第252話 ゲルミン川(地図画像あり)
ミデルト基地内にて貴重な情報を得る。3年前の魔物襲撃はかなりの規模で、麓の町まで壊滅したらしい。復興は順調に進んでいるのか、それとも町自体も放棄したのか。
手元のミスリル合金武器はあと2日と11時間で昇華する。現在午前9時。サビク川沿いに5km下れば次の中規模拠点に辿り着く。更に5km先ではゲルミン川に合流し大規模拠点も見えるはず。
昼食休憩を含めても日が暮れるまでには、ゲルミン川沿いの次の拠点まで十分足を伸ばせる。そこで夜を明かし朝から動けば、午前のうちにウェザン要塞へ到達するだろう。
ドラルガの町とどれだけ離れているか分からないが、コルホル村とメルキース城壁を考えれば十数キロと想定できる。日が暮れるまでには辿り着ける距離だ。
その時、武器の定着期間は残り1日余りとなる。もし町が廃墟のままで魔物の棲み処と化していても討伐しながら前進できる。何とか安全な寝床を見つけて翌日朝から動けば、剣が昇華する前に人の管理する地域まで行けるはず。
うーむ、強行日程だな。まあ寝床と食事さえ確保出来れば何とかなる。いくら壊滅した拠点でも城壁や建物の隙間に身を隠せるはずだ。ただ問題は人里に出てからか。俺はまだ鑑定偽装を習得していない。
武器が手に入って円滑に進めるだけに、その時間を有効に活用しようと気が焦っているかもしれない。まだだ。まだ早い。今は町へ出る時ではない。
ひとまずは行ける所まで。ゲルミン川沿いの様子を見に行くか。その前にミデルト基地を探索して昼食だな。
談話スペースの奥に進むと座布団が敷き詰められた部屋が見える。照明を点けると奥に祭壇らしき設備が浮かび上がった。ここは礼拝堂か。神像は剣を掲げた女性の姿で『剣神ファルクナ』と台座に刻まれている。
明らかにクレア教では無いな。神王教もカイゼル王国内だけのはず。これは全く別の宗教だね。部屋を出ると入り口上部に看板が掲げられていた。
『ザラーム教ミデルト護授堂』
ザラームだと!? ザラームってあの宇宙の声だよな。開祖だったのか。いやでも名前が同じだけでは判断できない。うーむ、繋がりはあるのだろうか。まあ神より上の存在だから宗教に絡んでても何らおかしくはないけどね。
待てよ。創造神クレアシオンはザラームを快く思っていない。もしザラームが宗教に関わり、その教えも気に入らないとしたら……。
魔物を仕向けて潰す。
うん、あるな。神の性格なら絶対やる。そもそもクレア教ではない宗教は邪魔だ。自らの信仰を妨げる要因は手段を選ばず排除するだろう。
あっ! 分かったぞ! 何故、神の魔物が襲って来ないのか。この辺りはクレア教が広まっていないのだ。つまり神の力の源である信仰心が集まらない。だから魔物を操れないのだ。
ゼイルディクはクレア教が盛んだった。クレスリンには大神殿もある。恐らくは神殿や礼拝堂を通じて魔物を呼び寄せる何かを発していたのだ。神って意外と制限が多いからな。その可能性は十分考えられるぞ。
もちろん別の理由かもしれない。単純に環境の違いだけで見ると、ここは山奥であり全く人気が無い。魔物を引き寄せる場所には、ある程度の人間が必要だとしたら、それも襲撃が無い要因として挙げられるよね。
うん、神の性格からすれば、山奥で1人であるこの状況を好機と見るに違いない。それでも動けない何かがあるのだ。もし人里に下りて魔物が来れば人間誘導説、来なければクレア教不足が有力となるな。
それにしてもザラーム教潰しが魔物襲来の目的だったとしたら、神は人間を何だと思っているのだ。そんな排他的な思考では管理するべき世界が衰退するぞ。共存共栄の精神こそ豊かな人類の未来に必要なのだ。
なんてね。神だの宗教だの考えると、どうも気持ちが大きくなってしまう。まあ俺は異物だ。生涯命を狙われるなら徹底抗戦するしかない。ザラーム教を守り広めることが効果的なら、全面的に協力してやるまでだ。
ああ、共存共栄とか言いながらクレア教を排除する気まんまんだった。フッ、所詮その程度の人間だよ俺は。自分の命が一番大事だ。
むっ、城壁と建物の間を歩いていると、調理用らしき設備と多くの食器類、そして机や椅子が散らばっている。これはバーベキュー跡だな。ミデルト基地最後の食事をそれなりに楽しんだらしい。余裕あるじゃないか。
建物外の通路には家具製作らしき木材と工具や、草に覆われた花壇なども見受けられる。釣り竿まであるぞ。どうやら趣味なども割と自由な環境だったと思われる。
談話室の記録では毎日100人が動いていた。その人たちを支える料理人や浄水士、事務関連や治療士たち。馬車や装備品に携わる人たち。様々な人がこのミデルト基地で過ごしていたんだなぁ。もうちょっとした村だね。
建物内は見事に全て開錠されており、食堂、厨房、浴場なども確認できた。ただ浴槽が広過ぎる。かなりの湯量が必要だぞ。ああそうだ、厨房の流し台なら丁度いいな。子供の身体だし。まあその前にお湯の抽出を頑張らないと。
個人部屋なども一通り回った。総員撤収が急に決まったためか、多くの荷物がそのままにされていた。いや遺品かもね。ともあれ肩掛けカバンやリュックなど、携行収納の充実はありがたい。このブーツリュックもお役御免だな。
さて探索もほどほどにして昼食にするか。厨房で調味料を発見したので味付けを試そう。サビク川で魚を獲って塩焼きだな。あのバーベキュー跡を活用してもいいな。使う器具を水洗いして乾燥させておくか。
無事漁を終えて城壁へ戻る。金属製の網に魚を載せて、集めた枯れ枝に火を点ける。キノコ類も串刺しにして網に並べた。旨そうな香りが鼻をくすぐる。ああ、こんな料理はいつ振りだろう。クレスリンが最後か。
大満足の昼食は終わった。腹いっぱいだ。さあ、少し休んでサビク川を下るか。
会議室で見つけたサビク川流域の地図を広げる。ウェザン要塞まで載っている地図と比べて小規模拠点や川も細かく記されていた。
ミデルト基地から一番近い拠点はタリブ舟舎か。距離は3kmくらいだな。この舟舎は名前の通り舟運用が主目的と思われる。対岸の印は桟橋だろう。
そこから2km下流がサビク基地だ。ジュナイドたちはここからテマラ基地へ出向いたのね。更に5kmほど進むとアシム第1基地がある。地図で見る限り大型だな。サビク川沿いの補給元として重要な役割を担っていただろう。
情報ではゲルミン川流域が壊滅とあった。このアシム第1基地は間違いなく全壊している。すぐ隣のアシム第2基地も、北へ4kmのジャビル基地も、その対岸のサフィ基地も、全て跡形も無く破壊されているだろう。
サビク基地が残っていれば助かるのだが、ゲルミン川からの距離を考えると何かしらの影響は避けられないか。
現在正午。3時間進んで安全な寝床を確保できないと判断したらここへ引き返す。現地で夜を明かせるなら翌日は北上して行ける所まで行く。ひとまずこんな予定でいいか。とにかく情報収集だ。
城壁の出入り口は馬車も通れる大きな扉だ。近くの通用口から城壁外へ出る。少し歩くと魔物が近づく。ヘルラビット2体だ。どうやらミデルト基地周辺はFランクばかりの傾向である。だから拠点の場所にしたのね。
魔物討伐もサクサク進むため足取りも軽い。道沿いに城壁が見えてきた。あれがタリブ舟舎か。見たところ無傷だな。先を急ごう。
川に架かる橋を越えると木々の向こうに城壁の一部が見える。サビク基地に到着だ。あっ、山側の城壁が無い。東側の城壁も全壊していた。内部の建物も大きく崩れている。ここはやられていたか。
現在14時過ぎ。1時間あればゲルミン川まで行けそうだ。魔物種はEランクのテラーコヨーテやブラッドジャガー、Dランクのレッドベアやサーベルタイガーが目立ってくる。洞窟周辺と似た傾向だな。
なるべく倒しながら進み時間を節約する。
おっ、見えてきた。あれは……橋か。アシム基地を結ぶ大きな橋、だったと思われる橋脚の一部がサビク川の水面から覗いていた。更に進むと全壊した建物が対岸に見える。アシム第2基地か。
左手の森が切れる。そこには広範囲に渡って砕かれた石が敷き詰められていた。間違いない。アシム第1基地だ。ゲルミン川に面して400m、奥行きは200mほどか。奥地では最も大きな拠点が跡形も無く破壊されていた。
どれだけの人が命を落としたか。本当に無残極まりない。
むっ! 魔物! 強力な反応だ!
すぐさま森に入り木陰に身を寄せる。全力で隠密結界を行使。かなり危険な魔物が近づいている。間違いなくAランクだが魔物種は分からない。
来たぞ。距離40m。
グルルル……。
ひっ、何だあれは。……犬か? 真っ黒な毛の巨大な犬が鼻を鳴らして辺りを見回している。その頭は3つ。真ん中の頭の首元から両肩口にかけて全く同じ頭と首が生えている。体高、体長ともに8m。鋭い爪、牙、そして角が頭や背中から伸びていた。
これまで見たAランクとは随分と違う。ドラゴン種の様な圧倒的なパワーではなく俊敏性や獰猛さを強く感じる。こいつは危険だ。絶対に見つかってはいけない。
息を潜めること10分。かなり鼻が利くらしく、しつこく周囲を嗅ぎまわっている。もちろん消臭結界と臭い漏れ防止結界は施しているから気づかれないはず。
早くどこかへ行け。
グオオオッ
レッドベアだ。そう思った瞬間、黒い犬は高く跳んでベアに覆いかぶさった。すぐさま真ん中の頭が噛みつく。骨を砕く音が響くと血肉を咥えた頭を上げる。続いて2つ目の頭が噛みつき腕を引き千切る。そして3つ目の頭が脚を食い千切った。
3つの頭はベアの血を滴らせながら満足そうに鼻を鳴らす。
今だ! 逃げるぞ!
ひとまず森の奥へ走り距離をとる。山へ向かって400mは進んだか。もう縄張りから脱しただろう。
あー、そうか。縄張りだ。
あの黒い犬は3年前の魔物襲撃で奥地から出てきたAランクなのだ。それ以来、このアシム第1基地周辺を縄張りとして居座っている。うん、きっとそうだ。と言うことはゲルミン川沿いに他のAランクもうろついている可能性が高いぞ。
むっ、何やら地響きを感じる。北の方角か。
森を走って様子を見に行くと、ゲルミン川沿いを巨体が歩いていた。何だあれは。魔物探知ではBランク相当だが、とんでもない大きさだ。
牛か? うん、牛だね。体高15m、全長25mほどか。推定重量300トンは超えるね。こんな肉塊が突進したら、そりゃ大型拠点でも持たないわ。
こいつも3年前からいるのだろう。もうゲルミン川沿いは危険地帯と見ていい。あー、だから復興も進まないのか。
現在15時30分。何とか日が暮れるまでにミデルト基地へ辿り着ける。よし、行こう。
◇
無事に帰還。あー、腹減った。すぐさま夕食をとる。しかしこれで備蓄の食料は最後だ。明日はまず食材確保が優先だな。
施設内を物色する。会議室の戸棚に本を見つけた。高価な本でさえ放棄するほど当時は撤収に注力していたのね。いや、あんな魔物がうろついていたら、荷物は最低限で駆け抜ける必要がある。本なんか持ってても何の役にも立たない。
『魔物図鑑 ~王国暦10年改訂版~』
さて、さっきの魔物は載っているか。
……あった!
巨大な牛はアウドムラか。Bランク上位だね。むっ水魔法を使うのか。広範囲に氷弾を放つらしい。回避が難しいから厄介だな。
黒い犬はケルベロス。Aランク中位だ。リンドブルムやクエレブレと同等か。とにかく動きが速くて捉えられないらしい。まあそうだね、あのレッドベアは登場から秒で討伐された。
他にもAランクはスレイニプル、Bランクはカトブレパスやケツアルカトルなど、ゼイルディクでは聞かなかった魔物もいくつか見られる。こいつらもゲルミン川沿いに潜んでいる可能性が高いな。
さあ明日はどうするか。武器の定着期間は残り2日と1時間だ。さらに北上して魔物状況を確認するか。行ける所まで行って日が暮れるまでにサビク基地まで戻ればいい。半壊はしていたが寝床としては機能するはず。
そして翌日はテマラ基地まで戻って東棟の鍵破壊を試す。その後は夕方までに洞窟に戻る。そしてミスリル合金は昇華だ。うん、ひとまずはこんな予定でいいか。
ただちょっと今日は疲れた。明日も疲労具合によっては早めに切り上げて休むのも選択肢だ。
個室のベッドに横たわる。布団が汚れるとかもう気にしない。ここには沢山あるからね。
いっそミデルト基地を今後の寝床として考えてもいいな。人が帰って来る可能性は極めて低いし。周辺はFランクばかりだし。何より色々と充実している。全て開錠の判断は本当に助かったよ。
あー、眠い。久々の寝心地を楽しもう。




