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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
2章
268/321

第266話 共有

 あれ? ベッドが硬くなった? ……いや違う、ここはベッドじゃない。天井の照明を点けると俺は床に寝転んでいた。ベッドから落ちたのか。その割に落下の衝撃は受けていない。


 ワリドは大の字でベッドを占拠している。彼は壁を向いて寝たはずだが、派手に寝返りを打ったらしい。俺が寝ていた付近には太い腕が伸びていた。


「……ん? 朝か」

「ごめん、起こしたね」

「いつもより少し早い程度だ」


 時刻は午前5時過ぎ。ワリドはベッドから降り洗面台へ向かう。


 うーむ。俺はいつから床で寝ていたのか。まさか夢遊病? 確かに年齢的には発症の恐れがある。環境は大きく変わったし、人との会話を久々に経験して大きなストレスも抱えていた。


 いや待て。スキルを確認しよう。


 ……感知に派生が加わっているぞ。


『傷害感知26』


 きっとこれだ。習得はワリドが寝返って腕を振り下ろした瞬間だろう。俺は無意識に回避してベッドから転げ落ち、床に到達する前に空中浮遊を発動。そのまま朝を迎えたと。状況から推測すれば他に考えられない。


 これはかなり凄いスキルだ。クラリーサは視界外からの矢を避けると言っていたが、睡眠中の物理的接近さえも回避できるのか。


「お前はいつ出る?」

「もう行くよ」


 ワリドは全く気づいていないが、キミのお陰で極めて重要なスキルを習得できた。思えばフィルもセーラも寝相は良かったからね。しかし空中浮遊も連動するなんて優秀過ぎる。


「ミスリルとオークを置いたらそのまま証明書の偽造に動くのか」

「いやギルドまでは付いて行く。ちゃんと疑いが晴れたか見届けないとね」

「盗み聞きは構わんが、また結界解除を感づかれると面倒だ」

「ああ、そうか」

「昼食後ここへ戻る。経過報告してやろう」

「律儀だね」

「お前もな」


 ワリドが手を差し出したのでガッチリと握手を交わした。そうだ、訓練のために魔力波長を記憶させてもらおう。


「あっ!」

「どうした?」

「いやその……何でもない」

「では頼んだぞ」

「任せて!」


 姿を消して部屋を出る。


 魔力波長を記憶した後、ワリドの髪と瞳が赤に変わった。そう、今俺が色彩偽装で使っている色だ。スキルを確認すると隠密に派生が1つ増えている。


『共有31』


 これはつまり、俺が発動している隠密スキルを体に触れることで共有できるのか? ワリドと手を繋いで歩けば、彼の足音も気配も影も消え、周りに擬態し、尚且つ人物探知も無効化すると。


 何と言う危険なスキルだ。あっ! もしかして鑑定偽装も効果があるのか? 触れた相手の鑑定情報を改ざん出来たら、その影響力は計り知れないぞ。これは検証が必要だ。


 城壁へ到着。内側の階段を上がり外側へ飛び下りる。寝床に辿り着き、焼き魚で腹を満たした。さてミスリルは1つでいいか。オークは使い道が限られるので数があっても仕方がない。魔石は3つ、牙は残りの5本を全て使おう。


 大通りに仕込んで身を潜める。


 来たぞ! ギルド職員と思わしき人物がぞろぞろと歩いている。先頭は支部長と副支部長か、魔石担当や素材担当も姿が見えるな。何とも大袈裟な調査だ。こりゃアシュラフの言う通り、冒険者間で噂になるね。


「支部長! あれを!」


 副支部長が声を上げるとギルド勢は罠に近づく。それをワリドたちは遠巻きに眺めた。よく見ると支部長は杖、副支部長は剣を携えている。あの2人戦えるのか。支部長は50代前半の女性、副支部長は30代後半の女性だ。


「土属性精霊石1、魔石3、牙らしき素材5です」

「鑑定しろ」


 バタル商会の店員も来ているね。


「ミスリル含有1%!」

「魔石は全てオーク!」

「こちらも全てオークの牙です!」

「おおおっ!」

「何と言うことだ!」


 職員たちは初めこそ感嘆の声を上げたが次第に困惑の表情へ変わる。明らかに不自然だもんね。それにしても定着済みのオークの魔石と牙をギルドはどう解釈するのか。


「魔物! ガルウルフ3!」

「アマーニ班!」

「はい!」


 アマーニの返事と同時にワリドとナージャが駆け出す。2人は1体ずつ引き受けてそれぞれ1撃で仕留める。残り1体はアシュラフの火矢とアマーニの氷槍魔法で倒した。


「終わったわ。素材回収よ」

「アマーニ班は見事な動きね」

「3級にEランクは敵ではありません」


 支部長と副支部長は満足気に言葉を交わしたが、その後ろで鑑定要員たちは身を寄せて怯えていた。そりゃ非戦闘員は恐いよね。こんなところに連れて来られて可哀そうに。


「撤収だ!」


 支部長を先頭に引き返す。ワリドは最後尾で荷車を引きながら背中に腕を回し親指を立てた。うまくいったらしい。これで俺の役目は果たしたな。


 このあと宿舎で最終報告を聞けばワリドとはお別れだ。中央区の孤児院でも見に行くか。ただ孤児に認定されると自由に出歩けない。その前に洞窟のミスリル54個を回収しないとな。


 手持ちと合わせれば82個。これでいくつの武器を生産できるのか。クレア教の勢力拡大を阻止するため、ザファル王国には勝ってもらわないと困る。そのためには、なるべく多くのミスリルが必要だ。


 洞窟へ戻るついでに追加で集めてもいいが、持ち運べる量には限りがある。協力者が必要だな。ワリドに頼んでみるか。あの男は信用できる。問題はどうやって連れて行くか。魔物は隠密共有で凌げるとしても、あの性格では絶対に拒否されるよなぁ。


 ギルドへ到着するとアマーニ班は2階へ上がった。それをホールの冒険者たちは小声で話ながら眺めている。まあ注目は仕方ないね。


 十数分後、アマーニ班は解放され昼食へ向かう。飲食店のテラス席に腰を下ろした。


「解散かぁ。私は好きだったよこのパーティ」

「私もやり易かったわ」

「ねぇ、今晩はお別れ食事会にしようよ」

「私は賛成だけど2人は?」

「俺はいい」

「俺も次の準備があるからな」

「そっか、残念」


 パーティ自体が解散か。アマーニとナージャも別れるのね。


「アシュラフはいつ出る?」

「明日だ。ワリドは?」

「宿舎は今晩が最後だ。順番待ちに譲らないとな。明日以降は情報集め。まあ数日は留まるか」

「気が変わったら領兵に来いよ」

「いや行かん。今の生活が合っている」

「そうか。元気でな」

「アシュラフこそ死ぬなよ」

「はは、心配ないさ」


 食事を終えて4人は席を立つ。


「アマーニ班は現時点をもって解散します」

「世話になった」

「楽しかったぜ」

「みんな、またどこかで!」


 真っすぐ宿舎へ向かうワリドを追走する。自室の前で服を引っ張ると扉を開けて待ってくれた。


「音漏れ防止結界を頼む」

「どうなった?」

「ギルド側が知りたかったのは入手先だ。従って俺たちに向けられた窃盗の疑いは晴れた。幹部らは詫びていたな」

「良かった」

「しかし解決はしていない。特にオーク関連の出所が謎のままだ。何者かが故意に置いたが目的は分からない。今後はしばらくギルド職員が当該進路を管理し、憲兵も周辺調査を強化するだとよ」

「ちょっとした騒動になっちゃったね」

「まあ仕方がない。それがあいつらの仕事だ」


 さて鑑定偽装の共有を試してみるか。


「ねぇワリド、頼みがある」

「一緒には行かんぞ」

「違うよ。手を出して」

「……何だ」


 ワリドの手を握り人物鑑定。ぬう、改ざん出来ない。


「ありがと。もういいよ」

「……ふむ」


 さあミスリル運搬を頼んでみよう。


「ワリドは多くのミスリルが戦場へ渡ることを望んでいるよね」

「もちろんだ。昨夜も言ったがドラルガ緋爵に売却が最も確実だぞ」

「いや、貴族が絡むと身動きが取れない。俺には行くところがある」

「ガルダイアか。まあお前の隠密なら貴族屋敷でも簡単に抜け出せるが、同時に金や身分を失う。現状に戻って不便なだけか」

「その通り」

「では商会経営者の養子となってミスリルを託せばいい。大手なら国を跨いだ取引も日常だ。ガルダイアへ同行を条件とすれば利害関係は一致する」

「おおー、なるほど!」


 その提案が最も現実的だね。


「前提として孤児院へ紛れ込む必要がある。借金持ちの鑑定士は見つかりそうか」

「それは全く問題ない」

「目星は付いているのだな」

「まあね。でも面倒な仕事が残っている」

「何だ」

「ミスリルの運搬だ」

「運搬? 精霊石なら労力は知れているだろう」

「場所と数が問題だ。ワリドに手伝ってほしい」

「断る」

「国を救ってほしいと言いながら自分は領兵に行かずミスリルは人任せ。少しでも愛国心があるなら最前線のために汗を流してみろ!」

「うっ……」


 さあどうかな。


「……分かった。運んでやる」

「おー! 助かるよ!」

「場所はどこだ?」

「ここから約70km先の山地だ。ゲルミン川の支流、サビク川の上流部に保管してある」

「はあっ!? お、おまっ、魔物のど真ん中じゃないか! 絶対に死ぬぞ!」

「俺はそこから1人でここへ来た。何も問題ない」

「もっ、問題しか見当たらん!」


 じゃあ見せてやろう。


「ワリド、手を貸せ」

「お、おおう」

「いいか、自分の腕をよく見ろ」

「!? ゆ、床が映り込んでいる!」

「隠密スキルの擬態だ。他にも足音消去、気配消去、影消去で完全に姿を消し、消臭結界で臭いも消す」

「……」

「尚且つ、俺は半径150mの魔物の動きを常に把握できる。安全だろ?」


 ワリドは口を開き目が泳いでいる。


 あとは空中浮遊を共有できればありがたいのだが、隠密の派生だから関係ないかな。まあ試してみよう。


「!? 体が浮いた!」

「おおっ! 成功だ!」

「何が起こっている!?」

「俺が触れていればワリドも空中浮遊が可能だ。これは水上でも効果がある。つまり川を濡れずに渡れるのさ」

「……」

「うつ伏せに寝そべって」

「……こうか」


 ワリドに跨り空中浮遊を発動する。


「うん、この方が安定するね」

「おい……床しか見えんぞ」


 浮遊を解除しワリドから降りる。どうやら隠密派生は関係なく身体強化単独の共有っぽいな。ただ1人の時より魔力を多く使う。川を渡る時に限るか。


 ワリドはベッドに座り天井を仰いでいた。


「……お前は本当に底知れない子供だな」

「シャキル」

「は?」

「俺の名だ。今後とも宜しく」

「ああ、シャキル。たんまりミスリルを運ぼうぜ。しかしどうやって希少なミスリルを多く集めたのだ」

「精霊石探知だ。テマラ湖より上は割とミスリルが落ちている。山地での保管数は54個。2~3日全力で集めれば更に100個は期待できる」

「この際、もっと集めればいい。俺なら300個くらい背負っても平気だ」

「どうした? 急にヤル気だな」

「俺は愛国心に満ちている」

「フッ、よく言う」


 好きなだけ動ける今のうちに日数の掛かる作業は終わらせたいね。


「ところで食事がしたい」

「おおそうか、昨日の店でいいなら今から行こう」

「連日、怪しまれない?」

「どう思われようが俺はただの客だ」

「まあね」


 再び高級料理店の2階個室でコース料理を一度に運ばせる。


「ところでシャキル。そんな山奥で寝泊まりする場所はあるのか?」

「テマラ基地とミデルト基地が無傷で放棄されている。特にテマラ基地はミスリル採取のために作られた拠点だ。ベッドも風呂もある」

「お前は湯も出せるのか」

「食事は川魚、キノコや木苺で賄う。ああ、高地は夏でも冷えるけど保温結界があるから心配しないで」

「分かった」


 よく考えたら武器も使えるぞ。


「中古の武器商会は近くにある?」

「南区は2軒あったな」

「剣を1本調達してくれ。子供用は不自然だから大人用でいい。鉱物合金か魔物合金かは問わない。定着期間は10日あれば十分だ」

「お前は剣も扱えるのか」


 剣技はワリドの方が上だけどね。


「しかし隠密があれば戦闘する必要は無いだろう」

「立ち去るまで待つより、倒した方が早いでしょ。一番多いのはEランク上位、ガルウルフやテラーコヨーテだよ。次いでDランク中位、レッドベア辺りかな」

「それなら俺でも戦える」


 ふう、満腹だ。


「終わったか。では武器商会へ行こう」

「でも食事代含めて痛い出費だね。ミスリルあげるから売りなよ」

「個人で売却すれば再び要らぬ疑いを招く。ミスリル精霊石を探す過程でそこそこの鉱物も多く見つかるだろう。それで十分だ」

「分かった」


 中古の武器商会へ赴き物色する。一般的な武器商会は基本的に受注生産なので店内在庫は少ない。しかし中古となれば山盛りだ。ここにはきっと掘り出し物がある。


「お客さん、剣かい?」

「今の剣身は87cmだが短めの取り回しも練習したくてな。70cm前後で2週間程度の定着期間はあるか」

「そうさねぇ……」


 店員はカウンター内へしゃがみ込み1本取り出す。鞘はかなり痛んでいた。


「あと9日の品だ。65cmと短めだが」

「……見ない鉱物だな」

「こいつぁトランサス合金だ。ミスリルには及ばないが共鳴効率はいいぞ。80%だったか」


 トランサス! 鑑定で確かめると間違いなくトランサス合金だ。こんなところでお目に掛かれるとは。


「剣技適性30、基本値150。ガルダイアから流れてきた訓練生向けさ。5万タミルでいいぜ」

「購入する」

「ありがとよ。所有者登録の手数料は1万だ」

「合わせて6万だな」


 ワリドは手続きを済ませて店を離れた。武器はギルドのカウンターへ預ける。どうやら宿舎へ持ち込まない決まりみたいだね。


 宿舎の部屋に戻る。


「子供用があって助かった。握りは随分と痛んでいるが仕方あるまい」

「全く問題ないよ! あの武器ならAランクでも倒せる!」

「凄い自信だな。シャキルの剣技は1級か」

「はは、どうかな」

「さて出発は明日の朝か」

「そうだね。なるべく距離を稼ぎたいから5時に出よう。朝食は焼き魚を現地調達だ」

「ならば前倒しで今日中に宿舎を引き払う」


 ワリドは事務所へ向かい手続きを済ませる。手際よく荷物をまとめるとリュックを背負った。


「身軽だね」

「洗面用品と着替え、後は冒険者証と金があればいい。ミスリル専用の入れ物は別に調達しよう」


 一般の宿屋で素泊まりの部屋を確保する。夕食は再び高級料理店の個室だ。


「2人分で間違いありませんか」

「この店の味が気に入った。幾らでも食える」


 食事を終えるとギルドで武器を回収し宿へ。ここでトランサイト生産もできるが、高レベルの魔力探知持ちが近くにいるかもしれない。念のため高い共鳴は町を出てから。


 ワリドが共同浴場から戻る。


「かなり早いが寝るか」

「そうだね。夜明け前で暗くても地形探知があるから動けるよ」

「ここの守衛に声を掛ければいつ出てもいいぞ」

「随分とワリドは意欲的になったね」

「決めたからには全力で挑むさ」


 一度通った道だが、誰かと一緒だと心持ちが全く違う。仲間の存在は本当にありがたい。同時に守る責任も発生するがトランサイトで蹴散らして見せる。

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