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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
2章
279/321

第277話 鍛錬の日々

 8月26日、ワリドは朝食から戻り、携帯食の入ったカゴを机に置く。


「アマーニからの入金は無しだ。まあ昨日の今日だからな。ユニスは検問所跡地まで行くのか」

「うん。夕方に戻るよ」


 孤児院に入れば行動を大きく制限される。ワリドの協力で外出や外泊は出来ても、それ以外は退屈な日々が続くだろう。自由に動ける今のうちに孤児院ではできない事に取り組む。


 まずは蒸着スキルだ。テマラ基地ではあと一歩まで訓練を終えているため、早い内に達成できるはず。ガルダイアを抜けた先ではきっと神の魔物が襲って来る。対抗する手段は多いに越したことは無い。


 ゲルミン川を10km南下し、市街地と農地の境界へ辿り着いた。ミスリルの隠し場所からリュックを持ち出して訓練用の精霊石を集める。午前中で収集を終え、焼き魚で腹を満たす。


 ふと気づいたが保管しているミスリルは300個ではなく328個である。最初の下山時に持ち帰った30個を忘れていた。そこから1つはアマーニ班へ、1つはギルドへ渡っているため、28個が残っていたのだ。緋爵へ約束した数とは違うが増えて文句は言うまい。


 さて訓練を始めよう。最終目的はシンクルニウムを蒸着させてシンクライトへ変化、そして魔素飛剣の生成である。従ってシンクルニウムの抽出も訓練対象だが1つしかないため無駄には出来ない。まずは他の鉱物で試そう。


 ヘマタイト(赤鉄鉱)を多く含む土の精霊石から鉄を抽出して固結具現化。米粒ほどの鉄玉をひたすら作り続ける。2時間ほど過ぎたところで大きな手応えを覚えた。


『蒸着21』


 やったぜ、蒸着の習得だ。ワリドの言ってた通り土属性レベル11と鉱物抽出レベル21が条件だったね。早速、武器を使って試してみよう。


 隠し場所からプレシューズ合金の剣を持ち出し、鍔付近の台座に土の精霊石を取り付ける。鉄を魔素状態で抽出し剣身を覆う。


 ……。


 しまった。適切な量が分からない。一般的なメッキ加工は10μm(マイクロメートル)、つまり0.01mmだ。まずはそれに近い厚みを意識してみるか。


 ……。


 むむ、この感じは適切な魔素量に達したっぽい。では剣身に蒸着だ。


 シュン


 出来た!


「ハァハァ……」


 一気に魔力を持って行かれたぞ。どうやら均等貼り付けの行程に大きく魔力を使うらしい。魔力の回復を待っていると20秒ほどで蒸着が解除される。本当に短いな。ワリドの話では土属性レベルを上げれば効果時間は延ばせるらしい。


 とは言え1分や2分に延ばせても魔力回復が追い付かないぞ。剣技だけでもそれなりに消費するし、ましてや強化共鳴なんて絶対に無理じゃないか。使い手が全くいないワケだ。何で神はこんな厳しい条件の強化手段を創ったのか。


 まあ俺には英雄の力がある。ひとまず蒸着を繰り返して魔力消費効率を上げるか。夕方まで蒸着訓練を続けてそれなりに効率は高まった。今日はここまでにしよう。


 西区へ戻りワリドの用意した携帯食を腹に収める。


「俺が教えた賊の情報はどうだった?」

「全員西区に登録されていて現在も活動中だ。皆ベレチド奥地まで行ける」

「じゃあギルドの関与も濃厚だね」

「ああ、恐らく組織的に囲っている。何かしら見返りも受けているはずだ」

「南区に知らせる?」

「……証拠が無ければ動かんだろう。ギルド幹部も馬鹿ではない。これまで疑いを持ちながらも手出しできないのではないか」

「そうかもね」


 まあうまく隠しているか。フェズ基地に憲兵が乗り込めば否応なしだけど今は人手が足りない。大規模な摘発に踏み切るためには根拠が必要だ、俺の保護がきっかけとなればいいが。



 ◇



 8月27日、アマーニからの入金は無かった。昨日に引き続き蒸着の訓練へ向かう。午前中は消費魔力の効率化に注力し、昼前にはかなりの上達を成し遂げた。流石は英雄の力である。


 食後の休憩を終えて、実戦での検証に取り掛かる。プレシューズ合金の基本値は292だ。まずは蒸着も共鳴もせずに剣を振るった時の感覚を記憶しよう。テラーコヨーテに隠密で接近し首筋に切りつける。


 ズバッ!


 よし覚えたぞ。続いて鉄の蒸着。


 シュン


 すぐさまテラーコヨーテの首を狙う。


 スパン!


 おおっ! 明らかに違う。


 ミランダは蒸着鉱物の基本値半分が上乗せされると言っていた。鉄の基本値は150だ。合金なら1.3倍で195だが、鉄のみを蒸着したので150の半分、75が加算されたはず。


 プレシューズ合金292に75を加えると367だ。蒸着前の1.25倍ほどだが、さっきの斬撃はもっと強く感じた。いや待てよ。確かミランダは鉱物の相性によって加算される数値も変化すると言っていたぞ。


 俺は英雄の力があるから、どんな鉱物でも最大の効果が期待できる。つまり鉄の基本値150がそのまま加算されたのではないか。292から442なら約1.5倍だ。確かに検証の差もそのくらいだね。


 ではシンクルニウムの蒸着に挑戦するか。まずは精霊石からシンクルニウムの抽出訓練だ。


 ……。


 よし、出来たはず。


『シンクルニウム

 定着:16分』


 いいね。成分の感覚も掴んだぞ。おや、これって変化共鳴できるのかな。米粒ほどの塊だから剣ではないけど。まあ試してみよう。


 ギュイイイィィィーーーン


「ふー、ひー」


 初めて挑む形状だからか、多くの魔力を使う。


『シンクライト

 定着:7分』


 やった、成功だ! まあ定着延長できないから7分で消えるけどね。


 よーし、次は蒸着だ。シンクルニウムを魔素状態で抽出し剣身を覆う。必要量が鉄と同じならこのくらいか。


 シュン


 出来た! 直ぐに変化共鳴を施す。


 ギュイイイィィィーーーン


「ハァハァ……」


 これもまた初挑戦だから多くの魔力を使った。手応えは成功っぽいけど。まあ魔物で試せば分かる。共鳴21%以上で飛剣が発動するから30%で振ってみよう。射程は共鳴率×100mだから30mだね。


 20m先のガルウルフに狙いを定めて水平に振り抜く。


 スパアアアァァン


 やったぞ! 首筋から後ろ脚の付け根まで上下に真っ二つだ! いやー、凄いな蒸着は。剣さえあればいつでも飛剣を放てるじゃないか。しかも剣身はシンクライトではないから鑑定されても問題ない。


 精霊石の含有量は変わらずだ。まあ厚さ10μmなら剣身全体を覆っても必要な量は知れている。この精霊石で100回以上は蒸着できるだろう。


 ワリドに保護される時もこの精霊石だけは持って行くか。使徒のお兄さんから貰ったとすればいい。8歳児とは言え唯一の所有物なら回収はされないはず。


 よし、もう1回試そう。今度は大型を狙ってみるか。崩れた城壁近くにクリムゾンベアが単体行動をしている。あいつに決めた。


 距離40mまで接近。共鳴率50%で射程内だ。


 いくぜ! シンクルニウム蒸着!


 シュン


 変化共鳴! シンクライトブレード!


 ギュイイイィィィーーーン


 必殺! 魔素飛剣!


 スパアアアァァン


 うひょー! 気持ちいい!


 おや、魔物装備が出たぞ。


『クリムゾンベアのベルト

 定着:29日23時間59分

 帰属:未

 特殊:魔力回復10%』


 おー、ベルトなんて初めて見た。特殊効果の魔力回復10%も希少性が高そうだ。でもワリドは要らないって言うからアマーニに渡すミスリルに加えておくか。


 さて戻るまでの時間は何をしよう。孤児院に入れば精霊石を使った訓練はまず無理だから、その方面を取り組むか。


 そう言えばサラマンダーの指輪も定着期間が残り9日だ。火レベル5と温度400度のお陰で調理や入浴を快適に行えたが、装備が前提なのはちょっと引っ掛かる。やはり自分の力だけで実現しておきたい。


 ワリドとの合宿などで多少はレベルが上がっている。指輪に頼らず同等の水準確保までそんなに時間は掛からないはず。帰還予定時刻まで火炎放射や熱湯噴射を取り組もう。



 ◇



 8月28日、まだアマーニからの入金は無い。三男のシュクリとやらがまだ屋敷へ戻っていないのか。


「そうだワリド。精霊石を収納する専用箱が欲しい」

「中央区なら扱う店はあるはずだが何に使うんだ?」

「レア度4以上を並べるんだよ。それぞれの近くに鑑定結果も記しておく。12個全部が鑑定不能だと何かと困るでしょ」

「いい配慮だな。1級鑑定士なんて何処にいるかも分からないし」


 後々鑑定内容が一致すれば俺の能力の証明にもなる。それはアマーニの証言を裏付ける上でも助けとなるはずだ。


 今日もミスリル隠し場所付近で訓練に勤しむ。夕方の帰還予定時刻の頃には火レベル11、水レベル15まで上達した。もう指輪無しでも必要な火力や湯量を実現できる。


 ガルダイア以降はどうなるか分からないからね。もしまた山地での生活を強いられても対応できる能力は備えておきたい。そう考えると簡易住居や湯船のためにブロックも出せた方がいいな。よし、次の訓練は土属性にしよう。


 西区へ戻る。


「精霊石収納箱を調達したぞ。12個用だ」

「ありがとう、ワリド」


 高級志向なのか細かい装飾が施されている。まあ鑑定不能を入れるには相応しい。



 ◇



 8月29日、今日もアマーニからの入金は無い。


「4日目か。三男はかなり遠方にいるのだな」

「心配なら潜入しようか」

「……いや、アマーニを信じよう」


 まあ緋爵夫妻は前向きだから行き詰るとしたら三男シュクリだな。アマーニは若くて美しい。おまけに貴族社会への準備も出来ている。彼女に対する不満は考えにくいね。となると前妻への愛が妨げだろうか。貴族家なんだから親の言う通りにしろよ。


 マクゼン城壁を越えて南東へ向かう。空には厚い雲が立ち込めていた。こりゃひと雨きそうだな。西南西50kmに積乱雲。約3時間後に降雨。昼前には暴風を伴うか。


 えっ? 何で分かるんだ。


『観測36』


 探知に派生スキルが増えている。どうやらちょっとした天気予報ができるっぽい。


 おや? 地面が一瞬光った。ガラスか何かに日光が反射したのか。でも太陽は雲に隠れている。何かの兆候? ちょっと不気味だな。魔物探知には反応が無いので危険性は無さそうだが。


 また光った。その光は縦に延びて直ぐに消失する。一体、何なんだ。


 ……魔素の柱。


 えっ?


 ……人間が近ければ魔物にも精霊石にもならず大気へ。


 あー、そうか! これが魔素の柱か! そう言えば高レベルの探知で可視化だったな。へー、面白い。これが地中深くから昇って来た魔素であり、世界を作り出している根源みたいなものか。


 現在の観測範囲は半径100mらしい。柱の頻度は数十秒おき、無作為に1個所上がっている。色は白。柱の直径は大きいもので2~3m、高さは10mほどだ。


「うっ!」


 い、いま、至近距離に上がったぞ。突然視界が真っ白になって何事かと思った。これもし魔物と戦闘中だったら危ないじゃないか。あっ、観測状態を任意に切り替えられるのか。ひとまずオフにしておこう。


 でも魔素の柱なんか見えて何かいい事があるのか。……いやある。魔力結晶と精霊結晶だ。これらを作り出すために柱は必要不可欠。柱が多く昇る場所を特定して法則性を見極める。そして、何だっけ? まあいいや。そのうち思い出すだろう。


 昼前には荒れた天候へと変わる。観測通りだね。雨風を凌げる場所で土属性の訓練に勤しむ。砂を魔素状態で抽出して固結、これをひたすら繰り返した。夕方には30cm四方のブロック生成まで上達する。


 この大きさなら建材として十分だ。子供1人が入る部屋や湯船程度は1時間も掛からず建築できるだろう。定着期間は13年以内で調節可能だ。一晩やり過ごすだけでも長期間滞在でも問題ない。


 もちろんそんな展開は回避したいが、対応できる能力確保は心の余裕に繋がる。もうあんな亀裂の穴での悲惨は状況は体験したくない。


 嵐は過ぎ去ったが小雨は降り続いていた。防水結界を施し浮遊しながら西区を目指す。マクゼン城壁へ辿り着く頃には日も完全に暮れていた。城壁上部の歩廊には照明が灯り、外套を羽織った領兵が監視を続けている。


「交代の時間だ」

「おー、ありがたい。今日は雨風強くて散々だよ」

「追加招集が決まった。俺は明日朝、ここを離れる」

「そうか。世話になったな。死ぬなよ」

「必ず戻って来るさ」


 城壁まで80m以上の距離があるのに領兵同士の会話が聞こえる。何故だ。


『遠聴36』


 探知に派生スキルが増えている。どうやらこの効果だな。


「あー、やっと終わったわ」

「ほんと雨の日って冒険者は他にすること無いのかしら」

「お陰で沢山稼げたでしょ」

「そーね。美味しいもの食べましょう」


「おい飯食ったらどうする?」

「もうひと勝負だ」

「止めておけよ。今日は運が無いぜ」

「いや必ず取り返す。お前も付き合え」


「ねぇご両親ってどんな人?」

「普通だよ。きっとキミを気に入るから」

「どんな服装がいいかな」

「いつも通りで構わないさ」


「ちょっとこの娘は何!」

「えっ! お、お前、中央区に行ったんじゃ」

「ずっと付けてたのよ」

「わ、私、用事を思い出したから」


 城壁の上から街を見下ろすと、行き交う人たちの会話が次々と聞こえる。範囲は半径100mってところか。口元に注目すると近くで話しているかのようにハッキリと内容が分かった。中々に面白いスキルだね。


 ワリドの宿舎へ戻る。


「訓練の成果はどうだ?」

「順調だよ。探知もレベル36になった」

「はっ!? また特級かよ。本当に底が知れないなユニスは」

「ワリドは午後から何してたの? 雨でしょ」

「……色々とな」

「賭博と娼館?」

「知ってて聞くなよ」


 まあね。娯楽も限られているし。


「また精霊石を集めたからあげるよ。レア度3と一緒に売って」

「すまねぇ、助かる」


 さあ明日は何をしよう。土属性の続きかな。いや鉄以外の鉱物で蒸着訓練もいい。じゃあ気分転換も兼ねて交互にやるか。やっぱり成果が直ぐに現れるとヤル気に繋がるね。

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