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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
2章
275/321

第273話 マクゼン中央区

 8月24日、午前8時前。ワリドと共にアマーニの部屋へ入り、音漏れ防止結界を施す。俺が姿を現すとアマーニは驚き身構えたが、直ぐに安堵の表情へ変わった。


「シャキルの高度な隠密スキルを見て安心したわ。昨夜の話は夢じゃなかったのね」

「全て現実だよ」

「あれから私なりに情報を整理したけど幾つか疑問があるの。聞いても構わない?」

「答えられる範囲なら」

「ガルダイア南西の国境へ行く目的は?」

「言えない」

「分かったわ」


 まあ明かす必要性は無いね。


「その手段が大手商会経営者の養子だけど、あなたの能力なら単身でも問題ないでしょう。わざわざ手間を掛ける理由は?」

「第一に食事。盗みは気が引けるし、焼き魚やキノコ類ばかりでは飽きる。第二に寝床。その気になれば何処でも眠れるけど、安全なベッドが確保されていれば毎回探す必要はない」

「よく分かったわ」


 現状でも食事は個室や携帯食だし、町に出れば必ず姿を消している。何かと行動が制限されて窮屈だ。やはり社会的に認知された立場が望ましい。


「なぜ商会なの?」

「ワリドの提案に乗っただけ。アマーニに別の策があれば検討するよ」

「私も商会の養子でいいと思うけど、大きな懸念もあるわ」


 何だろう。人物鑑定かな。


「こちらから商会を選べないでしょう。養子として引き取る条件が揃っていれば、孤児院側に断る理由は無いはず。たまたまその商会にガルダイアと取引があればいいけど」

「あー、そうか」

「予め声を掛ける商会を決めておく必要があるわ。養子を欲しがっているかも含めてね。シャキルが孤児認定されたと同時に知らせれば、他が入る隙も無くせるでしょう」

「すまんシャキル、考えてなかった」

「俺も同じだよワリド」


 かなり大事なことが抜け落ちていたな。


「それ以前に、あなたほどの能力保持者を貴族家が放って置かない。多分、憲兵に保護された時点で情報が渡り、直ぐに囲い込まれる。とてもガルダイア行きなんて無理よ」

「それは全く問題ない」

「どうして? 人物鑑定は避けられないでしょう」


 アマーニにも伝えるべきだな。


「俺は鑑定偽装を習得している」

「偽装? ……まさか」

「人物鑑定情報を任意に改ざんするスキルだ。例えば俺の両親を今すぐワリドとアマーニに変更も出来る」

「おい!」

「もちろんスキル類も目立たない内容に変えられる。何しろレベル31以上が5つあるからね」

「5つも1級なの!」

「ワリドにはある程度伝えているから隠す必要もない。結界、鑑定、探知、感知、隠密がレベル31以上だ」

「……何てこと」


 アマーニは呆けて固まった。


「シャキル、剣技は?」

「ああそうだった。剣技も31以上だね」


 伸剣を誤魔化すためには仕方ない。


「それで8歳だなんて信じられないわ。いいえ、成人でもあり得ない能力よ。あなた一体、何者?」

「想像に任せる」

「もしかして使徒?」


 やはりそれが思い付くか。


「ワリドも疑っていたけど、俺はザラーム教の神話に登場する使徒ではない。だから信者のためではなく俺自身のために動く」

「でもミスリルが戦場の最前線に渡れば、結果的にザファル王国を救うのよ。協力者への報酬としてはあまりに過剰だわ」

「見返りは多い方がいいでしょ。戦争は偶然かな」

「使徒だと明かせない盟約があるのね」

「いやだから違うって」


 アマーニは信仰心が高いらしい。まあ使徒だと思われても支障は無いけど、俺が認めてしまえばザラームと本契約の恐れもある。ここは徹底して否定しておこう。


「高潔な神の使いが女の尻に抱きついたりしない」

「女性関係が派手な使徒もいたわ。多くの優秀な子供を残してザラーム教の拡大に寄与したのよ。きっと今はその時ではないから、シャキルを子供として使わせたのね」

「えっと、その……」


 女好きの使徒がいたとは想定外だ。これではますます疑いが深まってしまう。仕方がない。少し理由を明かすか。


「実を言うと俺はクレア教の拡大を望んでいない。たまたま共通の敵がマルズーク帝国なので肩入れしているだけ」

「クレア教と敵対なんて神話そのものじゃないの。なるほど、あなたの最終目的が分かったわ。ガルダイア経由で帝都へ渡り大神殿の神官を皆殺しにするのね」


 神官の殺害だと。そんな物騒な神話があるのか。あー、もしかしてザラームの言っていた命令とはこれのこと? 俺が使徒になったらクレア教の重要人物を次々と狙うのか?


「あのさアマーニ、俺は使徒じゃないし人殺しもやらない。分かった?」

「シャキルがそう言っているんだから信じてやれよ。俺も最初は疑ったが、直接戦場や帝国内へ送り込んでいない時点で違うと思うぞ」

「うんうん、ワリドの言う通り」

「……確かにそうね」


 アマーニは納得した様子だ。本当に使徒ならこんな回りくどい方法を取る必要は無いからね。


「ところで質問は終わり?」

「まだあるわ。シャキルはフェズ基地に3年間拉致された設定で、逃げ出したところをワリドが偶然保護する流れよね」

「おう、午後にでも西区へ登録する」

「鑑定偽装があるなら素性を隠したまま切り抜けられるけど偽装内容はどうするの?」

「架空の人物を考えている」

「実在しないと判明したら面倒よ。3年前の魔物被害では多くの行方不明が出ている。そこから名前を借りればいいでしょう」


 まあその方が確実か。


「もし行方不明者が見つかったら?」

「ほとんどは焼かれたり潰されたりして身元が分からない遺体よ。後から出てくる心配は無いわ。数は4~5千人と聞いたから、身寄りのない5歳男児も含まれているはず」


 死者の名前はちょっと気が引けるけど、架空が気づかれるリスクを避けるなら仕方ないね。


「名簿は中央区の領民管理所で閲覧できるわ。ついでに孤児院へ立ち寄って情報を集めましょう。シャキルは姿を消してついて来て。今から出れる?」

「疑問の確認はもういいの?」

「またその都度聞くから」


 ひとまず行動か。


「俺は西区へ行く。向こうの宿舎が空いていれば住所変更も同時に済ませる」

「じゃあ夕方、17時にこの部屋に来て」

「おう。夕食は例の飲食店で予約しておくか」

「そうね、お願い」


 ワリドと別れてアマーニと共に町へ出る。


 何だかアマーニがリーダーみたいだな。まあパーティでも同じ役割だったし、元々が仕切りたい性格なのだろう。俺やワリドでは気づかないことも指摘できるし、このまま彼女に任せてみるか。


 アマーニはギルド横の口座管理所に入ると重そうな袋を持って出て来た。多額の現金を引き出したらしい。


(何に使うの?)

(孤児院への寄付よ。高額だから私の質問に機嫌よく答えるはず)

(なるほど)


 乗り合い馬車を使って幹線道路を北へ進む。ほどなく道沿いが大きく開けて更地が広がった。瓦礫らしき集積所の他に建築中の建物も幾つか見える。魔物被害はこの辺まで広がっていたらしい。


 南区から3kmほど離れると道沿いの賑やかさが増す。中央区に入った模様。乗り場を1つ過ぎると大きな橋に差し掛かった。川幅は150mほどで西から東へ流れている。北上するゲルミン川とこの先で合流するのだろう。


 対岸の乗り場に停まるとアマーニは席を立つ。ここで降りる様だ。


 木造建築物が続く中、石造りの大きな建物が目に入る。門上部には「ザラーム教ファジュル神殿」と掲げられていた。アマーニは隣りの建物へ向かい、受付らしき50代男性へ話しかける。


「ファジュル孤児院へようこそ。お名前とご用件を教えてください」

「アマーニ・ゼルカ、南区の冒険者です。100万タミルを寄付に訪れました」

「おお、それはありがたい。ラシーダ、お客様をご案内しろ」

「はいっ!」


 受付男性に指示された10代前半の女子がアマーニの前を歩く。応接室に通されると直ぐに50代女性と40代女性が現れた。それぞれ孤児院長と副院長だと名乗る。


「突然の来訪、失礼しました」

「いいえ。お気になさらず」

「こちらが寄付です。ご確認ください」

「……100万タミルですね。書類にサインいただくと返金は一切応じられませんので、ご注意ください」

「ええ、承知しています」


 アマーニは事務手続きを進める。

 

「お若いのにご立派なお方だ。差し支えなければ寄付の理由をお聞かせください」

「身寄りのない子供たちの支援に理由が必要ですか? 人として当然のことです」

「素晴らしい」

「何と清廉な心の持ち主でしょう」


 2人の褒め称える言葉にアマーニは上品な微笑みで返す。


「ご都合が良ければ是非子供たちに声を掛けてください」

「それはまた別の機会に。実は少し伺いたいことがあります」

「何なりとどうぞ」

「孤児を養子として引き取る方々、つまり養親はどんなご身分ですか?」

「ほとんどは貴族家や大手商会経営者です。やはり社会的信用や経済力が求められますから」

「孤児院が紹介するのですか?」

「いいえ。仲介は神職者ギルドが担っています」


 そう言えばザラーム教が経営に関わっていたな。


「孤児院側から養親を指定できますか?」

「難しいですね。ギルドの都合もありますから」

「それは神殿への寄付額が関係していますか?」

「幾らか影響はあるでしょう」

「特に優秀な子供は領主への報告が優先されますか?」

「そう聞いています」

「孤児を受け入れた養親一覧を見せてください」

「はい」


 副院長が書棚から羊皮紙を1枚机に出す。


「……住所はドラルガ緋爵領内ばかりですね」

「神職者ギルドの管轄と重なっていますから」

「領外でも高額の寄付を受け取れば優先して案内しますか?」

「……何とも言えません」

「神殿への寄付額一覧を見せてください」

「ここにはありません。孤児院への寄付ならお見せできます」


 再び副院長が書棚から羊皮紙を差し出す。


「……他と比べると私の100万はかなりの高額ですね」

「ほとんどは元孤児からいただいています。世話になったお礼程度ですよ」

「話は以上です。ありがとうございました」

「アマーニ様、この場で見聞きした情報は心に留めておいてください」

「もちろんです」


 ゴーーーーーン


 昼の鐘か。へぇ、ゼイルディクと同じだ。


 ファジュル孤児院を出る。


(孤児院って思ったより権限が無いのね。得た情報も100万の対価としてはイマイチだったわ)

(まあ仕方ないよ)

(携帯食を買うから目立たないところで食べて。その間に私は昼食を済ますわ)


 惣菜を挟んだパンを路地裏で頬張る。


 孤児院での話を整理すると、まずドラルガ緋爵領内の商会を選定して、神殿へ多額の寄付をさせる流れかな。でもガルダイアとの取引がどこにも無かったら領外で探すしかない。うーん、展開によっては時間が掛かるかも。


 食事を終えて飲食店で待つアマーニの元へ向かう。


「よう、ねーちゃん。1人かい?」

「今から俺たちと遊ぼうぜ」


 テラス席のアマーニを数人の男が囲んでいた。


「他を誘って」

「そんなこと言うなよ」

「楽しませてやるからさ」


 どうやら一方的に絡まれているな。


「おいキミたち。止めたまえ」


 そこへ身なりのいい男が割って入る。


「何だあ? オマエは」

「彼女の連れだ」

「チッ、男付きか」

「つまんねぇ」


 囲っていた男たちは散った。


「勝手に知り合いを装ってすまない」

「いいえ。助かったわ」

「俺はレダ。美味しいカフェを知っているから一緒にどう?」

「遠慮するわ」

「少しくらい付き合いなよ。俺が来なかったら困ってたでしょ」

「……ハァ」


 結局コイツもナンパが目的か。


「人を待っているの。あなたに興味は無い」

「じゃあ後日どうだい? キミの名前は? 何処に住んでる?」

「しつこいわね。どこかへ行って」

「怒った顔も可愛いね」

「あなた馬鹿なの?」

「いいね、その表情。俺の好みだよ」


 これは話の通じないタイプだ。諦めるまで時間が掛かりそうなので干渉しよう。男の後ろへ回り膝裏に手刀を入れる。


「うわっ!」


 転んで尻もちをつく。


「なっ、何だ?」


 立ち上がったので再び転ばせる。


「くっそ、一体誰だ!」

「フフッ、足腰弱いなら無理しないで」

「……チッ」


 男は去った。テーブルを指先で軽く叩いてアマーニに合流を知らせる。


(戻ったよ)

(やっぱりシャキルね。蹴りでも入れれば良かったのに)

(もっと強引ならやってた)

(じゃあ領民管理所へ行きましょう)


 飲食店を出て通りを歩く。その間もアマーニは何度か男性に声を掛けられた。


(モテモテだね)

(面倒なだけよ。ワリドも連れてくれば良かった)

(手を繋ごう。アマーニも姿を消せばいい)


 路地裏へ入り隠密を共有する。


(周りから見えていないと避けてくれないから気を付けて)

(分かったわ)


 人を避けながら通りを歩く。


(むっ!)

(どうしたの?)


 手応えを感じた。何かスキルを覚えたらしい。


『透過36』


 隠密の派生だ。透過とは透けること? 体を確認すると通りが映り込んでおらず、そこには何も無かった。アマーニの姿も完全に消えている。これはつまり透明人間か!


 正に究極の隠密だ。もう誰からも存在を悟られる気がしない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アマーニの協力で現実的な方針が形になりそうですね 上級国民になるべく色々勉強してた甲斐もあって、リオンの状況を上手く活用しそう [気になる点] >>「アマーニ・ゼルカ、西区の冒険者です。…
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