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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
2章
273/321

第271話 障壁

 8月22日、午前5時前。身支度を済ませる。


「8泊か。この拠点のお陰で快適に過ごせたな」

「うん。本当に助かった」

「最初は山奥と聞いて心配したが、今では人里離れた環境も悪くないと思える」

「じゃあもう1週間くらい頑張る?」

「はは、料理が充実していれば十分選択肢だ」


 季節も相まって、さながら高原の避暑地だ。川遊び、魚獲り、森林浴。夜には満天の星空の下、バーベキューか。真夏の思い出作りには最適だね。魔物さえいなければ。


 テマラ基地を出るとワリドは城壁に手を当ててポンポンと叩く。別れの挨拶かな。


 思えばあの心細い洞窟生活も拠点群の発見から一変した。人の作った物、それは無言で安心感と利便性をもたらしてくれる。


 俺はもう二度と来ないが、ゲルミン川の復興が進めば再び最前線の拠点として役目を果たすはず。それまで静かに眠ってくれ。本当に世話になった。


「ワリド、重さはどう?」

「行きはお前を肩に乗せて森を突っ切った。この程度の荷物、何のことは無い」


 彼はそう告げ、軽快な足取りで馬車道を進む。この役目を期待して山奥まで連れてきた。今や彼は、文字通りザファル王国の未来を背負っている。頑張れワリド。


 身軽な俺は護衛専任だ。進行速度を落とさないため近寄る魔物は全て倒す。トランサイト合金が昇華するまであと12時間。なんとか間に合いそうだね。


 小休止を繰り返しナビド舟舎手前で朝食。ミデルト基地、タリブ舟舎、サビク基地を過ぎてもワリドの進む速度は変わらない。時折り表情を窺うと笑顔で応えた。まだまだ余裕がある。


「おや?」

「どうした?」

「……ちょっと座ろう」


 今の手応えはスキル取得か。どうやら結界だな。この道中も虫よけや日焼け止めなど何種類か行使していたため、遂に基礎レベルが31に到達したらしい。


『障壁31』


 こっ、これはまさか。魔物の攻撃を防ぐ唯一の手段。サラマンダーの炎をも凌げるという鉄壁の盾なのか! 範囲は自分を中心にドーム型。いや球体、そして壁? なるほど可変できるのか。


 まだあるぞ。


『防熱26』

『防冷26』


 清涼や保温の上位スキルかな。対象は自分自身だね。


 隠密にも1つ増えている。


『結界31』


 これは……隠密結界。そうか! 結界感知を無効化するんだ! おー、いいね。町中でも気兼ねなく使えるぞ。多分、取得条件は隠密31と結界31かな。


「どうした?」

「スキルをいくつか覚えたよ。ワリドは障壁って知ってる?」

「何も通さない壁らしいが……いやはやお前はもう敵無しだな」


 サビク川沿岸を東へ進む。


 ほどなくテラーコヨーテ2体を前方に確認する。早速、障壁を試してみるか。2体が並んで走り寄る。俺から3m先に縦3m、横4mの障壁を展開した。


 1体が障壁へ激突してひっくり返る。もう1体は素通りした。すぐさま伸剣で切り飛ばす。先に激突したコヨーテは、首が変な方向に曲がりその場を動かない。近づいて止めを刺す。


 なるほど。障壁の効果は一度きりか。魔物の数に合わせて予め重ねておけばいいね。


「ワリド、飛行系だ」

「おう」


 彼はリュックを下して剣を抜く。地上は俺が切りつければいいが、空からはどちらに下りるか分からない。


 むっ、俺を標的にした。ビリジアンホーク、距離70m、真っすぐこちらへ向かって来る。


 もしやと思って軌道上に障壁を展開。魔物は高速で突っ込み地面へ落ちた。コイツも首が変な方向に曲がっている。伸剣を振り下ろす。


 魔物は全速力でこちらへ向かっている。故に衝突エネルギーはかなりのものだ。魔物は必ず角が生えているから頭が先に当たる。首の骨にその負荷が全て乗っかるのだから、そりゃ折れる。


 いやしかし障壁は優れたスキルだ。無色透明ってのが相手にとって厄介だね。


「何だか酷い倒し方をしているな」

「魔物に慈悲は無い」


 途中、レッドベアに障壁を試みたが、一度のけぞって再び歩き出した。二足歩行には足止め程度にしかならないか。他にもデスアリゲーターは突進速度が遅いため首の骨は折れなかった。もちろん大きく体勢を崩すのでスキは生まれる。


 まあ出しておけば何かしら役に立つ。訓練のためにもなるべく使おう。


 ゲルミン川への合流手前で森の中へ。ゲルミン川沿いは相変わらずケルベロスが居座っていた。アウドムラ、カトブレパス、そしてジルニトラ、ガルグイユらも動いていない。


 フェズ川沿いを少し上がって新設された馬車道を北へ進む。この辺りから人に目撃される恐れがあるため、ワリドと手を繋いで隠密を共有する。


 森を抜けウェザン要塞へ続く幹線道路へ。


「あと少しだよ」

「……おう」


 ワリドには疲労の色が見える。それでも歩く速度を落とさない。


 17時過ぎ、町と畑地帯を隔てる城壁へ辿り着いた。検問所付近の隠し場所へ向かう。瓦礫と砂で隠したミスリル類はそのままだった。ワリドのリュックから精霊石を取り出し、オークスピア含めて瓦礫で覆う。


「重かったね。お疲れ様」

「ふー……はは、いい経験になった」


 いやはや大した男だよキミは。宣言通りのミスリルを集めて、50kmの道のりを運搬したからね。彼の愛国心を無駄にしないよう、必ず戦場の最前線に届けなくては。


「あっ」

「昇華か」


 トランサイト合金の剣身が僅かな光を放ち魔素へ戻っていく。前の持ち主だったらしいガルダイアの訓練生も最後の9日間がこんな使われ方だとは思わなかっただろう。


「夕食はここで焼き魚かな。今から町へ向かったら到着が遅い時間になるよね」

「いや、休憩したら直ぐ出発しよう。シャキルは肩に乗ればいい。腹が減って我慢できないなら魚でも構わんが」

「ワリドは少しでも早く肉を食べたいのね。俺も魚は飽きたよ」

「よし、決まりだな」


 少し休んで移動を再開する。19時過ぎにはマクゼンの城壁が見えてきた。城門は閉ざされていたが、ワリドは俺を背負ったまま城壁をよじ登る。


 町に入り素泊まりの宿を確保。ワリドの武器やリュックは受付へ預けた。冒険者ギルド横の口座管理所で現金を下し、例の高級レストランへ。2階の個室に案内されると2人分のコース料理が一度に運ばれた。隠密を解除して音漏れ防止結界を施す。


「さあ、食うぞ!」


 久々の料理だ。俺もワリドも無言で食べ続ける。


「……ふー、満腹だ」

「本当に美味しかった。やっぱり料理は専門の人が作ってこそ」

「加えてここは高級志向だからな」

「客の出で立ちから想像すると舌が肥えてそうな人ばかりだね」

「商会なんかの接待が多いらしい。冒険者でも大事な会食には使っているぞ」

「交際相手との特別な夜かな」

「はは、そんなところだ」


 食事を終えて廊下へ出ると、見知った顔が向かいの個室から出てくる。


「アマーニじゃないか」

「あら、ワリド。この店で会うなんて珍しいわね」

「味が気に入ってな」


 着飾って化粧もしているがアマーニで間違いない。ほどなく個室から男性が続いた。


「おや? 知り合いかな」

「彼はパーティメンバーでした」

「そうか。アマーニが世話になったね」

「冒険者ならお互い様だ」


 男性は不敵な笑みを浮かべてアマーニの腰へ手を回す。長身で整った顔立ち。間違いなく女の扱いに慣れているな。


「ところでキミの連れは?」

「……1人で来た」

「ほう、変わった趣味をお持ちだ。その服装含めてこの店は客を選ばんらしい」

「ギーナス、失礼よ」

「失礼なのはこの男だ。次は客層をよく観察して入る店を決めてくれ」

「余計なお世話だ」

「フン、変わり者は聞く耳を持たんか」


 男性とアマーニは去った。


 宿へ戻りひと息つく。


「さっきのは彼氏かな」

「アマーニの連れか。さあどうだろう」

「今からお泊りかな」

「……あいつはそんな軽い女じゃない」


 やっぱり気になる様子だね。


「あのさワリド。ミスリルを託す相手だけど、もう商会は止めにするよ」

「じゃあ誰だ」

「アマーニ」

「……そうか」

「テマラ基地で話してくれたよね。ギルド副支部長がドラルガ緋爵の家系だからミスリルが確実に貴族へ渡るって。その話をアマーニ経由で持って行けば、彼女が望む貴族家との結婚も叶ったようなものでしょ」


 彼女は準備が出来ている。必ず食いつくぞ。


「アマーニには俺が直接交渉する。構わない?」

「ああ……構わん」

「何だか納得いかない様子だね」

「そんなことはない。アマーニならうまくやれる」


 あー、そうか。


「好きな人が結婚すると寂しいかな」

「おまっ!? いや、彼女が幸せならそれでいい。ただちょっと、相手がまともな男か気になるだけだ」

「まあ政略結婚みたいなものだからね。でもアマーニも承知の上でしょ。欲しいのは身分であって、愛する夫ではない」

「……そうだな」


 お前は本当にそれでいいのか? とでも言いたそう。


「まあ夫への愛情が無くても子供は溺愛するでしょ。貴族家が後ろ盾だから経済的に困らないし、十分、幸せな人生を送れると思う。もちろん実家に向けても大きな孝行ができるよね」

「その通りだ」

「女ってね、男が思っているよりずっとたくましいよ。どんな環境でも適応して自分の居場所を作る。だから何も心配することは無い」


 何と言うか、物怖じしないんだよね。そりゃ全ての女性に当てはまらないけど、少なくとも前世もこの世界も俺の周りはそんな女性ばかりだった。アマーニはきっと強い方だ。


「では明日、アマーニと会食の席を設けよう。まず俺が彼女を誘って個室へ入る。お前は頃合いを見て姿を現し話せばいい」

「いつもの店?」

「そうだな」

「何て言って誘うの?」

「……話がある」

「それで来てくれる?」

「……分からん」


 おいおい。


「会食が無理だったらアマーニの部屋へ忍び込むよ。最初にワリドと会った時みたいに」

「おまっ!?」

「いやらしいことはしないから」

「当たり前だ」


 さて、具体的な予定を考えるか。


「明日、俺は朝からフェズ基地の調査へ向かう」

「それがあったな」

「ついでに精霊石を集めてくるよ。渡したレア度3に混ぜて売ってくれ」

「手間を掛ける」

「ワリドはその間にアマーニと接触して約束を取り付けてね。時間的に夕食がいいかも」

「分かった」


 おっ、そうだ。


「すまないけど武器を調達してほしい。何があるか分からないから」

「おういいぞ。ただ商会は8時から開く。その分、出発は遅れるが」

「構わないよ」


 ベッドへ入り照明を消す。


 それにしてもアマーニが店で一緒だった男性はどんな素性だろう。盗視鑑定すればよかったな。あー、貴族家の身内か。確かに身なりは良かった。案外、自力で道を切り開いているのかもね。


 それでもミスリルはおいしい話だ。彼女なら自分の価値を高めるため最大限活かしてくれるはず。

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