第29話 新たな目標
フリッツへ大人の記憶があることを告げる。反応は意外にも冷静だった。と言うのも既に俺へ対して8歳の子供とは思えない印象を抱いていたからだ。
そして彼は俺を大人として対等に接すると告げる。涙があふれた。子供を装って本音が言えない、その心情を汲み取ってくれた優しさに。
「先……フリッツ、はは、やっぱり慣れないな」
「やり辛いなら前のままで構わない」
「いや変えるよ、その方が本音を話しやすい」
「そうか」
言葉遣いを気にせず話せると楽だ。心の声とまではいかないが思ったことを言いやすい。ただ失礼に当たってはいけない、そこは気をつけよう。
「フリッツこそ中身は大人とは言え見た目は子供がこんな口調でいいの?」
「もちろん違和感はある。だが慣れるだろう。それに今は森を見ているからな、声の若い青年と思えばそうでもない」
「俺も森を見ながら話すよ。顔を見て話すと先生と言ってしまいそう」
「見張りだからな、顔を見ては仕事にならん」
まあやり取りするうちに俺も慣れるだろう。
「フリッツは何歳なの?」
「62だ」
「カスペルより2つ上か」
「そうなるな」
俺より21も上。親子ほどの年齢差なら本来は敬語で話すべきだろう。ただ俺が目指すのは近所のおっさん感覚、だから敢えてタメ口で接する。それは西区の大人に習ってのこと、彼らは相手がフリッツでもカスペルでも敬語を使っていない。
恐らく同じ立場の仲間意識が起因しているのだ。つまり畑仕事と魔物討伐を仕事の主とする西区の住人。加えて風呂や食事を共に過ごせば単なる近所ではなく言わば大きな家族だ。
前世なら近所の農家のおっさんだな。俺は父親を早くに亡くしたため家の代表として様々な集まりに出て行った。そこには父親と同年代かそれ以上ばかり、まるで疑似父親に囲まれる感覚だ。そんな環境に身を置けば自然と敬語は消えていく。
ただ勘違いしてはいけない、お互い家の代表であって友達ではないのだ。最低限の礼儀は払う。
「ところでリオン、その大人の記憶が入ってきた理由は分かるか」
「……転生って知ってる?」
「知っている。その様な主張をする集団もあるな」
「へぇ、宗教団体ね」
「そんなものだ」
「神は1人じゃないの? 確か創造神クレアシオン」
「宗派が違う」
まあ国の歴史は長いし様々な考えがあって当然だろう。
「フリッツは転生を信じているの?」
「信じていなかったが、お前の記憶が転生の産物だとすれば説明がつく」
「俺も同じ考えだ。あの日、高熱が原因で前世の記憶が戻ったと」
「もしくは記憶が戻ったせいで高熱が出たかもしれん」
「それもある」
そうだ、神と言えば。
「フリッツは神の存在をどう認識している?」
「神はいるだろう程度で明確な信仰心は無い。月に1度の祈りも周りに合わせた習慣に過ぎん。行かなくていいなら行かんぞ」
「ならよかった」
「何だ、神の話でもするのか」
「話には出てくるよ」
「ほう」
神と対峙する内容だ、フリッツが崇め奉っていたら俺が敵になる。ただその点は心配いらないようだ。
さあ英雄の力だけど、どう説明しよう。
「今朝も言ったけど話はあれで終わりじゃない。続きはかなり突飛な内容になる」
「大人の記憶でも十分驚いたが神が関わるならそれ以上か」
「うまく伝わるか不安だ」
「ゆっくりで構わん、時間はある」
よし、いくぞ。
「記憶が戻った後に不思議な声を聞いた。その声は俺が転生による前世の記憶持ちだと知っていた。他にも沢山のことを教えてくれて、それらは信用できる内容だった」
「その声が神か」
「いや違う。神よりずっと上の立場に感じた」
「なんと」
「その声が言うには俺の中にはとんでもない力が秘められている、それはかの英雄に匹敵するほどだと」
「!」
「俄かには信じられなかったが洗礼結果を振り返って確信が得られた」
「高いスキルを授かったのだな」
そう思うよね。
「俺のスキルは4属性、4撃性、操具、測算、全てレベル1だ」
「なに!? 英雄ほどの力ではないのか」
「それは神によって封印された」
「封印だと!?」
「強すぎる力は大きな影響を及ぼす、良くも悪くもね。だから世の中の安定を優先して神は遥か昔から英雄級の力を制限した」
「それなら初代国王やベアトリスはどうなのだ?」
うーん、それが分からない。
「恐らく神の管理から漏れた。或いは神の定める英雄とはもっと上の力を指す」
「もっと上だと!?」
「フリッツ、剣技レベル53は想像できない強さだよね」
「王都騎士団長や国王近衛兵でも33と聞く。それでもかなり抜きに出た存在だぞ。かのベアトリスは水と風が40だったらしい」
「凄い! 2つも40なんて」
「彼女以降は40に到達した者の記録はない」
40がひとつの境か? 宇宙の声の話だと剣技53クラスは神が転入枠に移動しているはず。なら溜め込んだ100万の英雄は41~53、またはそれ以上か。
「その不思議な声が言うには剣技53ほどの使い手は実在した。ただ歴史に記されないほど遥か昔のこと。それは数万年前かもしれない」
「また途方もないな」
「そう考えると筋が合う。初代国王も40ほどの使い手ではないか」
「確かに現実的ではあるな」
「やはり剣技53は現実的ではないと」
「うむ、あり得ん」
やっぱりちょっと怖くなってきた。
「そしたら神の考えも理解しやすいよね、その様な使い手が世に溢れたらどうなるか」
「だから制限したのだな」
「そもそも制限するなら英雄を作らなければいい。でも作ったからには理由がある。ただそこまでは不思議な声も教えてくれなかった」
「……そうか」
「俺の状況は把握できた?」
「うむ、お前の大きな力が発揮されぬよう神は封印を施した、それは分かったぞ」
ほっ、伝わったか。
「リオンよ、派生も無いのか?」
「無い」
「ふうむ、それは不自然だな。どんなに洗礼結果が良くなくとも基礎スキルレベル3が1つはあり、派生も1つはあるものだ」
「そうなの」
「リオンの様な結果をワシは聞いたことがない。確かに意図的に抑えられたと解釈した方がしっくりくるな。神の封印か。はっは、これはまたとんでもない話だ」
はぁ、フリッツが聞いたことないなら相当のレアケース。いやあり得ないのだろう。改めてチクショウ、神め。
「ところで信じてくれるの?」
「信じる。その片鱗は既にあるからな」
「そうなの?」
「魔力操作だ」
「あー」
確かにクラウスやランメルトも驚いてた。フリッツも異常だと。
「お前は既に大人と同等の魔力操作能力に至っている。そしてそれが洗礼から2日と言うのが、とんでもないことなのだ。かのベアトリスも洗礼数日で大人を越えるほどの力を得ていたと記録にある」
「はー」
「魔力操作はスキルとは別だ。恐らく神もそこまで手が回らなかったのだろう」
へー違うのか、だから封印できなかったと。
「それで、えっと、不思議な声は言っていた神の封印を解く方法を」
「ほう、解けるのか」
「剣技なら剣の訓練を続けていれば解放されると。ただ内容や期間は分からない。また死ぬまで解放されない可能性もあると」
「それでワシに告げたのか」
「え」
「冒険者養成所の元教官だぞ、正しい訓練方法は熟知しておる」
お見通しか。
「それにしても、はっはっは、これはいい! まさか英雄とはな! はっはっは、傑作だ!」
「いやまあ、変な話だよね」
「すまん、馬鹿にしているワケではないぞ、ただ可笑しくてな」
「いやこんな話、笑いものにされて当然だよ」
「信じると言っただろう。ワシは今な、久々に昂る思いが湧き上がっているのだ。なにせ英雄だ、そしてその神の封印を解く手伝いができるなぞ、これほど幸福なことがあるものか」
教官魂に火が点いたか。
「リオンよ感謝する。この老い先短いワシに新たな目標を作ってくれたことをな」
「フリッツ……」
何にせよヤル気になってもらったのは助かる。どんな訓練か怖いけど。
「あ、そうだ、まだ大事なことがあるんだ」
「ほう」
「神は封印しただけでは不安だったらしく俺を仕留めに来た。そう8年前、魔物にこの村を襲わせてね」
「言われてみれば。お前が生まれてからは特に酷かったな」
「封印で大きく力を落としたから、あまり強力な魔物は使えなかったみたいだけど。それでもワイバーンを最後に仕向け西区では犠牲者が出てしまった」
「そうだな」
「フリッツが倒したと聞いた」
「ああ、ワシが止めを刺した。だが遅かった」
くそう、俺がここに生まれなかったら死なずに済んだのに。
「リオンよ、自責の念に駆られることはない。ここは魔物に襲われる前提の村だ。それを分かって皆住んでる」
「……」
「それにお前がどこに生まれようと同じだ。むしろここだったから被害がその程度で済んだ。町ならもっと犠牲者が出た」
この男は本当に……つくづく見透かされているな。
「先日のワイバーンを見ただろう。あんなのが2体も来て誰も死ななかった。まだ神がお前を狙うならこの村の住人は立ち向かうまでだぞ」
「俺、ここにいていいのかな」
「もちろんだ。なんならさっさと英雄の力を解放し魔物なぞ蹴散らしてしまえ!」
「はは、そうだね」
「話は終わりか」
「うん」
まだあるけど地球の記憶はどうもなあ、異世界となれば勝手が違う。あと100万の転生枠、英雄の力も1つじゃないんだ。これはまた追々でいいか。
「それにしてもよくぞワシに話してくれた。これほどの事は相手を選ぶぞ」
「うん、まあね」
「ワシも代わりに話してやってもいいが神や英雄の話はない」
「はは、いいよ。あ、雨止んだっぽいね」
「そうだな」
「じゃあ今日も来るかな?」
「魔物を引き連れた冒険者か」
増水した西の川は上流から多くの精霊石が流れ着く。雨が止み水位が低下したら精霊石を拾いに若い冒険者が来る。それで魔物に見つかり倒せない場合は西区に引き連れてくるのだ。雨上がりの風物詩だね。
「ギルドの方で注意はしないの?」
「黙認している」
「あらら」
「むしろ推奨の方針ではないか。西区で倒せば魔石と素材が確実に手に入る。冒険者が精霊石を多く拾えば鑑定士も素材屋も潤う。ワシらは日常の討伐仕事をしているだけ、もちろん報酬も貰える」
「そういうもんか、ただ何となく嫌な感じ」
「魔物を押し付けて逃げれば、いい気はしない」
まあ若い冒険者がお金に困って無理をしないように、ちょっと楽に稼げる道を残してる、そう好意的に考えるか。住人も、頑張れよ、みたいな意見多かったし。
「うまく捕まえたら、また説教してやるまでだ」
「はは」
ゴーーーーーン
昼の鐘だ。
「ワシはアルベルトが来るまでここにいる」
「じゃあ俺は下りるね」
「ああ」
「昼からもいるんだよね」
「いつまでかは風呂の時間次第だ」
「そうなるね、まあまた来るよ」
「分かった」
階段を下りて食堂へ向かう。
ふー、考えてたところまでは話せたかな。うまく伝わったようでよかった。後は訓練の内容とペースだが、それは昼から話して決めよう。
「お、来たな」
クラウスとソフィーナがカウンター付近で待っていた。
通路の席に座る。
「食べている近くを人が通るからちょっと落ち着かないな」
「そうね、でも通路だし」
「雨は上がったけど曇ってるから夕食もここだね」
「そうだな」
「風呂は今日どうなるの?」
「ええと15時女性東区、16時男性北区だ。昨日と同じだな」
「明日からも同じよ」
「じゃあいちいち確認しなくていいね」
「東区の浴場はきれいだったわ」
「そうだろう」
まあ北区も管理が行き届いていた。そもそも入れるだけでありがたい。
「昼からも見張り台に行くのか?」
「うん」
「分かった」
「ねぇ午前中は何を話したの?」
「えーっと、色々だよ」
「しかしよくそんな話すネタがあるな」
「先生は物知りなんだよ」
これはでも、ちょっとは話した内容を作っておく必要があるな。誰かがフリッツに聞いて俺と言ってることが違ったら変だし。それも決めておくか。
食事を終えて見張り台に上がる。
「リオン、いらっしゃい」
「うん、おじさん」
アルベルトと並んで座る。
「親父はかなり機嫌が良かったぞ。よほどいい話ができたらしい」
「へへ」
「大したもんだよ、お前は」
フリッツからしたら鍛えがいのあるいい素材が見つかったからね。これは期待に応えないと。
ドーン、ドドーン
「あ、また」
「城壁か、太鼓かと思ったぜ」
「確かに似てるかも」
勝利の太鼓ね。
「そうだ、あの太鼓ってどこにあるの?」
「食堂の上だよ。厨房の真上か」
「へー」
「ワイバーンに壊されなくてよかった」
「あれって誰が叩いているの?」
「誰でも。戦いが終わって近くにいるヤツが叩くんだよ。俺もよく叩いたぜ」
「はは、そうなんだ」
特に決まってないのか。叩くの好きな人は多そう。
「叩き方とか決まってないけど個性はあるぞ」
「へー、どんな?」
「俺は、ドドン、ドドン、ドドンだ」
「それ聞いたらおじさんを思い浮かべるよ」
「はは、そうしてくれ」
おや、あれは? 畑の向こうから何人か走って来る。
「おじさん」
「ああ、冒険者だな。リオン鐘鳴らしてくれ、魔物が見えたら回数を教える。できるだろ?」
「任せて!」
梯子を上って鐘叩きを持つ。
「あれは……ベアか。おやクリムゾンベアだな、リオン4回だ! 大型が来たぞ!」
「分かった!」
4回! 大型か!
カンカンカンカン! カンカンカンカン! カンカンカンカン!
精一杯鐘を叩く。みんなー魔物だぞー!
アルベルトは歩廊に出て下に向かって叫ぶ。魔物種の報告かな。
ふーっ! もういいか。梯子を下りて椅子に座る。
うわデカい! クリムゾンベアだっけ? レッドベアの上位種か。真っ赤な巨体、肩と背中から大きな角が生えている。しかし図体デカいくせにスピードあるな、どんどん城壁へ近づいて来る。その前を冒険者が4人。1人はもう1人を背負っていた。
ベアと冒険者の距離が縮まる。これは追い付かれるぞ!
ズバッ! ドシュ! ズン!
矢だ! 何本も突き刺さった。ベアの速度が落ちたぞ。
ゴガアアアアッ!
地上からは住人が次々と切りかかる。人との対比で魔物の大きさがよく分かるな、頭まで7メートルくらいありそうだ。角まで入れると城壁の高さを超えるぞ。
手と爪がゴツい。あれで爪か、かなり長いな、1mくらいありそう。全くどうなってやがんだ魔物ってヤツは。
冒険者たちは城壁の真下まで来た。1人は立てない様子、足を負傷しているのか。ベアは20m先辺りで住人が足止めしているから安心だ。
おっと森を見ないと。新手が来たら鐘を鳴らすのだ。
「戻ったぞ」
「お帰り、おじさん」
「大物だな、まあそろそろじゃないか」
ベアは手を広げて腕をブン回すが住人は余裕で避けている。スキをついてベアの脚に剣が深く入り、片膝を突いて動きが止まった。それを見て背中から住人が駆け上がり頭を突き刺して飛び降りた。すぐさま別の住人が上がり今度は首筋に切り込む。
その間も腕を1本切り落とし脚にも更に深く剣が入った。いやー凄い。一気に畳みかけるその連携は正に阿吽の呼吸か。
ゴアアッ……ズウゥゥン!
「倒した!」
「他にいないな、よし」
アルベルトは歩廊に出て叫んだ。
「終わったぞー! 太鼓だ!」
ドドン! ドドン! ドドン!
「あれ、これおじさんと叩き方一緒だよ」
「いや微妙に違う」
「え」
「俺はドドン、今のはドドンだ」
「えっと」
「ちょっとだけ俺の方が早い」
分からんて!
「下に先生がいるね」
「そうだな、騎士と何か話してる。多分ヘンドリカを呼んだ」
「冒険者、怪我してるもんね」
「逃げてたら滑ってどこか打ったか」
「そうなの? 魔物にやられたんじゃないの」
「魔物にやられてたら生きてはいない」
言われてみれば怪我では済まない。あの巨体と爪だもんね。
「さっきの止めは誰になるの?」
「多分、首筋への1撃だな。あれが致命傷になった」
「でも凄いね、見てたらあっという間だったよ」
「脚に1発入ったろ、そこから倒すまでの流れを共有してる」
「へー」
体勢を崩す1撃までは、ひたすら避けてスキを窺ってるのか。何も急ぐ必要はない、安全確実に。最初の矢の攻撃も効いてた。ベアの動きが鈍ったもんね。
みんな手数は少ないけど、その1撃は確実に魔物へダメージを与えている。それが連なると、あんな大物も短時間で安全に仕留められるのか。
東区の城壁にある子供の避難部屋。あそこからもここみたいに戦闘状況を眺められるだろう。これはかなりの教材、と言ったら変だけど、実際の戦闘を生で見ることは聞いて想像するとでは全く違う。
北区の子供が襲来時に城壁に上りたがった気持ちも分からんでもない。魔物の種類や数にもよるけど積極的に見る方が色々勉強になる。見張り台ならそこまで危険はなさそうだし。
「あ、そうだ!」
「どうした?」
「ちょっと提案を思いついたよ」
「ほう、なんだ」
「西区の城壁、出入り口の上が壊れたでしょ。あそこを元通り直さないで東区の避難部屋みたいに出来ないかなと」
「なるほどな、でも城壁の厚みが足りないだろ」
ふーむ、そうか。
「でもそんなこと考えても、もう直すのは決まってるよね」
「いや言ってみる価値はある」
「そうなの?」
「北区も今年中には東区と同じ城壁になる。あの避難部屋が評判いいのはみんな知ってるから西区は更に2年遅れていいのかってね」
「つまりゴネるんだね」
「ダメ元で騒いでみるのも方法だ。でも西区は大人しいからなー」
文句は言わない。波風立てない。でもたまには要望出してもいいんじゃない。
「親父に言ってみろよ」
「そうだね」
フリッツならいい方法を知っているはず。




