表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
2章
238/321

第236話 クエレブレ(地図画像あり)

 Aランクのドラゴン種魔物、クエレブレ。その巨体の背中には大きな背びれや棘が生えている。うち1本、直径30cmほどの小さな棘に俺はしがみついていた。


 今、魔物は空を飛んでいる。


 魔物の頭に背を向けているため風圧は顔に受けない。右側は大きな背びれで視界が遮られ、左側は巨大な翼が広がっている。正面は魔物の右後ろ脚が見えて、その先まで長い尻尾が宙を舞っていた。


 クレスリン公爵領。人口1850万を誇る巨大都市が遥か下に広がっている。似たような景色は地球でも見た。まるで都市部の空港から旋回を経て高度を上げる航空機だ。


 寒い。


 風圧の直撃は免れても冷たい風にどんどん体温が奪われる。このままでは手足の感覚が薄れて落ちてしまう。恐らく高度1000mだ。絶対に助からない。


 呼吸も苦しい。早く降りてくれ。


 ……。


 あれ? 風の冷たさが和らいだ。風圧も少し弱まったぞ。魔物が着陸体勢に入ったのか。


 いや違う。尻尾の先の景色は変わっていない。雲の高さも同じだ。


 結界か!


 風圧減少、保温、日焼け防止、虫よけ。


 そうだった、神の魔物が来る時はスキル解放のチャンスなんだ。しかし日焼け止めと虫よけは今の状態であまり必要性を感じないぞ。


 ああ、フィルだ。彼女が俺に施した結界。あの感じを覚えていた。それがきっと結界スキルの解放にも繋がった。ありがとう、フィル。


 さて、これからどうするか。魔物の意識を探るともう直ぐ傷の再生が完了する。その後は地上に下りて俺の抹殺を試みるだろう。


 いや、空中でも俺を命の危険に晒すことはできる。逆さまに飛行すれば俺だけ落とせるじゃないか。そんな曲芸飛行を出来るのか知らないが警戒はしておこう。


 地上に下りたら魔物は騎士に任せればいい。しかし俺はどこへ逃げるべきか。クエレブレの背中に駆け上がる様子は多くの人に目撃された。つまり逃亡したとの認識だ。必ずあの20人ほどの探知班が街に放たれて俺の所在を突き止める。


 走って逃げるにも長い距離は体力的にキツい。ならば遠方へ向かう乗合馬車にでも紛れ込むか。いや臨時の検問を数多く設置するだろう。うーむ。クレスリンでいる限り、逃げ切るのは至難の業だぞ。


 まいったな。何も考えていなかった。その場の勢いで背中に駆け上がったからな。いっそこのままゼイルディクへ飛んでいけば楽なのだが。


 おや、地上の景色に変化がみられる。街中ではなく畑が広がっているぞ。あっ今、城壁が見えた。あの規模は王国城壁か。と言うことは森に向かっているのか。


 そうか! 人気のないところで下りて俺を襲うつもりだな。くっそう、騎士に任せる作戦が使えないじゃないか。逃げても周りは魔物の棲む森だ。こりゃマズいぞ。


 ……。


 しばらく森の上空を飛んでいるが一向に下りる気配がない。もう傷は再生したはずだ。そんなに奥地へ行かなくても騎士団の大型拠点はもう無いだろう。


 あれ? 魔物から殺気が感じられない。


 そうか分かった! もう神の制御下では無くなったのだ。結界の残り時間は15分。確か飛び立った直後に残り3時間だった。つまり最初に接近を感じてから5時間近く経過している。流石にそんな長時間は操れないか。


 この魔物は何処へ向かっているのだろう。


 フリッツの話では魔物に縄張りがあるらしい。魔物は何も飲まず何も食べない。その代わり空気中の魔素を吸収して動く力としている。大型にもなれば巨体を維持するために大量の魔素が必要となり、自分より弱い魔物を蹴散らすのだ。


 このクエレブレにも縄張りがあるはず。つまり普段居座っている巣のような場所があるのだ。そこへ帰っているのか? 確か接近感知は北西方面だった。しかし今は正午に近いため太陽の位置からは方角が分からない。


 地形図を思い出す。


挿絵(By みてみん)


 宮殿の場所がクレスリンのどの辺りか知らないが、そんなに端っこではないだろう。


 山越道を抜けた検問所から宮殿に到着するまで馬車は4時間半走った。平均時速25kmとすれば約110kmの走行距離だ。クレスリンの城壁は南北200km、南下すればちょうど中心付近に到着する。


 クレスリンは山越道の麓から広がった街だ。つまり東側の歴史は浅い。宮殿が西寄りに位置してもおかしくはないだろう。


 魔物は時速200kmで飛行している。飛び乗ってから3時間が経過しているので単純に600kmの飛行距離だ。仮定する宮殿の位置から北西に600kmなんてウィルムの遥か西の山中だぞ。


 いや流石に600kmは無いか。しばらくは再生のため宮殿上空で旋回していたようだし。恐らくは400km程度か。となるとプルメルエントの城壁から西へ300kmの山中か。


 もちろん北西に向かっているとは限らない。それでも飛んできた方角から大きく外れないだろう。もし北寄りならばゼイルディクに近くなる。逆に西寄りならばクレスリンの遥か西の知らない地域だ。


 どこでもいいから早く下りてくれ。


 風圧は結界のお陰で扇風機の強程度にしか感じないし、風に背を向けているので呼吸も苦しくない。棘につかまっているとは言え座っているので、それほどこの姿勢が辛いわけでもない。でも気を抜くと落ちるから精神的に堪える。


 正に行き先は魔物に聞いてくれ状態。


 ……。


 むっ、地上の景色が近くなった。遂に到着したか。


 ズウウゥン


 魔物は四肢を勢いよく地面に叩き付けて着陸した。あまりの衝撃に落ちそうになったが何とか踏ん張る。ええと、どうしよう。今下りたら見つかるかな。ひとまず気配消去は常時発動しておくか。


 シャーッ!


 むむ。何やら鳴き声が聞こえる。


 ガアアアァッ!


 クエレブレも吠えた。これは敵対心? 恐らく縄張りに侵入した魔物を追い払っているのだ。と言うことは今が下りるチャンスか。よし行こう。


 背中を駆け下りて尻尾を伝おうとしたが、途中で動き出したので尻尾の根本付近から飛び下りた。高さ5mはあったが何とか着地を制御する。魔物は前傾姿勢を取ったため長い尻尾が宙に浮いた。


 今だ! 尻尾の直下を全力疾走する。大きな岩が目に入ったのでその陰に身を潜めた。息を殺して様子を窺う。


 あれは恐らく図鑑で見たデスマンティスだ。全長15mの巨大カマキリである。実物は物凄い迫力だな。マンティスは大きな鎌状の前脚を水平に広げると交差するように払った。直後に斬撃派がクエレブレを襲う。


 しかしクエレブレは何事も無かったかの様に突進した。そのままマンティスに体当たりを仕掛ける。大気を揺さぶる衝撃音が響いてマンティスが宙に浮く。クエレブレは間髪入れずに尻尾を振り回し空中のマンティスを地面に落とした。


 マンティスの体は大きく曲がり動きを止める。クエレブレはおもむろに近づくとマンティスの頭を食いちぎった。俺は怪獣大戦争を目の当たりにしている。


 グルルル……。


 クエレブレはその場にうずくまった。流石に斬撃派をまともに喰らえば無傷とはいかないか。あれって魔物合金の集束なら何%くらいの威力だろう。


 周辺を見渡すとほとんどが岩場だ。低く細い木がぽつぽつ生えている。気温は15度くらいか。クレスリンが30度以上だったので肌寒く感じる。恐らく標高が高いのだ。すぐさま保温結界を施す。


 時間は14時過ぎ。腹が減ったし喉が渇いた。ひとまず水の精霊石が近くに落ちていたので喉を潤す。いやー、飲み水に困らないのは本当にありがたい。


 次は食べ物の確保だ。木の実でもあればいいが周りに果樹は見当たらない。数百m先に木の密集が見える。あそこなら何かあるかも。クエレブレに見つからない様に足音消去と気配消去を行使しながら移動する。


 目的地に到着すると周りを注意深く観察する。木苺を発見した。試しに1つもぎ取り水で洗う。口に含むと甘みと酸味が広がった。美味しいじゃないか。毒は無いと信じたい。そもそも食わなければ死ぬ。


 しばらく木苺をむさぼる。あー、それなりに腹は膨れた。


 ガオオッ!


「うわっ!」


 レッドベアだ。距離30m。俺を発見して真っすぐ向かって来る。に、逃げなきゃ! でも何処へ。おっ、そうだ。


 クエレブレの縄張りに引き返す。レッドベアは走力もあるが身体強化した俺の方が速かった。最初に身を潜めた岩場に近づくと直角に曲がって岩陰に隠れる。


 ゴガアアアッ!


 クエレブレが魔物の接近に気づいた。すぐさま突進を繰り出し、倒れたレッドベアにそのまま全体重を乗せる。クチャッっと嫌な音がしてレッドベアの腕が飛ぶ。流石にDランクでは相手にならなかった。クエレブレは元居た場所へ戻り巨体を地面に下す。


 この戦法は使える。魔物に見つかったらここへ引っ張ってクエレブレの兄貴に処理してもらおう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ