第279話 魂の叫び
目を覚ますと暗闇が広がっていた。所々に小さな光が見える。これは星空?
(目覚めたか)
おー、宇宙の声だ! いや、あなたはザラームですね。
(その通り。私の名はザラーム)
聞きたい事が沢山あります。ザラーム教ってあなたが関係していますか?
(ザラーム教は私が創った宗教だ)
やっぱり! それであの、クレア教と対立していると聞きましたが本当ですか?
(本当だ。理由は教義の違いにある。例えばクレア教は一神教、男性中心の社会、殺人犯は労働力。一方ザラーム教は多神教、女性中心の社会、殺人犯は死刑など)
男性中心? ゼイルディクで見た限り女性も社会進出が多いようでしたが。
(当主は基本的に男系継承だ。一方、ザファル王国は女系継承も認めている。爵位名に男爵を使っていない理由も「女男爵」が紛らわしいからだ)
確かに緋爵なら性別を特定しない。
それで神の操る魔物なんですがクレスリンを最後に襲って来ません。やはりクレア教の広まっていない地域だからですか?
(神はクレア教の神殿や礼拝堂を通じて操る力を発している。周辺の信者が多いほどより遠くへ届き、魔物の強さや数にも影響を及ぼす)
なるほど思った通りですね。
(最も近いクレア教施設は西へ400kmの神殿だ。周辺には信仰心の高い信者も多いため、十分な操る力を発せられる。使役対象はゲルミン川沿いのカルキノスやヒュドラからケルベロスまで及ぶだろう)
え!? ここまで届くんですか! じゃあ近いうちに襲撃が発生するのでは。
(魔物を長時間操るためには目標地点の信者数も必要だ。従ってマクゼンへ魔物を移動したとしても数分で神の制御下を抜ける。それではキミを個別に狙えない)
あー、襲う場所の周辺環境も大事なんですね。でもカルカリアでグラスドラゴンが襲来した時は牧場のど真ん中でしたよ。ベルソワだって周りは草原ですし。
(半径100km程度は有効だ。ゼイルディクやカルカリアのほとんどが入る)
広いんですね。
(ガルダイア王国とマルズーク帝国の間には内海が広がっており対岸まで100km以上だ。ガルダイア経由で移動する際も、陸路を使えば襲撃の恐れは無い)
おー、それは助かる。ところでクレスリンはここからどの方向ですか?
(東南東に500kmだ)
やはりクエレブレは西寄りに飛行したのですね。となると東に400km先がプルメルエントの城壁かな。見たところ高い山脈が連なっていますが越えられますか?
(切り立った斜面を安全に登る道具と十分な食料を携行できるなら行けばいい)
……止めておけってことですね。
(ここからガルダイア南西端の国境まで800km、そこから東へ1,200km進めばクレスリン城壁へ辿り着く。砂漠などの特異な地形はあるが、山脈越えに比べれば遥かに危険性は低い)
合わせて2,000kmですか。それなりの距離だけど地道に進むしかないですね。
あっ、そうだ! ゼイルディクのみんなはどうしています? 俺が突然いなくなって色々と困っているはず。
(トランサイト生産は道具類のみ継続している。週に1本程度だ。やはり高いハイマ値はそう簡単に見つからない)
ああー、やっぱり。
(ストーンペーパーは生産に成功した)
ええっ!?
(とは言え厚さが紙にはほど遠いため、当面は薄く加工する技術を詰めるだろう)
凄いですね。精霊石からポリエチレンを直接出せたのですか。
(その通りだ。ジルベール・グラスを覚えているか。キミの講師候補だった少年だ。彼はポリエチレンと抜群に相性が良いため難なく抽出に成功した)
ジル! あの子にそんな能力があったなんて!
(魔物素材運搬具は設計図が見つかったため再現に取り組んでいる。カルカリアには神王教ギルドが新設されメースリック子爵領へ神殿の建築が決まった)
おおっ! うまく進んでいるようで良かった。
(キミは士官学校へ編入と発表されている。身の安全のため場所は公開していない。これにはウィルム侯爵が全面的に協力しているため情報統制も容易だ)
思った通りの対応ですね。
(クレスリン公爵へは王都から大規模な捜査が入った。ミランダたちも同行し、キミが軟禁された人工島などを視察している)
えっ!? 王都から!
(ゼイルディク伯爵の判断でキミがトランサイト生産者だと王都へ伝えられた。何しろ相手はクレスリン公爵家だ。強権者の力添えが無ければ深く切り込めない)
きっと俺の救出を最優先に考えてくれたんですね。
(クエレブレの背に掴まり飛び去った情報も共有された。キミの関係者の多くは生きていると信じている)
うう、心配を掛けて申し訳ない。あー、そうか。人工島に留まっていれば助けに来てくれてたんだ。余計なことしたな。
(人工島での生活は詳らかに報告されている)
うはっ! ……まあ仕方がない。
あっ、そうだ。お願いがあります。俺がゼイルディクを目指していること。沢山のスキルを覚えて強くなったこと。誰かに伝えて貰えませんか。
(キミが直接話せばいい)
えっ?
(ここへ1人魂を呼ぶ。指名してくれ)
そんなことが出来るのですか。えっとじゃあ、フリッツをお願いします。
(分かった)
……。
『まだ夜明け前か。しかしいつの間に外へ出たのだ。眠ったまま移動とはワシも老いが進んだな』
フリッツ!
『今の声はリオン』
そう俺だよ!
『……ああ、また夢に出てきたか』
(夢ではない。現実だ。フリッツ・レーンデルスよ。キミの魂を今、遥か空の彼方へ飛ばしている。近くにはリオン・ノルデンの魂もある)
『妙な声も聞こえる。もしやこれが死後の世界か。なるほど。リオンは残念ながら力尽きたが、ワシを出迎えてくれたのだな』
あー、もう! フリッツは生きているし、ちゃんと頭も回ってるよ! 妙な声は俺が言ってた不思議な声!
『……では現実なのか』
久しぶりだねフリッツ。元気かな。
『いや、気に病んでいる。大切なお前を失ったのだから』
勝手に殺さないで。ちゃんと生きているよ。ゼイルディクから西南西500km、あの高い山脈の向こう側、ザファル王国で帰るための準備を進めている。
『ザファル王国?』
俺はクレスリンから魔物の背に掴まり脱出、そのまま山地へ運ばれ過酷な環境を生き抜いた。そのうちクレスリンの西方面から自力で戻る。だから心配しないで。
『……なるほど分かった。ワシの願望を無意識に夢に見ているのだな。リオン……ワシがあの日、もっと警戒を呼びかけていれば』
だーかーら! 俺は生きているし、強くなったし、自分でお家へ帰るの! 100万の英雄の力があるんだぞ! そう簡単に死ぬわけ無いだろ!
『英雄の力か。はは、今となっては懐かしい』
あんたはこの世界で俺の親代わりだ! しっかりしてもらわないと困るんだよ! そもそも家令だろ! クラウスやソフィーナ、ノルデン家を支えてくれ! 俺が戻るまでに死んだら許さないからな!
(フリッツよ。これより魂を体へ戻す。目覚めれば夢ではなかったと気づくだろう)
ああー!
……。
(もう1人呼び寄せる。それぞれが目覚めて体験したことを話せば夢ではないと確信する)
おおー、そうか!
(対象は私が選択する。ミランダを呼ぶぞ)
は、はい!
……。
『ここは? 夜空か』
商会長!
『リオンの声か。ここまでハッキリ聞こえる夢は初めてだ』
(夢ではない。ミランダ・コーネインよ。キミの魂を遥か空の彼方へ呼び寄せた。近くにはリオンの魂もある。私はリオンの話にあった不思議な声、ザラームである)
『ザラーム? あのザラーム教のザラームか』
(その通り)
商会長はザラーム教を知っているんですね。
『名前程度はな。しかしザラームとリオンが夢に出てくるなぞ。私も随分と疲れている様だ』
目覚めたらフリッツに聞いてください。同じ夢を見たと言います。
『ほう、フリッツが』
俺は今、ザファル王国にいます。かなり強くなってゼイルディクへ帰る準備をしています。ああ、そうだ、蒸着を覚えました。シンクライトに変化させて飛剣も成功しました。
『流石だな』
鑑定偽装も覚えました。
『流石だな』
商会長、本当ですよ。
『疑ってはいない』
えっと……ラムセラール神殿で突然姿を消してごめんなさい。注意が足りませんでした。商会長は怪我などありませんか。
『あの程度の賊、相手にならん。加えて私の武器はトランサイトだ。即座に切り捨ててやったわ』
流石です商会長。対人でも強いんですね。
『……まさか、これは現実か?』
フリッツに聞けば分かります。
『おいリオン! 本当に無事なのか!』
はい無事です。何度か死にかけましたが英雄の力のお陰で切り抜けられました。
『すまない……守れなかった』
気に病むことはありません。あれだけ周到に準備されていれば防ぐ手立ては無いでしょう。
『ザファル王国と言ったな。何処にある』
クレスリンの西1,200km、そこから東北東に800km行ったところです。
『分かった。直ちに特別部隊を編成して向かわせる』
俺は鑑定偽装しています。名前はユニス・マズラウィ。大手商会の養子になるので家名は変わるでしょう。誕生日はザファル王国暦7年9月30日。外見は銀髪、深緑の瞳です。
『髪と瞳?』
色彩偽装です。
『なるほど』
ただザファル王国に隣接するガルダイア王国を抜ければ別の人物へと偽装します。捜索は両国内に限定してください。
『いや動く必要はない。リオン・ノルデンの名で孤児院へ入っていろ』
クレスリン公爵に見つかりますよ。
『プレザンス家は爵位剥奪が濃厚だ。新たなクレスリンの領主はお前を囲いはしない』
そんな事になってたんですか。
『ガルダイア王国がこちら側に近いのか?』
はい。
『では国境付近の孤児院へ入れ。頃合いはお前の都合で構わん。ガルダイア王国内に入った我々の部隊はいつまでも待つ』
分かりました。
(ミランダ、時間だ)
『そうか』
流石は商会長ですね。こんな不可解な状況下でも即座に段取りを決めるのですから。
『……自らを褒める夢など見ない』
えっ?
『従ってこれは現実だ。私はリオンの言葉を信じる。必ず迎えに行くからな!』
はい! 商会長!
(戻すぞ)
……。
(ミランダは有能だな)
彼女に任せれば安心です。
(加えて精神力も強い。視界を切らずに戻したが悲鳴一つあげなかった。フリッツは叫んでいたぞ)
あの急降下ですか。ひょっとして楽しんでいます?
(反応を検証しているだけだ)




