜人種の魔物だ」

「何ですって!?」

「本当か!」

「鑑定結果ではリャナンシーと出た。レベル20だからDランク最上位」

「ちょっと手強いな」

「でも1体でしょう」


 魔物は立ったままその場を動かない。


 むっ!


「アマーニへ強烈な殺意が!」

「魔物なら倒すわよ!」


 彼女は杖を構えて魔素集合体を作り出す。魔物は体を空中に浮かせるとそのまま高速で移動した。いつの間にか頭には角が2本生えている。


「速い!」


 アマーニは氷槍魔法を放つがギリギリで回避された。魔物は低空飛行で距離を保ちながら自身の周りに多数の光を発生させる。


「水魔法! 気を付けて!」


 氷の矢が次々と放たれる。


「2人共、無事!?」

「当たるワケ無いだろ」

「ヒュドラに比べれば止まって見えたわ」

「はは、そうか」

「でも動きが速くて狙い辛い。的も小さいし」


 魔物は高度1mほどを浮遊しながら様子を窺っている。攻撃手段は魔法だけか。と言うことは接近戦が苦手だな。


「ユニス、魔法で倒して」

「え? ああうん」


 なるほど必中の魔法か。


 アマーニから杖を受け取り土の精霊石を取り付ける。水の精霊石から魔素を抽出し密度を高めた。そしてシンクルニウムを蒸着、変化共鳴、強化共鳴。最後に標的固定。狙うは心臓だ。


 ヒュン


 バアアァァン


 弾ける音と共に魔物の上半身は吹き飛んだ。


「流石ね」

「全く軌道が見えなかったぞ」


 伏せていたワリドとアマーニは立ち上がる。


「それにしても驚いたわ。魔物が人間の言葉を話すなんて」

「加えて見た目も完全に人間だからな」

「あんな不細工がワリドの好みなの?」

「はあ?」

「まるで心を奪われた様な目をしてたわよ」

「それなんだが……あんまり記憶にない」

「とぼけてもダメ」


 そうか分かった!


「きっとリャナンシーは思考を操作する能力があるんだよ」

「え?」

「何だそれ」

「特殊に使役があった。その派生スキルが、恐らく異性に対して一時的な支配効果をもたらす」

「魅了かしら」

「おお、それだよ」


 やっぱり存在するんだね。


「魅了はサキュバスの能力として伝わっているわ。リャナンシーは存在自体が記録に残っていないけど、サキュバスに似た生態と考えていいわね」

「魅了されたらどうなるの?」

「精液を搾り取られる。つまり性交ね。ワリドなら連続10発くらい平気でしょ」

「魔物と交わるなんてゴメンだ」

「極上の快感が味わえるのよ」

「おい、本気で言っているのか」

「ふーんだ!」


 分かり易い態度である。


「魔物に嫉妬するなんて見苦しいね」

「ち、違うわよ!」

「なあアマーニ、俺が魅了されているのはお前だけだ。他の女なんか眼中に無い」

「うまいこと言ったつもり?」

「はは、難しいな」

「……許してあげる」


 アマーニはワリドに抱きついて熱い口づけを交わした。そのまま胸を出して身体をくねらせる。ワリドが押し倒すと下着を脱いで股を開いた。


「あなたの精液が欲しい」

「たっぷり注ぎ込んでやる!」

「やるのは構わないけど奥へ行く時間が無くなるね」


 アマーニはのろのろと起き上がり衣服を正す。ワリドもズボンを穿いた。全く、行為中に魔物が来たらどうするんだ。まあ俺が倒すのだろうけど。


 それにしても所かまわず始めるなんて性欲が強いにも程があるぞ。むっ、もしや。念のため人物鑑定でアマーニを確認したがちゃんと人間だった。


「ねぇアマーニ、どうして俺は最初にリャナンシーを探知出来なかったの」

「きっと人間に化けている間は無効なのよ」

「それらしいスキルは鑑定に無かった」

「固有の能力でしょう。サキュバスは巧みに人間社会へ潜り込むと記録されている。きっとリャナンシーも同じ能力があるのよ」

「ふーん」


 ユニークスキルか。厄介だな。


「じゃあこんな人気の無いところに居座っていないで街へ出て行けばいいのに。発現は2年以上前だよ」

「……待機型じゃないかしら。通りかかった男性を狙うのよ」

「だとしたらずっと1人ぼっちで寂しかったね」

「バラバラにしておきながらよく言うわ」

「魔物に慈悲は無い」


 話し方が不自然だったのも初めて人間に出会ったからだろう。その辺りの経験を積まれたら中々見抜けないな。いずれにしろ山奥に1人の時点で怪しいが。


 リャナンシーの魅了はゴブリンやオークにも有効なのだろうか。それとも人間の精液にしか興味が無いのかな。じゃあ妊娠もする? 一体何が産まれるのか。


「ところで素材や魔石は?」

「今から回収する」


 討伐現場に魔石と魔物武器を確認。杖だな。頭は少し遠いところへ飛ばされていた。角2本を回収する。他に素材は無い。


「杖の能力は?」


『リャナンシーロッド

 定着:29日23時間37分

 帰属:未

 火:10%

 水:30%

 風:10%

 土:10%

 魔法射撃:330

 特殊:魔力集束(20%)

    魔力共鳴(80%)

    水属性成長(200%)』


「水の成長が3倍!」

「ゴブリンブレードと同じだね。向こうは剣技だけど」

「ちょとこれ、とんでもない代物よ! だって剣技や弓技は戦闘でしか使わないけど水属性なんて沢山用途があるじゃない!」

「おー、そうか」

「いくらの値が付くか想像できないわ」

「あげないよ」

「……ええ分かってる。角は1本貰うから」


 これはいい土産が手に入ったな。


 ヤルダト基地跡地からゲルミン川へ入る。ここから先は馬車道もない未開の地域だ。両岸には山の斜面が迫っており、進むほど傾斜がきつくなる。ついには渓谷へと地形は変わった。


「3年前、この先から魔物が雪崩れ込んできたよね」

「そうよ」

「でも川の水量は多いし底も深い。レッドベアくらいでも進むのに苦労しそうだけど」

「一時的に水面が下がったらしいわ」

「へぇ、どうして?」

「ヒュドラみたいな巨体が一度に数多く進めば、川の水を下流まで押し流すから」

「あー、なるほど」

「それが原因でドラルガの街は大洪水に見舞われた。その復旧に注力しているところへ魔物が押し寄せたの」


 二重災害か。犠牲者の数があまりに多い理由が分かったかも。


 ヤルダト基地を離れて10kmは進んだが渓谷はまだ続く。岩壁の高さは100m以上だ。


「おい、さっきから上空の魔物が増えているぞ」

「……本当ね」


 確かに数が増している。ほとんどは小型だが、ワイバーン級も時折り渓谷を横切った。


「西側が開けてきたわ」


 アマーニの言う通り、進行方向の右側に森が広がる。


「降りて休憩するよ」


 しかし岸へ近づくと多数の魔物反応が迎えた。


「魔物が多い! D~Eランク! 直ぐに戦闘開始だから備えて!」

「分かったわ!」


 接岸と同時に討伐を開始する。80体近くは倒したか。トランサイトと言えど連戦は疲れる。俺たちは大木をよじ登り休憩場所とした。


(直ぐに集まって来たな)

(こんな密度は初めて見るわ)

(どうして縄張り争いをしないの?)

(恐らく魔素の濃度が高いから)


 なるほど。


(おい今、あそこの空に魔物が現れたぞ)

(どこ?)


 ワリドの指さす方向を注視する。確かに空中へ突然魔物が現れた。これが発現の瞬間か。と言うことは、あの一帯に魔素の柱が多く上っているのだろう。


 観測スキルを有効にする。


(うわっ)

(どうした?)

(空が……真っ白だ)

(は?)


 柱が途切れなく発生している。だからこの辺りは魔物が多く存在するのか。


 いや待てよ。魔素の柱はまず精霊石に、精霊石があれば魔物に、魔物がいるなら空気中に飛散するはず。一定範囲を基準とするらしいが、それがこんなに狭いとは思えない。それともここだけ何かしら特異な環境なのか。


 ……ハイマの泉。


 えっ?


 ……魔物大発生を産み出す源だ。


 なるほど。ここが3年前の元凶か。


 ……同時に精霊結晶、魔力結晶を作り出す。


 でも結晶化には鉱物が。


 うーん、何だっけなぁ。


(どうしたのユニス、ぼーっとして)

(えっ? いや何でもない)

(おいアマーニ、これ以上の探索は危険じゃないか。流石に数が多すぎる)

(確かにそうね。残念だけど)

(よし、降りたら周辺を蹴散らして直ぐに脱出だ。ユニス頼んだぞ)

(いや……待って)

(は?)


 あそこには必ず何かがある。俺はそれを確かめたい。

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