第257話 スキル鑑定
7月23日、午前6時。朝食に向かう支度を始めたところ、南西方面から強めの魔物反応が近づいていた。これはCランクだな。突進の意志を感じるがドリルエレファントではなさそうだ。え? オークも一緒?
洞窟入り口から外の様子を窺う。Cランク魔物はライノサラスだった。外見はサイだが体長8mを超え、頭や肩の角を含めると全長13mに達する。その前方を3体のオークが走っていた。
シャー!
デスマンティスが縄張り侵入者に気づいて敵意をむき出しにする。それをオーク3体は見届けて南西へ去った。
ライノサラスはデスマンティスに標的を変えて突進を繰り出す。デスマンティスは両前脚を左右に広げて斬撃波を準備するがライノサラスの接近速度がそれを上回った。
硬い物がぶつかる音が響く。ライノサラスの角に激突したデスマンティスは少しのけぞったが踏み留まっていた。デスマンティスは全長15mの巨体だ。外見はカマキリなので長い6本の脚も相まって細身に見えるが、体の中心部分はライノサラスの胴回りとさほど変わらない。
ズボッ
デスマンティス両前脚の鎌がライノサラスの脇腹に左右から突き刺さった。ライノサラスは逃れようと身体を捻るが、鎌は体内へ呑み込まれていく。ほどなく両鎌の先端部が脇腹を突き破って貫通する。物凄い出血量だ。
激しくもがくライノサラスの頭にデスマンティスが噛みつく。解体重機のハサミを連想させる巨大な顎はいとも容易く頭蓋骨を噛み砕いた。ライノサラスの動きが止まる。
やれやれ、早朝から寝床近くで怪獣大戦争である。何と騒がしい事か。ただこれは自然発生した争いではない。オークが絡んでいる。あの3体のオークがどこからかライノサラスを連れてきてデスマンティスに仕向けたのだ。
魔物図鑑によると亜人種は他の魔物を陽動に使うこともあるらしい。特定の目的のために意図的に引っ張るのだ。
奴らの狙いは何だ? まさか俺の寝床に気づいて襲撃を企てた? 昨日のクエレブレの仕返しか? いやいやそれなら洞窟を潰しに来るはずだ。先ほどのオークたちは俺の存在に気づいていなかった。そもそも昨日俺を認識したオークたちはもう死んでいる。
単にオークの縄張り近くのライノサラスが危険なのでデスマンティスに処理させたのか。それならクエレブレも使えるが、もし瞬殺したら自分たちも危ない。だからあまり力の差がない相手を選んだのだろう。
なかなかやるじゃないか。低い知能と侮れないな。ならば尚更この洞窟の存在を絶対に悟られてはいけない。出入りする時は細心の注意を払わなければ。
東の川へ朝食に向かう。すると川原の茂みに異変を感じた。木苺が踏み荒らされている。何か巨大な生物が通った跡だ。
そうかライノサラスか。引っ張るオークたちはクエレブレの縄張りに沿うように川沿いを北上したのだ。ちゃんと縄張りの半径まで把握しているとはますます侮れない奴らだ。
サラマンダー討伐は8日前である。翌日から3日間、俺はこの地域を離れていたが、その間にオークが発現して周辺の魔物状況を調査していたのだ。と言うことは、こうしている間にも遠くから様子を窺っているやもしれん。
俺の魔物探知は半径70mだ。その範囲外でも敵意を向けられれば魔物感知で気づく。空からの襲撃はほとんどそれだ。しかしただ注目されているだけでは分からない。
考え過ぎかな。昨日も俺を確認したら直ぐに敵対心を露にしていた。そもそも外での活動は常に隠密と結界を行使している。特に隠密の擬態は遠くからならまず見破れない。まあ焼き魚と調理用の火は丸見えだけど。
不思議には思っているだろう。何故あんなところで魚が焼かれているのか。あいつらも魔物なら魔素で生きているはずだ。飲み食いを必要としない体で良かったな。
備蓄食料の調達も終えて洞窟へ戻る。ライノサラスの魔石も回収した。さあ今日も訓練するぞ。
◇
「うひょーっ!」
ひたすら訓練に打ち込んだ結果、昼前には大きな成果となって現れる。人物鑑定だ。遂にスキル群の鑑定結果が浮かび上がったのである。
前回の人物鑑定は6月16日にエーデルブルク城で受けた。あれから実に37日が経過している。本来1カ月程度では何も変わらない。しかし俺は異常だ。尚且つ極端な訓練環境に身を置いている。
あまりに多項目に渡って成長が見られたため、正直少し混乱している。何がどのくらい伸びたか1つずつ丁寧に検証しよう。
※()内は前回鑑定時との比較。
保有148(+5)
出力 25(+1)
火属性06(+5)
水属性04(+3)
風属性02(+1)
土属性09(+8)
まずは魔力関連と4属性だ。魔力量、最大魔力量ともに微増している。もちろん俺は消費効率や回復力が異常なのでこの数値はほとんど参考にならない。
ところで鑑定では保有と出力と表示されるのに、鑑定士たちは魔力量と最大魔力量と書き残していた。そう言う取り決めがあるのかな。まあ保有や出力だと精霊石や魔石みたいだから区別したのだろう。
4属性は全て上がっているが土の伸びが大きい。かなり長時間砂を出し続けていたからね。火はキノコ炙りで使っていたからかな。もちろんサラマンダーの指輪はここに反映されていないので実際はレベル11の火力が出せる。
続いて4撃性だ。
斬撃18(+3):剣技18(+3)
衝撃02(+1)
打撃01
射撃19:弓技18、魔法射撃11
斬撃は3上がって派生の剣技も同じく3上がっている。クレスリンでの魔物合金、ここでのミスリル合金での戦闘が伸びた要因と思われる。衝撃は何故か1伸びている。打撃は変わらず。射撃も派生含めて変わらずだ。
オークが武器を落とせばスキルを活かせる。ただ槍やこん棒が手に入っても低い衝撃と打撃ではヘルラビットでも倒せるかどうか。魔物武器って共鳴出来るのかな。いや魔力集束か。まあ1本出れば試せるね。
次は操具。
操具11(+2)
剣術11(+4)
弓術09
銛術03(新規)
派生の剣術が上がって銛術を覚えている。剣術は剣技と一緒に伸びたっぽいね。そして銛術は川で魚を突きまくったのが要因かな。4撃性の衝撃が上がったのもこれが関係しているだろう。
次は測算。
測算18(+13)
温度17(新規)
重量15(新規)
距離18(+13)
速度15(+12)
時間11(+08)
基礎スキルが大幅に上昇している。派生スキルには温度と重量を習得した。温度はここに来てやたら気温や水温を気にする様になったからだな。水と風の精霊石訓練も関係しているよね。重量は大型魔物が関係しているのか。水と土の精霊石訓練も関わりありそうだね。
距離と速度は主に魔物対応で鍛えられたね。特に距離は重要だ。時間は経過時間のこと。定着時に関係するけど、今のところあまり意識していない。まあ上がっているからいいや。
さあ専門スキルだ。
まずは治癒。
治癒 16(+05)
自己 16(+10)
治療 12(+01)
完治時間11(新規)
主に自己治癒が大きく伸びている。まあここに来てからは擦り傷や切り傷が絶えなかったし。あばらを骨折したり、腕を火傷もした。派生には完治時間が追加されている。これも地味にありがたいスキルだ。
もう当たり前になってるけど、あんな怪我を数時間で完治なんて凄いことだ。活躍の場は少ないけど絶対に必要なスキル。それが治癒。
続いて結界。
結界 24
虫よけ 13
日焼け止め 14
音漏れ防止 21
保温 24
防水 19
風圧減少 17
粉塵 18
臭い漏れ防止24
消臭 24
結界解除 21
何が起こっているのか戸惑うほど結界はとんでもないことになっている。基礎スキル自体を解放したため派生も全て新規習得なのだが、この短期間で信じられない成長を遂げている。
結界の解放は上空1,000mでクエレブレの背中だ。今振り返ると本当に無茶をしたものだ。あの時に虫よけ、日焼け止め、保温、風圧減少を習得した。
特に保温は今現在でも必須のスキルである。これが無ければ生きていけない。常に重ね掛けを繰り返しているためレベルも高い。効果時間が5時間なので、最低でも8時間まで伸ばしたいところ。
防水、粉塵、音漏れ防止は場面によって重宝している。臭い漏れ防止と消臭は魔物と対峙する上で最早前提と言っていい。劇的に行動範囲が広がった要因でもある。
結界は本当に便利だ。なるべく9種を同時に重ね掛けして伸ばそう。
続いて鑑定。
鑑定 25(+12)
定着品 17(+06)
製品 14(+01)
魔物素材25(+12)
魔石 24(+18)
魔物装備23(+17)
鉱物粉 12(新規)
精霊石 25(新規)
人物 23(新規)
盗視 21(新規)
記憶 21(新規)
早い頃から興味を示し、意識して取り組んできた鑑定スキル。ここに来てからも重点的に訓練を続けて、特に魔物関連は大きく伸びた。精霊石の成分が見えた時は本当に嬉しかったね。
そして何より人物鑑定だ。鑑定偽装の前提であり、今こうやってスキル群を確認する上でも極めて重要な役割を果たしている。本当に情報とは大事だ。この環境になって痛感する。
新規習得の派生には気に掛かるスキルがある。盗視とは? 盗み視る。それって人物鑑定のことかな。だとしたらかなり恐ろしいスキルだぞ。
記憶とは、そのまんま記憶でいいのか。あっ! 今、鑑定記憶と念じたら頭の中に保存された感覚があった。試しに人物鑑定を中止しても俺の鑑定結果が浮かび上がって来る。魔物素材や精霊石も対象っぽいな。ほー、これは便利だ。
続いて錬成。
錬成 19(+16)
定着 19(+16)
昇華 07(新規)
鉱物抽出17(新規)
接合延長19(新規)
今最も優先順位が高いスキルである。とにかく魔物装備が消える前に定着延長を成功させないと。安全に下山する上でも石の寝床は確保したい。錬成って地味だけど後々効いてくるとても重要なスキルだね。
そして探知だ。ここから3つの専門スキルが特に異常な伸びを見せている。
探知 30(+24)
地形 30(+24)
透過 16(新規)
人物波長16(新規)
魔物 30(新規)
魔石 23(新規)
建物 26(新規)
魔物装備28(新規)
ラムセラール神殿で拉致される前は地形探知レベル6のみだったのに、本当に脅威的な成長を遂げている。最早、川底含む地形探知と魔物探知はここで生きていく上で絶対に外せないスキルとなった。
透過探知とは地中探知のことだな。恐らく建物探知の前提条件なのだ。現在は範囲が3mだけど、伸ばせば街中で必ず役に立つ。
人物波長探知はフィルとセーラで試したスキルだ。事前に波長登録が必要だが、個人が何処にいるのか分かるなんて使い方によっては本当に恐ろしい。逆にうまく使えば危険回避にもなる。街中に出たら頼りになるかも。
魔石と魔物装備は訓練効率の上でも、立ち回りの向上でも、また後々の経済面でもとても役立つスキルだ。もう指輪なんか探知で見つける前提だよね。
続いて感知だ。
感知 31(+17)
鑑定 06
波長記憶06(新規)
結界 31(+20)
消去 16(新規)
偽装 21(新規)
擬態 26(新規)
魔物 31(+16)
これが全スキルの中で唯一レベル31に到達している。冒険者ランクで言えばAランク相当だ。派生スキルで31を達成しているのは結界と魔物。結界感知は結界を解放した直後から貴重な情報を提供してくれた。常に多数の結界を施しているので訓練も捗っている。
そして魔物感知。最早これ無しでは魔物と対峙できないくらい重宝している。魔物の次の行動が分かるなんて本当にチートだよ。俺を見失った確認材料としても極めて重要だ。
波長記憶はクレスリンで覚えたスキルだな。無断で記憶する奴がいたら要注意だ。むしろ同時に相手の波長を記憶して常に行動を監視してやる。
他にも新規に習得した派生スキルがあるが消去とは何だ? その言葉で思い付くのは足音消去と気配消去だ。もしや、誰かが行使している隠密を感知できるのか。つまり足音を消しても、気配を消しても、効果が無いと。
では偽装と擬態も同じ効果か。髪と瞳、肌の色を変えても、周りの景色に溶け込んでも見破れるのか。あー、やっぱりこういうスキルがあったのね。これは助かる。自らが使っているだけにその恐さをよく知っているから。
最後に隠密。
隠密 30(+17)
波長記憶16(新規)
足音消去30(+24)
気配消去30(+17)
色彩偽装30(新規)
擬態 30(新規)
これも最早、常時行使するほどの必須スキルだ。
足音消去は全力疾走でも摩擦ブレーキでも木の枝を踏んでも足元は無音である。城壁から飛び下りて気づいたが着地音も消されていた。川の浅瀬を歩いても水の跳ねる音はしない。レベルが上がると本当に恐いスキルになったな。あっこれって蹴りを入れても有効なのかな。今度ヘルラビットで試してみよう。
気配消去は魔物の反応から想像するしかない。レベル30だからきっと高い効果があるはずだ。もちろん魔法のロックオン外しは何度も世話になった。人間への効果は町に出てから確認だ。
新規習得の派生は3つあるが、波長記憶とは恐らく人物波長探知に使う為に魔力波長を記憶する行為を隠蔽できるのだ。つまり無断で登録できる。ただ感知にも波長記憶があったから感知と隠密のレベルが高い方が勝つのだろう。出来れば両方上げておきたいね。
色彩偽装は頭髪、瞳、肌から始まりレベルが上がれば衣服類なども色味を変えられるスキルだ。
町に出た時には別人になれるため重宝するが、もし寝床まで用意してくれる協力者に出会えた場合、朝俺が目覚める前に頭髪と瞳を見られたらマズいな。つまり8時間以上の効果時間が必要だ。今どのくらいか分からないので確認しておくべきか。
擬態は色彩偽装の上位スキルだな。周りの物体を常に映し込むので、他の隠密スキルと合わせて極めて高度な隠密行動が実現される。動いても効果は継続するが、静止状態でこそ本領が発揮されるだろう。
いやはや必要に駆られて取り組んではきたが、こうやって一覧で眺めると改めて8歳の子供とは思えないな。ふふっ、ゼイルディク伯爵が見たら気絶するぞ。
ともあれスキル状態を確認できてとても助かった。成長も逐一把握できるから間違いなくヤル気にも繋がる。人物鑑定は本当に優れたスキルだね。




