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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
2章
230/321

第228話 仕返し

 6月21日、平日3日目。激痛による目覚めを覚悟していたが何も無かった。トイレや水分補給を終えると、そのまま怪我を負うことなく荷台の木箱内へ。もしかして忘れているのか。


 だとしたら朝食時がチャンスだ。両手が自由になった時、行動を起こすか。まず足枷だ。これがある限り機動力を発揮できない。形状は2つの輪っかを鎖で繋いでいるだけ。鑑定では全て鉄合金。定着期間は4年から6年だった。


 祭壇ではめられた時に金属音を聞いた。恐らくは開いた輪が脚に当たって閉じたのだ。では開く機構も備えているはず。じゃあ鍵か。ただ見える範囲に鍵穴は見当たらない。そもそも鍵で解除なら所在の把握が先だ。誰が何処に持っているのか。


 ただ鍵を手に入れたとしても足枷解除まで待つはずがない。となると鎖の破壊か。方法は……引っ張っても千切れなさそう。じゃあ殴ったら……拳の方が負傷しそうだ。うーむ、厳しい。ちょっと無理だな。やっぱり宮殿に到着してから考えるか。


 約30分が過ぎ、馬車は順番待ちらしき動きを見せる。恐らく山越道に入る検問所だ。


「この馬車番号は公爵特例だ。行け」


 やはり素通りか。そりゃクレスリン公爵領内への検問だからね。


 そこからはイグナシオの言った通り複数車線の大通りが続く。しかし山の中にしては勾配が全く感じられない。山脈の一部にこんな車幅の道を真っすぐ通すなんて、一体どれだけの労力が注ぎ込まれたのか。


 恐らく統一暦が制定されてから本格的に開拓したのだろう。国交正常化に伴い人や物の行き来が一気に増えたのだ。他国の侵略を想定すればこんな通りやすい道にする必要は無いからね。まあ結局は同盟破って攻めてくるんだけど。


 カンカンカン! カンカンカン!


 魔物の鐘だ。久々に聞いた。そりゃ山の中を走っていれば魔物も来る。国内で鐘の数が統一されているなら飛行系だな。次第に鐘の音は遠ざかり何事も無かったかのように馬車は進む。防衛部隊がしっかり対応するだろう。


 1時間ほど過ぎて馬車は減速する。検問の順番待ちだ。いよいよここからクレスリンの街中か。


 30分ほど走って倉庫に到着。朝食となった。


「やあリオン君。無事クレスリンに入れた。窮屈な旅もあと少しの辛抱だ」


 イグナシオが上機嫌で入室する。


 むっ、俺の右隣は骨折担当の男じゃないか。せめてもの仕返しに一発お見舞いしてやる。


 身体強化!


「んあっ!」


 パシッ


「えっ」

「どうした背伸びか?」

「いや、あの」


 顎を突き上げようと伸ばした右拳はあっさり男に掴まれた。


「まさか殴ったつもりか? 止まって見えたぞ」

「……くっそう」


 この男、かなり戦闘慣れしている。残念。


 倉庫を出発して2時間ほど経過する。いくつか川を渡ったが何処の何川かさっぱり分からない。クレスリンの地図も調達しておけばよかった。


 トイレ休憩と馬車乗り換えを経て2時間ほど経過する。検問らしき動きの後に巨大な建物内へ入ったらしい。いよいよ宮殿か。馬車が止まると大きく傾く。どうやら木箱ごと持ち上げて運んでいる。体を起こすと蓋が持ち上がった。


「動くな。蹴るぞ」


 男と目が合った。直ぐに木箱へ引っ込んだが、一瞬見えた周りは石造りの廊下だった。


 ここが宮殿だとすれば公爵との対面も近い。公爵なら王家の家系だ。貴族の中でも最上位と考えていいだろう。普通なら丁寧な言葉遣いと失礼のない振る舞いが求められるが、俺は一方的に拉致された立場である。


 つまり公爵は明確な敵だ。例え上位貴族だろうが気遣いなんか要らん。むしろ舐められてはいけない。屈しない強い心を示すのだ。簡単にトランサイト生産を手に入れられると思うなよ。そう俺は唯一無二の存在。主導権はこちらにある!


 木箱が置かれて蓋が開く。俺は抱きかかえられて椅子に座らされた。部屋は20畳ほどか。窓はない。壁や天井は石造り、床は絨毯だが恐らくその下は石だ。柱は細かい彫刻が施され、照明も凝った作りである。


 俺の正面には50代男性が豪華な椅子に腰かけている。上等な身なりに見下ろす視線。この男がクレスリン公爵だろう。その両隣に護衛と思わしき男女が数人。壁沿いにも多くの人間が立ち、こちらを注目している。


「我はエルネスト・プレザンス・デュー・クレスリン。クレスリン公爵家の当主である。お前がリオン・ノルデンか」

「はあ? 俺と知ってて拉致したんだろ!」

「酷い言葉遣いだ。叙爵に備えて教育を受けなかったのか」

「酷いのはそっちだ! 家に戻せよ!」

「黙れ!」


 やはりこの男がクレスリン公爵。物凄い威圧だ。


「人物鑑定をしろ」

「はっ!」


 むっ、いきなり鑑定か。もしイグナシオからスキル構成が伝わっていても、あの時点では剣技と治癒と鑑定だけ。隠密や感知を知られると脱出が困難になるかもしれない。鑑定は回避しないと。


 俺の前に机と椅子が運ばれ40代女性が腰を下ろした。鑑定士だな。絶対に目を合わせてはいけない。


「目を開けて下さい」


 嫌だ。開けない。


「拒絶は無意味だ。この部屋にはまぶたを固定する拷問器具がある」


 くっそう、準備がいい。応じるしかないか。


 女性は鑑定結果を書き残していく。マースカントの様にスキル構成の他も分かるらしい。女性が書き終えると別の女性が座り再び人物鑑定を行使する。このぞわぞわ、慣れないなぁ。


「この内容で間違いありません」


 女性は記した紙を公爵へ手渡す。


「……なんだこれは」

「いかがなさいました」

「お前も見ておけ。警備に大きく関係する」

「……把握しました。直ぐ手配します」


 側近らしき男と公爵がやりとりをする。


「武器を用意しろ」

「はっ」


 机の上へ弓が1本置かれる。


「それはトランサス合金だ。今すぐトランサイトに変えろ」

「断る!」

「では家族を殺す」

「えっ」

「手始めに姉ディアナの生首を持って来させよう」

「何だって」


 脅迫か。


「我が配下組織がその気になれば国王暗殺すら容易い。伯爵家程度の護衛なぞ何の障害にもならん」

「そ、そんなことはない!」

「標的はディアナ・ノルデン! その首を3日以内に持ってまいれ! これは公爵命令だ!」

「はっ!」


 慌ただしく側近たちが動く。


「姉はお前のせいで死ぬ。自らの選択を悔いるがいい」

「ま、待て!」

「リオン・ノルデンの拷問を準備しろ」

「おい、待てよ!」

「黙れ! 数々の無礼な物言いは死罪に値する! 苦しみもがいて死ぬがいい!」


 こいつダメだ。話にならない。


「俺はトランサイト生産職人だ! 殺してもいいのか!」

「従わない職人は殺す。もうお前に価値はない」

「そ、そんな……」


 何と極端な思考の持ち主だ。しかしどうすればいい。本当にディアナを殺すのか? 俺も殺されるのか? 単なる脅しでは? でも違ったら大変だ。えーい、くっそう。


「分かった! トランサイトを作る! だから家族を殺すな!」

「誰に口をきいている」

「……わ、分かりました。トランサイトを作ります。だから家族を殺さないで」

「フン、いいだろう。おい、公爵命令は撤回だ」

「はっ!」


 あっさり撤回しやがった。やはりハッタリだったのか。考える時間を与えず畳みかける。そんな術中にハマった感が拭えない。


「反抗すれば直ぐに家族の抹殺命令を出す。誓いを立てろ」

「……お、俺は武器職人としてクレスリン公爵閣下の指示に従い、一切反抗したしません。ここに誓います」

「上出来だ。では早速作れ」

「……はい」


 仕方ない。作るか。


 両手の拘束が解かれ弓を持ち立ち上がる。剣や槍ではない理由は俺の力を警戒してだろう。いずれ脱出の際には武器があった方がいい。剣の生産を任されるまで信頼関係を築くしかないか。ただ数を作る必要はない。ここは演技だ。


「いきます!」


 キイイィン


 20%


 キイイイィン


 40%


 キイイイイィーン


 60%


 キュイイイィィーーーン


 80%


「うぐっ、くっ」


 キュイイイィィィーーーン


 100%


「おぅ……むふぅ」


 ギュイイイィィィーーーン


 120%


「はがぁ、くっ、ぬうぅ」


 ギュイイイイィィィィーーーーン


 140%


「ぷはぁ! 完成です!」

「おおっ!」

「なんと!」


 シュウウゥゥーーン


「ハァハァ……ゼェゼェ」


 バタッ


「おい! どうした!」

「治療士は診断しろ!」


 側近たちが慌ただしく周りを囲む。


「意識はあるか」

「はい……何とか」

「体調に異常はありません。魔力量も十分です」

「ほう」


 むむ! そんなことまで分かるのか。


「偽りか」

「ち、違います……本当に苦しいのです。この製法は誰も知らない特別な力を消費するため治療士には分かりません」

「ふむ」

「少し休めば回復します」

「そうか」


 謎の力として逃げる。


「トランサイト合金です! 間違いありません!」

「おおっ!」

「本当に作れるのか!」

「素晴らしい!」


 そしていつもの反応。


「次の生産まで所要する時間は?」

「30分……いや1時間かも。長時間木箱に閉じ込められて何回も足を折られたのでいつもの調子が出ません」

「確かにそれはあるな。閣下!」

「うむ。十分な休養と食事を与えよ」


 この手のひら返しである。さっきまで拷問とか言ってたのに。


「ガルスらもよく務めを果たした。追加報酬として10億ディルを与えよう」

「ありがたき幸せ!」


 実行犯のリーダーはガルスと言う名なのか。


「閣下、報告があります」

「リオンが我に? いいだろう、申せ」

「このガルスは神殿での拉致直後に演劇鑑賞が趣味であると得意気に話していました。自らの素性を一部でも明かす行為は思わぬ綻びを生み出しかねません」

「ほう」

「加えてクリンゲン南部の港では検問官に俺の存在を気づかれそうになりました。金を握らせてやり過ごしましたが、もし応じない検問官なら無事シュトロム川を渡っていたかは分かりません。報告は以上です」

「ふむ。ガルスよ、この証言は誠か」

「……は、はい。概ね合っています」

「閣下、ガルスの気の緩みを正すため『両足骨折目覚めの刑』を提案します」

「いやリオン、その必要はない。追加報酬を5億ディルへ減額する」


 ガルスは凄い表情で俺を睨んでいる。そうか一時的な身体への痛みより報酬半減の方が遥かに痛い。ざまあ見やがれ!


「トシュテン、後を任せる」

「はっ、閣下」

「リオン様、私はトシュテンと申します。閣下より世話係を仰せつかりました。どうぞ宜しく」

「あ、はい」


 トシュテンと名乗った40代男性は俺を抱きかかえて部屋を出る。

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