第229話 脱出構想
トシュテンと名乗った男性が俺を抱きかかえて廊下を進む。後ろからは沢山の足音が聞こえた。一味やここの使用人がついて来ているのだろう。
「足枷を外せば歩ける」
「なりません」
まるで寝たきりだな。今後も足枷生活なら本当に足腰が弱るかも。きっと密室に監禁されトランサイトをひたすら作る毎日だ。機械の様に同じ作業の繰り返し。間違いなく心身ともにおかしくなる。何としても脱出しなければ。
そのためには足枷を外さないと。ずっと観察しているが鍵穴は見当たらない。見えない個所か、或いはカバー等で隠されているのか。もしくは鍵を必要としない作りか。そもそも解除を前提としていないのか。
うーむ、足枷自体は諦めて繋がった鎖を破壊する方が早いか。材質は鉄合金だ。身体強化で腕力が上がれば何とか……いや、そんなの公爵側も容易に想像できる。きっと生身ではどうすることも出来ない作りだろう。
となると道具に頼るしかない。やはり剣の生産を任された時が勝負だな。強化共鳴200%を施したトランサイト合金なら金属の鎖でも一撃で真っ二つに出来るはず。
問題はそこからだ。万全の警備が敷かれた見知らぬ建物内をどうやって抜けだせばいい。使えそうなスキルは気配消去と足音消去だが、物理的に閉鎖されれば時間稼ぎにしかならない。とにかく外へ通じる道を確保しないと。
壁を切るか。トランサイトの力をもってすれば石をも切り裂けるはず。ただ一太刀で子供が通れるほどの隙間が開くだろうか。複数回の切りつけ、或いは角度を変えて壁を崩す。うーん、そんなことしてる余裕あるかなぁ。
いや待てよ。壁を破壊する方法があった。神の魔物だ。Aランクの巨体をもってすれば石造りだろうが関係ない。あの分厚いメルキース城壁をクエレブレは体当たりで粉砕した。奴らは外から突っ込んでくる。つまり同時に脱出経路を作るのだ。
まあそう上手くいかなくても大混乱は必至だ。俺の見張りたちも魔物対応に注力せざるを得ない。何しろ俺を狙っているからな。連れ出しても追って来るぞ。そのどさくさに紛れて魔物の横をすり抜ける。うん、これだ。
前回のグラスドラゴンは6月15日だった。操る力の回復を10日とすれば次は25日辺りか。今日は21日。この数日中に何としても剣生産までこぎつける。間に合わなければ丸腰で足枷付きだ。逆に神の魔物にとって絶好の機会を与えてしまう。
「この部屋です」
トシュテンは一緒に歩いていた使用人に扉を開けさせる。中は10畳ほどか。壁や天井は石造り、床は絨毯だ。窓は無い。壁面には扉が2つ。家具は大きなベッドが1つと作業台らしき机や椅子もいくつか見える。ここが俺の監禁部屋らしい。
床に立たされると同行していた一味の女性が足枷に手を置く。
ガチャン
「えっ」
おおっ、外してくれた。しかし今、鍵を使わずに解除したが一体どういう仕組みなのか。
「この部屋にいる限り足枷は不要です」
余程自信があるのだな。しかしこれで1つクリアになった。神の魔物が来ても自由に動ける。
「身の回りの世話は主にこの3人が担います」
「メイドのニケです」
「メイドのパトリシアです」
「メイドのフィルです」
3人の女性が続けて名乗った。ニケは30代前半、パトリシアは20代半ば、フィルは10代後半辺りか。
「武器生産については主にこの2人です」
「バランディンだ」
「チェイニーです」
バランディンは40代後半の男性、チェイニーは30代後半の女性だ。
「リオン様、まずは入浴と食事を」
トシュテンはそう告げて同行者らと部屋を出た。残ったのはメイド3人だ。
「あの扉の中が浴室です。どうぞ」
「え、えっと」
「リオン様は何もすることはありません。全て私どもにお任せください」
フィルに手を引かれて浴室へ向かう。中は脱衣所と浴槽付きの洗い場があった。
「えっ」
おもむろにフィルは服を脱ぎ全裸になる。
「失礼します」
そして俺も生まれたままの姿に。
「まずは湯船の温度をお確かめください」
「は、はい」
既に湯が張ってある湯船に手を浸ける。
「丁度いいです」
「では体を洗いましょう。頭は先ですか?」
「……いや後で」
「分かりました」
洗い場の椅子に腰かけるとフィルは俺の体を優しく洗う。若い女性の裸なんか見たのはいつ振りだ。これがおっさんなら風俗だが今は8歳の子供である。まじまじと観察しても決していやらしい目つきではない。
「リオン様は共同浴場をご利用でしたか?」
「は、はい」
「ふふ、そうですか」
俺が戸惑っている様子を見てフィルはいたずらっぽく笑う。どうやら観察がバレたらしい。
頭も洗ってもらい湯船に浸かった。
「はあー……」
その様子を彼女は洗い場で腰を落として見ていた。何だか居心地が悪い。
「え、えっと、フィルさんも入りますか」
「リオン様がご希望でしたら」
「じゃあどうぞ」
湯船は2人入っても余裕があった。
「リオン様、私どもに敬称は不要です。丁寧な言葉遣いも要りません」
「は、はい……いやうん」
「トシュテンやバランディンらに対しても同様です」
「分かった」
風呂を上がり脱衣所に出るとパトリシアが待ち構えていた。体を拭いてくれる。
「お召し物はいくつか寸法を用意しています。まずはこちらをお試しください」
服を着るとピッタリだった。気が付くとフィルは体を拭いてメイド服に身を包んでいた。
洗面台で歯磨きを済まし浴室を出る。ふー、スッキリした。
「昼食をどうぞ」
机の上には食事が用意されていた。肉や海産物がメインだな。腹が減っていたのでペロリと平らげる。めちゃくちゃ美味かった。大満足。
しかしこの状況は何だ。とても監禁されているとは思えない。イグナシオの言っていた優雅な生活とはこのことか。なるほど、居心地のいい環境に慣れさせて逃げる気を削ぐのだな。
「眠気はありますか」
「……少し」
「ではベッドでお休みください。仕事の時間に起こします」
ベッドで横になる。あー、気持ちいい。くそう、負けないぞ俺は。これはまやかしだ。絶対に屈しない……。
……。
「リオン様」
「えっ」
「お休みのところ申し訳ありません。仕事です」
部屋にはバランディンと杖を持ったチェイニーが見える。やるか。
ギュイイイイィィィーーーン
「ふー、はー、ぜぇぜぇ」
「リオン様!」
「大事ありませんか!」
「……ちょっと横になる」
ベッドに向かう後ろからバランディンとチェイニーの感嘆が聞こえる。
「素晴らしい!」
「リオン様、次まで如何ほどの時間が必要ですか」
「……1時間かな」
「承知しました」
2人は部屋を去った。
「何か必要なものはありますか」
「……いや特に」
おお、そうだ!
「地図が見たい。クレスリンの地図がいい」
「申し訳ありません。私どもでは判断できません。もう直ぐトシュテンが来ますのでそれまでお待ちください」
ああ、そうなの。
ほどなくトシュテンが現れ地図希望を伝えた。
「リオン様、地図は用意いたしかねます」
「……そう」
「本など如何でしょう。絵の多い児童書も数多く収蔵しています」
「あっ、じゃあ……魔物関連を頼む。なるべく詳しく情報量の多いもので」
「承知しました」
やはり地図は逃走に絡むからダメか。ひとまず魔物の本でも見ながら時間を潰そう。いや待てよ。スキル訓練でもするか。隠密を伸ばせば脱出に使えるスキルを覚えるかもしれない。クラリーサたちとエスメラルダでやった訓練はどうか。
ニケたちに伝える。
「その遊びは私共では判断できません」
またトシュテン確認か。
しばらくしてトシュテンが戻る。
「本をお持ちしました」
「ちょっと聞きたいんだけど」
「何なりと」
脱出訓練をそれと分からない様に伝えようとしたが無理だった。
「私はリオン様のスキル構成を把握しています。その成長の早さも含めてです。従って特定の目的が想定される訓練はお控えください」
まあそうなるよね。
「気配消去や足音消去は行使そのものを禁止します。メイドらから証言を得た場合、相応の対処をせざるを得ません」
「対処とは」
「まず足枷です。その上で続けるならば拷問も選択肢に入ります」
「えっ」
「せっかくの環境をご自身で壊さないでください」
「……うん」
ぐぬう、スキル自体にも制限をかけるか。こりゃ隠密関連は厳しいな。
じゃあ探知にしよう。どうも地形探知は建物内では発揮されない。つまり別のスキルがあるのだ。確かメルキース男爵は建物探知があると言っていた。きっとそれだろう。ひとまず扉の外を探ってみるか。本を読む振りをして常時地形探知の発動だ。
それから弓3本を生産した。
「バランディン、剣や槍は作らないの?」
「今のところ予定には無い」
「理由は?」
「ワシでは分からない」
やはり警戒しているか。8歳の子供とは言え剣技レベル13だからね。
ただ実際のところ対人戦を余儀なくされたらどうしよう。神の魔物を絡めて脱出が成功しても必ず追っ手は来る。あの公爵の性格なら逃亡者は抹殺だ。どんな手を使ってでも殺しに来るだろう。
手足を斬って凌ぐなんて悠長なことは言っていられないかも。生かしておけばポーションでくっつけてまた襲って来るもんな。やっぱり息の根を止める方が安心だ。しかし俺にできるのか。
魔物と思って切るか。うん、魔物に慈悲は無い。今はそれくらいしか心構えができないや。




