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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
2章
280/321

第278話 保護

 8月30日、朝食から戻ったワリドが声を上げる。


「アマーニから1,000万の入金だ!」

「遂に来たね。でも100万じゃなかった?」

「10億が手に入ったから増額したのだろう。ユニスが食べ終わったらすぐ出るぞ」

「分かった」


 いよいよ動き出す。今日中に孤児院入りまで進むかな。


「アマーニ、婚約しちゃったね」

「……そうだな」

「寂しい?」

「ちょっとな。でも同時に安心した」

「ワリドも相手を見つけなよ」

「……いずれな」


 食事を終えて宿舎を出る。マクゼン城壁を越えたらワリドに跨り空中浮遊だ。街中を斜めに突っ切るので何度も交差点を経由する。単独飛行と比べて重量が増した分、コーナーリング時には外側に振られた。


 モータースポーツならドリフト走行も選択肢だが、浮いているため地面との摩擦は発生しない。そもそも分類としては航空機になるのか。それにしてはラダー類を使わずに曲がっている。


「おい! 傾いたぞ!」

「大丈夫!」


 コーナー進入前からイン側に体を傾けると速度を落とさず曲がりきれた。今、オーバルコースのコーナーバンクが見えたぞ。いや実際は何も無いが、感覚的には空中の道を走った気がする。


 軽快に街中を飛行してゲルミン川へ出る。ここからは水上を真っすぐだ。


 隠し場所へ辿り着く。


「実はミスリルの数を間違えていた。328個だよ」

「増えるのなら問題ない」


 ミスリルは大き目のリュックでワリドが運搬する。専用箱に収納したレア度4以上の精霊石12個、他に希少性の高いレア度3とクリムゾンベアのベルトは俺のリュックだ。


「残った荷物はどうしよう」

「ここに置いて行け」


 ミデルト基地から持ち帰った銛、調理器具、調味料、ロープ、修復具などだ。特に調理関係は世話になった。


「俺の魔物装備も不自然だから外すね」

「それがいい。代わりの靴はあるんだろ」

「うん」


 サラマンダーの指輪、レッドベアの手袋、エビルバッファローのブーツなどを脱ぐ。手袋とブーツは早い段階で手に入って本当に助かったよ。


「武器は返す」

「予備でもいいが管理が面倒だな。中古商会に売るか」


 この武器も短い間だったけど頼りになった。


「26番地はどの辺?」

「カルキノスの縄張りから北へ1kmだ」

「じゃあ手前まで水上飛行して途中から歩こう」


 ゲルミン川を北上し、巨大蟹の姿が見えたところで大通りへ。


 初めてここを通ったのは20日前か。とても不安だったけどワリドたちを見つけて少し安心した。そこから縁が繋がり今に至る。今思えばキミたちが協力者で良かった。


「アシュラフが荷車を引いてたね」

「ん? あー、アマーニ班か。そうだな。大体はアシュラフの役目だった。俺とナージャが前を歩き、魔物と遭遇したらアマーニが指示を出す。でもナージャは自己判断で突っ込むことが多いから、後からアマーニによく叱られていた」

「あの子、言うこと聞かないの」

「考え方の違いだ。1秒でも早く数を減らすか、全体の作戦を重視するか。まあ全員無事なら何でもいい」


 アマーニがリーダーだけどナージャにも拘りがあると。ワリドは間に入ってバランスを取ってたかもね。


 大通りに人影が4つ見える。


「冒険者だな。北向きなら復路か。このまま距離を維持して追走すればいい」


 しばらくして彼らは半壊した建物へ入る。


「あれが目標の26番地だ」

「休憩しているよ。考えることは一緒だね」

「まあ丁度いい位置にあるからな」


 動き出した冒険者パーティと十分距離が取れるまで待つ。


「建物内に入っても隠密共有を続けてくれ」

「うん、魔物に見つかるからね」

「それもあるが残留探知に引っ掛からないようにするためだ」

「何それ」

「物体などに残った人間の魔素を感じ取るスキルだ。事前に波長を記憶しておけば個人も特定できる」


 そんな便利なスキルがあるのか。まるで指紋鑑定やDNA鑑定だな。


「冒険者はギルド登録時に必ず波長を記憶される。壁の穴に手を突っ込むからスキル所持者は誰か分からないけどな。そいつがミスリル回収時に同行する可能性が高い」

「まあ念のため冒険者の関与も探るか」

「聞いた話だが、気配消去を行使すれば魔素を残さず動ける。それがユニスほどの高レベルなら残留魔素は全く無いだろう」


 だから隠密が必要なのね。


「分かった任せて。どうせなら足跡も残さない方がいい。常に空中浮遊で作業しよう」

「足跡か。確かにそうだな」

「じゃあまず床下収納を塞ぐ瓦礫の撤去からだ」


 荷物を付近の物陰に隠し、ワリドをうつ伏せにして背中に乗る。空中浮遊しながら26番地の建物に入り、1つずつ丁寧に瓦礫を移動する。何だかスパイ映画の天井からぶら下がっているシーンを思い出した。


 荷物置き場へ引き返す。


「念のためリュックは持ち帰る。ミスリルだけ流し込むぞ」


 再び空中浮遊で建物に入り、床下収納の上でワリドのリュックをひっくり返す。最後に俺の荷物を納めて瓦礫で塞ぎ、机を逆さまにしてその上に置いた。足跡どころか残留魔素すら無い。今俺たちは特殊任務を完璧に遂行したぞ。


 西区の宿舎へ戻る。


「さて次はユニスの保護だな。使徒を理由にするなら近場でも構わん。周りに冒険者がいなければ何処でもいいぞ」


 これでワリドとも一旦お別れか。


「世話になったね」

「いや俺の方こそ。貴重な体験もできたし。何よりアマーニの夢を叶えられて満足だ」

「ザファル王国は必ず勝つ」

「その通りだ。ミスリル武器で蹴散らしてくれる」

「絶対、孤児院に来てよ」

「必ず行くから待ってろ」


 宿舎を出て食堂へ。手早く食事を済ませてギルドの受付カウンターへ向かう。荷車を引き進路へ入ると交戦中の冒険者2人が目に入った。魔物はレッドベアだ。


「加勢する!」

「注意を惹き付けろ!」


 ワリドも加えた3人で無事討伐を終える。


「助かった。あんたはワリドだったな」

「そうだ」

「共闘で報告する。素材は肩角1本でいいか」

「それで構わん」


 長い角を肩に担いで荷車へ。なるほど基本は1人行動だけど魔物によっては共闘するのね。その後、ガルウルフなどのEランクは2~3体でも1人で対応している。少し時間は掛かるけど十分倒せる相手だ。


 1時間ほど進んだところで荷車の向きを変える。ここで引き返す様だ。周りに冒険者はいない。頃合いだね。


「冒険者のお兄さん!」

「む! 何故子供がこんなところに!」

「助けて! お家に帰りたい!」

「……演技はどうした」

「あ、えーっと」

「まあ基本敵的に何もしゃべらんでいい」

「……うん」


 荷車に乗せられ引き返す。途中、俺の姿を見つけた冒険者が駆け寄る。


「何で子供なんか連れている」

「途中で拾った」

「はっ!? 周りは魔物だらけだぞ」

「それが不思議なんだよ」

「おい子供、どこから来た」

「……」

「名前は?」

「……」

「聞いても無駄だ。何も話さない」

「そうか。まあ憲兵に預けるしかないな」


 ギルドへ到着すると、ちょっとした騒動になった。フェズ基地で見掛けた冒険者も遠巻きに眺めている。近くの冒険者と何か話しているな。


「運搬中に逃げ出したか」

「拘束しているのに無理だろ」

「じゃあ俺らと無関係か」

「まさか基地から」

「そんなことはあり得ない。そもそもあの顔は知らん」


 遠聴スキルで内容が分かった。賊の一味で間違いない。


「素材を預けたら憲兵事務所へ同行しろ。子供発見時の詳細を聞き取る」

「おう、分かった」

「キミは私と一緒に来て」

「……」

「怖くないわ。歩ける?」


 小さく頷くと荷台から降ろされる。そのまま女性憲兵と共に憲兵事務所へ向かう。個室へ移動し軽食を出された。腹が空いていたので直ぐに腹へ収める。


「食欲はあるようね。お名前は?」

「……」

「何処から来たの?」

「……」

「お父さんやお母さんは?」

「……」

「困ったわね」


 男性憲兵が入室する。


「何か分かったか」

「いいえ」

「保護した冒険者の証言では大人1人に連れられていた。近づくとこの子を残し姿を消したらしい」

「その人間は何処へ?」

「分からん。おい子供、一緒にいた大人は誰だ?」

「……」

「ずっと黙ったままよ」

「そうか」


 男性憲兵は俺の衣服を観察する。


「このズボンと靴下、かなり痛んでいるが素材と作りは上等だな。靴はここらで出回っている子供用か」


 いい目利きだ。ズボンと靴下はクレスリン公爵家が用意したからね。


「肌着は領兵団の支給物によく似ている」


 こっちはミデルト基地で拝借した。


「ポケットの中身を出してくれるか」

「……」

「盗ったりしない。見るだけだ」


 まあ仕方ない。


「ほう、土の精霊石か。これをどこで?」

「……」

「もう尋問はいいでしょう」

「分かった。ひとまず風呂へ入れる。着替えを用意してくれ。鑑定士も頼んだ」

「了解」


 男性憲兵に連れられて風呂へ向かう。前回の風呂は9日前のテマラ基地なので久々だ。風呂を出て新しい服に身を包むと気分が落ち着く。この感覚はクレスリン以来か。やっと人間らしい生活に戻った。


「鑑定士です」

「入れ」


 いよいよ鑑定偽装の力を発揮する時が来た。


「……終了です」

「ユニス・マズラウィ、7歳か」


 ほっ、ちゃんと偽装が反映されていた。


「住所はベレチドだが、今はカルキノスの縄張りだぞ」

「では孤児?」

「その可能性が高い。明日、領民管理所で行方不明者名簿と照らし合わせろ。その足で孤児院への手続きも頼む」

「了解」

「すまんが今晩は一緒に寝てやってくれ。臨時の宿直として処理する。仮眠室を使うといい」

「分かったわ」

「ユニス、腹は空いたか?」


 小さく頷く。


「よし、俺と食堂へ行こう」


 男性憲兵に連れられて食堂へ。腹いっぱい食べた。ベッドの据えられた部屋では寝間着姿の女性憲兵が待っていた。


「私の名前はサファ。朝までユニスの隣りでいるから安心して」

「……うん」

「良かった。声を出せるのね。眠気はある?」

「……ちょっと」

「じゃあ照明を消すわ。疲れたでしょう。ゆっくりおやすみなさい」


 何とも言えない疲労感が身体を包む。隠密前提の生活は文字通り見えないストレスを産み出していたらしい。周りの人間に認知され、ようやく下山が完了した気がする。

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