第289話 共闘
カトブレパス討伐地点から南へ4km、大型拠点の跡地がジルニトラの縄張りだ。数百m先でもそれと分かる黒い巨体を視界に捉えた。
「作戦会議を始めるか」
「Aランク最上位なんて楽しみだわ」
「いや危険だよ。俺1人で何とかするから」
「ケルベロスに追い込まれただろ」
「うっ」
「俺たちも冒険者だ。頼ってくれていい」
「何より武器がトランサイトなのよ」
「……まあそうだね」
ここは素直に共闘するか。
「ユニスの攻撃が当たれば直ぐ終わるさ。俺が注意を惹き付けるから確実に命中させてくれ」
「接近するの?」
「向こうから来るだろ。飛行か突進かは分からないが。いずれにしろ逃げに徹すれば心配ない。相手の属性は3つだったか」
「そうね。突風は広範囲に影響を及ぼすから気を付けて」
「グリフォンみたいな感じ?」
「さあ知らないけど」
「俺が受けた時は最大瞬間風速50m毎秒だった。あれは立っていられない」
「……そう」
地面に伏せたら潰されるし風は厄介だ。
「突風ほど範囲は広くないけど熱風にも注意して。もし受けたら全身火傷よ」
「あれは半径20m程度かな。温度は瞬間的に300度を超える」
「よく知ってるわね」
「喰らって死にかけたから」
「……そう」
エリオットが庇ってくれなければ後の飛剣を放てたかは分からない。
「凍り付く息も吐くわ。カトブレパスより遥かに強力だから包まれたら終わりよ」
「全方位の冷風じゃないの」
「私の知識では息ね。そもそもいくら冷たい風でも風量が無ければ脅威にはならないでしょ」
「まあそうか」
「でも息は瞬時に氷で覆われてしまう。動きを制限されて重度の凍傷を負うわ」
「ガルグイユの白い息みたいな感じ?」
「でしょうね。あなたそれも経験があるの?」
「いや目の前で両腕両足が氷で覆われるのを見た」
「……そう」
コルホル街道で戦ったローザとラウニィだ。
「ユニスはAランク魔物との戦闘経験が豊富だな」
「必要に迫られてね」
「他は?」
「サラマンダー、リンドブルム、クエレブレ」
「強力なドラゴン種ばかりね」
「後はグラスドラゴン」
「何だそりゃ」
「聞いたこと無いわ」
「全長100mの特大型だよ。瞬時に広範囲の地面を凍らせる」
「……そう」
あれが今まで対峙した中では最強だな。
「もちろん俺1人では倒していない」
「そりゃ当然だ。いくらお前でも攻撃と回避を同時には出来ないだろ」
「私がワリドを援護するからユニスは攻撃に集中して」
「分かった。最速で倒す」
具体的な位置取りを決め、縄張りへ向かう。ジルニトラから西100mにワリドを残し、そこから南50mにアマーニが身を潜める。俺はさらに東50mへ向かった。
「おいジルニトラ! この俺が相手だ! トランサイトでぶった切ってやる!」
グオオオオッ
ワリドが瓦礫に立ち挑発すると敵意をむき出しにして咆哮を上げた。戦闘開始だ。
魔物は魔法を準備しながら低空飛行へ移る。一気に距離を詰め、着地と同時に尻尾を振り回した。ワリドは攻撃範囲外へ退避している。
シンクルニウムを蒸着すると魔物の注意が俺へ向く。直後に氷槍を十数本放った。しかし隠密効果で狙いは定まっておらず容易に回避する。変化共鳴を施すと完全に標的を俺へと移した。両翼を広げて低空飛行の体勢に入る。
ズバァァン
飛び立つ直前、アマーニの放った氷槍が右目に突き刺さった。よし、強化共鳴だ。
キュイイイィィィーーーン
魔物からは激しい怒りが読み取れた。すぐさま標的をアマーニへ移し、無数の光が体の周りに出現する。回避できないほどの氷の矢を放つ準備だ。
スパアァァン
ワリドが尻尾を切り飛ばした。
ガアアアアァッ
天に向かって咆哮を上げる。激しい怒りと強い殺意が思考を支配していた。
バシュン
ガ……ガブフ……
魔物の喉元にアマーニの氷槍魔法が突き刺さる。声帯は瞬時に凍りついた。同時に若干の混乱を生み出し、動きが完全に止まる。次の選択は上空へ逃れて再生に集中だ。
させるか!
スパアアアァァン
共鳴率200%の魔素飛剣が両前脚の付け根から背中へと切り抜ける。両翼含めた上半身は下半身と別れを告げて静かに崩れ落ちた。
「うおおおーっ! やったぜ!」
「きゃあー! ユニス!」
ワリドとアマーニが笑顔で駆け寄る。
「真っ二つだぞ!」
「本当に凄いわ!」
「へへ……2人のお陰だよ」
魔物の戦術が魔法寄りだったとは言え、討伐まで完璧な流れだった。やはり戦い慣れている仲間は頼もしい。
「アマーニはよく眼球に当てたね」
「一応、狙ってはいるのよ」
「ワリドは少し危なかったかも」
「しっかり魔物からは離れている。たまたまトランサイトの伸剣が尻尾の先端部に届いただけ」
「そっか」
魔石と魔物装備を回収する。
「腕輪の効果は共鳴率9%だったよ」
「それもユニスにあげるわ。共闘の報酬はトランサイト生産本数の追加でいいから」
「分かった。でも具体的にいくつ?」
「まだAランク討伐は残っているでしょ。全部終わってからね」
こんな曖昧だと何十本も持って来そうだ。
休憩を終えてゲルミン川を下る。次の魔物はフェズ川の合流地点だ。まずは対岸のデスマンティスを蒸着飛剣で瞬殺する。魔物装備は無かった。ガルグイユはジルニトラに似た戦術で危なげなく倒せた。魔物装備は水属性16%の指輪だった。
時間は正午前。ゲルミン川で魚を獲り川原で焼く。この料理も今回で最後か。飽きた飽きたと文句ばかり言っていたが、初めて食べた時の感動は今も覚えている。味付けなど無くても最高に美味しかった。
おや、魔石の反応だ。縄張り争いで倒されたか。でも何だか感覚が違う。
「えっ!?」
「どうした?」
「……西200m、テラーコヨーテ3体だが、一緒に魔石も動いている」
「何だそりゃ。もしや咥えているのか?」
「そんな生態は聞いたことが無いわ」
「ちょっと見てくる」
隠密を行使して距離を縮める。魔物3体の口元を確認するが何も咥えていない。えっ、体の中? あー、なるほど。
討伐して川原へ戻る。
「どうだった?」
「俺が魔物体内の魔石を探知していただけ。倒したら探知対象だった魔石が残ったから間違いない」
「何だそうか」
「ブバッ!」
「うわ」
「汚ねぇな」
アマーニは咀嚼中の魚肉を吹き出した。
「ゴホゴホ……ちょっと今の話は本当?」
「うん」
「これは凄い事よ。大型の魔物に対してかなり有効だわ」
「何故? あー!」
「そうか心臓か!」
確かフリッツが言っていた。確実な魔物討伐は頭を落とすか心臓の機能停止だ。心臓は体の中心付近に位置するが個体によって微妙にズレている。何度か切りつければ当たりはするが普通はそんなことをせず頭を狙う。
しかし大型となれば頭の位置が高い。首を落とせば終わると分かっていても届かないのだ。ベルソワで戦ったクエレブレはナタリオがトランサイトの槍で討伐した。2発目に突き刺した魔素伸槍が心臓を貫いたのだ。中心付近を突けば何か起きると考えたのだろう。
「魔石は心臓と一体化しているのよ」
「つまりどんな巨体でも魔石を狙えば一撃で倒せるってことだな。おいヒュドラに丁度いいじゃないか。9つも頭があったら面倒だろ」
「あー、そうか!」
よーし、飛剣で心臓を真っ二つにするぞ。
「でも魔石に攻撃が当たったら壊れるかも」
「その心配は無いわ。この世で最も硬い物体は魔石と精霊石だから」
「へー、そうなの」
「どんなに切断力の高い武器でも傷ひとつ付けられない。加えて高温や高圧力でも全く変化しないの。溶岩の中から出てきた記録もあるわ」
「魔物装備は?」
「あれは討伐後に生成される。オークスピアが体内に通ってたら脚が曲がらないでしょ」
「はは、確かに」
ともあれ魔石が最強の物体ならば気兼ねなく200%の飛剣を放てるね。
「ユニスの攻撃は長さどれくらいなの?」
「えっと……最大20m」
「じゃあ心臓なんか関係なく体を真っ二つに出来るわ。側面から縦に切り裂けばいいでしょう。第2射までの回復時間は?」
「同じ20mなら1分は欲しいかな」
無理をすれば縮められるが高い疲労を伴う。恐らく全く動けないので何か起きると対応できない。それで討伐が確実ならいいけどね。
「時間は俺が稼いでやる」
「私も正面でワリドと一緒に注意を惹き付けるわ」
「無理しないでね」
「十分距離を取るから心配するな。お前は自分の攻撃に集中すればいい。それが命中した時点で勝負は決したも同然だ」
うん。俺の役目は確実に飛剣を当てること。狙いが外れて真っ二つにならなくても大きく動きは制限できる。
「ヒュドラの特徴は? ケルベロスみたいに異常な再生速度だと苦戦する」
「再生は分からないわ。とにかく体が大きいから保有魔力も多い。水属性の魔法を数多く放ち、口からは凍り付く白い息も吐く。移動速度自体は遅いでしょう」
ふむ。再生は切ってみないと分からないか。
それにしても白い息を吐く魔物ばかりが続く。カトブレパス、ジルニトラ、ガルグイユ、そしてヒュドラ。まあ範囲が限られるから遠距離の俺としては関係ないけど。
そう言えば異世界ファンタジーにありがちな毒だの麻痺だの石化だのを聞いたことが無い。混乱や睡眠、或いは魅了なんかの精神攻撃も無いっぽいね。
「毒の息を吐く魔物はいるの?」
「いないわ」
「どうして?」
「……私が思うに弱くないからよ」
「へ?」
「魔獣でも植物でも昆虫でも、毒を持つ理由は身を守るため。捕食対象を弱らせる目的でも結果的には危険を回避しているでしょ」
「まあそうかも」
「魔物は強いから毒に頼る必要が無いだけ」
「ふーん」
まあ毒の対応を考えなくていいから楽だけど。
「俺は治療に関係していると思うな」
「ほう」
「もし毒状態になっても中和スキルで直ぐ治療できる。それですぐ動けるだろ。一方、凍傷や火傷は治療しても完治まで時間が掛かる。俺が魔物なら毒の息より凍り付く息や火炎を選ぶな」
「なるほど」
「牙や爪に毒を仕込んでも意味は無い。何しろ噛みつかれた時点で俺たち人間は即死だ。爪が掠っても大きな傷を負う。戦闘の継続なんかできないさ」
ワリドは治癒スキル持ちとしての見解だね。いずれにしても正解を知っているのは神だけ。
「そろそろ行くか。残すはヒュドラとカルキノスだけだ」
「ふぅ……そうね」
「どうしたのアマーニ。ため息なんかついて」
「流石に疲れたか。もう少し休憩しよう」
「いいえ、問題なく戦えるわ。ただちょっと寂しく思えて」
なんだ。そう言うことか。
「お屋敷に帰ればまた勉強の日々でしょ。もちろん自分が望んだ環境けど、あまりにこの3日間が楽し過ぎて」
「護身のため戦闘訓練は続けるだろ。理由を付けて魔物討伐に繰り出せばいい」
「それは……ちょっと難しい」
「貴族家ならウタリドみたいに冒険者ギルドの幹部に就けば?」
「あの役職は事務仕事ばかりなの。そもそも貴族家は要人よ。前線になんか立たせるワケ無いでしょう」
この辺はカイゼル王国とは違うな。騎士家系は領民の信頼を得るため自ら先頭に立っていたから。まあアマーニもトランサイトを握って味を占めたのだろう。Aランクに魔法が通じればそりゃ楽しい。
「ねぇユニス、また連れ出して」
「ダメ」
「そこを何とか」
「あのさ、俺は来月ドラルガから出るんだよ。養子が急に居なくなったら大騒ぎでしょ。そもそもあんたのワガママに付き合う義理は無い」
「ねぇ~え、お願いだからぁ」
「そんな声を出しても無駄だ」
「ケチ!」
アマーニはふてくされてそっぽを向く。やれやれ。
調理器具を片付けてゲルミン川を北へ進む。沿岸にウェザン要塞跡地が見えてきた。あれだけ大きな拠点を壊滅させ、我がもの顔で居座るヒュドラ。お前の天下は今日までた。




