第215話 鑑定結果
ゼイルディク極偉勲章授与式の初日、俺はアルベルトの授与を見届け別室でトランサイト生産を行う。短時間で42本の実績は間違いなく弓技のお陰だ。今後の自由時間確保のためにも大幅な短縮はありがたい。
剣と弓の需要が高いため生産効率においては現状で申し分ない。更に詰めるなら次に需要のある杖だが関連スキルは杖技? そんなのあったっけ。
昼食会場へ到着。
「来たわね」
「はい、ディアナ姉様」
テーブルには他にエドヴァルドとミーナ、そして知らない子供3人が座っていた。席に着いてほどなくゼイルディク伯爵の挨拶が始まる。飲み物を軽く掲げて名乗りの時間となった。
「じゃあ私から」
先ずディアナ、次に俺、エドヴァルドと続く。
「わたくしはミーナ・レーンデルス、エドヴァルドの妹で8歳ですわ。本日は、お父様の輝かしい、えっと、大変ご立派な……お姿を、は、拝見しまして、うーんと、誇らしい、ですわ。皆様、お食事を楽しみましょう」
ミーナは再びお嬢様モードに入っていた。
「俺はルーク・ドナート、父はオグマ、母はユーシス、フローネン初等学校3年で9歳だ。母様の功績で父様が貴族になるけど、急に色々と決まってビックリしている。ラウリーン辺りが領地になるらしいからノルデン家とは隣りだ。今後ともよろしく」
おおドナート家の長男か。
「私はシャーロット・ドナート、ルークの妹です。フローネン初等部2年で8歳です。みんな仲良くしてね……次はイレーネよ」
「うんと、イレーネ、7歳、終わり」
はは、年相応の名乗りだね。この2人がドナート家の長女と次女らしい。
「イレーネ、私が食事マナーを教えて差し上げますわ!」
「えっと……」
「遠慮しないで!」
「じゃあお願い、ミーナ」
「任せて!」
お姉さん気取りだ。
「流石は由緒ある血筋のレーンデルス家だね」
「ほほほルーク、当然ですわ」
ミーナなりに一生懸命取り組んでいる様子だ、ここは見守るか。
「ドナート家も騎士家系で立派だと思うわ。メリオダス副部隊長にはコルホル村がお世話になっているし、ニコラスも西区の保安部隊として頼りにしてるのよ」
「ディアナは良く知っているね、お陰で俺に掛かる期待が大きくて大変だよ」
「来年は士官学校に行くの?」
「そうだよ、もちろんメルキース士官学校さ。なにしろドナート家の領地内だからね」
確かにあの辺もラウリーン地区だ。
「シャーロットとイレーネは?」
「私たちは夏休みが終わったらシャルルロワ学園だって。それまでに沢山勉強しなくちゃいけないから憂鬱なの」
「いーのよ、ゆっくりで。無理に詰め込むと不自然になるわよ、ミーナみたいに」
「むぅ、ちゃんと出来てるもん!」
皆、苦笑い。
「ディアナもシャルルロワだよね?」
「そうよ、夏休み明けに編入するわ」
「私、急に貴族家になるから不安なの。ディアナは同じ立場だから何でも話せそう。向こうでも仲良くしてね」
「こちらこそ宜しく」
同じ境遇の仲間は心強いね。
「でも私は中等部なのよね。初等部とは建物が違うからそんなに会えないかも」
「あーそっか」
「代わりに初等部の知り合いに伝えておくわ、シャーロットとイレーネを気にかけるようにって」
「それは嬉しいけど、知り合いって貴族令嬢よね」
「そうよ、コーネイン家とロンベルク家。大丈夫、私のお願いならちゃんと聞いてくれるわ」
「えっ、ディアナって凄いのね」
「ノルデン家の力を甘く見ないで」
「!? わ、私、ディアナに付いて行くわ」
「ほほほ……」
おいおい言うねぇ。これが圧倒的な経済力に所以する自信か。
初等部の知り合いとはビクトリアとエステルだな。ただあの2人は貴族家令嬢として仕上がっているから別の意味で心配ではある。この素朴なシャーロットも染まってしまうのか。
「リオンは士官学校か、なにしろ訓練討伐に行ってるしコーネイン商会特別契約だし。でもメルキースには初等部が無いんだよな」
「ルーク、俺は村から出ないよ。必要な設備は作ればいいし講師も呼べばいい」
「流石はトランサイト男爵だ。自分専用で何でも調達できるか」
士官学校推奨に対するお決まりの返しだ。実のところ西区に何か訓練設備を作るのもいいね。
それからも今後の話を中心に昼食の時は流れ、デザートを食べ終える頃にクラウスが俺たちのテーブルに近づく。
「リオン、この後は伯爵との面会だ」
「はい父様」
「私たちは先に帰るから」
「うん姉様、じゃあエドもミーナも明日劇場で」
俺はテーブルを離れミランダたちと合流する。
城内を歩き、辿り着いたのは30畳ほどの広い部屋、前回会談を行った場所だ。中央の円卓にはゼイルディク伯爵、エナンデル子爵、バイエンス男爵、家令ディマス、そしてクラウス、ミランダ、フリッツが着いた。
少し離れた机には見覚えのある50代男性、確かロスナンテ、俺の人物鑑定を行った者だ。隣りの30代女性も鑑定士、最初は無断で鑑定を試みたね。今日はこちらから依頼だ。
むっ、何やら違和感を感じる。
……。
(どうしたリオン?)
(この円卓には音漏れ防止結界がある)
(まあそうだろう)
(半径3m12cm、2時間56分)
「はっ!?」
「どうしたクラウス」
「失礼しました伯爵、何でもありません」
「そうか、まずはコーネイン夫人、先日の魔物対応を報告してもらおう。音漏れ防止結界は円卓の中央より半径3m、3時間だ」
ミランダはバストイアでの戦いを語り始めた。
やはり結界があったか。その効果は俺の感じた数値に近い。これはスキル? 感知の派生だろうか。まあこの後人物鑑定を受けるから確認できるね。
「……以上です」
「よく分かった。ジーク間違いないか」
「昨夜屋敷にて聞き取った通りです」
先にバイエンス男爵に伝えていたと。内容はほぼ真実に等しいな。
「リオンよ、シンクライトの魔素飛剣は2回、バストイア保安部隊の到着前に限るのだな」
「はい伯爵。カルカリア騎士団への報告もシンクルニウム合金としています。確認の鑑定も受けませんでした」
「そうか」
やはりそこが気になるか。
「いくつか不明な点がある。まずラシュディ・アベニウスは何故バストイア保安部隊と共にいたのか、コーネイン夫人」
「カルージュへのコーネイン商会出店について確認事項があると後を追って来たのです」
「メースリックの屋敷で話したのではないか」
「伝え漏れがありました」
「本日、我が城で顔を合わせるが」
「対象物件の値付け締め切りが昨日でした」
「随分と忙しないな、現地視察すら省略するのか」
「アベニウス夫妻より詳細な説明を受けたため問題ありません」
「ふむ」
そういうことにするのか。恐らくラシュディたちと口裏も合わせているな。
「次にリオン、そなたはグラスドラゴンに向けて矢を放ったな」
「はい」
「しかし関連スキルは持ち合わせていない、尚且つ相手は特大Aランク、例え高い共鳴を弓に施しても到底通用するとは思えないが」
「……や、矢はAランク素材です」
「それでも弓はシンクルニウムだ。む、もしやあの場でシンクライトに変えたか?」
「いえ、俺の独断でそんなことは出来ません」
「そなたに命の危険がありシンクライトで打開できるなら製造しても構わん」
「そ、そうでしたか」
ほう局面によっては作ってもいいのか。まあ前回あれだけ言ったからな。シンクライト隠蔽に拘るあまり俺が死んだら元も子もない。
「ただ弓をシンクライトに変えたら情報統制が難しいでしょう。飛剣は見えませんが異常な矢の軌道は説明ができません」
「軌道? リオン、標的固定は弓技レベル21以上が必要だ」
「えっ」
「その上で初めて特殊能力の精度補正が働く」
何だ前提条件があったのか。レベル21って冒険者ならCランク、それなりに高いぞ。ミランダは僅かに困惑の表情だ。どうやら知らなかった様子。
「まあ精度補正が使えなくとも基本性能だけでレア度4を凌駕する。何しろ共鳴率30%でイシュタルやミストルティンの100%を超えるのだ。弓技が無かろうが相手がAランクだろうが容易く射抜く」
イシュタルとミストルティンはレア度4の鉱物だ。カスペルによると存在が伝説級らしいが伯爵は能力を把握しているのか。
「話を戻すが、シンクルニウムでは通じないと知りながら矢を放った理由は何だ」
「……少しでも注意を惹ければと」
「それならフリッツでもよかろう。リオンは飛剣の3発目を準備するべきだった、生き残ることが最優先とワシに説いたではないか」
「……ええと」
ぐぬぬ、伯爵の言う通りだ。
「やはり弓使用は整合性に欠ける。目的があるのなら正直に申せ」
「伯爵」
「コーネイン夫人、発言を許可する」
「リオンは常識を覆す成長過程を辿っているため、訓練環境においても特殊性が求められると判断しました。グラスドラゴンへの対応もその一環です」
「具体的に説明しろ」
「高ランクと対峙した時のみ、引き出せる力があるのではと」
「力? それはスキルか」
「はい」
「では射撃関連スキルの習得を狙ったと」
「その通りです」
まあなんとか誤魔化せたか。神の魔物襲来時が封印解放のチャンスだなんて言えないからね。
「なるほど鑑定を申し出た理由が分かった。手応えを感じたのだな」
「はい」
「しかしその様な訓練は聞いたことが無い。これは他のスキルにおいても同様か。前回鑑定時に習得していた剣技や治癒はどうなのだ」
「その問いは鑑定結果に関与しない誓約に抵触します」
「むっ……分かった答えなくていい」
おお、そこにも効力があるのか。
「さてコーネイン夫人に確認がある。ビクトル・ノードクイストを探っている様だが目的は魔導具か」
「はい」
「旅では進展があったか」
「いいえ」
「魔導具商会を立ち上げるならそれが主力商品か」
「どうでしょう」
「……まあいい。ただカルカリアで動くならオレフェス子爵家に注意しろ。あれはレンスタールの犬だ、汚れ仕事でも何でもする。ブラガス子爵家とも通じており悪い噂ばかり聞く。油断すればエネル川に沈められるぞ」
「肝に命じます」
うわっ怖い。魔導具の調査対象だけど心配ないのか。そう言えばラシュディもオレフェス子爵家とは揉めたくないと。ひょっとしてカルカリアの貴族間では常識なのか。
「経由した貴族家で気づいたことを申せ」
「アレリード子爵は北西部部隊のトランサイト配分に大きな不満を抱いていました」
「言わせておけ。しばらくはカルカリア騎士団へ販売はしない。理由は分かるな」
「はい」
「子爵家の経営するラウリーン商会はワシの裁量で莫大な利益を得た。騎士団配備を待たずとも欲しければ自分で買えばいい。そのうち配下のエスレプ男爵から圧力もあるだろう、はっはっは」
いやらしいなぁ。カルカリア伯爵も本音はそっちか。
「他には?」
「メースリック子爵は夏を越せないほど衰弱しています」
「やはりか。丁度この後ラシュディと面会する、先の話でもしよう。アンドレアスもしっかり聞いておけ」
「はい父上」
エナンデル子爵もラシュディも40代後半だ。年の近い次期当主として今から交流を深めるのか。しかしカルカリア北東部の領主とゼイルディク伯爵家の繋がりは何だろう。
むっもしや。将来カルカリア騎士団買収が成功すれば次の標的はロムステル騎士団だ。現状の様に境界付近を先行して開拓するならメースリックがシンクライト配備の候補となる。それを見越して今から関係を深めるのでは。
「他には?」
「ヘニングス男爵が鍬2本の追加を希望しています、買取り単価は2億5000万で口頭確認しました」
「農具の試験運用ならその辺りか。いいだろう作ってやれ。他には?」
「ありません」
そう言えば伯爵確認が必要だったね。
「ではリオンの人物鑑定に移ろう」
おーいよいよだ。
俺は円卓から離れて鑑定士の待つ机に移動。向かいに座ったロスナンテは開始の合図を告げると俺の目をじっと見つめる。来た、このぞわぞわと嫌な感じ。うひー。
「あっ目は閉じないでください」
「えっ、はい」
「見られていると抵抗がありますよね。最初だけ視線を合わせれば下を向いても構いませんよ。ただ目は開けたままでお願いします」
「分かりました」
再び彼は鑑定を行使した。俺は視線を落とし自分の脚を見る。へぇ目を閉じると鑑定が中断されるのか。なるほど寝ている間に勝手に鑑定できないのね。
「終わりました。確認のため別の者が鑑定します」
そう告げて30代女性と入れ替わる。彼女は鑑定しながらロスナンテが書き記した結果と照らし合わせていた。
「この内容で間違いありません。お疲れ様でした」
鑑定記録が伯爵とクラウスに渡される。
魔力量141
最大魔力量22
火属性01
水属性01
風属性01
土属性01
斬撃13:剣技13
衝撃01
打撃01
射撃18:弓技18、魔法射撃9
操具09:剣術7、弓術9
測算05:距離5、速度3、時間3
治癒11:自己6、治療11
鑑定13:魔物素材13、魔物装備6、魔石6、定着品11、製品13
錬成03:定着3
探知06:地形6
感知14:鑑定6、魔物14、結界11
隠密13:足音消去6、気配消去13
やはり射撃が上がって弓技を覚えているが魔法射撃だと!?
「父様! 魔法射撃があります、俺は魔法を使えるの?」
「いや無理だ、属性レベルが全部1だろ」
「あーそうか」
「リオン様、魔法使用には4属性と4撃性からそれぞれ1つ以上の高いレベル、そして属性の派生スキルに撃性具現が必要です」
「思い出した、フリッツが教えてくれたね」
魔法の仕組みは結構複雑だった。
「でも魔法が使えないのに何で魔法射撃を覚えているの?」
「射撃が高ければ単独での習得も稀にあります」
「ふーん」
「いや既に魔法を使っているぞ」
「えっ? 商会長どういうことですか」
「魔素飛剣だ、あれの性質は風魔法の斬撃波に近い」
あー飛剣か! そうか飛剣は魔法だったのか。やはりシンクライト使いは魔法剣士だ。
「弓技レベルが18と剣技を覚えた時より高いのは何故ですか?」
「……分からん」
まあ高いに越したことは無い。シンクルニウムの弓がグラスドラゴンに通じたのも弓技レベルのお陰だろう。
「さて今回も驚く結果だな、ワシは頭が痛いぞ」
「どの辺りですか伯爵」
「とぼけるな! この非常識が!」
「うひっ」
「弓技18だと!? そんなレベル、才能があっても到達するのは16歳だ! お前の年齢は?」
「8歳です」
「ウ・ソ・を・つ・け」
またこの展開か。
「いいかリオンよ、15歳までの士官学校生、そして養成所の訓練生たちは各々の力量に合わせて日々精進している。推奨レベルの武器に持ち替え、対峙する魔物ランクにも気を使い、少しずつ成長するものだ」
「はい」
「スキルレベルが1つ上がれば家族で祝いの席を設けるほど。そんな者たちの想いをお前は嘲笑うのか」
「決してそんな」
「ならばこのレベルは何だ!」
「ひあっ」
何で怒られるんだよー。
「前回鑑定時には射撃レベル1だ。それをたった10日で18まで引き上げるなぞ……アンドレアス、こやつは何者だ」
「コ、コーネイン商会の職人です」
「職人? ああそうだな、思い出したように錬成を覚えておるわ! 一体何だというのだ、皆が苦労するスキルをいともあっさりと……ワシは少し休む。原因はこの非常識な8歳だ」
「えっ」
うーむ、解せん。
「そう萎縮するなリオン殿、そなたは何も悪くはない」
「はい子爵」
「実を言うと父上は祝福までかなりの鍛錬を積まれてな、それを思い返せば納得がいかないのだろう」
ああ頑張ったのね。将来の伯爵としてプレッシャーもあったか。
「言うなアンドレアス、ワシが才能に恵まれなかっただけ。リオンよ、声を荒げてすまなかった」
「びっくりしました」
「先も申したが本来は祝うべき著しい成長だ。それを熱くなり暴言を吐くなぞ大変失礼した。この詫びとして盛大な祝宴を我が城で催したい」
「いえ、お気持ちだけ受け取ります」
「……そうか」
家族で祝うと言ったじゃないか。俺は伯爵家じゃない。
「さてあまり長くなれば午後の予定に支障をきたす、皆からワシに問うことはあるか」
「伯爵」
「うむ、コーネイン夫人」
「王都工房のトランサイト依頼分における我が商会への報酬ですが」
「もう少し待ってくれ」
「具体的には?」
「本日分の後は50本ほどと聞いている、そこで一区切りだ」
「承知しました。ただ昼前も前倒しで30本を生産しています。職人の作業効率向上には商会も尽力しており、その恩恵を優先して供与しておりますので」
「えーい、分かった! 1%は約束しよう」
「ありがとうございます」
はは、まあ弓技が作用して早かったのは間違いないからね。それで商会報酬は1%か、100億なら1億だ、十分ではある。でもミランダは2%を目指していたな。
「他にないか」
うーん……あっ王都依頼分と言えば。
「伯爵、カイゼル武器工房はかなりの大口ですが、それだけトランサイトを必要とする理由は何でしょう。また初回生産分がマルカリュード騎士団へ偏っており大変不思議に感じました」
「ふむ」
どうだろう、言えないかな。ちょっと主張してみるか。
「俺は武器商会の職人です。与えられた仕事は誠心誠意取り組みますが、現場で何に使われているのか知る権利もあるのでは」
「用途によっては生産を拒むのか」
「いえ、仕事はします」
「では興味本位か」
「はい、単純に知りたいだけです」
伯爵は少し考える。
「分かった、教えてやろう……実はマルカリュードから南東方面、山脈を越えた先に海がある」
ほう海か。
「先日ウィルム侯爵との面会でも話題に出たな。内陸に位置する我がカイゼル王国において海産物の重要度は高い。特に海塩だ。その流通を握っているクレスリンがいつの時代も立場が強く、国王の悩みの種でもある」
やっぱり交易路が1個所って色々と問題だなぁ。
「その海がマルカリュード城壁から約200kmの位置に存在する」
「かなり近いですね」
「地形を無視した直線距離だ。到達するにはマルカリュード侯爵領内から流れ出る河川を伝う。全航路は300km以内に収まるだろう」
ミランダは渓谷があると言っていた。そこを流れる川か。
「他方クレスリンは城壁から海岸まで約500kmだ。加えて道中の国々は情勢が不安定であり、しばしば交易路が遮断される」
「伯爵、その紛争もクレスリンの関与が疑われています」
「いかにもコーネイン夫人。王都への不満を海産物の値上げで返していると。そもそも紛争自体が起きていない話もある」
うわー、その辺がやりたい放題ってことか。
「ただマルカリュード側の海へ行くにも道中の沿岸は森が広がっているはず。船なら陸地の魔物を無視できますが、空や水中から狙われやすいのでは」
「確かに厳しい船路となる。そこでトランサイトが必要なのだ」
「なるほど」
水中の魔物なら伸剣より伸槍が活躍しそう。
「加えて河口付近には高ランクの魔物が数多く存在する。拠点を設けてもその維持が極めて困難なのだ。送り込んだ騎士たちも何度と全滅している」
「ひええ」
「それでも歴代国王は諦めることなく多くの資金と人材をつぎ込んでいる。恐らく数百年越しの開拓事業だ」
執念を感じるね。
「そんなに長い期間取り組んでいるのに情報が出回っていないのは何故ですか」
「クレスリンの妨害工作を懸念しているのだ。もし知られればまず舟船関連が標的にされるだろう」
「うわ、河運を潰されたら何も出来ない。でもそんな露骨な嫌がらせなんて防げそうに思えます。なにしろ国王が先導する事業ですよ、しっかり警備もするでしょう」
「それを突破するのがクレスリンだ。権益のためなら手段を選ばない。クレスリン公爵の息のかかった貴族など国中にいくらでもいるぞ」
反国王派を使うのか。
「故にこの情報は極秘だ、よいな」
「はい」
ミランダたちも声に出して返事をした。
「教えていただきありがとうございます。俺の仕事が開拓の最前線で必要とされているとよく分かりました。50本もトランサイトがあれば河口付近の拠点維持も叶うでしょう」
「もちろんだ。恐らく数年以内に王国城壁で囲まれた居住区が完成し、港などの施設も充実する。さすれば多くの舟船商会が参入し河運は大いに賑わうだろう。そこまで至ればクレスリンも手出しが難しくなる」
ある程度の基盤が整うまで秘密裏に進めるのね。
「無論、河川沿いの森も同時に切り開く。表向きは他の王国城壁周辺と変わらない開拓事業としているからな」
「陸もですか、ではより多くトランサイトが必要ですね」
「直近では100本近くがマルカリュード騎士団へ配備される」
となると最後の50本もマルカリュードへ行くのか。合わせて1兆ディルだぞ。国王の並々ならぬ意気込みが伝わって来るな。
「さて話はここまでだ。この後もワシとの面会を待つ者たちが多く控えておる」
「トランサイトの騎士団配備や武器商会絡みですか」
「そんなところだ。では明日の授与式でまた会おう」
俺たちは円卓の間を出る。
中々に興味深い話が聞けた。なるほど海ね。しかし魔物が襲って来る川を300kmも進むなんて。それに耐えうる造船技術も培われてきたのか。
あれ? 城の正面とは方向が違う気がする。別に馬車乗り場があるのかな。
「商会長、どこに行くのですか」
「搬入口だ」
ああそうか、帰りは工房馬車だったね。
しばらく歩くと荷台型馬車が並ぶ空間へ出た。その隅の方にキッケルト建設商会の馬車が見える。あれが工房馬車だ。俺たちが乗り込む側面扉付近は衝立で見えない工夫が成されている。
「いいぞ出せ」
ミランダが前方の覗き窓から御者に告げ馬車は動き出した。
「では生産に取り掛かります、武器を並べてください」
クラウス、フリッツ、ミランダは手分けして箱から武器を取り出し机に並べる。まずは剣と弓を一気に終わらせた。
「かなりの情報が聞けたな」
「それは海のことですか、商会長」
「うむ。河口付近の街が大きくなれば外洋進出も視野に入る。造船含めて多くの産業が活気づくだろう。未開の地ではカカオやコーヒーが育つやもしれんぞ」
地球では緯度25度までがコーヒーベルト、緯度20度までがカカオベルトと呼ばれる栽培に適した地域だった。そんな亜熱帯が近くにあるのかな。まあ海を南下すればいずれ辿り着くけど。
ただ内陸の河川と海洋では大きく環境が異なる。海には魚類の魔物もいるらしいからキャラック船やガレオン船みたいな大型の頑丈な帆船が必要だろう。
むっ帆船? そう言えばカルニン村からの帰路にサンテ川で見掛けたフローテン子爵家の遊覧船には帆が無かった。オールも見えなかったから、やはりスクリュープロペラを回して推進力を得ているはず。となると動力は何だろう。
「商会長、船を動かす仕組みは何ですか」
「水の精霊石だ」
「え?」
「船には必ず水流士が搭乗し、主に後方で推進力を生み出している」
なんとウォータージェットか。
「そういやクノックの同級生に水流士を目指しているヤツがいたな。水属性は高レベルでも量や温度の調節が苦手だったから」
「大雑把な人でも出力さえあればいいからね」
「それでも低速航行や方向転換時には繊細な水量調節が必要だ。接岸専門の水流士がいると聞くぞ」
ふーん、役割分担があると。
「あっそうか、浄水士みたいに何時間も水を維持する必要が無いから出来る人は多そう」
「出した水が直ぐに消えても支障は無いからな。ただ船関連に就ける水流士は少なく、ほとんどは洗濯仕事だ」
「洗濯! じゃあ村の施設にも水流士がいるの?」
「もちろんだ。西区では専任を1人設けている」
洗濯機の動力を不思議に思っていたがそう言うことか。
「ところでミランダ、ゼイルディク西の山脈の向こうには他国があると聞くが、そこは海に面しているのか」
「知らん。クラウスはマルカリュードが羨ましいのか」
「そりゃ海には興味がある。もしコルホルが他国と通じれば海産物が多く入って来るんじゃないか」
「……北西部討伐部隊の最前線でも見える景色は高い山脈であり、その連なりは遥か先まで続いている。あれを越えての開拓はかなり難しいぞ」
「そうか残念」
トンネルという手段もあるが山岳を通すなら大掛かりだ。工法は色々と思い付くがこの世界でどれほど実現できるか。やはり多少遠回りでも地上ルートが現実的だろう。山脈だってどこかで途切れているはず。
次回ザラームに宇宙へ連れて行かれたら周辺地形を確認するか。西の他国が海に面しているか含めてね。いや待てよ、雲で見えない可能性がある。晴れていても広範囲を1回見ただけで正確に覚えられるか。
うーむ、飛行機が欲しい。安定した推力さえ確保すれば機体は何とか作れるはず。ただ飛行中の魔物対応が心配だ。そもそも空を飛ぶ乗り物なんて大騒ぎになるぞ。流石にどんな影響を及ぼすかちょっと怖いな。別の方法を考えるか。




