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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
2章
269/321

第267話 再び奥地へ

 8月14日。午前4時過ぎ。


「起きてワリド」

「……ん、ああ」

「行ける?」

「……おう」


 ワリドは少しふらつきながら洗面台へ向かう。手早く身支度を済ませて武器を背負った。


「朝早くにすまないね」

「構わん。睡眠は十分だ」

「俺はワリドの肩に乗って姿を消す。宿を出たら隠密を共有させるから城壁へ向かって」

「おう」

「城壁に着いたら内側から階段を上がって歩廊から外側へ飛んでね。着地は空中浮遊で音も衝撃も無いよ。隠密中は小声で短い会話なら気づかれないはず」

「分かった」


 ワリドは宿の守衛に出発を告げる。辺りはまだ暗い。


(隠密を共有したよ)

(足音がしない。これは不気味だ)


 城壁階段前では守衛が警備している。


(本当に見えないのか?)

(俺を信じて堂々と行け)


 ワリドは守衛の真横を過ぎて階段を上る。照明が設置されているので足元はよく見えた。歩廊に辿り着くと外側に飛び下りる。


(大通りを南へ)

(おう)

(魔物が接近したら指示を出す)

(た、頼んだ)


 しばらく進むと夜が明け始める。


「もう足元は見えるね」

「前方30m、何かいるぞ」

「ガルウルフだよ。40m先にも1体」

「どうする」

「……動く気配は無い。声を出さずに通り過ぎれば見つからないはず。でも念のため剣を抜いて」

「分かった」


 ワリドの肩から飛び降りて俺も剣を抜く。手を繋ぎながらガルウルフの横をすり抜けた。魔物は全く気づいていない。次々と魔物を避けて前進する。


「ふー、もう十分距離を取ったよ」

「中々に緊張する体験だった」

「でも隠密の効果は証明されたでしょ」

「ああ、とんでもないスキルだ」


 対人も対魔物も俺1人での行使と同等らしい。もちろん魔力消費は増えたが短時間で効率化するはず。


 カルキノスの縄張りを回避して寝床へ辿り着く。荷物を回収するため2階へ上がった。帰属済みの魔物装備を身につける。


「その赤い指輪はトカゲ系に見えるが」

「サラマンダーだよ」

「はっ!?」

「火レベル5と400℃加算、価値は分かる?」

「……数千万、いや1億を超えるか。シャキルはAランクでも倒せると言っていたが本当だな」

「これは兄貴がやった」

「仲間か」

「いや敵だ」

「ほう?」


 金策目的だった精霊石や魔物装備は置いて行こう。


「その土属性が全部ミスリルなのか」

「まあね。ひとまずベッドの下へ隠しておく」

「いや、持ち出した方がいい」

「でも荷物になるよ」

「オークの影響でギルド関係者や憲兵らが調査範囲を拡大する。恐らくこの辺りも対象だ」


 じゃあ町の外へ隠し場所を作るか。回収が面倒だが仕方あるまい。


「これがテマラ基地までの地図」

「……確かにかなりの奥地だ」

「まず目指すのは10km下流のミデルト基地。ここからは約40kmだね。順調に進めば日暮れまでに辿り着けるよ」

「俺は付いて行くだけ。諸々頼んだぜ」

「任せて」


 寝床を出てしばらく進む。


「そろそろ朝食の準備だけど、俺が魚を獲っている間に、ワリドが魔物に発見されるかもしれない」

「構わん。倒す」

「大型は対応できないでしょ。一緒に漁をしよう。うつ伏せに寝そべってくれるかな」

「……まさか」


 ワリドの背に乗って空中浮遊。そのままゲルミン川へ。


「おい、不安で仕方ないぞ」

「黙って。魚が逃げる」


 大物を2匹仕留めて川原で焼く。


「さて、ここまで来れば心配ないか」

「何だ?」


 トランサス合金の剣を構える。


 変化共鳴。


 ギュイイイィィィーーーン


「おい!?」


 トランサイト合金の生産完了だ。


 むっ!


「上空! ダークイーグル!」

「魔物か!」

「食事の邪魔になるから倒すよ」

「Dランクの大型だぞ!」

「ワリドが注意を惹き付けて。着地を狙う」

「わ、分かった!」


 俺が隠密を行使すると魔物は一直線にワリドへ向かう。ダークイーグルは全長4m、翼開長8mの大型だ。共鳴100%なら剣身は7m15cm、少し距離があっても両断できる。


 ギャアアァァース


 ワリドは鋭い爪をギリギリで回避して地面に転がる。魔物は着地と同時に追撃体勢に入った。


 今だ!


 スパアアァァン


 高い音と共にダークイーグルは真っ二つに分かれる。流石のトランサイト魔素伸剣だぜ。


「終わったよ」

「シャキル、お前一体、何をした。素振りにしか見えなかったが」

「……秘密」

「まあいい」

「そろそろ魚が焼ける。食べよう」


 おや? 魔物装備か。


「ダークイーグルから腕輪が出てたよ。射撃速度8%だって。俺には不要だからワリドがお金に変えればいい」

「射撃8%か。アマーニに丁度いいな」

「え?」

「何でもない。ありがたく貰うよ」

「アマーニに渡すの?」

「はは、あいつの腕輪がそろそろ昇華するんでな。次をどうするかって話を思い出しただけ。これは売るさ」

「ふーん。まあ好きにして」


 ワリドに腕輪を渡すと少し見つめてリュックへ仕舞った。


「アマーニはモテるよね」

「あいつは理想が高い。誰も相手にしないさ」

「何が条件?」

「容姿と誠実さ、経済力と家格」

「それじゃ生涯独身だ」


 自分に自信があるから釣り合う男じゃなきゃ納得しないと。


「でも家格ってかなり限定されるよ。貴族家にでも入りたいの?」

「強く憧れていたな。いつ声が掛かっても対応できる様に熱心に勉強してたぞ」

「だから言葉遣いも丁寧なのね」

「……ミスリルの件、もし行き詰ったらアマーニへ話を持ち掛けてくれ。きっとシャキルの要望に応えつつドラルガ緋爵へ流してくれる」

「分かった。頭の隅へ置いておくよ」


 アマーニは頭が良さそうだから、いい策を思い付くかもね。


「でもうまく恩を売れても身分差を貴族側が気にするでしょ」

「普通、貴族家は使用人を身内で固めている。警備上の理由でな。それらの一族まで含めれば対象探しには困らない。相手が冒険者でも気にしないさ」

「なるほど」


 身内の扱いはノルデン家と同じか。


「ふー、魚まるごと1匹は意外と腹が膨れたな。味も悪くない」

「でもね。すぐ飽きるよ」


 調理器具を片付けて立ち上がる。ダークイーグルは魔石も回収した。


「じゃあ行こう。ここからが長いよ」

「おう、どんと来い」


 南へ進み、1つ目の城壁へ近づく。破壊された検問所周辺にはCランク大型が複数居座っていた。


「この辺にミスリルを隠したらどうかな」

「長期間に渡って立ち入り禁止らしい。オーク調査もここまでは来ないだろう」


 全壊した建物の地下倉庫へ侵入する。水は溜まっていない。ミスリルや鑑定不能の精霊石、未帰属の魔物装備をまとめて置き、砂を被せて瓦礫で覆う。


 2つ目の城壁を超えてウェザン要塞跡地が見えてきた。


「ヒュドラを避けるから遠回りするね」

「異議無し」


 ウェザン要塞から西へ延びる幹線道路を横切る。草原の向こうには森が見えてきた。下山した日は大木の上で一夜を明かしたな。あの日と同様にゲルミン川沿いのガルグイユを避けるため新設された森の馬車道を進むか。


「シャキル、あれは」

「馬車だね」


 草原に身を伏せる。300m先を馬車が通り過ぎた。


「森へ入ったぞ」

「多分、フェズ基地へ向かった」

「施設は全て放棄と聞いたが」

「犯罪組織が使っているかもよ」

「……あり得る」

「でも俺たちの目的はそこじゃない。帰ったら憲兵なりに伝えてくれ」

「あいつらは動けん。人手が足らんのだ」


 そうか主力は戦地に招集されていた。


「じゃあ戦争に勝ってからだね」


 森の馬車道へ入り食材を確保しながら南へ進む。フェズ川に出ると東へ進路を変えた。


「2km先でゲルミン川に合流する。ガルグイユの縄張りに近づくから途中で森に入るよ」

「Aランクのドラゴン種じゃないか」

「対岸はデスマンティスの縄張りだよ。こんな感じでゲルミン川沿いは高ランクがあちこちに棲み付いている」

「そりゃ放棄も頷けるな」


 ガルグイユから十分距離をとり馬車道でキノコ類を炙る。


「まだ9時過ぎだよ。やっぱり道を知っていると早いね」

「加えて4時起きだからな」

「よし、一気にテマラ基地まで行こう。実はミデルト基地の浴槽は広過ぎて湯量が確保できないんだ」

「シャキルの思う通りにしろ」

「じゃあ次はミデルト基地で昼休憩だ」

「おう」


 ゲルミン川沿いのジルニトラ、カトブレパス、アウドムラ、ケルベロスを回避してサビク川沿いの馬車道へ入った。


「これ以降の進路に高ランクはいないと思う」

「……生きた心地がしなかったぞ。森の中も白骨死体がその辺に転がっているし」

「きっと俺たちと同様に高ランクを避けた。でも森も安全じゃないからね」

「当時は森の魔物密度も高かったはずだ」

「さて、ここからは進路上の魔物を倒しながら進むよ。見通しもいいから戦い易いでしょ」

「望むところだ」


 Eランク程度ならワリド1人に任せても難なく倒す。レッドベア辺りは俺が伸剣で瞬殺した。剣身を大きく超えた攻撃範囲だがワリドは何も言わない。


「次の拠点は形が残っているな」

「サビク基地だね」


 城壁にもたれて小休止する。


「それにしてもゲルミン川沿いは酷い有様だった」

「記録では10体のAランク、延べ2万の魔物だからね。でもドラルガの被害状況を見るとそれ以上が押し寄せたと思う」

「ああ、隣接するベンゲリル蒼爵領もかなり破壊された。合わせて10万以上の犠牲者だ」


 覚悟して住んでいるとは言え、あまりに悲惨だ。


「ワリドは大量発生の原因って分かる?」

「大型が動いて魔物の密度が偏る。それが連なって大きな波へと発展するらしい」

「やっぱりそうか」

「問題は大型の移動原因だ。縄張り争いが発端と言われているが、また別の興味深い説もある」

「何?」

「亜人種だ」


 ほう。


「人間と敵対する魔物でありながら知能も備えている。自らが戦わず甚大な危害を与える方法なぞ、思い付いてもおかしくない」

「亜人種が扇動しているの?」

「あくまで仮説だ。何の実証もない。ただ歴史に残る大量発生の前には、奥地で亜人種の報告も多い。奴らにとっては大型も脅威だ。高ランク魔物を自分たちから遠ざけて、同時に面倒な人間を壊滅させる。それが大量移動の原因だとよ」


 確かにオークはライノサラスをデスマンティスに仕向けていた。短時間で決着が付かなければ周辺に影響があったかも。それを複数同時に行えば、或いは大移動を意図的に起こせるかもしれない。


「ワリドは博識だね」

「ただの受け売りさ。冒険者同士でもそういう話はよくするからな」

「盛り上がりそう」

「……シャキル、お前はオークを倒したのか」

「いや俺じゃないよ。サラマンダーを倒した兄貴がいると言ったよね。あれはAランク魔物クエレブレ。それをオークへ仕向けて全滅させた」

「なるほど」


 一歩間違えればサラマンダーが下流へ逃げて大移動の引き金になったかもしれん。クエレブレをケルベロスへ引っ張るなんて、絶対にやっちゃいけないことだったのか。


「オークの発現場所はどこだ」

「テマラ基地の上流10km、ミスリル保管場所の近く」

「そうか。ではゲルミン川の上流域に別の亜人種が大量に発現している可能性もあるな」

「仮説を信じているのね」

「俺も冒険者の端くれだ。魔物の生態には興味がある」

「そんな奥地、危険だよ?」

「シャキルがいれば問題ない」

「よく言うよ」


 ふむ。もしゲルミン川上流に亜人種が発現し、それが大移動の原因を作り出していたとしたら、ちょっと都合のいい位置関係にも思える。


 そうか分かったぞ。神がザラーム教の町を潰そうとしても、クレア教の町と距離があれば魔物は動かせない。しかし地下深くの魔素の流れに関与出来たら、亜人種を発現させる魔素の柱を任意の場所へ集中出来たとしたら。


 俺の仮説が正しければ、亜人種が奥地にしか発現しない理由も説明できるな。クレスリンでも奥地に亜人種確認の記録がある。その時、大移動が伴っていれば、破壊された町がクレア教でなければ、連動した事象として確立するかも。


 サビク基地を出発して1時間後、ミデルト基地の城壁が見えてきた。


「おお、確かに無傷だ」

「ここで昼食にするよ。周辺はFランクばかりだからキノコ類の採取もやり易い。ワリドも手伝ってね」

「任せろ!」


 安全なキノコをワリドに覚えてもらい手分けして食材を集める。2人で取り組めば効率は段違いだ。焼き魚と合わせてボリュームのある昼食となった。


 むっ……何だか違和感が。


 腹がキリキリする。


「どうした?」

「ちょっと……お腹の調子が」

「何!? 見せろ」


 ワリドは俺の腹に手を当てて目を閉じる。


「状態異常を確認。こりゃ中毒症状だな。すまねぇ、俺が拾ったキノコに変なのが混じってたか」

「……どうしよう」

「そのまま動くな。治してやる」


 ワリドが魔力を高めると腹の痛みが和らいだ。


「ふー、どうだ?」

「もう平気。ありがとう」

「それは良かった。お前に何かあったら俺1人じゃ帰れないからな」

「縁起でもないこと言わないで」


 腹痛が収まると同時に手応えを感じた。スキルを確認すると治癒の派生に1つ増えている。


『中和11』


 ワリドのスキルにも同じ名前があった。恐らく食中毒などを治す効果だ。嫌な汗は掻いたが、結果的に成長したので良しとしよう。


 ミデルト基地を出発。


「この細い石畳の道は2kmで途切れる。その先は川原を中心に歩いて、9km進めばテマラ基地だよ」

「本当にとんでもない奥地に存在するのだな」


 16時過ぎ。テマラ基地へ到着。


「ふー、随分と登った」

「ここは標高1,200m以上。夏でも過ごしやすいけど夜間は冷えるよ」


 少し休んで夕食用の食材を集める。キノコ類は慎重に選別した。


「この建物、あちこち鍵がぶっ壊れているぞ」

「俺がやった」

「……そうか。しかしシャキルの力は本当に凄いな。どんな方法で身につけた?」

「1カ月山籠もりした。ワリドもやる?」

「遠慮しておく」

「でもミスリル300個を集めるなら1週間くらい掛かる。嫌でも鍛えられるね」

「……若干、発言に後悔している」

「別に逃げ出してもいいよ。1人で下山できるならだけど」

「……国のためだ。最後までやり切るさ」


 食事を終えて風呂へ入る。ワリドの背中を全力で擦るが全く効いていない。何だかエリオットを思い出した。


「あー、気持ちいいぞ。代わってやろう」

「痛いって! もっと優しく、女性に触れる様に」

「……こうか」

「いいね」


 風呂を上がり寝室へ。


「ここにも精霊石が沢山あるな」

「訓練用に集めた。洞窟にはもっとあるよ。ひとまず明日はそれらの運搬だね。ワリドへ渡す鉱物もその中から選別する」

「おう、何往復でもやってやる」


 さて、ワリドの保有するスキルについて聞いてみるか。


 保有188

 出力22


 火1

 水3

 風1

 土1


 斬撃23:剣技23

 衝撃3

 打撃8:槌技5

 射撃1


 操具10:剣術10、槌術8、切削8

 測算9:距離9、重量6、速度9、時間7、角度6


 治癒14:自己14、治療11、完治時間12、中和13


「俺は人物鑑定も出来る。質問いいかな」

「構わん」

「打撃の槌技、操具の槌術、測算の角度って何?」

「一時、木工細工に凝っていてな。家具なんかを自作していた。そしたら知らない間に習得して上がっていたのさ。怪我も多かったが俺には治癒があるだろ」

「なるほどね」

「シャキルの趣味は何だ?」

「えっ?」


 前世ではゲームだが、結婚後は全然やらなくなった。俺は一体、余暇をどう過ごしていたのか。あー、家族でドライブか。


「旅かな。日帰りか1泊程度のね」

「とても8歳の趣向とは思えん。まあ何にせよ、ガルダイアより南を目指すなら長い旅路だ。ついでに色々と見て回ればいい」

「そうだね。せっかくだから見聞を深めよう」


 ゼイルディクに帰っても異国の経験は役に立つはず。海も気になるし。


 さーて、明日からは頑張って精霊石を集めるぞ!

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