第218話 黒幕
エーデルブルク城の式典用広場から秩序立った音圧が襲って来る。ゼイルディクの歌だ。この領民による大合唱はいつ聴いても圧倒される。もはや歌ではなく叫びだな。大声を出すとスッキリするのだろう。
歌が終えると会場は拍手に包まれた。司会のエナンデル子爵の声が響く。
「極偉勲章を授かる者! ジークフリード・ハーゼンバイン・バン・バイエンス!」
「おおうっ!」
「彼はゼイルディク伯爵第2夫人長男であり、バイエンス保安部隊長を務める偉大な騎士だ。伯爵家の血筋に恥じないその武勇は、これまで数々の功績を残してきた。それは此度のベルソワ防衛戦においても同じ。ゼイルディク騎士団の危機を察知するや否や、城から真っすぐに戦地へ向かい……」
エナンデル子爵がバイエンス男爵の紹介を始めた。ちょっと長い気がするがヒルベルトが到着するまでの時間稼ぎだろう。
そう、もう1人の授与者ヒルベルトがまだ会場に来ていない。もちろんこんな大事な式典に遅刻なんてあり得ない。彼は十分間に合うように城へ向かったはず。しかしその道中、何者かに襲撃された。幸い軽傷で済んだらしいが。
「この襲撃事件は間違いなくルーベンスの手の者だ」
「私もそう思うわミリィ」
「ソフィの言う黒幕とはルーベンスか」
「いいえ」
「では誰だ?」
「ディアナ、あなたはどう思う?」
「えっ私!? ……ちょっと分からない」
唐突にディアナへ意見を求めるソフィーナ。
「問題の多いフローテン子爵家がいなくなって誰が安心するの? 身分の高い人よ」
「もしかして……伯爵?」
「その通り! 良くできました!」
ソフィーナはディアナの頭を撫でる。ほう伯爵が。
「確かにルーベンスはゼイルディク伯爵にとって悩みの種だが」
「これまでも色々と手を焼いていたそうね。でもトランサイトの一件で見切りをつけたのよ」
「多数の売約を横取りした上、安売りだからな。本当に迷惑極まりなかった」
あまつさえ、それを理由に配分を多くしろなんて、通ると思っている頭がおかしい。
「あれ以降は他の業種でも要らぬ誓約書を交わすと聞く。ゼイルディクの商会は信用できないからと」
「それは手間だな」
「まあ大きな発展が約束された地域だ。そのやっかみも含んでのこと。とは言え、事あるごとに話題に出されると嫌気がさす。そんな不満の声が伯爵へ多く寄せられたか」
もう庇いきれなくなったのね。
「ソフィ、伯爵が黒幕ならその仕込みを聞かせてくれ」
「分かったわ。まず犯罪組織というのは普段から貴族同士の恨みつらみをとてもよく観察しているの。そして機を見て声を掛けるのよ、お手伝いしましょうかって」
営業をかけるのか。
「でも暗殺なんて発覚すれば爵位剥奪、依頼側もかなり慎重に事を運ぶわ。だから組織側も普段から小さな依頼をこなして信頼関係を築くの。ルーベンスの財政悪化は組織の多用が原因かもね」
裏稼業のお得意さんだったのか。
「そんな動きを伯爵の情報網は常に把握している。つまり組織に通じているの。対価を払えば仕事の内容まで口を出せるでしょう」
「それでルーベンスに襲撃を持ちかけさせたと」
「ただ暗殺は依頼料もそれなりで、対象が騎士貴族家ともなれば高額だわ」
まあ腕の立つ刺客は高いよね。
「そんな大金を今のルーベンスでは用意できない。だから本来は前払いのところを達成時に支払い、それも分割して期限がかなり先とか、とにかく依頼しやすい条件を提示するように伯爵が指示したのよ」
「それに食いついたと」
「普段は怪しいと感じる流れも余裕がない時は気づかないもの」
カルニン増税で支払う腹積もりだったか。
「伯爵はこうも指示したでしょう。実際に襲撃する刺客は能力の低い者でいいと」
「ヒルベルトが死んだら困るからな」
「事前にルーベンス署名入りの依頼書は組織から伯爵へ渡っているわ。不自然なほどいい頃合いで証拠があると発表するでしょう。もちろん表向きは捜索の末に入手ね」
うへー、手が込んでいるな。
「もしやヒルベルト側にも何か情報を提供したか」
「その可能性はあるわ、他の被害はなるべく抑えたいから。とにかくルーベンスが襲撃計画を企てた事実さえあればいいの。以上が私の推察よ」
「うむ、よく分かった」
これもし本当なら伯爵も犯罪組織の一員じゃないか。
「もちろんルーベンス単独の線も捨てきれないけど」
「いや、よく考えれば事がうまく進み過ぎている。裏で大きな力が動いたと見ていい」
確かに動機が明確だし融通の利く領内での襲撃だ。真っ先に関与を疑われる。それでも隠し通せる自信があったのだろう。しかし全ては仕組まれていた。ルーベンスは策略にはまったのだ。
「しかしソフィはよく思い付くな」
「貴族家のご夫人方から色々と聞き出せるの。うまく懐に入れば機嫌よくべらべらしゃべるわ。ミリィも正論だとかふんぞり返ってないで相手をおだてないと」
「む……そうか」
ソフィーナは頼もしいけど腹黒いなぁ。
「もし伯爵が絡んでいるなら、さっきミランダが言ってた領地再編成までも見越しているのか」
「そうよクラウス。私の考えでは解体後のフローテンを担う貴族はちょっと違うけど」
「ほう」
「メールディンク、アーレンツ、そしてメルキースよ」
「むっ、ウチか」
「その頃にはメルキース子爵よね。この3つの領主に共通していることは何かしら、ディアナ」
「えっ、また私に聞くの……うーん」
この時折りディアナに意見を求める姿勢は何だろう。理解度の確認かな。
「分かったわ! 武器商会!」
「良くできました!」
ソフィーナはディアナの頭を撫でた。ああ武器商会、なるほどね。
「トランサイトを沢山売っているからでしょ」
「その通りよ。エールリヒ、ロンベルク、コーネイン、貴族経営の武器商会としては飛び抜けた利益を得ているわね」
「おいおい、それを財政悪化の補填に回すのか。あー、ウチが最後に面倒見るってのも」
「ええ、伯爵はトランサイトがあったからこそルーベンスの排除に踏み切ったのよ。潤った配下の貴族に再建させれば、犯罪組織に報酬を支払っても全然痛くないでしょう」
ぐぬぬ、金の流れまで計算していたとは。
「ねぇ母様、解体したフローテンの領主を断ることはできないの?」
「無理ねリオン、伯爵命令だから。それに周りの貴族からも圧力があるわ。あんなに稼いでおいてやれない理由は無いだろうって」
「デルクセンとクランツは声高に訴えるな。こりゃスヴァルツとカロッサが一番得になるか」
「いいえ、その2商会の配分を減らして子爵3商会へ割り振るの、つまりトランサイトを多く回すからしっかりフローテンを世話しろってこと」
そっちの不満もケアしてくれるのね。
「ミリィたちが頑張ればウチに任される頃の負担が少なくなるわ」
「おいおい、比較にならんほど貯えておいて何を言う」
「私たちはコルホルにお金がかかるのよ。新しい騎士団施設だって立派にしたいでしょう」
「む、それを引き合いに出すか」
こりゃもうソフィーナが完全に財布を握ったな。
そんなことを話している間にバイエンス男爵は極偉勲章を受け取り、魔物討伐地点の領主であるアーレンツ子爵とメルキース男爵が祝いの言葉を贈った。最後にバイエンス男爵が挨拶をする最中、向こう側のバルコニーに人の動きが見られた。
「おい、ヒルベルトたちが到着したぞ」
「間に合ったな」
伯爵と言葉を交わし笑顔も見える。元気そうだね。
バイエンス男爵の挨拶は雄叫びで締められ観衆からは拍手喝采が贈られる。落ち着いたところで司会のエナンデル子爵が声をあげた。
「続いて勲章を授かる者、ゼイルディク騎士団、北部防衛部隊長ヒルベルト・ユンカース!」
「はっ!」
「彼は部隊を率いてベルソワへ向かう途中、Aランク魔物リンドブルムとクエレブレに遭遇する。近隣の冒険者ギルドマクレーム支部からは多数の応援が駆け付け、騎士と共に強大な魔物へ立ち向かった。その混在戦力を見事に指揮したのが他でもないヒルベルトだ!」
参戦した冒険者は70人ほど。そんな人数が好き勝手に動いては効率が悪い。普段から集団戦に慣れた指揮官は頼りになるね。
「しかし相手は2体のAランク。激しい戦闘が繰り広げられ死傷者も相次いだ。それでも退くことはできない。城壁の向こうにはゼイルディクの街が広がっているのだ。ヒルベルトたちは決死の覚悟で魔物と向き合った」
クエレブレがかなり暴れたと聞いたな。
「勇者たちの絶え間ない攻撃は魔物へ多数の傷を負わせ、遂にはリンドブルムが森へと逃げ去る。クエレブレも続く動きを見せたがヒルベルトはそれを許さなかった。彼のトランサイトから放たれた魔素伸剣が首を切り落としたのだ!」
観衆が沸く。伸剣ならもっと早い段階で倒せた気もするが、流石に2体同時対応は難しかったか。
「その功績を称えゼイルディク極偉勲章を授ける!」
ヒルベルトは伯爵から勲章を受け取り会場は拍手に包まれる。
「続いてクエレブレ討伐地点の領主から言葉が贈られる。フローテン子爵」
「うむ」
エナンデル子爵に促され拡声器の前に立つ男性。あれがフローテン子爵か。その出で立ちには豪華な装飾と細やかな刺繍が施され、袖から覗く手指には宝石がいくつも見えた。
「討伐地点であるガンディア1番線は我が領内でも重要な幹線道路の1つ。その広い道幅の維持には少なくはない費用と手間が注がれている。周辺環境も含めて日頃の丁寧な管理がクエレブレ討伐に貢献したのだ」
もう堂々と領内討伐を宣言か。加えて道が広いから迎撃できたと言わんばかり。俺もカルニンへの道中に通ったが、まあ走りやすい道ではあった。ただあの規模ならどこでも大差はなく、取り立てて自慢するほどでもない。
「交通基盤は街づくりにおいても重要な要素である。我がルーベンス家が設計を主導したカルニン村など最たる例だ。全てにおいて機能性が高く、完璧な開拓村と言えよう」
若干強引にカルニンへ話題を繋げて自画自賛か。確かによく考えられた区画構成ではあった。
「思い出すは先代伯爵よりカルニンの開発を命ぜられた時だ。ゼイルディク随一の武器商会として冒険者たちの手助けになって欲しいと。我がルーベンス家は見事にその期待に応え、カルニンの開発は目まぐるしい速度で進んだ」
むむ、何やら思い出話を語りだした。
「カルニンが着実な発展を遂げる中、当代伯爵はルーベンスの家系から将来の領主を出してくれと告げた。ワシはその筆頭として次男フラビオの名をあげる。奇しくも彼が誕生した25年前にはカルニン南中央区が完成し村の基礎が揃ったのだ」
ほう次男はフラビオと言うのか。そして25歳と若い。
「フラビオは3年前、伯爵第3夫人長女フィオーラを妻に迎え、より一層ゼイルディクの発展に尽力すると決意した。その最前線を担うカルニン村の役目を誰よりも理解している。フラビオこそカルニンの輝かしい未来に相応しい領主なのだ!」
観衆はどよめく。そりゃヒルベルトに言葉を贈るはずがカルニンや次男の話ばかりだからね。
「いい加減にしろ」
!? 今の声はアーレンツ子爵か。
「それはワシに言ったのか」
「ああそうだ。この場にそんな話は必要ない、さっさと祝いの言葉を贈って下がれ」
「何様のつもりだ」
「貴様こそクエレブレの素材を奪っておきながら厚顔無恥も甚だしい」
「黙れ! あれは我が領内での討伐だ!」
おいおい、アーレンツ子爵と揉めだしたぞ。
「そもそもコルホルがいつまでも小さいからベルソワまで魔物が迫ったのだ! 騎士団拠点もスカスカではないか!」
「何だと! いたずらに増やせばいいものではない!」
「施設に頼らない人材育成なぞ吝ん坊の屁理屈! 北西部の騎士が不憫でならんわ!」
「貴様、言わせておけば!」
「やめんか! この恥晒しが!」
伯爵が声を上げる。
「2人とも控室へ下がれ!」
アーレンツ子爵はバルコニーから退く。少し笑っているように見えたぞ。フローテン子爵も向こうの控室に入ったようだ。
「子爵、お見事です」
「はっはっは、コーネイン夫人、観衆へ聞こえるように拡声器前で問答してやったわ」
えっ、わざとやったのか。
「ルーベンスはかなり追い詰められていますね、あんな話をしてもカルニン領主はヒルベルトで決まりなのに」
「もう少し策を練る男だと思っていたが襲撃なぞに及ぶとは」
「子爵もそう見ますか」
「うむ、ルーベンスは終わりだ」
「こちらへどうぞ子爵、音漏れ防止結界済みです」
「そうか」
クラウスがアーレンツ子爵を俺たちのテーブルへ招き入れた。
「子爵、差し出がましいことを申し上げますが、進行を乱して心配ありませんか」
「案ずるなクラウス。ワシは伯爵の心の内を代弁したに過ぎん。領民への示しがあるため罰金は払うが後に同額が補助金で返って来る」
「それを聞いて安心しました」
忖度した言動だったのか。この言いぶりからは慣れた対応だな。
しかし観衆はまさかの事態にどよめきが収まらない。
「静まれ!」
司会のエナンデル子爵が声を上げる。
「デルクセン男爵、祝いの言葉を告げよ」
「はっ!」
授与式の再開だ。
「我が子ヒルベルトは常日頃よりカルニンの魔物対応に力を尽くしている。先月はドラゴンが北区へ舞い降りたが迅速な迎撃で被害を最小限に食い止めた。先日は突如現れた脅威にも怯まず、見事な統率力を発揮し、遂にはクエレブレに止め刺したのだ」
そう言えばカルニンにドラゴンが襲来していたな。村が拡張すると気にかける範囲も増えて大変だ。それが仕事だけど。
「ヒルベルトは優れた指揮官であり人望が厚い。騎士だけではなくカルニンの住人からも信頼を得ているのだ。村を守る騎士に留まらず、統治者を望む声も高い。彼はその準備が出来ている。ヒルベルト・ユンカースこそカルニン領主として相応しい男だ!」
観衆が沸く。明らかにフローテン子爵次男とは反応が違うな。どうやら領民の間でも領主ヒルベルトは歓迎らしい。まあ仕込みかもしれないけど。
「その大きな期待を背負ったヒルベルトを事もあろうに襲撃した不届き者がいる。しかしヒルベルトは対人においても申し分ない腕前だ。己の領内なら成功すると目論んだが相手が悪かった。賊は一瞬にして切り捨てられる」
うへー、容赦ないな。しかしこの言い回しは首謀者を特定できるぞ。
「おい、ユンカース! その発言は誤解を招く! 撤回しろ!」
控室からフローテン子爵が飛び出してきた。
「誤解? 真実であろう」
「何を根拠にその様な戯言を! 名誉棄損だ! 伯爵、この男は式典の場で嘘を広め、ワシらを陥れようとしています! これは重罪です!」
「ジーク、フローテン子爵を連れていけ」
「なっ!? 伯爵はユンカースの肩を持つのか! あやつらこそ過去に刺客を使っている! コーネインのミランダを殺そうとしたではないか!」
うはっ、何を言い出すんだ。
「ご同行願おう」
「くっ……許さんぞ、ユンカース」
バイエンス男爵と共にフローテン子爵は控室に姿を消した。
「皆が忘れた噂を掘り返されたなコーネイン夫人」
「はぁ……」
アーレンツ子爵の言葉にミランダは疲れた表情で深いため息をついた。
「デルクセン男爵、今は捜査中だ、勝手な発言は控えろ」
「申し訳ありません伯爵、我が子を襲われて気が動転していました」
嘘だろ。落ち着いて長々としゃべっていたぞ。
「静まれ!」
どよめく観衆にエナンデル子爵が声を上げる。
「ヒルベルト・ユンカース! 言葉を届けろ!」
「はっ!」
ヒルベルトが拡声器の前に立つと観衆は静まり返った。
「先程、父上が申した通り、先月はドラゴンがカルニンへと降り立った。私は直ぐに現場へ向かい最速で討伐したが、住人の犠牲を防ぐことは出来なかった。先のAランク2体においてもリンドブルムは取り逃がし、冒険者や騎士にも多大な被害が及んだ。討伐の功績だけが注目されるが、その影には無念の死を遂げた者たちがいる。皆それを忘れないで欲しい」
ヒルベルトはうつむき拳を握りしめる。
「全て私の力不足だ。しかし極偉勲章を手にした今、トランサイトを携えた今、それは言い訳に過ぎない。私は日々精進を続ける。この栄誉に相応しい騎士となるために。それは再び危機が訪れた時、必ずや大きな力となる。ゼイルディク騎士団に栄光あれ!」
拍手が巻き起こる。
犠牲にも触れ、自身にも謙虚な内容だったな。ソフィーナは身構えているけど性格は良さそうに感じた。まあこの場での発言が本音とは限らないけどね。
「皆に重要な知らせがある!」
エナンデル子爵が声をあげると観衆は静かになった。おっ、カルニン領主の件か。
「父上」
「うむ……今、極偉勲章を受けた偉大な騎士、ヒルベルト・ユンカース、ワシはこの者をカルニン村の領主として推挙する!」
観衆が沸く。ほう推挙とな。伯爵が一方的に任命するんじゃないのね。あー、議会で承認が必要だったか。この場は伯爵のお墨付きを得る感じだな。つまりは議会への圧力。
「ヒルベルト!」
「ヒルベルト!」
「ヒルベルト!」
観衆の大合唱にヒルベルトは拳を突き上げ応える。
ゴォォーーーーーン
昼の鐘だ。それを合図としたか歓声は拍手へと変わった。
「以上で本日の授与式は終了する!」
エナンデル子爵が声を上げた。今回は授与者が襲撃で遅れたり、拡声器の前で揉めだしたり、司会も気を遣って大変だったね。お疲れ様。
「さて昼食だな」
「ディアナとリオンはユンカースの子供たちと仲良くするのよ」
「はい母様!」
「な、仲良くします!」
ソフィーナは微笑み小さく頷くと席を立った。ふー、仲良くねぇ。
使用人に案内されて昼食会場へ到着。テーブルにつくと伯爵の挨拶が始まった。そう言えば今日の授与式は来賓の言葉が無かったな。まあ時間も押していたし省略したのかも。
「じゃあ名乗りね、まず私から。ディアナ・ノルデン、10歳、ラウリーン中等学校1年よ。8月からシャルルロワ学園に編入が決まっていて来月からは寮に入るわ。最近はレイリア様と特に仲良くなって、今日も午後から演劇を観て夕食も一緒するのよ。うふふ」
ぬわ! 伯爵家との繋がりアピールか! うーむ、ソフィーナの仕込みだろうがあんまり印象良くないなー。だがしかし、この場は合わせないとディアナが浮いてしまう。
「俺はリオン・ノルデン、8歳、コルホル村西区に住んでいる。本当は士官学校初等部へ直ぐにでも入れるけど、訓練討伐に行っているから遠くなるんだよね。そうそう、この後ロディオス様と演劇や夕食を共にするから、また魔物討伐の話で盛り上がるだろうな。終わり」
いい感じに仕上がったぜ。
「俺はディラン・ユンカース、8歳、デボネア士官学校初等部2年だ。将来はお父様みたいな強い騎士になりたい。カルニンも領地になるから、どんどん魔物を倒して広げていくんだ。お父様は俺ならできるって言ってたよ」
長男だね。あんまり騎士っぽくない言葉遣いだ。まあ8歳だし。
「次は俺、ニルス・ユンカース、7歳、デボネア士官学校初等部1年だよ。まだ洗礼じゃないからスキルは使えないけど、ディラン兄様みたいに剣技があると思う。早く一緒に訓練がしたい」
次男か。兄を慕っているようだね。
「エメライン・ユンカース、6歳です。ええと、お父様のご立派なお姿、とても誇らしく……うんと、終わり」
長女だね。台詞を忘れてしまったか。
「エメラインは来年、貴族学園と士官学校どちらに行くの?」
「分かんない」
「お母様はどう言っているの?」
「うーんと、分かんない」
「あらら、早く決めて今から準備した方がいいわよ」
「ディアナは、何で貴族学園?」
「えっ……そりゃ貴族家になるから」
「士官学校は? 戦えないの?」
「騎士はちょっと」
「何で?」
「……」
これは調子狂う。
「リオンは騎士になるの?」
「いや」
「じゃあ冒険者?」
「えーっと……あっ冒険者証あるよ!」
「ふーん、貴族で冒険者って変だね」
「どうして?」
「お父様は変わり者って言ってた、自分のことだけ考えているんだって」
「……」
うーむ、やり辛い。
「ディランの武器はなあに?」
「剣だよ、ディアナ」
「素材は?」
「クリヴァル合金」
「ああ槍適性ね、剣なら推奨レベル5だから丁度いいわ。需要が少ないから安いし」
確かメリオダスの長男ダニエルもクリヴァルだったな。
「リオンはトランサイトよね」
「えっ、うん姉様、特別契約だからコーネインのミランデルだよ」
「俺はユンカース商会のグラセイド、凄くかっこいいんだ!」
ほうグラセイド、武器ブランドか。
「おいくら?」
「えっ……分かんない」
「多分100万ディルくらいかな。リオンのトランサイトは100億だから特別契約で貰えて良かったわね! まあウチなら余裕で買えるけど。うふふ」
その路線でマウントを取りに行くのか。
「ノルデン家は小さいコルホルの領主になるから大変だね」
「それはどういう意味? ディラン」
「人が少ないから税収がショボいってお父様が言ってた」
「ウチはそんなの当てにしてないわ」
「騎士団施設も遠いから困るって」
「あーそれね、ウチがお金を出して近くに大きいのを作るの、リオンいくらだっけ?」
「えっと……600億かな」
確かミランダとクラウスのやり取りでそう言ってた。
「へー、凄いけど、伯爵にうまく使われているだってさ」
「えっ!?」
「平民上がりが大金を持っても周りの貴族に言われるがままなんだって」
「そ、そんなことない、ちゃんと自分たちで考えているわ」
「領地を持ったことないのに分かるワケないってさ」
「……」
むむ、どうやら返しをユンカース夫妻に仕込まれているぞ。
「じゃあディラン教えて」
「えっ、俺はまだ知らないよ、今は騎士の勉強が先だ」
「貴族家の子供なのにそれでいいの?」
「順番があるんだよ、一度にあれこれ覚えきれない」
「だよね、俺たちも少しずつ勉強してるんだ」
「……そっか」
ふー、ひとまずこれで。
それ以降、あまり話題を広げず曖昧な受け答えで時間は過ぎた。
デザートも食べ終え昼食は終わる。
「ディランたち、楽しく食事はできたか」
「はい、お父様」
「そちらがディアナ嬢か、リオン殿含めて今後ともウチの子たちと仲良くしてくれ」
「はい、こちらこそ」
「では行こう」
子供3人はユンカース夫妻と共に去った。
「……はぁ、疲れたわ」
「はは、そうだね」
ディアナは脱力して天井を見上げた。




