第219話 新たな製法
エーデルブルク城内での昼食を終えて伯爵との面談に向かう。同伴者はメルキース男爵、ミランダ、クラウスだ。円卓の広間へ入ると、ゼイルディク伯爵、家令ディマス、工房長コルヴィッツが待っていた。
伯爵ねぇ。ソフィーナは襲撃事件の黒幕と推察したが本当に犯罪組織と通じているのか。まあ100万都市の領主ともなれば抱える懸念材料も多いだろう。時には事態を好転させるため裏稼業の力を借りるかもしれない。
むっ待てよ。伯爵が組織にいくら払ったか知らんがトランサイトの利益を考えると大した出費ではない。それは組織側も容易に想像できる。つまり伯爵は優良顧客に認定されたのだ。これは営業が来るぞ。次は誰を陥れますかと。
伯爵が面倒に感じている貴族……えっ、コーネイン家か! 確かに一度はシンクライトを絡めて排除を試みたぞ。ただミランダたちが犯罪組織に依頼するなんてちょっと考えられない。そもそも暗殺したい標的なんて、どうだろう、いるのかな。
まあもし話を持ち掛けられてもルーベンスを見れば怪しい流れだと気づく。加えて伯爵が組織を動かしたと突き止め、確たる証拠を手にすれば立場は逆転だ。それが多額の報酬と引き換えでもノルデン家なら十分払える。
何だ、結局は札束の殴り合いで、最後は組織が潤うだけか。
「メルキース男爵、トランサイト生産における重要案件と聞いた」
「はい伯爵、昨日、工房馬車内で発見しました。これは生産の可否に直結します」
「ほう、かなりの情報だな」
おっと始まったか。妄想もほどほどにしないと。
「爵位に基づく報告義務に従い速やかにお伝えしますが、同時に要望があります」
「申せ」
「トランサイト及びシンクライト生産におけるハーゼンバイン武器工房での検証と実績、加えて製法伝達先のその後の取り組み、これらをコーネイン商会へ報告していただきます」
「……ふむ、いいだろう。ただ他の状況把握は限りがあり確実性も保証できない」
「それは承知の上です」
ウィルムや王都の工房情報ね。
「つまりはリオンの他に生産者がいるのか知りたいのだな」
「はい」
「結論から言えば存在する」
「はっ!?」
「なんと!」
「我が工房の職人だ。トランサイト合金を既に1本生産している。それほど驚くことか」
「……正直申しますと不可能だと考えていました」
「フン、見くびってもらっては困る」
うへー、やるなぁ。
「詳細は情報を聞いてからだ」
「はい、では申し上げます。まずトランサス合金へ魔力を流し、強化共鳴とは別の強化手段があると掴みます。これを我々は変化共鳴と名付けました。その変化共鳴が合金割合に応じた共鳴率へ到達すればトランサスはトランサイトへと変化するのです」
おや、伯爵たちは驚きの表情。
「強化共鳴では無いのか」
「見た目はとても良く似ていますが別の共鳴です」
「……ふぅむ」
生産に成功しているなら共鳴の違いを知っていると思ったが。
「その変化共鳴は直ぐに出来るのか」
「リオンの証言に基づく手順を申し上げます。まず変化共鳴の存在を掴み、次に強化共鳴100%の状態で変化共鳴を覚醒させます。そして強化共鳴と変化共鳴をトランサイト変化へ必要な共鳴率まで引き上げるのです」
伯爵たちは眉間にしわを寄せて固まる。
「……今の説明からは、2つの共鳴を同時と解釈したが合っているか」
「合っています」
「それを例えば試験素材なら110%まで引き上げるのか」
「リオンの実績ではトランサス67%合金、つまり共鳴率133%でした、試験素材については検証をお願いします」
「……そうか」
あれれ? この反応を見る限り同時共鳴で習得じゃないのかな。
「同時共鳴は最初の1本目と2本目のみ。3本目からは100%まで強化共鳴、101%からは変化共鳴に切り替え単独使用です。何本か生産した後は1%から変化共鳴のみで生産を実現しています」
あー、言われてみれば変化共鳴だけで生産したのは何本目だろう。確か、斧や鋸を初めて作った日、だった気がする。そうそうフローラは共鳴の質が変わったことに直ぐ気づいたよね。
「これらはあくまで辿った経緯の羅列です。変化共鳴の単独使用、及び1%からの使用に必要な条件は分かっていません」
「それを我が工房で検証しろと」
「はい。もちろんリオンが何か思い出せば都度お伝えします」
「是非そうしてくれ」
うーん、他に何かあったかな。まあ変化共鳴のみでの生産は記録を辿れば何本目か大体分かる。
「しかしあれだけ生産しておきながら変化共鳴に気づいたのが昨日か」
「はい。リオンはこれまで強化共鳴と思い込み、無意識に変化共鳴を使っていました。ミランダが共鳴光に僅かな違いを見つけて、検証の結果、別のものだと判明したのです」
「父上の言う通りです」
「その後リオンの記憶を遡り、先程お伝えした内容にまとめました」
「……まあいいだろう」
伯爵は疑っているがこっちの言うことが全てだ。
「では明日、リオンは職人らへ変化共鳴の指導を頼む」
男爵やミランダに目をやると小さく頷く。
「分かりました伯爵」
「ただ手順を聞く限り到底不可能に思えるがな」
「お言葉ですがハーゼンバイン武器工房で1本生産しているなら変化共鳴も実現したはず」
「いや変化共鳴は使っていない」
「ではガーランド・コルネリウスの製法ですか?」
「リオンはよく知っているな。だがあれとは違う、製造過程ではなく合金製品から強化共鳴だけで生産したのだ」
まさか他にも生産方法があるのか。
「コルヴィッツ話してやれ、手短にな」
「はっ!」
これは興味深い。
「我々はゼイルディク中から魔力操作に優れた者を選出し、うち1名をトランサイト専任職人として迎えました。その者が先のジルニトラの腕輪を2つ装備すれば共鳴率115%を実現できます」
魔物装備の底上げは28%だから自力で87%か、ミランダの85%より少し上だね。
「試験素材に必要な共鳴率は110%、余裕のある仕事でしたが結果はまさかの失敗。我々は困り果てました。もちろん当時は変化共鳴の存在など知る由もありません」
うん、強化共鳴だけでは無理だ。
「何か見落としは無いのか。コーネイン商会より提供された情報を再確認し、あることに気づきました。リオン様が生産した1本目は合金だったのです。もしや合金生産を経験しなければ試験素材を生産できないのでは」
ほほう、順番か。
「その検証にはトランサス85%の合金が必要です。しかし主成分80%超えは難易度が跳ね上がり、85%ともなれば優秀な職人でも稀にしか成功しません」
そっか俺のミランデルが銘入りなのは主成分81%だからなのね。
「合金製造にやや手間取りましたが、いよいよ検証の時を迎えます。遂に記念すべき1本目を生産したと喜びも束の間、鑑定情報にはトランサスの文字が浮かび上がり、我々は途方に暮れました」
やっぱり強化共鳴じゃ作れないよ。
「一体何を間違っているのか。知らない条件が他にあるのか。リオン様は男性で魔力波長はGD型、専任職人は女性で魔力波長はGD型ではない。もしこれらが条件の1つなら行き詰まり」
「おいコルヴィッツ、手短に」
「はっ、失礼しました!」
苦労話は長くなりがちだ。
「そもそもトランサイトは幻の鉱物です。性別や波長型など分かり易い条件があるとは思えない。きっとリオン様だけに宿る、生まれ持った特別な何かがあるのでは」
おぼろげながら英雄の力に気づいているぞ。
「ならばその力を再現すればいい。様々な考察を重ねた末、我々は外的要因に着目しました。リオン様は生まれ育った環境から特別な力を身につけたのではと」
ほう、環境とな。
「直ぐにコルホル村の記録を徹底的に調査しました。すると異常な数値を記録した成分を発見したのです。それはハイマ値と呼ばれ、主に森の中で高い傾向が見られます。効果は未だ不明ですが、精霊石の出現に関係していると主張する研究者もいます」
へー、そんなのあるんだね。
「このハイマ値がコルホル村中央区及び西区にて、周辺の数千倍と言う高い濃度で推移した時期がありました。リオン様のご誕生する半年前から約1年間です。我々はこのハイマ値がトランサイトと深い繋がりがあると仮説を立てました」
数千倍はかなり高いね。それがソフィーナの妊娠期間と重なった。んー、関連性はあるのかな。もしかして神の封印がそのハイマ値とやらに影響した?
「早速ゼイルディク騎士団の各部隊にハイマ値調査班を派遣しました。そして幸運にも標準の3000倍を超える地点を発見したのです。直ちに専任職人をトランサス合金持参で森の奥へと向かわせました」
えっそれは森の中で生産ってこと?
「今考えればあまりにも根拠に乏しい行動です。それでも僅かな可能性に懸けて、高濃度のハイマ値のど真ん中でトランサス合金に強化共鳴を施しました。皆が息をのむ中、共鳴率は115%に達し、そのトランサス合金はトランサイト合金へと変化を遂げたのです!」
「おおっ!」
「それは凄い!」
本当に強化共鳴だけで生産したのか!
「先程お聞きした変化共鳴をこの事象に照らし合わせて仮説を立てますと、ハイマ値の高い地点は、強化共鳴の性質を一時的に変化共鳴へ変える効果があるのではないかと。つまりリオン様はご自身で同様の効果を生み出しているのです!」
そうだったのかー!
「じゃあ俺はハイマ値が高いの?」
「分かりませんが、少なくとも周辺に影響は及ぼしません。実は大変失礼ながらリオン様が来城された際に座っていた椅子などを後から計測しました。トランサイト生産直後も含めてです。しかしハイマ値に変化は見られませんでした」
「あっ……そうなんですか」
うへー、知らずに調べていたのか。
「恐らく変化共鳴に必要なだけハイマ値を急上昇させ生産後に同じだけ減少している。従って周辺の数値に変化がないのです」
「なるほど」
「と言うのも森の中でトランサイト生産を行った際、高濃度のハイマ値は標準以下まで一気に落ちました。つまり共鳴作用後に消滅したのです。数日後の計測でも低い値は変わらずでした」
じゃあ1回しか作れないのか。
「現在も広範囲でハイマ値の調査を続けていますが高くても数百止まりです。あの3000を超える地点はかなりの幸運でした」
「そうか! 生産後に急低下したのなら共鳴率115%に必要なハイマ値を偶然にも満たしていたと」
「その通りですコーネイン夫人。もし僅かに足りなければ生産には至らず、我々は再び頭を抱えていたでしょう」
運良くぎりぎりだったのね。
「そろそろ時間だ」
「はい伯爵、大変貴重な情報をありがとうございます」
これはいい話が聞けた。鉱物変化のメカニズム、その一端を垣間見たようで面白かったな。
「コルヴィッツ工房長、最後に1つ聞きたい」
「はい、クラウス様」
「そのハイマ値は誰でも調べられるのか?」
「はい、計測器自体はそれほど高価ではありませんから」
「となると他もトランサイトを作れる可能性があるな」
あー確かに。
「その心配には及ばない。コルホル村の調査記録は我が城で厳重に管理しておる。もしウィルム侯爵などが情報を寄こせと言えばハイマ値は改ざんして渡す。関連性に気づくことは無い」
「それなら安心です」
だからグラスドラゴンの腕輪が他へ渡ってもトランサイトは作れないのね。ディマスの言っていた意味が分かった。
「さてリオン、急ですまないが城を発つ前にウィルム侯爵の使いと面会してくれ」
「えっ、となると今からですか」
「うむ。グラスドラゴンとの戦闘に関して何やら直接聞きたいらしい。昼食後に突然使いが来たため時間がないと断ったが、数分で構わないとしつこいのでな。場所はこの広間、ワシも同席する、クラウスたちも含めてだ」
「……分かりました」
うーん、何だろう。
「カルカリア騎士団に報告した内容が全てですが」
「コーネイン夫人、ワシもその様に伝えたがどうしても本人に聞きたいと」
「弓の使用に疑念を抱いているのでは」
「その可能性はある。リオンよ、もし聞かれたら魔物の注意を惹くため矢を数本放ったが届かなかったとしろ」
「はい」
「他の質問は曖昧な返答でいい。場合によっては割って入ってやる。頃合いを見て演劇の開始時間を理由に切り上げるからな」
「お願いします」
「ではディマス、呼んで来い」
「はっ」
伯爵も侯爵の使いだから急な要望でも無下にできないのね。
「使いとは家令イグナシオですか」
「いやクラウス、別の者だ」
「それは良かったです」
「はは、そなたもあの男が苦手か。家族を連れて数泊の旅行へ出たと聞いたぞ、バレルマ湖だったか」
へー、家族思いなんだな、ちょっと意外。
「お連れしました」
「うむ」
ディマスが2名を円卓へ案内する。1人は40代女性、もう1人は……鑑定士マースカント!
「家令メリアージュ、鑑定士の同伴とは聞いておらん」
「あら伯爵、伝えてなかったかしら。まあいいわ。あなたがリオン・ノルデンね」
「は、はい」
メリアージュと呼ばれた女性は穏やかな笑みを浮かべる。何だこの品定めする様な絡みつく視線は。
「これより人物鑑定を行います、対象はリオン・ノルデン」
「えっ!?」
「なんだと!」
皆、一斉に驚きの声を上げる。おいおい鑑定だと。
「そこの机と椅子を使わせてもらうわ、リオン移動しなさい」
「……えっと」
「聞こえなかったの? あの椅子に座るのよ、ほら早く」
うーむ、どうしよう。
「リオン、動く必要はない。家令メリアージュよ、魔物戦闘の聞き取りではなかったのか」
「それは鑑定が終わってから」
「人物鑑定は拒否する。聞き取りも中止だ。今すぐお引き取り願おう」
伯爵はメリアージュを睨みつけ強い口調で告げた。
「はあ? 私はウィルム侯爵の命を受けて来たのよ。侯爵のご意向に伯爵が盾突くなんてどういうつもり?」
「家令ごときが偉そうにぬかすな、さっさと我が城を去れ」
「まあっ! なんたる無礼な!」
「無礼だと? 貴族にでもなったつもりか! 身分を弁えろ!」
伯爵は立ち上がり声を荒げる。
「……分かりました、この場は退きます。発言は全て侯爵にお伝えしますから」
「構わん、早くウィルムへ帰れ」
メリアージュとマースカントは広間を出た。
「妙に急かしていた理由は人物鑑定だったか。リオンよ要らぬ手間を取らせてしまったな」
「い、いえ」
「実は一昨日、ウィルム侯爵からリオンの人物鑑定結果を寄こせと指示があった。以前コルホル村へ家令イグナシオが訪れただろう、あの時の鑑定内容をそのまま送ったが気に入らなかったらしい」
「それで直接鑑定に来たと」
まあ特異な成長だからね。その後の伸びも気になるか。
「しかし伯爵、侯爵家令へあの様な対応、構わないのですか」
「メルキース男爵よ、何も案ずることは無い。それより今後リオンの人物鑑定を望まれたら全て断れ。誰の指示だろうと関係はない、例え公爵家でも王家でもな」
「えっ!?」
「それは……」
「ゼイルディク伯爵が全責任を負うと言えばいい。皆、分かったな」
「は、はい」
「承知しました」
急にどうした。
「さあ演劇の時間に遅れる。ロディオスとレイリアをよろしく頼むぞ」
「はい、伯爵」
「メルキース男爵もコーネイン夫人も明日の式典は盛大に催してやる」
「お世話になります」
「では行け」
俺たちは広間を出た。
「ワシはクラウスと用事があるためここまでだ、リオンはミランダと共に行動してくれ」
「はい男爵」
「俺は夕食時に合流する」
「はい父様、では行ってきます」
ミランダについて城内を歩く。
「馬車は城の正面で待っている。ウチの馬車だ。護衛はバイエンス男爵と保安部隊が付く」
「分かりました」
城を出てミランダと馬車に乗り込んだ。
「劇場は直ぐ近くだ」
「商会長、伯爵の言動はどう思いますか」
「侯爵家令に対するものか、あれは私も驚いた」
「公爵家や王家でも従う必要はないって、そんなの通りますか」
「知らん」
「あらら」
まあでも人物鑑定は避けたいから口実が出来たのはありがたい。
「リオンの鑑定情報が他に伝われば、引き込むため様々な手法を駆使するだろう。その対応に気を揉むくらいなら、鑑定を断って責任を負う方が遥かに楽と考えたか」
「ああ、確かに」
「ともあれ前面に立つとの約束は果たしてくれそうだな」
「はい、伯爵家なら頼もしい限りです」
それだけ依存するが仕方あるまい。
「ところでハイマ値ですか、強化共鳴を変化共鳴に変えるって凄いですね」
「まさか新たな手段で生産を成し遂げるとはな。いやはや恐れ入った。しかしこれで分かっただろう。男爵家の商会と伯爵お抱えの工房ではやれることが違う」
「そうですね、過去の記録を調べたり、騎士団を使ったり」
メルキース男爵の言う伯爵の環境とはこれらも含めてだな。
「ただあの様子から察するに高濃度ハイマ値地点の希少度はかなり高い。伯爵工房は1日1本すら生産できんぞ」
「ですね。いや職人が変化共鳴を習得するかも」
「コルヴィッツの仮説が正しければ不可能だ」
「えっ? ハイマ値の任意上昇って難しいのですか」
「私の知る限りハイマ成分は自然界にのみ存在し人間の力では生み出せない。つまりお前は人間ではない」
「え……えっと」
唐突な人外宣告。
「失礼。人間を超越した存在とでも言おうか。なるほど封印を全て解放すれば神をも凌ぐ。人間なぞと比べてはいけないな」
「いやいや俺は人間ですよ……多分」
ちょっと自信が無くなって来た。
「いずれにしろ同時共鳴の時点で行き詰る。明日はその絶望を目の前で見せてやれ」
「は、はい」
まあひとまず手順通り実践して後は職人たち次第だ。




