第222話 異世界
エーデルブルク城での昼食を終えて城を出る。工房馬車にはメルキース男爵、エリオット、ミランダが同乗した。
「男爵、式典の主役が早々に城を去っても構わないのですか」
「本来は懇親会にも顔を出すべきだ、他領の伯爵家なぞ滅多に会えないからな。まあ子供らは残って交流を深めている。セドリックとカミラも側にいるから心配ない」
ふーん、要らんお世話だったか。
「ひとまずリオンは仕事だ、農具類から頼む」
「はい商会長」
鍬や斧、それに木工鋸や石切鋸か。そう言えばヘニングス男爵に試験運用品を追加だったな。他の道具も現場での検証を拡大するらしい。
「ちょっと気になったのですが、試験運用を終えるとコーネイン商会が独占販売ですよね。いくら伯爵の采配でも他の商会から反感を買いませんか」
「従って今日の式典が大きな意味を成す。初期販売権の独占はベルソワ防衛戦の戦果に対する褒美代わりだ。加えて陞爵の祝いとすれば皆納得する」
「あー、なるほど」
それなら特別扱いしても不自然ではないね。
「伯爵工房職人への指導はどうだったか」
「何とも言えません。商会長はトランサスに魔力を流して変化共鳴を掴めましたか?」
「……いや」
「職人たちも同じ表情でしたよ」
「はは、そうか」
「私もさっぱり分からなかった。これは訓練でどうにかなると思えないがな」
「同感だエリオット、何本と変化共鳴を見た私でも実現できる気がしない」
ミランダがそう言うなら無理なんだな。
「じゃあハイマ製法を拡充する方が早そうですね」
「その件について城を出る際に追加の成果報告を受けた。1000ほどのハイマ値でトランサイト合金の斧を製造したらしい」
「えっ!」
「確か剣は3000だったな、道具はそこまで必要ないのか」
「うむエリオット。とは言え武器の価値が遥かに上だ。リオンの収入に影響はない」
売値に何十倍も差があるからね。
「ハイマ値1000地点もそう無いはず。近く北西部討伐部隊に計測器を導入し、ハイマ分布を独自に調査するからな」
「希少度を把握できますね」
伯爵側の報告も本当かどうか確かめないと。
「さてリオン、英雄の記憶について懸念を聞いた」
「はい男爵」
「事の次第によっては大きな影響を及ぼす。もう少し話し合ってから今後の方針を決めるべきだ」
「は、はい」
男爵はいつになく真剣な表情。ミランダは引き続き記憶解放と言っていたがまだ議論を深めるのね。
「まずリオン、写本士ギルドへ依頼していた魔導具の本が納品された。今ワシの屋敷にある」
「おおっ! それは楽しみです」
「加えて天才ルースと呼ばれた魔導具発明家の記録も収集に区切りがついたため合わせて保管している」
「ありがとうございます!」
うひょー、いいね。やっぱりこの世界に合った道具の普及が成功の近道だ。ビクトルの魔導具は時間が掛かりそうだから他に早く再現できるものがあればいいけど。
「だがそれらの閲覧は待って欲しい」
「えっ」
「開発者の記憶解放は喜ばしいことだ。一度に多くの情報を得ればその可能性は高まるだろう。しかし人格まで影響を及ぼすなら話は別だ。今のリオンが消え失せ長時間戻らない、或いは影響下が短くても問題行動に及ぶやもしれん」
やはりそれが懸念材料か。
「危険な兆候を掴めば報告すると聞いたが、甦った感覚が一気に広がり人格を支配する時、防ぐ手立てはあるか」
「それは……」
「無害な人物でもトランサイト生産に支障をきたす恐れがある。武器職人の仕事が滞っては本末転倒だぞ」
言われてみれば変化共鳴の感覚を失うかもしれない。
「考え過ぎかもしれんが物事は常に最悪の事態を想定するべきだ。新たな利益の柱に期待を寄せたが、現状を崩してまで手に入れる必要はなかろう。ただこれはワシの考えだ。他の意見も聞いてから結論を出すとしよう」
「分かりました」
男爵の意見は説得力がある。やや慎重にも思えるが如何せん英雄の記憶は不確定要素の塊だ。本来はこのくらい身構えて扱うべきかも。
「続いてエリオット、意見を述べろ」
「はい。私も父上とほぼ同じ考えです。魔導具開発者の中には争いの元凶だと気に病み自害した例もあります。その様な思考がリオンに加われば極めて危険かと」
うわっ、それは嫌だ。
「次にミランダ」
「私はリオンの得る情報に制限を設けるべきではないと考えます。理由はこれまで多くの事柄を見聞きしてているにも関わらず人格変化が起きていないからです。開発者の記憶を呼び起こすきっかけも魔導具関連とは限りません。それらを全て制御するなど不可能です」
そうか変わるならもう変わっていると。
「スキルを伸ばす過程でも否応なしに情報が入ります。懸念を気にする余り成長の妨げとなってはいけません。別人格においても支配ではなく同居なら言動統一も可能でしょう。現に今リオンには8歳男児と大人がいますが子供の素振りは全く見られません。以上が私の意見です」
確かにリオンはいる。でも主導権は俺だ。
「リオンはどう思う」
「そうですね……商会長の仰る通り呼び覚ますきっかけは魔導具とは限りません。ビクトルはカルカリアやバストイアの地名が最初です。蓄音器の開発者もプルメルエントやアングレムを先に聞いたから結びついた可能性もあります」
「ガーランドではないのか」
「はい。何となくですが違う気がします」
「ふむ」
そう地名だ。やはり過ごした環境が強く記憶に残るのだろう。
「開発者の人格については何とも言えません。害の無さそうなビクトルでさえ思い出していない記憶に何があるか。ちょっと怖い気もします」
「そうか分かった。ソフィーナにはクラウスとフリッツから話しておる。このあと屋敷で合流し最終的な結論を出すとしよう」
ほどなく屋敷へ到着。数分後にノルデン家の馬車も敷地内へ入って来た。俺たちは屋敷の一室へ集まる。
「早速だがリオンの懸念については聞いているだろう。この場ではそれぞれの考えを述べて今後の方針を決める。まずワシたちの見解を伝えよう」
メルキース男爵、エリオット、ミランダ、そして俺と、工房馬車内で話した内容を告げた。
「次にそなたらの意見を聞く。クラウスはどうか」
「俺も男爵やエリオットと近い考えです。ただミランダの言うことも分かります。しばらくは様子を見て少しずつ魔導具関連の情報に触れればいいのでは」
クラウスらしい意見だな。
「次にソフィーナ」
「リオンの意思を尊重するわ。もし人格が変わっても今更よ。あの頃のリオンには戻らないのだから」
むむ! これはもしや貴族夫人として振るまうことで西区で過ごした母子関係と決別したのか。あの優しかったソフィーナを変えたのは他でもない俺が原因かも。
「フリッツはどう考えるか」
「ワシはミランダ様の意見に近いでしょう。既にリオン様は成熟した人格を持ち合わせており、開発者の記憶が甦ろうとも支配されることはありません」
「随分と自信があるな、根拠は?」
「直感です」
「ははそうか」
フリッツは独特な意見だな。いや……これは不安そうな俺に向けての発言だ。英雄の記憶に振り回されない確固たる芯を持てと。
「皆、率直な意見を感謝する。これらを踏まえた上でリオンが今後の方針を決めてくれ」
「俺でいいのですか?」
「事の中心はお前だ。本人が決めたなら皆従い問題が発生すれば全力で対応する。そうだろう」
男爵が見渡すと皆無言で頷いた。まあそうか、これは俺の問題だ。俺にしか分からない記憶の断片、それに向き合うのも俺自身だ。
男爵、エリオット、クラウスは慎重な姿勢、ミランダとフリッツは楽観的、ソフィーナは俺に任せる。うーん、多数派を加味すればやや窮屈になるがある程度は仕方がないか。
「ひとまず魔導具の本や天才ルースの情報は後回しにします。せっかく揃えてもらったけど一気に進めると大きな影響がありそうなので」
かなり興味があるけど正直ちょっと怖い。少しずつがいいだろう。
「その他は特に制限しません。これまで通り封印の解放や成長に取り組み、職人の仕事も続けます。予定通りカルカリア、可能ならアングレムも行きます。もちろん危ない兆候を感じたら直ぐに報告し、対応はその時考えます」
ひとまず対象開発者を1人ずつ進めよう。記憶の感覚に慣れる上でもその方がいい。
「それでええと……俺は揺るぎない人格を持った1人の人間です。いやそれ以上、皆さんが考えるより遥かに多くの知識を携えています。そこへ別の記憶が加わったところで大した影響は受けない、今はそう信じるしかありません」
うんそうだよ。俺の中には膨大な地球の知識がある。異世界の開発者程度ではビクともしない。
「うむ承知した。ワシはその方針に従う」
「私も異論はない」
皆口々に同意を表明する。決まりだね。
「ただ1つ、教えてくれ」
「はい男爵」
「その多くの知識とは神託にあった異世界や破壊兵器などを含んでいるか。と言うのもリオンの大人の記憶が過去の英雄にしてはあまりに特殊に思えてな。もう封印など解かれている、或いは最初から無かった、どうだ違うか?」
「それは……」
完全に疑っているな。確かに神託内容と一部が一致しているからね。うーむ、この場はだんまりでやり過ごせるけど、今後の発言に気を遣うからやり辛くなるなぁ。
それにまた神が違った神託で俺の内情を暴露するかもしれない。内容によってはごまかしきれないぞ。まあ遅かれ早かれこの展開だ。先延ばしにしても意味はないか。
でも世界が違うってかなりのこと。異世界人ってつまりは異星人、宇宙人、エイリアンだ。そんな得体の知れない存在と分かったら態度が豹変するかもしれない。
どうしよう……。
「リオンよ、我々は神や英雄の話でも真剣に受け止め対策を講じてきた。その知識がどれだけ常識外れでもそなたへの対応に変わりはない。どうか信用してくれ」
流石は男爵、迷っている理由もお見通しか。
「リオン様に不利益となるなら口に出す必要はありません。逆に抱えて苦しいなら吐き出してください。判断の基準は単純なものです」
フリッツ、欲しがる男爵を前にそれが言えるか。
待てよ、よく考えたら今後は開発者の記憶呼び覚ましが滞るかもしれない。ならばトランサイトに代わる収入源の確立を急ぐべき。つまり今こそ地球の知識を使う時だと。
よし決めた。
「男爵の仰る通り、俺の記憶はこの世界のものではありません。異世界、つまり別の世界です」
「やはりか!」
「おお!」
「なんと!」
「隠していた理由はあまりに非常識だからです。かなり、もう本当に、全くもって想像を超えます。世界が違うとはそれだけのことなのです」
あんな小さい精霊石から水が出るんだぜ? 地球ではそんなことあり得ない。地球目線で見たこの世界こそが科学技術を見た異世界人の反応だ。
「なあどんな世界だ?」
「人の形は同じなの?」
「えっ、ええと、ほとんど同じだよ」
意外にクラウスとソフィーナも興味津々だな。警戒したり、気味悪く感じたり、そんな素振りが無くて良かった。
「じゃあ魔物はどんなのがいる?」
「魔物は……いない」
「へっ!?」
「はあ!?」
「なに!?」
そりゃびっくりするよな。
「魔物もいなければ精霊石も無い。スキルや魔力も無いから身体強化すら出来ない」
「お、おい、それじゃ生きていけないだろ」
「代わりの技術が高度に発展しているから心配ないよ」
「はー、全く想像できんな」
「なるほど、その技術がこの世界には無い。だから大きな影響を及ぼすと」
「はい商会長」
「例えば何がある?」
うーん、そうだな。インパクトなら航空機か。
「空を飛ぶ乗り物があります」
「えっ!」
「なんだって!?」
「大きいものなら一度に約300人を運びます。高度1万メートルを時速900kmで飛行し、離着陸含めてもここから王都まで2時間ほどでしょう。外見はサラマンダーの中が空洞で座席が並んでいると想像してください」
皆、難しい顔をして一点を見つめる。思えば翼を広げたドラゴン種のシルエットは航空機によく似ているな。
「そんなものが何故飛べるのか」
「紙を1枚お借りします」
卓上の羊皮紙で紙飛行機を折り飛ばした。
「原理はこれと同じです」
「……ほう」
でも実際この世界で再現となれば小型飛行機でもかなりの年月を要する。よく考えたら航空機って機械工業の集大成みたいなもの。あれを作れるなら大抵のものは作れてしまう。最初に取り組む対象としては難易度が高過ぎるか。
もっと簡単で稼げるもの……あっ!
「紙です!」
「紙?」
「この羊皮紙に代わる紙があるのです! もっと手間を少なく且つ安価に作れます! それでいて品質は羊皮紙を上回るのです!」
「おおっ!」
「それは凄い!」
ストーンペーパーがここに来て急浮上だ。やはり多く出回っている現行品の改善が分かり易くていい。
「ただ羊皮紙産業に大きな影響を与えます」
「そこは貴族たるワシに任せろ。不用意に敵を作りはしない」
「お、お願いします」
いいね、丸投げできるのは。
「他に何があるんだ?」
「えっと、馬を使わない馬車かな。もっと速く走れて乗り心地も快適だよ」
「おおっ!」
「いいわね!」
「牧場が悲鳴を上げるぞ!」
ああそうか。よく考えたら革命どころじゃない。何せファンタジー世界の象徴たる馬が姿を消すのだから。うーん、この世界に広めていいのかな。
「馬が要らないなら動力は何だ?」
「それは……」
「すまんがリオン、一端区切りとさせてくれ。そろそろ神王教の神官らが訪れる。その対応後に続きを頼む」
「分かりました」
「いやー、空飛ぶ乗り物に馬が引かない馬車か、リオンの世界は便利で楽しそうだな」
便利ではあるけど楽しいのかな。まあ旅行やドライブって趣味もあるし。この世界では魔物がいるから気軽に出来ないけど。
しかし遂に明かしてしまったな。本当にこれで良かったのか。間違いなく神は怒り狂うぞ。直ぐに地球の知識を使わないと言った手前、ちょっと罪悪感を覚えるけど……まあいいや。
「クラウスたちも神官の出迎えに同行してくれ」
「もちろんです」
「最初の印象は大事だわ」
ほどなく客間の窓から訪問者らしき馬車列が見えた。俺たちは玄関前に並ぶ。
「ようこそアルメール大神殿の方々、ワシはアルフレッド・コーネイン・バン・メルキース、遠方よりの旅路、さぞお疲れであろう」
「私は神王教アルメール神職者ギルド所属、神官アマデウスである。我々は王家の加護を受けこのゼイルディクまで無事辿り着いた。そなたたちも神王へ感謝の意を伝えよ」
両手を胸の前に広げて目を閉じ少し顎を上げる。これが作法か。俺たちも見よう見まねで神官に合わせる。
「クラウス殿はどちらか」
「俺です。大神殿の方々ならば素晴らしい神王教の教えをゼイルディクに広めていただけると確信しております。このノルデン家には是非とも経済的な支援をお任せください」
「流石はトランサイト製法を突き止めた偉大なお方だ。正しい金の使い方を知っておられる。その信仰心に神王は応え大きな加護をもたらすだろう」
アマデウス一行は男爵の案内で客間へ向かった。俺たちは別室に待機だ。
「父様、神王教の教えって知ってるの?」
「知らん」
「えっ、もし聞かれたらマズいよ」
「お前も知らんだろ」
「うっ」
「まあどうせ金の話だ、そうだろミランダ」
「うむ、今回は神殿の規模や建築場所、そして総工費を確認する。最後に寄付の契約書を交わして終わりだ」
まあそれが旅の主目的だからね。
「ワシはある程度存じています。教えの話題になればお任せください」
「おう頼んだぞフリッツ。それでアングレムへの旅の件だがリオンが遠出する理由付けとしてアルメール神殿を利用させてもらう」
「ああ、そうだったね」
「リオンは頃合いを見て大神殿にどうしても行きたいと訴えかけてくれ。後はその場の流れでなんとかする」
「えっ、分かった」
こんなアバウトな打ち合わせでいいのか。
アマデウスの待つ客間へ入る。滞りなく神殿建築の話は進み契約書も交わした。これで下地の第一歩は踏み出せたな。クレア教を縮小するまでどれだけ時間が掛かるか分からないけど確実に活動を続けていこう。
「ところで神官アマデウス、アルメールの他で神王教の盛んな地域はどこですか」
「王都だ、クラウス殿。ただここ数十年、クレア教の勢いに押され信者は減る一方だ」
「それは由々しき事態ですね」
「だが案ずるな、クレア教は大きいが故に綻びも多い。現にここへ参る道中、トレド伯爵領で極めて下劣な儀式を耳にした」
ああ、例の裸踊りか。
「特に女性は顔を歪めるほど嫌悪感を抱いている。迷えるクレア教信者を神王教が迎え入れたいが、あいにくトレドには神殿が存在しない」
「とは言えここメルキースでは距離がありますね、トレドに隣接するミュルデウスかハンメルトに建築すれば対応できそうですが」
「土地を確保すれば寄付をいただけますか?」
「ええ、それはもう」
おや何か伝手があるのか。
「ご存知かもしれませんがウィルム侯爵第1夫人の孫フェリクス様、その第1夫人ジェニファー様はアルメール侯爵の家系から出ています」
あー、エルナンドやエビータの母親か!
「実は当方アマデウス家とやや縁がありまして」
「おおっ! では土地を確保できるのか」
「ほぼ間違いなく。つきましては当面の借地代を込みで寄付をいただけると我々も大変助かるのですが」
「それは全く問題ない。神殿の規模も制限はしないぞ」
「ありがとうございます!」
これは先にある程度の話をつけてきたな。
「神官アマデウスよ、2つも神殿建築を世話したなら大神殿での地位も高まるのではないか」
「その通りです男爵。あともう1つ実現すれば大神官への道も開かれます」
「ほほう……カルカリア辺りはどうだ」
「大変よい地域です。伝手がおありで?」
「うむ、まあな」
「ただクレア教のカルカリア神職者ギルドは許容されますか?」
「ミランダよ、カルカリア極偉勲章の副賞に神王教ギルド新設はどうだ」
「伯爵に掛け合ってみます」
うはっ、それをネタにするか。
「加えて同じく極偉勲章のラシュディに申請を依頼するか、のうフリッツ」
「とても良いお考えです」
「場所はメースリックになるだろう。進展があればまた報を入れる」
「はっ、宜しくお願いします」
「無論、神殿はクラウスの寄付で建つ、そうだろう」
「はい男爵、何のことはありません」
「ノルデン家と我がコーネイン家が後ろ盾なのだ。神王教の未来は明るいぞ、のうアマデウスよ、はっはっは」
「頼もしい限りです!」
これでアマデウスが出世したら彼を通じて神王教にも口出しできるぞ。
「いやしかし本当に悔やまれるな。神殿が近くにあれば我が子リオンの洗礼も任せていたのに」
「祝福の際には是非」
「それはもちろんだ。大神殿の契約レベル最高の神官にお願いしたい」
「ええ、お任せください」
「父様! 今から大神殿に通って信仰を深めたい! 神王にもっと近づきたい!」
「なんと! 8歳にして真理を悟っていらっしゃる!」
「おうそうか、どうだアマデウス」
「大歓迎いたします」
「ではゼイルディク伯爵にその旨伝えてくれ。それなりに理由が無いと遠出は難しいのでな」
「それはもう! 大神官より特別招待状をお送りします!」
「うむ、頼んだ」
茶番は上手く行ったようだ。それにしてもこのアマデウスという男、初対面はいかにも神職者っぽい雰囲気だったが寄付が絡むと別人の様に腰が低くなる。どっちが本性で猫かぶりだか。
「そろそろ発ちます」
「うむ」
アマデウス一行を屋敷玄関で見送る。
「ふー、行ったな」
「教えの話なんか全然無かったね」
「薄々感づいているだろう、神王教を広める他に狙いがあると。でなければこれほど熱心にすり寄ったりはしない」
「そのうち聞かれるか」
「あのアマデウスとかいう神官、頭は良いようだ。余計な話でこちらの機嫌を損ねたりはしまい」
「はは、優秀じゃないか」
裏では好きなこと言ってそうだけどね。
「フリッツ、またアベニウス家に世話になるな」
「受けた恩に比べれば手間のうちに入りません。むしろ神殿からの安定した税収が見込めるため歓迎される話です」
じゃあ喜んで協力してくれそうだね。
いやしかし身内の伝手とはかなり大きいな。貴族は当然の様に政略結婚だけど、その重要度はよく分かった。となるとエリオットがマルティーナとの婚約を破棄した決断はかなりの覚悟が必要だったはず。
「ん? どうした」
「何でも無いです商会長」
「そうか、中に入るぞ」
コーネイン家とユンカース家が身内となってお互いの領地発展に寄与する、それが貴族家本来の姿だろう。でもエリオットはミランダを選んで正解だったと思うよ。




