第247話 隠密と鑑定
7月12日。朝一でテマラ基地へ向かう。昨日は建物内にて寝具を発見したため、そのまま宿泊も選択肢だった。しかし携行した食料が一食分だったので大人しく洞窟へ戻る。
もちろん現地調達も考えたが手際よく集まらない可能性もある。食料確保は最優先事項だ。情報収集なり備蓄なり、なるべく余裕を持ちたいところ。
テマラ基地周辺を探索する。まず2本の川だ。テマラ湖より流れ出ている川は幅50m、地図上ではサビク川だったか。深いところで2m以上と上流のテマラ川とほぼ同じだ。
確認した魚影は20cmから30cm、中には60cmの大物もいた。焼き魚に困らない環境と見ていい。沢にはカエルやサンショウウオも見掛けたが、あまり食べる気がしない。
もう1本の北側からサビク川へ流れ込む川は幅30m、水深2mほどか。生き物の種類に違いは見られない。所々大きな岩が覗いており足場にできそうだ。漁をする環境としてはこちらが向いているな。
続いて樹木だ。スギやマツなどの針葉樹を中心に、上流域と同じくモミやブナも見受けられる。そして意外にもリンゴの木を見つけた。実はまだ小さいので後3ヶ月はかかるか。
地表には山ブドウの群生個所を発見する。僅かだがギョウジャニンニクも見つけた。キノコは上流部同様にアカモミタケ、ブナシメジを確認。他にエノキタケ、そしてポルチーニまで見つかった。
ここまで見た限り上流部より食材が豊富だ。やはり標高が200m以上下がり、気温などの条件が変わったからか。周辺の山の斜面にも岩肌より緑が多く見られる。
いっそ寝床をこちらへ移すか。ただ今は放棄されているが最前線の拠点に変わりはない。下流域の復興が進めばいずれここへも人が戻って来る。それが何年後なのか、もしかしたら明日かもしれない。
やはり洞窟での生活を主体にしよう。何より魔物関連の素材収集にクエレブレの力が必要だ。テマラ基地は上流に無い食材確保と、東棟にあると思われる風呂に入る用途としよう。それからたまにはベッドで寝るか。
西棟に入る。設備には洗面台もあり、棚や引き出しを物色すると未使用の歯ブラシを発見した。ああ、久々に歯磨きが出来る。実は年齢的に歯が生え変わっている最中で、昨日も前歯が1本抜けた。
洗面台にはフェイスタオルも3枚発見した。水分を拭きとる専用の布だ。この環境においてタオルがどれだけ貴重品であるか。早速、歯磨きや洗顔を行いたいところだが懸念もある。排水だ。
もちろん下水がしっかり整備されているし自前の精霊石で水も出せる。ただ排水は処理する人間がいてこそ機能する。基地の外に見えた金属板。あの下で正しく処理しないと不用意に臭いを発生してしまう。
城壁で囲まれているためテラーコヨーテやブラッドジャガー程度なら入っては来れない。しかしCランクの大型に嗅ぎつけられると面倒である。頼りのクエレブレも9km先だ。ひとまず下水処理の目途が立ってから水回りの利用をしよう。
歯ブラシとタオル、そして収穫したキノコ類などをブーツリュックに詰め込み洞窟へ向かう。
道中、魔物の接近を探知して身をひそめる。隠密と結界のお陰で絶対に見つからない自信がある。もう何度と同じ状況を潜り抜けたため、魔物の動きも随分と把握できた。
あれ? ズボンの色がおかしい。よく見るとブーツも変色している。もしやと思い脇からブーツリュックを覗くと同様に色が変わっていた。その色は茂みに似せた肌の色と同じだ。
これは凄い。頭髪、肌に加えて身につけた衣服類も色を変えられるとは。肩越しにブーツリュックを覗き込むと、中のキノコ類も変色していた。うわぁ気持ち悪い。
魔物が遠ざかる。よし行こう。
「うおっ!?」
動き出しても変色が継続している。以前は静止状態でのみ有効だったが、今は動いても強制解除されないのか。これはかなり凄いぞ。同時に人間離れも加速している。
洞窟へ帰還。荷物を片付け、念のためトイレ付近へ移動して歯磨きをする。あー、スッキリ。洗顔は明日朝に川原でいいか。
さあ洞窟内で眠るまで訓練だ。
色々と下山後の動き方を考えもしたが、やはり人物鑑定で行き詰る。それなら鑑定偽装を習得するしかない。どの道、クレスリンを抜ける際には必須と言っていいスキルだ。いずれ必要なら自由に訓練できるこの環境でこそ習得に注力するべき。
もちろんかなりの時間を要する。恐らく隠密と鑑定共にレベル41以上が条件だ。それでも俺には英雄の力がある。成長速度も異常だ。
最近特に気づいたが、この環境こそ訓練に最も適しているのではないか。気にかかる要素を極限まで減らしてスキルのみと向き合う。正しく山籠もりだ。
隠密は魔物のお陰でかなり鍛えられている。装備含めた色変更なんてかなり高度だぞ。もうレベル26以上に達したと見ていい。この調子ならどんどん上がるはず。
後は鑑定だ。村でいる時から意識して訓練している割には成長が遅い。やはり訓練環境が容易に構築できるためそれだけ量が必要なのだ。つまりやるしかない。ひたすらに鑑定を続けるしかない。
精霊石は鑑定できないが、鑑定情報が出てくるイメージを何度も何度も繰り返す。
続いて魔石だ。
『エビルバッファロー
定着:13日2時間34分
含有:10,821
出力:10
感度:46』
おおっ! 鑑定情報が一気に増えたぞ!
定着は昇華までの期間だな。延長しなければ討伐後から30日なので、このバッファローは17日前に倒したと分かる。あー、亀裂の対岸で拾ったやつか。
含有は魔力的なエネルギーの貯蔵量か。出力は一度に出せる量だな。でも1万以上に対して10って凄く少ない気がする。まあ続けて出せばいいか。感度は出しやすさと解釈しよう。
魔石は魔導具の動力源だから、俺が試して違いを感じられない。精霊石なら試せるけどね。
あっ! もしかして。
『土属性
定着:12年7ヶ月28日』
おー! 遂に精霊石に情報が! でも定着期間だけか。それでも大きな進歩だ。きっと近いうちに含有、出力、感度も見えるはず。いやー、目に見える成果はヤル気に繋がるね。
それにしても12年って長いな。他の精霊石を鑑定するとほとんどが数年だったが、中には15年もあった。コルホル村で鑑定結果を聞いた時に10年越えは無かったけど、たまたまだったのか。
いや待てよ。フリッツの話では精霊石は日光や空気に触れなければ、消えるまでの時間がゆっくり流れるらしい。その効果は最大10分の1とのこと。彼は専用の保管箱を持っていたな。
ここは高地だ。恐らく冬場は雪に覆われる。地表の精霊石は全て雪の下に隠れるから、結果的に保管箱に近い環境だったのね。
さて、魔石は複数項目を鑑定できる。数をこなして内容の違いを確認しよう。
『レッドベア
定着:15日7時間22分
含有:9,744
出力:11
感度:55』
『サーベルタイガー
定着:20日17時間59分
含有:3,226
出力:9
感度:28』
『テラーコヨーテ
定着:24日16時間30分
含有:2,360
出力:12
感度:66』
『ブラッドジャガー
定着:15日6時間41分
含有:1,683
出力:14
感度:61』
出力と感度は魔物種やランクによる偏りは無かった。しかし含有は顕著に違いが見られる。多くは1,500から3,000辺りの中でバッファローとベアは1万前後だ。流石はDランク中位と言ったところか。
フリッツの話を思い出す。ゴーレムの動力に魔石を使った場合、ガルウルフなら3~4時間で使い切るがレッドベアなら1日動くそうだ。その差は4倍だったか。恐らくテラーコヨーテとガルウルフは同等の魔物だから、見事に鑑定結果が当てはまっているね。
フリッツ……。俺の素性を明かす前でも、快く講義を引き受けてくれた。そう言えばエドヴァルドやミーナも並んで聞いてたか。はは、ほんの3カ月前なのに遠い日々に思えるよ。
フリッツから教わった知識は、様々な場面で疑問を解決してくれる。ミランダは幅広い見識で何事にも即答していた。フローラの専門的な知識も大いに役に立っている。クラウスやソフィーナ、カスペルたちの話も同じだ。
周りの人が教えてくれる。それがどれだけ恵まれていたのか。今、この環境になって痛烈に感じる。何より聞いてて良かった。
情報提供と言えば宇宙の声ザラーム。今こそ聞きたい事が山ほどあるのにね。ただ向こうの都合で接触してくるから次がいつになるか分からない。
ああ、使徒とやらになれば何でも教えてくれるだったか。でも同時に人殺しになるみたいだし、死ぬまで絶対服従とも言ってたな。うーん、流石にそんな人生は嫌だ。
さあ訓練を続けよう。精霊石はアホほど数があるから幾らでもできるぞ。何も出ないのにイメージだけで鑑定していた時に比べれば、情報が出るだけで楽しいとさえ思える。
早く成分も見たいな。希少な鉱物、それこそレア度4やレア度5の含有を鑑定出来たらどれほど楽しいか。やっぱり目標があるとヤル気に繋がるね。頑張ろう。




