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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
217/321

第217話 襲撃(地図画像あり)

 6月17日、平日5日目、明日が休日なので週末だ。


 起床後、朝の訓練を行う。クラウスは少し離れてサラマンダーの剣と向き合っていた。


「父様、どんな感じ?」

「ハァハァ……ただ疲れるだけ」

「あらら。でもそれって何が原因なの? 剣技適性が不一致による負担もあるのかな」

「それは鉱物合金だ、魔物合金には関係ない」

「へー」

「魔物合金はな、とにかく慣れて魔力消費効率を良くするしかない。つまり続けていれば必ずモノにできる。このサラマンダーはいつになるか分からんがな」

「ふーん」


 Cランクのマッドマンティスで1カ月掛かったらしいから、Aランクのサラマンダーは随分と先になりそう。頑張れクラウス。


「まあソフィの方が早く制御できるだろう。得意な属性が火だからな」

「それはあるね」

「加えて魔力も俺より上だ。そのうち精霊石無しで矢に火を付与できるぞ」

「へー、父様も負けてられないね」

「別に勝ち負けじゃないが、俺も出来るってところは見せておきたい」


 ノルデン家当主としての意地か。


 朝食を終えて居間に座る。


「7時30分に商会前だから直ぐ家を出るぞ」


 エーデルブルク城にて極偉勲章授与式の2日目が行われる。対象はデルクセン男爵長男ヒルベルトとバイエンス男爵だ。俺たちはバイエンス男爵の関係者として臨席する。


 中央区へ入りエスメラルダ横の服屋で庶民のかなりいい服に着替える。ソフィーナは髪型を整え軽く化粧を施した。


「おはよう」


 商会前ではエリオットが待っていた。共にノルデン家の馬車に乗り込む。


「ブレイエム監視所で工房馬車に乗り換え城へ向かう。授与式開始は10時30分、先にヒルベルトが受けて、次にバイエンス男爵だ」

「エリオットも来るのか」

「私は監視所までだ。明日コーネイン家が勲章を授かるため私も城へ赴く。3日も続けてトリスタンとカサンドラを監視所へ拘束は出来ん」


 あんまりアーレンツ子爵家に貸しは作れないか。


「明日はセドリックとカミラも城へ行くだろう、代わりに誰が北部へ?」

「討伐部隊長は動かないため影響は少ない」

「まあそうか、となると今日ヒルベルトとバネッサが抜ける北部防衛部隊には指揮官が必要だな」

「そこへセドリックとカミラが入る」

「あーなるほど」

「たまにはカルニンでゆっくり過ごせばいいさ」


 いつも最前線で頑張っているからね。


「この後は私も監視所から別行動よ。そのままウチの馬車で中等学校へ立ち寄ってディアナを拾うから」

「姉様も来るんだね」

「そうよ、昨夜も言ったでしょう、昼食の席でしっかり立場を示さないと」


 こりゃ城への道中、念入りに打ち合わせるな。


 監視所へ到着し裏手の搬入口へ回る。クラウスと共に工房馬車に乗り換えると車内にはミランダが待っていた。この人、昨日夕方にメルキースの屋敷で別れたけどいつこっちへ来たのか。


「いいぞ出せ」


 彼女は前方の覗き窓から御者に指示を出す。


「商会長はいつ監視所へ来ましたか」

「ついさっきだ」

「メルキースの屋敷から?」

「うむ」

「城への道中でメルキースを通ります。そこで合流すれば良かったのでは」

「……私の顔を見るのが嫌か」

「いえいえいえ、不要な手間を掛けてしまうので」

「エリオットがここまでなら代わりに誰か必要、それだけだ。見飽きた顔だが我慢してくれ」

「そんなこと思っていません、商会長との会話は楽しいですよ」

「……仕事を始めろ」

「はい!」


 既に剣と弓が机に並べてあったので一気にトランサイトへ変化させる。


 コーネイン家が守ると告げたからか、移動時は必ずエリオットかミランダが付いている。特にミランダはべったりだ。それがうっとおしく感じていると思われたのかな。


「まあ屋敷には立ち寄る。父上も同乗するからだ」


 あーそうなの。


「ガルーダはメルキース男爵領内での討伐だもんな」

「その通りだクラウス。他にもバイエンス男爵はサラマンダーを倒している」

「最後に来たやつか」

「うむ、あれの討伐地点はベルソワだ。従ってアーレンツ子爵は今日も臨席する」

「もう1人のヒルベルトはクエレブレ討伐だよな、確か討伐地点が微妙だった」

「微妙ではない、明確にアーレンツ子爵領内だ。しかしガンディア1番線東側へと変更された」


 ガンディア1番線は領地境界にあたる幹線道路、本当の討伐地点は4kmほど西である。アーレンツが素材を取り過ぎだとフローテン子爵がゴネたから譲ったらしい。


「フローテン子爵も来るのならルーベンス商会長として伯爵にトランサイトの再配分を詰め寄るか」

「無駄だ。広域に目が向いている現状ではゼイルディクの商会を今以上に使うつもりはない」

「となるとユンカース商会とガイスラー商会も行く末は同じか」

「うむ」


 ゼイルディクに本部を置く商会は8つ。うちコーネイン、ロンベルク、エールリヒ、スヴァルツ、カロッサの5つは近隣の一般販売から伯爵が主導する騎士団配備分へ比重を移している。


 広域の一般販売においても東はラウリーンからアベニウス、南はブラームスからロワールへとより遠方へ担う商会が移っている。プルメルエントのレイカールトまで入って来たからな。


 そんな中にゼイルディクの3商会が入る隙間は無いだろう。不祥事によって減らされた各3本が最初で最後のトランサイト販売となるのか。


「ヒルベルトの母親はユンカース商会長だろ、勲章対象者なら幾らか融通するのでは」

「その可能性はある」


 おお確かに。でも少なそう。


「ところで今日はカルニンの領主も同時に発表されるのか」

「うむ、ヒルベルトの授与時に告げられるだろう」

「じゃあフローテン子爵次男の話は消えるな。カルニンを増税してルーベンス商会の立て直しに使う目論みも潰えるか」

「そうなる」

「どうするんだ、頼みの綱のトランサイト販売も出来ないんだぞ」

「知るか。自業自得だ。まあ数年は質素な生活を余儀なくされる。深く反省すればいい」


 カルニンは畜産業で栄えているから大きな税収も見込める。欲しかったけど仕方ないね。あれ? でも待てよ。


「カルニン周辺はフローテン子爵の領地ですよね。現状でも増税などの措置がとれるのでは」

「いやそれは出来ない。開拓村事業は伯爵が主に財政面、配下の子爵が実務面を担っているからだ。つまり税金などの決定権は伯爵にある」

「へー」

「コルホル村が人気である理由は、通常の魔物討伐とは大きく異なる報酬制度に所以する。考えても見ろ、西区100人が日々数体の実績で食っていけると思うか」

「いいえ」

「そこには伯爵から大きな補助金が上乗せされている」


 確かにソフィーナも言っていたな。戦闘参加した全員に報酬があると。


「加えて家賃などの施設利用費、そして食費までもが街中と比べて安く抑えられている。その差を全て伯爵が補填しているのだ」

「伯爵の収入は税金、つまり開拓村はゼイルディクの領民によって支えられているのですね」

「その通り」


 あのメニュー豊富な3食が2000ディルで安いと思ったが理由があったのね。


「従って子爵が勝手に増税は出来ない。しかし独立した領主なら別だ。ただ同時に伯爵の補助が打ち切られる」

「だからコルホルはノルデン家を領主にしたと」

「叙爵騎士程度が任されてもやっていけないからな。その場合はアーレンツ子爵が引き続き面倒を見るだろう」

「アレリード子爵領エスレプみたいな感じですね、エスレプ村には男爵がいるのに完全独立はしていない」


 カルカリア北西部に位置するエスレプ村は人口6000ほど。カルニンと同じく畜産業が主体だ。ミランダの話では12年前に叙爵した騎士が領主となっている。


「となるとフローテン子爵次男がカルニン領主となって独立したら伯爵の補助が打ち切られて苦しくなるだけですよ。確かにカルニンは発展していますが人口3500とエスレプの半分ほどです。そのエスレプでさえまだ子爵を頼っているのに」

「だからこそカルニンを大増税する」

「住人は大反対です」

「押し通す」

「村から出て行きます」

「個人理由の転出は多額の罰金が発生する」

「えっ!」

「それはコルホルも同じ。補助金で手厚く優遇された開拓村なら当然だ」


 簡単には出られないのか。


「飼い殺しとは酷いですね」

「いやある程度は我慢しても将来の減税が見込めないなら罰金を払ってでも出て行くだろう」

「カルニンの人口が減って税収も下がりますよ」

「構わん」

「村が機能しなくなります」

「知ったことか、とにかく一時的でもまとまった金が入ればそれでいい。村の立て直しは伯爵に任せる」

「そんな横暴は通りません」

「通ると思っているのがルーベンスの奴らだ」

「はあ……」


 ミランダは村が滅ぶと言っていたがこういうことか。


「カルニンの住人はその展開を知っているからヒルベルトを推しているのだ」

「なるほどよく分かりました。でもヒルベルトはデルクセン男爵家の長男でしょう、カルニン男爵となったらデルクセンの次期領主はどうなるのですか」

「引き続きデルクセン含めてユンカース家の領地であり、中心地がカルニンへ移動するだけだ。尤もその領地規模なら爵位は子爵が相応しい。就任と同時に陞爵するだろう」


 なるほどカルニン子爵領デルクセンに変わるワケね。でも何だかいびつだな。


「デルクセンって人口どのくらいですか」

「約5万だ」

「3500の村の領主が5万の町を治めるって変ですね」

「見合った規模へ村を大きくすればいい、そうやってゼイルディクは外側へ拡張してきた」

「はー」

「本来は何十年と費やすその過程もトランサイトを得た今なら大きく縮められる。伯爵はそれを見越して新たな領主に任せるのだ」

「なるほどー」


 ある程度の規模になったら自立しろとお尻を叩くのね。いやせざるを得ない状況に追い込むのか。引き受ける領主も大変だ。


「でもユンカース家は財政に問題は無いのですか? トランサイトの販売実績も3本でしょう」

「開拓村補助金が打ち切られても陞爵すれば子爵補助金が受け取れる。カルニンの運営にはその分も当てこんでいるのだ」

「あー、別なんですね。なんだ結局は名目が変わるだけですか」

「ちなみに現在フローテン子爵が受け取っている子爵補助金の算定にはカルニン方面の管理も含まれている。ユンカースが子爵となれば丸々そっちへ移るだろう」

「うわ、ますます厳しくなりますね、これは何としてもカルニン領主を譲れない」

「うむ」


 ルーベンスは現状でも補助金貰っているくせに財政悪化していると。一体に何に散財しているのだ。子爵次男が遊びまわっていると聞くがカジノで派手に使ったのか。


「もうデノールトの通りだな」


 クラウスは壁面の覗き窓に顔を近づけそう告げた。


 ほどなく屋敷へ到着。メルキース男爵が工房馬車内へ乗り込む。


「おはよう諸君」

「おはようございます男爵、バイエンス男爵の授与時には言葉を贈るのですか」

「うむクラウス、我が領地内の討伐だからな。それよりビクトル関連でテルナトス周辺を探っていたウチの者から急ぎの知らせが入った」

「え!?」

「おお、何か手掛かりが」

「アルカトラに拠点を置く組織の一部が動いているらしい。ゼイルディクで仕事があるとな」

「む、父上それは」

「標的が分からぬゆえ何とも言えんが用心しておけ」

「はっ!」


 ええー! 怖いんですけど。


「心配ありませんか」

「情報が洩れているなら大した手練れではない、雇い主も金が無いのだろう。恐らくは商会同士のいざこざで相手を脅す程度の役割ではないか」

「はーなるほど」


 ワケの分からないイチャモンつけて暴れるのか。やられる方はたまらんな。


「もしやルーベンス」

「ほうクラウス、何故そう思う」

「本日授与式でヒルベルト防衛部隊長のカルニン領主就任が告げられます。そうなる前に対象を亡き者にするのでは」

「いや、それはない。貴族嫡男を襲撃ともなれば爵位剥奪だ。その上、財産は全て没収され一族はアルカトラへ送られる。賭けに打って出るならもっとマシな刺客を用意するだろう。そもそもヒルベルトは騎士、返り討ちにされるぞ」


 武器だってトランサイトだ。賊なら容赦なく切り裂くぞ。


「ただヒルベルトたちが真っすぐ城を目指すならフローテン西部を通過します。領内なら周到に準備できるのでは」

「ふむ……確かにフローテンを抜ける道が最短ではある。どう思うミランダ」

「追い詰められていることは確かです。しかしヒルベルト側も想定は出来ます。その上でフローテンを通るなら」

「敢えて襲撃を受けるのか」

「はい」


 ルーベンス家はユンカース家を見下している。恐らく日頃から嫌な思いをしていたはず。ならばこれを機に家ごと潰してしまえと。うへー、命懸けの駆け引きだな。


「ふーむ、立場が苦しいとは言えルーベンスもそこまで馬鹿ではない。あれでも子爵家だ、伯爵の顔に泥を塗ってまで愚行に及ぶか。少なくとも今日の授与式は滞りなく行われる」

「では日を変えて実行ですか」

「ヒルベルトの勤務地は防衛部隊だぞ、下っ端なんぞ捕まりに行く様なもの」


 騎士の中へ突っ込むからね。


「まあ先に申した通り、刺客は貧乏商会がちょっとした嫌がらせに使う程度だ。多少の騒動は起きるが直ぐに片付く」

「だといいんですが」

「無論、不測の事態に備えてノルデン家の警備は強化する。今も夫人とディアナの馬車には保安部隊がしっかり付いているのだ、安心しろ」

「はい」


 ぶっちゃけ俺たちに危害が無ければそれでいい。


「さて昨日ミランダからいくつか報告を受けた。まずは変化共鳴についてリオンに確認したいことがある」

「はい」

「あれを習得した手順なりを覚えているか」

「手順……ですか」


 初めての生産はジェラールから貰ったトランサス合金だ。最初に西区の搬入口付近で高い共鳴を実現したがあれは強化共鳴だけ。トランサイトに変わったのはその日の夜だったはず。しかしうーむ、手順ねぇ……。


 あっ思い出した、風呂前に居間で共鳴訓練をしたぞ、あの時だ。


「まずトランサスへ魔力を送り強化共鳴とは別の強化手段があると掴みます。次に強化共鳴を100%まで上げて維持し、その手段を……覚醒させるのです。それが変化共鳴です」


 手順としてはこんな感じだろう。


「覚醒とは抽象的だな」

「眠っている力を引き出す表現として使いました。それがトランサスなのか俺自身なのかは分かりません。その日から随分経っているので思い出せる範囲では以上です。すみません」

「いや構わん、貴重な情報を感謝する。今のを聞いてミランダはどう思う」

「大きく3段階に分かれています。まず別の何かを掴むのですが、正直申しますと、この時点で誰しも行き詰るでしょう。恐らくは英雄の力に由来するからです」


 ああ、そんな気がする。


「次に共鳴強化100%、これは魔物装備の底上げで実現可能です。しかし維持となればかなり難しく、持って数秒でしょう。その限られた時間内に変化共鳴を覚醒させる。これについても英雄の力が成せる技ではないかと」

「ふむ、では第2段階のみが環境によっては可能か。クラウスはどうだ、最初の1本の生産現場に居合わせただろう」

「はい目撃しました……しかし覚醒する瞬間は覚えていません。と言うより、ただ驚いていただけです。俺より妻やフリッツの方が何か気づいたかもしれません」

「そうか、分かった」


 あの時は勢いのまま突っ走っただけ。


「そうだ男爵」

「何か」

「最初の1本は100%を超えても強化共鳴と変化共鳴を同時に使っていました。2本目のミランデルも同じです。ですが極度の疲労を伴い、剣身も痛める気がしたので魔力操作を見直しました。そこで強化と変化の使い分けに気づいたのです」

「同時だと!? いやはや人間技では無いな」

「父上、これも英雄の力でしょう」

「間違いない」


 よく分からいものは全部英雄のせい。


「その時の共鳴率は? 1本目だ」

「多分……160%」


 正確に覚えていないが2本目は180%だったからそれより少し低い辺りかな。


「それを同時共鳴で?」

「はい」

「ミランダよ1本目のトランサス割合はいくつだ」

「67%です」

「ならば133%でトランサイトへと変わっているな……ふむ、これは仮説だが、101%から同時共鳴でトランサイト生産をすることにより、変化共鳴の単独使用を習得したのではないか」

「その可能性はあります」


 確かに当てはまっている。


「2本目も同時共鳴であるが、変化共鳴に気づいていないだけで条件は満たしていたかもしれん。もちろん2本目で習得した可能性もある。いずれにしろ3本目は変化共鳴を単独使用したのだな」

「はい。男爵も同席された商会工房での1本目です」

「そうか、分かった」


 トランサス100%の試験素材だったけど一発成功だったね。


 それにしても今になって最初の生産過程を振り返るとは。でもよく考えたらかなり大事なことだ。しっかり記録しておくべきだったな。


「さてリオン、伯爵側が変化共鳴に気づいた根拠は何だ」

「昨日のディマスさんとのやり取りです。彼が言うには、グラスドラゴンの腕輪が他に渡っても最大の恩恵は受けられないと、リオンならその意味が分かると。俺はとぼけましたが」

「含みを持った発言か。突き止めた嬉しさから思わず出たとしても、いささか不用意ではあるな」


 確かに伯爵家令としては注意足らずだ。


「もしや既に生産を成し遂げて、それが心の余裕になったのでは」

「クラウス、その可能性は十分ある。我々と同等の環境だと自信を得たのだろう」

「マズいですね」

「せいぜい1日1本だ。量産は出来ん」


 そこは大きいね。


「いずれにしろ何かしら進展していると見ていい。従ってこちらから先に変化共鳴の情報を伝える方針にはワシも賛同する。その価値が落ちないうちにな」

「では今日、城で説明するのですね」

「うむ、昨夜その旨を通達済みだ。ワシも同席し先程リオンから聞いた手順をうまく話そう」

「お願いします」

「まだ生産に至っていないとしたら、その後の伯爵工房の取り組みによって変化共鳴の習得がどれほど難しいか判明する」


 それが情報提供の目的だ。


「ただ引き換えに得る情報として見合った価値でしょうか」

「魔力操作に長けた人材や共鳴率加算の魔物装備など、検証に必要な環境を整えるだけで多くの手間と費用が掛かる。それを伯爵が全て負担するのだ。十分見合っているぞ。情報収集能力においても伯爵家が上だ。新たな発見も期待できる」


 なるほど。確かに魔物装備なんかはアホみたいに高い。まあノルデン家なら買えるが不要な出費を抑えられるならその方がいいね。


 城へ到着。俺たちはバイエンス男爵の控室へ向かう。


「来たわねリオン」

「はい姉様」


 ディアナの手元には飲み干したカップが見える。つまり十数分前にはここへ来ていたのか。ノルデン家の馬車なら接触事故を恐れて皆距離を保つから安定した速度を出せる。一方、工房馬車は周りから見れば建設商会だ。4頭立ては遅くはないが貴族家の馬車には敵わない。


「何!? それは本当か」

「間違いない」

「……ふむ、順番変更で対応と」

「よろしく頼む」


 何やらバイエンス男爵がディマスとやり取りをしている。問題発生っぽいけど。


「皆、急ぎの知らせだ! 当初は私がヒルベルト部隊長の後に勲章を授かる予定だった、しかし急遽変更され私が先だ。順番の他は伝えていた内容と変わらない」


 控室がどよめく。ほう順番が変わるのか。


「アーレンツ子爵、メルキース男爵、今申した通りだ、急で申し訳ない」

「いや構わん」

「何があった?」

「……ユンカース夫妻が襲撃された」

「む! どこで?」

「大事無いのか?」

「軽傷と聞いている、場所は冒険者ギルド本部近辺だ」

「そうか……」

「遅れて来るのだな」

「うむ」


 まさかルーベンスか!


「時間だ、皆バルコニーへ」


 バイエンス男爵と関係者はぞろぞろと控室を出る。俺とクラウス、ソフィーナ、ディアナ、そしてミランダは窓際のソファへ腰を下ろし、使用人に音漏れ防止結界を依頼した。


「リオン、確認してくれ」


 クラウスはそう告げて口をぱくぱくする。あー、結界ね。えーと……うん、間違いなく音漏れ防止結界は施されている。クラウスに向けて何度か頷くと伝わったようだ。用心深いな。


「おい今の聞いたか」

「雇い主はルーベンスで間違いない。恐らくヒルベルトたちは確たる証拠を得たため待ち伏せに応じたのだ。でなければ道を変える。いやはや父上も過大評価だったな、あやつらは本物の馬鹿だ。これは大変なことになるぞ」

「どうしたのミリィ?」

「領地再編成だ、フローテンは解体される」

「え!?」


 あーそうなるか。


「恐らく川より東はフローテン男爵が引継ぎ、残りは中央で分割して隣接する子爵領に組み込まれる」

「となるとメールディンク子爵領とアーレンツ子爵領に属するのか」


 地図を思い浮かべる。


挿絵(By みてみん)


 こんな感じかな。


「ただそれも当面の措置、近い将来は新たに男爵を設けて対応するか、或いは……クラウス、お前が面倒を見るか」

「はっ!?」


 おいおい、どうしてそうなる。


「商会が傾いている時点で領地運営も行き詰っている。つまり財政の立て直しが必要だ。ノルデン家が領主となれば容易いことだろう」

「いやしかし、あの辺は全く縁が無いぞ」

「冒険者ギルド本部がある、お前は冒険者だろう」

「……随分と強引だな」

「ついでに武器職人ギルドの本部もあそこだ、トランサイト製法発見者として見過ごすことはできない」

「……こじつけも大概だな」

「まあ理由は何でもいい。とにかく圧倒的な経済力を持つお前なら領主として大歓迎だ」


 何だそれ。ルーベンスの尻拭いなんて嫌だなぁ。


「話の流れから事態は大体想像できるけど」

「うむソフィ、授与後に伯爵から説明があるだろう」

「これには黒幕がいるわ」

「えっ?」

「何だって」


 ソフィーナは優しくほほ笑むがその目は鋭かった。

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