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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
2章
270/321

第268話 魔物武器

 8月15日。早朝からテマラ基地を出発する。ワリドは持参した大容量のリュックを背負っていた。道中は魔物討伐の経験を積むため隠密を行使してない。


「2時40mテラーコヨーテ1体、10時50m同1体」

「両方行けるぜ!」


 とは言え、ほとんどはワリドに任せている。彼も冒険者だ。倒せる魔物は自分で仕留めたい。


「1時80mエビルバッファロー1体」

「シャキル頼む」


 川原から全長5mの野牛が時速70kmで迫って来る。まるで高級SUV車と対峙しているかのようだ。突進を回避し間合いを詰め伸剣を振り下ろす。


 スパアアァァン


 ワリドでも倒せるが時間が掛かる。Dランクは俺の担当だ。


 午前9時過ぎ。サラマンダーが激突した山の麓まで辿り着く。もうすぐ洞窟だ。


「あっそうだ。食費なんかの補填にワリドへ渡す鉱物だけど、洞窟内の精霊石から選別する話だったよね」

「昨日はそう言ってたな」

「追加のミスリルを集める過程でも大量の土属性が溜まるから、そこからの選別でも十分な気がする」

「俺が最初に話した案だな」

「うん。だから今回はミスリルだけ運ぶよ」

「分かった」


 洞窟内在庫の処遇はまた考えよう。何しろ土属性だけで4,000個以上だ。その選別や運搬に掛ける時間をミスリル集めに回した方がいい。


 テマラ川を渡り岩場へ出る。


「洞窟の入り口は狭いから入れるのは俺1人だけ」

「短時間だろ。外で待つさ」

「デスマンティスの縄張りだから危険だよ。もし見つかったら斬撃波が飛んでくる。懸念材料は事前に排除した方がいい」

「……まさか倒すのか」

「半径200mに魔物反応無し。5分以内に仕留めるから合流してね」

「わ、分かった」


 隠密を行使して全力疾走。一気にデスマンティスの懐へ入る。全長14m。腹の直径は4mだが100%の伸剣で両断できる。しかし4本脚で立っているため腹の底まで3m以上の高さ。ギリギリか。


 そうだ。せっかく接近したから鑑定をしよう。


『デスマンティス

 レベル26

 発現:16日7時間22分

 装備:有り』


 やはり若いな。ここの発現要因は変わっていないと見ていい。


 さあ倒すか。


 キュイイイィィィーーーン


 まず4本脚の左側2本を根元から切断。


 ズウウゥン


 地面に落ちた腹を駆け上り、背中から斜めに切り裂く。


 スパアアァァン


 終わったね。血肉が消え始めるとワリドが駆け寄る。


「ハァハァ……おい、3分も掛かってないぞ。本当にとんでもない戦闘力だな」

「魔物装備が出たよ。指輪、風11%か」

「お前は良くそんな小さい物を見つけられるな」

「俺には魔物装備探知がある。この指輪もあげるから換金して」

「Bランクなんぞ、どう説明すればいい」

「倒した」

「確実に疑われる」

「まあひとまず持っててよ。要らなかったらゲルミン川へ投げ捨てればいい」

「……そうか」

「さあミスリルを回収しよう」


 洞窟入り口の石と砂を取り除き中へ入る。戻らない可能性もあったけど意外と早くに来たね。手早くミスリルをリュックに入れてワリドと合流する。


「オークは近いのか」

「そうだね。南へ2km、あの山の向こう」

「ちょっと見たい気もする」

「じゃあ行こう。クエレブレの縄張りを避けるから東側の川沿いを進むよ」 


 ここへ降り立った初日に木苺を食べた川原へ到着。今振り返っても、よくまあ丸腰で長期間過ごしたものだ。改めて英雄の力に感謝だな。


 オークの縄張りへ近づくと数体確認できた。


「……あれか」

「探知範囲に槍4体、棍棒3体だね。倒す?」

「亜人種との交戦はとても興味がある」

「じゃあやろう。Eランク上位だから耐久力はテラーコヨーテと同等だよ。ワリドでも難なく倒せる。でも戦闘スキルを持っているから対人のつもりで立ち回って」

「分かった」


 慎重なワリドでもやっぱり冒険者だね。


「俺が先に出る。絶対に半径10m以内に近づかないで。その範囲外の単独行動を頼むよ」

「任せろ」

「槍持ちは投げるかもしれないから注意して。それから緊急時に身を隠す岩を近くに確保してね」

「おう」


 距離40m。よし、行くぜ!


 オークから10mまで走り隠密を解除する。オークたちは突然の襲撃にやや困惑したが、直ぐに敵意を向けてきた。数体をまとめて伸剣で薙ぎ払い、群れの中心へと進む。その後方では漏れた1体とワリドが交戦していた。


 探知範囲には20体以上。奥からもどんどん出てくる。団体だったか。しかし開戦したからには全て倒すまで終われない。ヒャッハー! 全滅だぜ!


 スパァン


 フゴッ!


 共鳴100%の伸剣で次々と切り裂く。オークたちは全く俺へ近づけない。近接戦闘、そして多数を相手にトランサイトは絶大な力を発揮する。こりゃ一方的だ。


 ほどなく平和なオーク村は壊滅する。人型の討伐に抵抗があると思ったが、いざ戦えば何も感じない。こいつらは間違いなく魔物だ。


「ふー、ワリドはどうだった? 怪我は無い?」

「無傷だ。討伐は3体。槍2と棍棒1。いやしかし、これは中々に貴重な体験だったぞ」

「ギルドへ報告する?」

「まさか。面倒ごとはゴメンだ。墓場まで持って行く」

「ふふ、だろうね。魔石は訓練に使うから持ち帰ろう。牙や角もいくつか頼むよ」

「おう」


 素材を回収していると上空から敵意を感じた。


「ワリド、飛行系だ。俺が倒すから……」

「どうした?」

「マズい。今すぐ岩場に隠れて!」


 空を見上げると小さな飛行型2体が真っすぐこちらへ向かっている。その後ろからは翼の生えた巨大なライオンが続いていた。


 キャアアアッ


 悲鳴の様な鳴き声を伴い、飛行型は降り立つ。それは身長170cmの人間の女性だった。しかし両腕は鳥の翼。両膝から下は鳥の足。これは人間ではなく魔物、亜人種ハーピーだ。


 ハーピーは少し笑みを浮かべると次々に飛び立つ。入れ替わるように巨大なライオンが目前に4肢を突きつけた。


 ガアアアッ


 俺へと敵意を向けると、前傾姿勢を取り尻尾を高く上げる。魔物からは遠距離攻撃の意思が感じ取れた。気配消去を行使し、飛ばされた数本の棘を回避する。


 こいつはきっとマンティコアだ。クラウスが言っていたBランク魔物。身体的特徴や攻撃手段が当てはまる。体長8m、翼開長12mの大型だね。


 マンティコアは突進を繰り出し、回避すると前脚で追撃する。巨体故にリーチはあるが、その分、予備動作も大きく見切り易い。


 グオオオッ


 噛みつきだ。鋭い牙を避けて頭の側面に回り込む。


 もらった!


 スパアアァァン


 伸剣を振り上げるとマンティコアの頭は体から切り離された。巨体が崩れる。


「ふー、もう安全だよ」

「お、おう」


 岩陰からワリドが出てくる。


「見事だったなシャキル。しかしデスマンティスの様に隠密を使えば楽に戦えたんじゃないか」

「ワリドが近かったからね。俺に注意を惹き付ける必要があった」

「ああそうか。すまない」

「気にしないで。ここへ連れてきたのは俺だ。それにいい経験になった」


 うん、Bランクと正面から1対1でもトランサイトがあれば問題なく倒せる。


「……ところで人型の魔物、あれはハーピーに見えたが」

「俺も同じ意見だよ」

「亜人種同士の対立か」

「対立?」

「通常種でも縄張り争いなんかで対立するが、亜人種は縄張りの侵害に関係なく、常に別系統を敵視している。ハーピーは上空からオークの存在を把握し、大型を連れてきて討伐を図ったのさ」

「へー」


 なるほど、初めから自分たちが戦う意思は無かったのか。だから笑ってたのかな。


「目当てのオークは全滅だったが俺たち人間も敵だ。目的を達成し飛び去ったのだろう」

「ギルドへ報告する?」

「いやだから面倒ごとは勘弁だ」

「ふふ。それにしてもハーピーは美人で魅惑の体つきだったね。布で隠してたけど生殖器もちゃんとあるのかな」

「お前は何を考えている。相手は魔物だぞ」

「魔物なら羞恥心なんか無いでしょ。何で胸と腰に布があるの? オークも腰布なんか要らないでしょ。ちんちん小さいのかな」

「知らんし興味もない」


 まあ深く考えないでおこう。魔物には魔物の都合がある。


「おや? 魔物装備だ。今日は運がいい。射撃速度13%の腕輪だよ。アマーニ喜ぶね!」

「おお、それは! ……しかしマンティコアはBランクだ。どう説明したらいい」

「要らないならゲルミン川へ……」

「分かった。ひとまず持っておく」


 オーク素材の回収を再開するとこれまでに無い反応があった。


 もしや!


「やった! 武器だよ! 魔物武器!」

「それは珍しい! 鑑定できるか?」


『オークスピア

 定着:29日23時間34分

 帰属:未

 槍技:80

 刺突:300

 衝撃:300

 特殊:魔力集束(50%)

    魔力共鳴(20%)

    槍技成長(50%)』


「できたよ。定着期間が他の魔物産と同様に30日だね。あー、帰属の項目がある。子供だったら武器の大きさが変わるのかな」

「試してみるか?」

「……いや、未帰属を維持しよう。その方が価値を失わない」

「売ったらいくらかサッパリ分からんな」

「でもこれ、どうやって運ぶの? 持ったら装備してしまう」

「布でも巻き付ければいい」


 ワリドはリュックから汗拭き用タオルを出してオークスピアの柄に巻いた。


「魔物装備を扱う店は不用意な装備を避けるため、手袋やブーツに布を突っ込んだり、指輪や腕輪に紐を通している。だから武器も持つ部分に異物があれば装備できないはず」

「へー、知らなかった」

「……どうだ。帰属されたか?」

「いや未帰属のまま」

「じゃあ武器にも有効だな。恐らく片手でも布越しに握っていれば心配ない。これは俺が運ぼう」


 残りのオーク素材も回収してテマラ基地へ向かう。


「他の項目はどうだった?」

「槍技80、刺突300、衝撃300」

「刺突と衝撃はクリヴァル合金と同等か。槍技はグラーシーザだな」

「魔力集束50%」

「ほう、集束。やはり魔物合金に近いか」

「魔力共鳴20%」

「なぬ!? 共鳴もできるのか。20%ならロムルスと同じだ」


 どうやら最前線で使われているレア度3鉱物に近い性能だね。トランサイトも交えて比較してみよう。


 名称     共鳴 槍技  合金

 ロムルス   20 85 286

 グラーシーザ 15 80 292

 クリヴァル   5 75 299

 トランサイト120 45 292

 オークスピア 20 80 300


 魔物武器は中々にバランスのいい性能と言えるかも。


「最後の項目は槍技成長50%だよ」

「成長……次の槍技レベルまでの到達速度が1.5倍になると解釈できるが」

「俺もそう思う。これって凄いよね」

「ああ、かなりのものだ」


 1年間毎日訓練すれば半年の差が出る。これを3年なら1年半だぞ。


「適性80なら推奨槍技レベルは16。冒険者なら4級の条件だ。到達年齢は16歳~18歳辺りが平均か。養成所を出て一番しんどい時期でもある」

「少しでも早く強くなりたいよね」

「……むしろ推奨槍技レベル未満で魔力負担を伴っても無理やり使う選択肢も出てくる」


 力技か。


「あっ、もしゴブリンやコボルトが発現していたら、魔物武器の適正値はオークより低いでしょ。子供でも使えるね!」

「代々武家の貴族はいくらでも出すな」

「探してみる?」

「俺はミスリル集めの手伝いでここへ来た。そもそもオークの魔石や牙であの騒ぎだ。こんなもの持ち帰ったら俺の自由が無くなる」

「まあね」

「……しかし分かったぞ。魔物武器の詳しい情報が残っていない理由が。一部の貴族が独占していたのだ」

「あー、その可能性はあるね」


 オークスピアを託す相手はよく考えた方がいいな。もし情報統制されていたら命を狙われるかもしれない。


 テマラ基地へ到着。


「初日は全くミスリルが集まらなかったな」

「明日から本気出す」

「ところでシャキル、道中のフェズ基地が犯罪組織に使われていると言っていたな」

「実はフェズ基地へ続く馬車道で魔物対応を目撃している。戦闘員は4人。領兵とは違う服装だった。幌付き荷台の人影は子供の可能性がある」

「……ほう」


 やっぱり気になるか。


「帰りに接近して確認する?」

「そうだな。頼む」

「でも子供の救出なんて無理だよ」

「それは後々憲兵に任せる。とにかく組織の使用を確定できればいい。と言うのもシャキルは孤児を装うため3年間は囚われていた設定だったよな」

「あー、そっか。フェズ基地から逃げ出したことにするんだね」

「その通り」


 そのまま憲兵に報告して調査させればいい。賊が「こんな子供知らない」と言っても、俺は「この人が犯人です」と言い張る。他に拉致した子供がいれば、憲兵はどっちの証言を信じるか想像に容易いね。


「ただフェズ基地は町まで遠すぎる。子供の足で辿り着ける距離ではないし、道を知っている点も不自然だ。何より道中の魔物対応をどう説明するのか」

「あー、確かに」


 運が良かった。だけでは無理があるな。


「どうしよう」

「……俺が保護した。とでもするか」

「え?」

「アマーニ班が活動していた南区は4~5人パーティが義務付けられていた。しかし西区は2人や単独が認められている。まあ協調性に欠けている奴とか、成果の分割が嫌な奴とか、独特の考え方を持った冒険者の集まりだ」

「絶対いるよね、そういう人」

「俺が西区へ登録して単独で活動する。そしてフェズ基地へ向かう馬車道近くで子供を保護。これならどうだ」

「おー、いいね!」


 あの森の中に新設された馬車道はフェズ基地から5kmほどか。そこは何とか走り抜けたとして通すしかないな。


「俺はシャキルと縁ができるから孤児院へ入った後も気に掛かる。個人的な面会を申し出ても不自然ではないぞ。色々と情報を集めてやるから、保護下に入る商会選考の材料にしてくれ」

「とてもありがたい」


 ワリドは見違えるように協力的になったな。まあ自分が運んだミスリルがしっかり戦場へ行き渡るか心配なんだね。こちらとしても外部で動ける協力者の存在は助かる。


「おっそうだ。俺が保護した後、憲兵へ渡す前にシャキルの人物鑑定を受けたことにする。だから鑑定証明書は事前に準備を頼むぞ」

「あー……うん」


 無駄な手間だが仕方ない。本当に鑑定士を探すしかないな。


「偽造したスキル類は実際より大きく削るだろうが、契約と鑑定はレベル6程度で残しておけ。商会経営者も将来有望な人材でなければ養子としない」

「確かにそうだね……でも実は契約を覚えていないから、関連する事柄を聞かれたら困る」

「だったら錬成、結界、使役なども候補だ」

「……じゃあ鑑定と結界にするよ」


 この2つならレベルによって出来ることがハッキリしてるから偽装行使もやりやすい。


「ワリドの提案は先を考えているからありがたい」

「はは、そうか……ただ首尾よく養子になれても、その後の展開は想定し辛い。一番の懸念は人物鑑定だ。証明書があれば直ぐには受けないと思うが」

「まあミスリルの話を持ち出すにも信じてもらう根拠が必要だ。ワリドに隠密を見せた様に、俺の鑑定結果がその材料となればいいんじゃないかな」

「ああ、普通の子供とは絶対に思わない」


 鑑定偽装があるから隠し通せるけどね。ただミスリルは切り出し方が難しいな。とにかく保管場所まで同行してもらえる理由を考えないと。


「問題はシャキルの異常な能力をどう受け取るかだ。態度が豹変して悪用を強制するかもしれない」

「怪しいと感じたら隠密で逃げるよ」

「はは、そうだな。お前ならどこでもやり直せる。ただもし早い段階で信用できないと判断したら……ミスリルを俺に託してくれないか」

「いいの? かなりの面倒事だよ」

「アマーニと協力して何とかする」


 おや。そういう流れか。


「じゃあもう最初から任せるよ」

「いやいや、まずはシャキルが商会を通じて頑張ってくれ。俺なんかでは手に負えない案件に変わりはない。アマーニだって話を信じてくれるか分からん」

「アマーニは何処にいるの?」

「南区に留まっている。オークの件が落ち着いたらパーティメンバーを集める予定だ。ナージャはもう別パーティへ合流している」


 ふーん。冒険者を続けるのね。


「でも貴族家で結婚相手を探すなら他に向いている職場があるんじゃないかな」

「実はマクゼン副支部長がドラルガ緋爵の家系でな。冒険者として真面目な姿を見せていれば可能性はあると本人は言っていた」

「なるほど。アマーニへ話を持って行けば副支部長を通じてミスリルが貴族へ渡るってことだね」

「その通り」


 なーんだ。その方がよっぽど現実的な気がする。


 俺は安全にガルダイアまで行ければいい。当初はミスリルを絡めた取引で協力者を得る構想だった。しかしワリドの提案通りに事が運べば、鑑定偽装だけで商会経営者の養子になれる。そこにミスリルは必要ない。


 アマーニが鍵だな。彼女なら貴族家へ恩を売るため全力で動くぞ。ワリド経由が難しそうなら俺が直接話すか。能力の一端を見せれば興味を持つはずだ。

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[良い点] やっっと!英雄の力なるチートを発揮し出した主人公が読んでて楽しいです。 最初っから容易にチート無双じゃない点は好ましいものの、周囲から便利に扱われ囲われてて「主人公氏ってば自分の意思ないの…
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