第238話 スキル
寒気で目を覚ます。午前3時前だ。日付が変わったから6月26日か。
26日と言えば議会の子爵院だ。カルカリアでは神王教ギルド新設と神殿建築が審議されているはず。流石にストーンペーパーは間に合ってないよな。そう言えば2日前の24日はバストイア勲章授与式だった。クラウスなりが代理で受け取っただろう。
しかし行方不明になった俺は体外的には何と伝えているのか。急用や体調不良なんていつまでも使えないぞ。流石にそのまま発表すれば大騒ぎだ。
身の安全のため行き先は明かせないとして、遠くの士官学校へ編入したとでもするかな。いやイグナシオ絡みの犯行と分かれば、ウィルム侯爵が全面的に協力してくれる。きっと情報統制もお手の物だ。
まあそんな事を俺が心配しても仕方ない。とにかく今はこの環境を生き抜くのだ。
そのために必要な力はスキルだ。もし地球なら特にこの夜間の冷え込みが致命的だろう。しかし異世界なら気温3度でも体温は奪われない。
保温結界を行使する。合わせて虫よけ、日焼け止め、音漏れ防止、風圧減少だ。5種の効果時間は3時間19分。僅かに時間が増えた気がする。とにかくこれを延ばして夜中に目が覚めない様にしないと。
範囲は……あれ? 音漏れ防止だけが半径2m12cmだった。おっ、球状の範囲が読み取れるぞ。中心は俺のお尻の下だな。両手を上にあげて行使したが空間に中心は置けないのか。他の4種は俺自身が効果範囲だ。つまり場所ではなく人が対象となっている。
そりゃ音漏れ防止が人に有効なら隠密の足音消去と効果が被るからね。いや隠密を覚えなくても使えるから意味はあるか。
ラムセラール神殿から乗せられた馬車の荷台には音漏れ防止結界が施されていた。きっとレベルが上がれば物にも有効なのだ。高レベルは人にもできるだろう。それに荷台の結界は範囲が球体ではなく直方体だった。これもレベルを上げれば範囲の可変ができるはず。
さて結界は優先して伸ばすが、合わせて重点的に取り組むスキルを決めておくか。それにはスキル全体の把握だな。確か10日前の6月16日にエーデルブルク城で受けた人物鑑定が俺の知り得る最後の情報だ。
魔力量141
最大魔力量22
火属性01
水属性01
風属性01
土属性01
斬撃13:剣技13
衝撃01
打撃01
射撃18:魔法射撃9、弓技18
操具09:剣術7、弓術9
測算05:距離5、速度3、時間3
治癒11:自己6、治療11
鑑定13:魔物素材13、魔物装備6、魔石6、定着品11、製品13
錬成03:定着3
探知06:地形6
感知14:鑑定6、魔物14、結界11
隠密13:足音消去6、気配消去13
魔力関係はあんまり変わってないだろう。そもそも数字はあまり参考にならない。なにしろ神の封印が効いていないっぽいから、英雄の力がそのまま反映されている。トランサイトを生産できるのも圧倒的な魔力操作のお陰だ。
続いて火水風土の生涯スキルと呼ばれる4属性だ。全部レベル1だが恐らく現在も変わっていない。小さい火はすぐ消えるし、飲み水はコップ一杯しか出ない。でも念のため風と土も試してみるか。
寝床を手探りする。おっ隙間に精霊石があるぞ。全部で3つ見つかった。そうか、ここは雨水の通り道、きっと地表から流れ落ちて引っ掛かったのだ。と言うことは雨が降ったら水浸しで眠れないじゃないか。上の穴を塞いでおく必要があるな。
3つの精霊石を試す。風、土、土だった。やはりウチワで扇いだ程度の風と、微量の砂がパラパラと落ちるだけ。うん、全属性レベル1のままだね。
続いて4撃性。剣技13、弓技18、魔法射撃9か。多分クレスリンで魔物合金の剣で戦ったから剣技が少し上がっているはず。とは言えここには武器が無い。このスキル群の活用はできないな。
いや待てよ。魔法射撃って使えるのでは。
まず魔法だがフリッツの話では各属性の派生スキルである撃性具現が必要だった。精霊石から魔素を空気中に抽出し、高密度の魔素集合体を作り出す。そして撃性具現の力によって斬撃波や槍や矢に変えるのだ。
次に目標に向かって飛ばす力が必要となる。これが魔法射撃だ。杖には魔法射撃が備わっており共鳴させることで効果を発揮する。トランサイトの杖なら音速の魔法を放つことが出来るのだ。
加えて射撃の派生スキルである魔法射撃を覚えていれば上乗せした速度が出せる。逆に言えば派生スキルだけで魔法を飛ばせるのではないか。
確かカスペルは氷の矢を、ソフィーナは火の矢を作れると言っていた。彼らは属性レベルが高いため撃性具現も覚えているのだ。しかし生成には時間が掛かり実戦では使えないとのこと。
うーむ、どうだろう。もし撃性具現を覚えて魔法射撃が機能しても魔法は戦力として使えないか。10日やそこらではレベルも大して上がらないし。きっとAランク魔物には弾かれて終わりだ。
他の手段を考えよう。
操具は剣術7、弓術9か。これもほとんど変わっていないし武器が無いから意味がない。
次に測算。距離5、速度3、時間3か。それぞれ少しはレベルが上がっているはず。魔物の攻撃を正確に把握するため高いに越したことは無い。多分、探知スキルを頑張っていれば距離は合わせて伸びるはず。
次に治癒。自己6、治療11か。自己は自分が対象、治療は他人が対象だ。ここでは自己治癒のみが必要となる。きっと神の魔物との戦いでは負傷は避けられない。その時、唯一頼りになるスキルだ。今となっては覚えておいて本当に良かった。
とは言え、魔力が尽きたら治癒も使えない。それに打撲や骨折ならまだしも全身火傷や頭を打って意識を失う可能性もある。治癒前提で無茶な行動は控えるべきだ。とにかく傷を負わない立ち回りを意識しよう。
次に鑑定。魔物素材13、魔物装備6、魔石6、定着品11、製品13か。戦闘においては直接の関係は無いな。
あっ! 魔物装備! そうだ忘れてた。稀に魔物から防具が出るんだった。戦闘時の立ち回りにおいて特に足元が重要である。今の靴はカンフーシューズみたいな布製の素材だ。軽くて動き易いが土の上だと滑って転びそうにもなる。
クエレブレが倒した魔物から何か出ていないのか。Bランクのデスマンティス、Cランクのドリルエレファント、Dランクのレッドベア、Eランクのテラーコヨーテ2体だったな。ただマンティスを除く魔物は酷い倒し方だったから装備がちゃんと残っているのか。
ブーツがあれば助かる。走力増加が一番嬉しい。日が昇ったら確認しておこう。
さて次のスキルは錬成か。定着3だよね。うーむ、定着は戦力面では役に立ちそうにないな。そりゃ錬成レベルを上げればいずれ武器を作れるだろうけど流石にかなり時間が掛かるよね。10日やそこらでは無理だ。
いや待てよ。いつまでもこの寝床で暮らすワケにもいかない。いずれはクエレブレの縄張りから離れて人里を目指さないと。その時は間違いなく森の中を進む。きっと何日も何日も。となると寝床の確保だが、都合よく洞窟なんて無いだろうし木の上も安全ではない。
石で家を作るのだ。まあ家と言うほど立派では無くとも壁と屋根があればいい。古墳の棺を据えている石の部屋みたいな感じか。或いは氷のかまくらの様に小さい石を積み上げてもいいな。
いずれにしても子供一人が寝そべるスペースなんて直ぐに作れる。もちろん入り口を塞いで完全な密室にすれば臭いも漏れないから安心だ。定着時間は夜が明けるまで持てばいい。
となると土属性のレベル上げが必要か。出した砂を定着させれば同時に錬成の訓練にもなる。おー、そう言えばミランダが提案していたな、魔物装備や魔物素材を定着すればより早いレベル上昇が期待できると。
ふむ。走力増加のブーツを手に入れるためにも魔物は数を倒す必要がある。そして同時に魔物素材と魔石も稼げる。ここはクエレブレの兄貴に頑張ってもらうか。積極的に森に入り魔物を引っ張り出して連れて行こう。Aランクだもん、へっちゃらだよね。
続いてのスキルは探知か。地形探知レベル6だったが、クレスリンで人物探知を、そしてここで魔物探知を覚えている。人物は無意味だが地形と魔物はかなり有用だ。特に魔物探知は身の安全に加えてクエレブレに連れて行く対象を探す上でも役に立つ。
ここを離れて森を進む際も地形探知と魔物探知は欠かせない。なるべくレベルを上げて効果範囲を広げておこう。もう起きている時は常時発動を意識していい。いやしかし情報というのはかなり重要だな。この環境で特に実感する。
さて次のスキルは感知だな。人物鑑定感知6、魔物感知14、結界感知11か。クレスリンで波長記憶感知も覚えたが、人物鑑定と合わせて今は役に立たないな。
魔物感知は魔物探知を覚えるまでは頼りになっていた。もちろん神の魔物には遠距離でも有効なのでありがたい。通常の魔物も次に何をするか手に取るように分かるし。結界感知も結界を覚えた今となっては大変助かる。
この感知スキル。神の魔物ならずとも刺客に備える上でも重要だった。今思えば祭壇の犯行も感知で防げたかもしれない。高レベルになれば無意識に視界外からの矢も避けるそうだから、将来は必ず上げておきたいところ。
最後は隠密だ。足音消去6、気配消去13か。恐らく気配消去は使っている時間が多いためレベルが上がっているはず。これって高レベルはどんな効果なのか。
今は正直言って中途半端だ。まあ条件さえ整えば人物には脅威だが、魔物に対しては飛び道具の軌道を反らす程度の役割でしかない。もちろんかなり助かるけど。
そもそも鑑定偽装を目指して訓練していた。ただ恐らくレベル41以上じゃないと覚えない。もちろん人物鑑定スキルも合わせて習得が条件だ。うひー、道のりは長い。
でも今いる場所がクレスリンから西寄りの山中なら、最初の人里は全く知らない国だ。そこを通ってクレスリンをも抜けるなら鑑定偽装は是非とも欲しい。
ひとまず鑑定は魔物素材や魔石で稼ぐからじわじわ上がるはず。そう、俺自身の人物鑑定が出来ればスキルの詳細が分かって助かるし。隠密も気配消去と足音消去をなるべく発動してレベル上げを頑張ろう。
さあ大体の方針は決まったな。意識して伸ばすスキルは土属性、定着、鑑定、探知、結界、隠密だ。多いな。まあ時間はたっぷりある。この寝床でいる間は、探知しながら砂を出して定着を繰り返すか。
早速、土の精霊石から砂を出す。サラサラとコップ1杯ほどの砂が盛られる。暗くて見えないけどそのはずだ。試しに鑑定する。
『砂』
ありゃ、まんまか。これだけでは数分で消えるはず。では定着だ。
……。
ヘルラビットの角を5ヶ月延長できたから、きっと砂も長く定着できる。これって砂の気持ちになった方がいいのか。いやあれは魔物素材だけだろう。
さてどうだ。鑑定。
『砂
定着:16分』
おおっ! なるほど定着すれば鑑定結果に出るのか。でも城壁の石をひたすら鑑定していたが覚えている限り定着期間は出なかったぞ。ここに来て何か条件を満たしたのか。まあいいや。
それにしても16分は短い。確かクラウスは肥料を出せると言っていた。彼は土属性はあっても錬成は無い。それでも肥料として有効な期間は昇華しない状態を作り出せていた。つまり土属性を上げれば定着期間も伸びるはず。
どの道、石の生成には土属性のレベル上げが必要だ。睡眠時間は十分だったので眠気は無い。日が昇るまでの間、ひたすら砂を出して定着を繰り返そう。溜まった砂は寝床から外に掃き捨てればいい。
ぐう。腹が鳴る。
夜が明けたらまず木苺を食べに行くか。そう言えば肝心な食べ物の確保を考えていなかった。あの木苺だって無限にあるワケじゃないし何より既にもう飽きた。あの茂みの向こうは森っぽい雰囲気もあったから少し足を伸ばして探検するのもいいな。
はは、これこそ冒険者だろう。人類未開の森を進む。そこには一体何があるのか。もしかして遺跡でも見つかるか。まあこの世界は人類の歴史が長いみたいだし可能性はあるよね。魔物に滅ぼされた古代の街が眠っているかもしれないぞ。
或いはエルフの里とか。山奥で人間族との接触を拒み何千年も暮らしている。うーん、どうだろう。何せ魔物がいるからな。いやエルフが持つ不思議な力で魔物を近づけさせないかも。
何だか急に妄想が加速する。1人だと無駄に色々考えちゃうね。




