第28話 告白
レーンデルス家にてフリッツから歴史の講義を受けた。統一暦誕生の経緯、クレスリンを襲った破滅の閃光、英雄ベアトリスの雷魔法、色々と興味深い内容だった。続きはいつかは分からないけど楽しみだ。
「では明日、日の出前に家に行く」
「お願いします。今日はありがとうございました」
「おじいちゃん、ありがとう」
「フリッツ、いい時間だったぞ」
俺とカスペルはレーンデルス家を出て風呂の準備に向かう。
「フリッツと何の約束だ?」
「見張り台に一緒に上がるんだ」
「そうか、あそこは長話に最適だからの」
カスペルが上がった時はほとんど1日張り付いてたからね。
「雨が降りそうだの。外套を持った方がいい」
「うん」
空は灰色の厚い雲で覆われている。外套には種類がありカスペルの提案はレインコートを指す。その表面はどういう原理か知らないが水を弾くのだ。フードも付属している。
「ただいま」
「帰ったな。風呂行くか」
「雨降りそうだよ」
「なら外套を持っていけ」
俺とクラウスは西区を出て中央区へ向かう。東区へはひたすら直進でいいが、北区は西区の北東に位置する。それなら斜めに農道を通れば早く到着しそうだが、一度中央区へ入って中通りを左折するらしい。
「父さん、中央区へ入らなくても北区に行く道はあるよ」
「いや大して距離は変わらん。曲がる回数は少ない方が分かり易くていいだろ」
「まあうん」
実際西区の風呂組はほとんど中央区を通っている。ただ何人かはジグザグに道をつたって北区へ向かっている。いるんだよなー、歩く距離は同じなのに違った道を選ぶ変わり者が! 俺みたいなね。
北区の搬入口が近づくとケイスの姿があった。
「よーリオン! お前より後に出たけど先に着いたぜ! 何でか分かるか?」
「走ったんだろ」
「違うよ、歩いたよ」
くっ、うっとおしいな。ショートカットしたつもりなんだろ、速足で歩いてるのも見えたぞ。
「うーん、何で?」
「ちょっと考えれば分かるだろ? じゃあなー」
ケイスは搬入口に消えた。やれやれ、俺はゆっくりでも真っすぐ人並みの道を進むぜ!
「西区のみんなこっちだ」
「助かるよ」
北区の住人が案内する。でも作りが西区と同じだから風呂の場所も知ってるよ。
「坊主、そっちは女湯だ」
「え」
くっ、西区と逆か。
風呂を終える。あー、スッキリした。
「降ってるな」
浴場から出ると外は雨だった。
「うげ、外套持ってくるの忘れた」
ケイスとファビアンが困っている。
「なんだ、ウチの貸してやるから待ってろ」
北区の住人が外套を取りに行った。すみません、西区の者がお手数をお掛けします。
ゴーーーーーン
夕方の鐘だ。
西区に帰る道中、雨はどんどん強まった。
「今日は外で食事無理だね」
「こりゃ通路だな」
搬入口を抜けると、あれ? 食堂の外に並んでいたの机と椅子が無い。
「通路によけてある」
「先に帰った女性陣が降り出したんで移動してくれたのか」
こういうの助かるね。
夕食を終えて居間に座る。
「本降りだな」
「そうね」
「明日、精霊石探しの冒険者が魔物連れてくるかな」
「かもな」
この調子なら西の川は増水する。沢山精霊石も流れてくるだろう。
「今日の鑑定でトランサスだっけ? それ含んだやつ高かったよね」
「12万だったな」
「あれはどうして高いの?」
「魔力の共鳴効率が優れているのさ、例えば武器に使うと威力が増すんだ」
「へー」
鉱物はそういった特徴が価値の基準でもあるのか。
「母さん、リオンは明日朝からいないぞ」
「あらどこ行くのかしら」
「見張り台だよ! フリッツ先生とお話するんだ」
「まあ」
「どういうワケか、リオンがかなりのお気に入りらしい」
俺から行ってるけどね。
「それなら今日は早く休まないとね」
「うん、でも流石にまだ早いよ」
「こんばんわー!」
おや、イザベラ。
「あら、どうしたの?」
「リーナがリオンと遊ぶってきかないの、ちょっとだけいいかな?」
「うん、いいよ!」
「わーい、にーに!」
カトリーナは俺に突っ込んできた。また頭が腹に入る。ぐふっ。
「そのうちに迎えに来るから、ごめん、お願いね!」
「ふふ、いいのよベラ」
それからカトリーナと元気いっぱい遊んだ。今朝相手してやったのがよほど嬉しかったらしい。
「あら眠いの?」
「……うん」
「私が連れて行くわね、よっと」
カトリーナを抱っこしてソフィーナは出て行った。
「ふぁーあ、俺ももう寝るよ」
「じゃあお休み」
「お休み父さん」
2階に上がりベッドへ。
明日か。どこまで話すか考えないとな。
「俺には英雄の力がある、でも神に封印されてるんだ、解放に協力してくれ」
これはー、危ないヤツだな。厨二全開だぜ。
まず中身が大人であることは告げる。何歳にしよう、もう41歳でいいか。
次に何故そうなったかだ。うーん、ある日突然。そうだ、熱が出たんだ。その日を境に俺がおかしくなった。それは大人の記憶が入ってきたから。まあ事実だしな。
あとはそうだな、その41歳の大人がどういう人間か。異世界は止めておこう、絶対警戒される。なのでカルカリア辺りで昔生きた大人の記憶が何故か俺の中に入ってきた。これだ。
ひとまずここまで話して反応を見つつだな。
寝よう。
◇ ◇ ◇
朝だ。1階に降りて挨拶を交わす。
フリッツが訪ねてきた。
「おはよう」
「先生、おはようございます」
「リオン、鐘が鳴ったら食堂に来るんだぞ」
「うん、分かった」
「では行くぞ」
「はい」
俺用の外套を羽織る。フリッツも同じ格好だ。昨日からの雨がまだ降っていた。
「足元に気をつけろ、滑るぞ」
「はい」
城壁の階段を1段ずつゆっくりと上がる。既に城壁の歩廊まで照明は点いていた。先に上がって点けてくれたようだ。
見張り台の照明も点いていた。中の椅子に座る。
「少し待ってろ」
フリッツは歩廊に消えた。出入り口の扉を開ける住人に外の様子を伝える役目だ。
ほどなくして彼は帰って来る。
「やはり今は開けない。雨だからな」
「そうですよね」
フリッツは俺の横の椅子に座った。
……。
ええと、どう切り出そうか……うーん。
何だこの好きな人に告白する前みたいな感じは。
「リオンよ、少し聞いてもいいか」
「え! あ、はい、どうぞ」
「お前は何を探している」
「え、探す? それは……」
なんだ? どういうことだ。
「スキル、精霊石、羊皮紙、鉄、魔石、そして歴史。あとは油にも興味があったな。それらを説明するに当たり、どうも不思議に思っていた。これに何の共通点があるのかと」
やっぱりそう思うよね。
「それでお前の受け答えを見るにつけ、自分の中の知識と擦り合わせている、確認作業の様な印象を受けた。それは何かを探しているとも取れる」
確認作業か。まあこの世界の常識を知りたいからね。
「どこでどう知ったかはいいが一体何を探してるのか。急いでいる様にも見える」
探している、か。……強いて言えば。
「そうですね、その通りです」
「やはりそうか。良ければ協力するぞ、その方が話もし易い」
「探しているのは信頼できる人物です」
「! これはまた、リオンらしいと言うべきか」
実際そうだもんな。
「見つかったらどうする」
「俺の話を聞いてほしいのです」
「両親がいるだろう。クラウスはいい男だ、とても正義感が強い。ソフィーナも信頼できる。カスペルでもいいだろう。あやつはああ見えて信念がある、筋の通った人間だ」
「身内ではダメなんです、適度な距離感でないと。そう言う意味では先生が適任なんです」
「ワシか」
どうか。親ではない信頼のおける人物はあなただと、そう伝わったはずだ。
「それで今日ここに来たのだな」
「はい」
「いいだろう、聞こうじゃないか、ワシは墓場まで持っていく」
「先生……」
「まだ迷いがあるなら日を改めてでいい。ワシを信頼できる男かしっかり見極めてからでも遅くは無い」
いや、この男は信頼できる。話すぞ!
「先生、びっくりするかもしれませんが聞いてください」
「……」
「俺の見た目は子供ですが、頭の中は大人です。年齢は41歳」
「……そうか、なるほどな」
「え、驚かないのですか」
「数日前から驚いていた。とても子供の頭ではないとな」
じゃあ今更か。
「1週間くらい前、俺は高熱を出しました。えっと北区応援要請の2日前です」
「よく覚えている。司祭が来たからな」
「翌日熱は引きましたが俺は混乱しました。そこには大人の記憶が入っていたからです」
「……ふむ」
あの時は本当に困惑した、宇宙の声が聞こえるまでだけど。
「なるほどな、大人の記憶か」
「はい」
「これまでの記憶はどうなのだ?」
「あります。混在している状態です」
「ほう、では人格はどうだ?」
「西区のみんなと接する時にだけ以前のリオンに戻る感じ。普段の頭の中は大人の思考です」
「そういうことか」
言ったぞ。
「ありがとう、打ち明けてくれて。確かに両親が聞いたら戸惑うな、言わなくて正解だ」
「俺も自分の子供からそう告げられたら気味悪く感じます」
「はっは、ウチもアルベルトの中身が別人になったらもう息子とは思えないかもしれん」
やっぱりそうだよな。近ければ近いほど辛い。
「41歳と言ったな。その記憶はどんなものだ」
「それは……」
んー、異世界はマズイよな。
「どうもカルカリアで生きた人の記憶のようです」
「ほうカルカリアか、そうか羊皮紙」
「そこで恐らく研究者の様な仕事をしていたと」
「だからか、鉄だの魔石動力だのを聞いてきたのは」
動機はストーンペーパーだけど何となく繋がったからいいか。
「つまりは記憶の元を探すため、あの様なことを知りたかったのか」
「まあ、そうなりますね」
「急いでいた様に感じたのは、単に早く知りたかった、そういうことか」
「ええと、はい。すみません色々お手数をお掛けして」
「いや構わん。確かにあちこち聞いたがワシ自身のためにもなった。知識が増えるのは素晴らしいことだ」
やっぱり人に聞いて調べてたのか。まあフリッツも勉強になったと言うし、それはそれでよかった。
「ところで先生、信じてくれるのですか」
「信じる。でなければお前の聡明さは説明がつかない」
「聡明ではありません。子供の見た目だからそう感じるだけです」
そう子供らしからぬ、だからな。大人の思考としては普通だ。
「ではこうしよう、ワシはお前と対等だ。大人と子供ではなく大人と大人。呼び方もフリッツとするがいい、敬語も無しだ」
「え、それは……」
「でなければ子供扱いになる」
なんと、いきなりそう言われても、どうしよう。
「皆の前では今まで通りでいい。41歳なのだろう? クラウスより上じゃないか、ワシの前では心のまま話すのだ」
「……分かりました、いや、……分かった、フリッツ!」
「おお、そうだ、それでいい」
これは……。
フリッツは俺の苦悩を見透かしてるんだ! 子供のフリして自分を出せない俺の心の内を!
それで、対等なんてこと……。
「……ぐっ……うう」
「……苦しかっただろう。もう思い悩むことは無い」
「うぐっ……く」
俺は大粒の涙を流した。
フリッツは軽く背中に手を置き、落ち着くのを待ってくれた。
……。
「先生、いや、フリッツ。とても楽になったよ」
「そうか、なら何よりだ」
「俺にはまだ話せないことがある、それはフリッツを信用していないからではない。順序というか、その、何をどう伝えればいいか、そういうのがまだ分からないんだ」
「構わん、お前が思う時でいい」
「ありがとう、その、頼りにしてるよ」
「はは、それは光栄だな」
やっぱりフリッツに話してよかった!
俺はやっとこの世界で生きていける自信がついた気がした。
「そうか、カルカリアの人間の記憶か。あそこはいい町だな」
「そうなんだ」
「何というか人がいい。穏やかで落ち着いている」
「へー」
畜産が主産業なんだよな。動物、じゃない魔獣か、それを相手にしてるとそういう心持ちになるのか。それとも元々そういう人が就きやすい仕事なのか。あ、使役だっけ、必須スキルがあったよな。
「カルカリアには井戸があると聞いたよ。井戸水で育てた家畜の肉はうまいんだと」
「食ったことはあるが違いは分からなかったぞ」
「あれ、そうなの?」
「もっと舌が肥えていなければ分からんだろう」
「はーそっか」
はは、いざ話すと特に違和感ないのが面白い。フリッツの受け答えが自然なのもあるが。
ゴーーーーーン
朝の鐘だ。
「あ、俺行くね」
「ああ」
「また上がるんでしょ?」
「そうだ、昼までいる」
「また来ていいかな」
「構わんぞ」
頷いて城壁の階段を降りた。
それにしてもフリッツ、いいやつだな。俺の杞憂だった。
ニンマリしながら1段ずつ階段を下りる。朝上がる時にはどこか不安だった自分とは別人だ。やっぱりウジウジ考えるより行動するべきだな。案ずるより産むが易し!
食堂に行くとクラウスとソフィーナが待っていた。
「機嫌がよさそうだな」
「まあうん」
「お話が楽しかったのね」
道が開けたような、仲間が増えたような、何とも言えない高揚感があった。雨は降り続いてるが俺の表情は晴れやかだ。
通路に並んだ席に座る。
「食事が終わったらまた上がるね」
「分かった」
さて何を話すか。
やはり英雄の力は欲しい。神に狙われてる以上、身の安全を確保するためには自分が強くならないと。その方法が剣の訓練で合っていると思うけど今のペースではいつになるか分からない。養成所の教官だったフリッツなら正しい指導法を知ってる。
どう説明すればいいんだ? 英雄だの神だの。大人の記憶については、これまでの俺への印象から割とすんなり入ったようだけど。むー、宇宙の声も説明し辛い。そもそも宇宙から説明しないといけないし。その辺は神の声とでもするか。
あ、いかーん! 神に狙われてるんだってば。その神がわざわざお前には封印されし力があるなんて言うものか。うーん、誰にしよう。神ではない何かからお告げが来た。あーもう、怪しい。いや、もう十分怪しいんだ。知るもんか。
神に狙われているは伝えたいな。これから魔物が多くなるワケだし。フリッツにも関係することだ。あとはまあ、その場の流れでいけるだろう。さっきもカルカリア絡みでうまくまとまったし。うん、いける。前へ進むんだ。
城壁へ上がる。
「おはようございます」
「ん、リオンか。親父はメシだ。まあ座れ」
アルベルトがいた。フリッツはまだ食堂だ。
「また話聞くんだな」
「はい」
「ほんとお前は不思議なやつだ、いや誉め言葉だぞ」
「……へへ」
厳格なフリッツとは対照的なアルベルト。ランメルトに雰囲気は似てるけど、もっと、アレだな、ぐうたらな感じ。やることはやってるのだろうけど。ただ話しやすい人柄ではある。
「ワイバーン怖かったろ」
「はい、びっくりしました」
「俺もびっくりだったぜ」
「8年前にも来たんですよね」
「まあな。あれは親父が仕留めたぞ」
「え!」
なんとフリッツか。いやまあそれだけの腕前はあるよな。
「ただ最近はちょっと魔力が落ちたみたいでさ、魔物が来ても戦わず指揮を執ることが多くなった」
「へー」
流石に年齢による衰えには勝てないか。
「でもここ数日は何やら満足そうだぞ。リオン、お前の影響だろうな」
「そうでしょうか」
「ああ、そうだ。礼を言うよ」
「そんな」
「今後とも仲良くしてやってくれ、ミーナとも!」
「は、はい」
出た。
「ミーナはいい娘だろ、気が利くしな」
「ええ、まあ。エドもいい友達です」
「はは、俺の息子にしては優秀過ぎるよな。もう俺より頭いいぞ」
「いやー」
「お、ここだけの話、リオンもクラウスより上だと思うぞ」
「そうでしょうか」
「そりゃ親父の話を長時間も聞けるんだからな! はっはっは」
あ、嫌な予感。
「お前も聞くか」
「うは、親父いたのか! じゃ、頼んだ!」
アルベルトはそそくさと見張り台を出て行った。
ドスーン! ドーン!
「む、なんだ」
何かが落ちる音。食堂の方だ。
「アルベルト! ここに居ろ、見てくる」
城壁の階段を下りていたアルベルトを引き止め、フリッツは歩廊を通って音のした方へ向かった。
「何だろうな、あ、城壁が崩れたのか」
「え!」
「ほら、ワイバーンが突っ込んで内側が膨らんでただろ。あれが雨で崩れたのさ」
「あーそっか」
確かに、正常な状態ではないからな。何かのきっかけで崩れることもあり得る。
「入り口の扉、大丈夫かな。あれさ、ワイバーン突撃のせいで外側のレールがちょっと歪んでて半分開かないんだよ」
「えー、そうだったの」
「内側は無傷だったから今ので壊れてなきゃいいけど」
西側、唯一の出入り口だからな。それが使えないと東側の搬入口からは遠すぎる。
「お、帰って来た、親父どうだった?」
「城壁が一部内側に崩れていたな。雨の影響だろう」
「やっぱり。雨で下に人がいなくてよかったな」
「見たところ人的被害は無い。ただ扉を開けると落ちる危険性がある」
「うひゃー、嫌な役目になっちまうな」
「建設商会の操石士が明日来る。それで危険部位は撤去してくれる」
おー、ゴーレム見れるのか。
「じゃあ今日は触らないほうがいいな」
「そうだな。おお、もういいぞ、引き止めてすまなかった」
「いいよ、どうせヒマだし」
「なら代わるか」
「あ、用事思い出した!」
アルベルトは姿を消した。ふっ、憎めないヤツだな。
「さあ座るか」
「うん」
俺とフリッツは並んで椅子に座る。森を見るが雨のせいでよく見えない。畑には誰一人いない。
シトシトと雨音だけが見張り台を包む。
よし言うぞ。英雄の力を解放するためだ!




