第210話 錬成スキル
バストイア男爵屋敷より北へ7kmほどの地点。広大な牧草地帯で神の魔物との戦闘が繰り広げられた。特大Aランクのグラスドラゴン、そしてAランク中位のリンドブルム。騎士団部隊を以てしても大苦戦を強いられるその脅威を1人の犠牲者も出さず打ち倒した。
討伐からほどなくカルカリア騎士団長率いる城常駐の防衛部隊が到着する。彼らは骨になった魔物や負傷者の確認を終えると俺たちに移動を促した。最終的な治療と詳しい戦闘報告が目的とのこと。
「商会長、俺たちは何処へ向かっているのですか」
「カルカリア騎士団ブローム支部だ。位置的にはハルデン男爵領の南西端か、トゥルネー団長曰く30分の距離、まあ15kmほどだろう」
「えっ結構遠いですね、そこからバストイアに戻ると昼食時を大幅に過ぎますよ」
「いやもうバストイアには戻らん、ブローム支部で治療と報告を終えたら近隣で食事をすまし直接ヘニングスへ向かう」
あらら随分と予定が変わったのね。
「戦いに参加したバストイアの保安部隊、そしてラシュディ殿も共に向かっている。頃合いを見て魔導具に関する情報を聞き出すからな」
「それは楽しみです。ただバストイアに戻らないなら街並みから記憶を呼び覚ます試みが出来ませんね」
「それは次回の訪問時だ。リオンもバストイア勲章の対象者として近く招待される」
「やっぱりそうなるのですね」
戦場に武器を持ち立っていれば参戦とみなされるか。
「ところで魔物素材の所有権はバストイア男爵ですか」
「ゼイルディクでは討伐地点の領主だがカルカリアも同じ規則とは限らん。現に素材はブローム支部へ運ぶらしい」
「えっ現地の保安部隊も一緒に戦ったのに素材だけ持って行かれるなんて」
「恐らくバストイアでは適切な施設や人材を用意できないのだ。その上、Aランク素材ともなれば多くの買い付け客が訪れる。手慣れた環境が望ましいだろう」
確かに普段から魔物対応が無い地域では取り扱いに困るかも。
「所有権がバストイア男爵なら大きな利益となりますね」
「新種のAランクともなれば高値が付く。魔物装備も間違いなく高性能だ」
そうか魔物装備、神の魔物は複数残すから期待できるね。
「共鳴率加算の品物はあるでしょうか」
「もしあった場合、ゼイルディク伯爵ならその重要性を良く理解しているが、カルカリアでは同様に扱われないだろう。値付け主によっては不自然なほど高騰する」
「うわっ」
ウィルム侯爵やプルメルエント公爵の耳に入ったら間違いなく札束の殴り合いだ。
「午後には魔物装備含めた一覧が発表される。それを見て我々の介入を検討しよう。グラスドラゴンの素材も武器商会としては興味がある」
「強そうですね」
「間違いなく水属性最高峰だ、恐らく魔導士需要が高い。それにしてもガルグイユやジルニトラの素材が多く手に入った矢先にそれを超えてくるとは」
せっかく作った武器も最強を目指すならまた更新になっちゃう。
「ただ他の属性においても近々上回るだろう」
「では今後も続くと」
「新種Aランクを軸に編成すると見て間違いない。と言うのもグラスドラゴンがかなりの強敵だったからだ。リオンの飛剣が深い傷を負わせたため何とか戦えたが、もし特A級が複数同時なら一気に壊滅の恐れもある」
「いつも強気な商会長が珍しく慎重ですね」
「お前たちはリンドブルムとの対峙で見ていないだろうが、ヤツが着地直後は恐ろしい数の魔法を断続的に放ち、我々は回避行動で手一杯だった。それを四方八方から受ければ避ける隙間すらない」
「ひえー」
確かにリンドブルムでさえ多くの石槍を放っていた。あの巨体が有する魔力をもってすれば更なる弾幕も想像に容易い。
「久々に恐怖心を覚えたぞ。今だから言えるがよく生き残ったものだ」
「じゃあよくアヴァンは片脚を切断しましたね」
「スキを見て切り込めと指示はしたが本当によくやった。その後、凍傷で戦闘不能となったがレナーテが命懸けで救出し大事に至らなかった」
「商会の護衛ですよね、頼りになります」
そう言えば訓練討伐に向かう道中で魔物襲撃を受けた際にもいい動きだった。きっとあの2人は商会が抱える護衛の中でも精鋭なのだろう。
「でも護衛が負傷したなら帰路の警備はどうしましょう。商会長含めて治療後は身体強化ができませんよね」
「カルカリア騎士団から数名が付く。何しろAランク討伐の英雄だからな」
「じゃあ心配ないですね」
それくらい対応して当然か。
「ところで商会長、ブローム支部に一般の魔物素材はありますか? 加工前の素の状態です」
「恐らくあるとは思うが。何だ鑑定訓練か」
「いえ錬成解放です」
「ほう錬成」
「実はグラスドラゴン討伐後に試みたのですが、どうやらランクが高過ぎるため定着延長できませんでした。それでも良い感触を掴んだので忘れないうちに低ランクで試したいのです」
「そういうことか。よし分かった、ブローム支部に無かったとしても直ぐ工面してやろう」
「お願いします」
多分いける。まあ錬成が今すぐ必要では無いけれど解放のチャンスはモノにしたい。
「……今後の戦闘能力向上を考えれば錬成は欲しかったところだ」
「えっそうなんですか」
錬成を覚えたら強くなる? 何故だろう。
「土属性も必須となるため段階はあるが実現すれば大きな力となる。今回のAランク新種、そして将来対峙の恐れがあるSランク、取り分け巨大な魔物を想定すれば間違いなく切り札だ」
「それほどですか、具体的に何でしょう」
「土属性の精霊石を使った一時的な武器強化だ」
ほほう武器強化か。クラウスもそんなこと言ってたな。確か剣身を鉱物で包み込んで切断と斬撃を増すだとか。ただ難易度が高いから使える人は限られるとも。
「まずシンクライト合金の剣にトランサス含有の土属性精霊石を取り付ける。そしてトランサスを抽出し剣身を覆うのだ。そのトランサスをトランサイトに変えて飛剣を放てばどうなると思う?」
えーっと……ん?
「うまく伸剣が発動すれば伸びた剣身を元に飛剣が生成される。つまり100%なら5m50cmの伸剣となり、そこへ5m加算された飛剣が放たれるはず」
「10m50cmですか、じゃあ200%なら20m50cm! おお、今より2倍の長さだ!」
「あくまで理論上だが試す価値はある」
今回飛剣はグラスドラゴンの翼付け根に深く入ったが、あと10m長ければ上下に切り離していたかも。相手が単純に巨大化するなら相応の攻撃手段も必要と言うことか。
「これは習得しておきたい戦法です」
「従って錬成を解放した後は土属性レベルアップに取り組んでもいい。その辺りはフローラも指導に前向きだったぞ」
「ああ言ってましたね。ただフローラ主査は俺を武器職人にするつもりですよ」
「将来的にはそれも選択肢だ。高レベルの錬成なら誰も知らない製法を編み出すかもしれん。元よりお前は職人だろ」
「はいそうでした」
最終工程だけどね。
「ところでトランサイト合金をシンクルニウムで覆ってシンクライトに変えた場合はどうなるのでしょう」
「……恐らく同じ結果だ。ただ変化共鳴を施すならシンクライトよりトランサイトが負担は少なく済むだろう」
「それはありますね。トランサイトを作るくらい全然平気ですから」
幻の鉱物に対してこの言い様である。しかし一時的な武器強化のためって、言わば使い捨てのトランサイトか。間違いなく俺しかできない贅沢な戦法だ。
おや馬車が停まったぞ、到着したらしい。
「私は治療へ向かう、お前たちは事務所で待っていろ。素材の件も聞いておく」
「お願いします」
騎士に案内されフリッツと共に建物の一室へ入る。家具の質感から応接室だろう。
紅茶が出されてひと息つくと騎士が何人か入室してきた。うち1人はアルバ・トゥルネーだったか、カルカリア騎士団長でありトルナーダ子爵の長男だ。
「構わん座っていろ、おい結界だ」
「はっ」
アルバは俺たちが立ち上がる仕草を見て制止する。そして連れの騎士へ音漏れ防止結界を指示しながら対面に腰を下ろした。
「まず確認だが2人とも本当に怪我は無いか」
「はい」
「では聞き取りを行う。覚えている限り正直に答えろ」
「……はい」
むむ、これはちょっと言葉を選ぶぞ。
「牧場での待機を無視して戦場へ向かったそうだが、その時間は?」
「覚えていません」
「ではフリッツ」
「牧場を出たのは11時頃です」
「……分かった」
アルバが目線を横に向けると騎士が書き残している。何だか取り調べを受けている様だ。
「戦場到着時の状況は? 取った行動と共に申せ」
「遠くに白い鱗のドラゴンが見えました。しばらく眺めていましたが魔物が倒れて動かなくなり、終わったと思って近づきました。そしたら骨になっていました」
「リオンは弓を握っていたが矢は放ったか」
「……ええと」
「正直に申せ、怒ったりはしない」
うーむ、見物にしては不自然だよな。他の騎士と証言が食い違っても困るし、ある程度は合わせておくか。
「……3本くらい放ちました」
「その行方は?」
「……1本は届いたかもしれません」
「何故そう言える?」
「……えっと」
これじゃ射程内に近づいたと言っている様なものだ。
「ワシの制止を振り切り魔物に接近し矢を放ちました。地上距離50mほどです」
「なんと! それは参戦に等しいぞ、ヤツの魔法射程内ではないか、向こう見ずにもほどがある」
「……ごめんなさい」
「ならば魔法も飛んできたはず、回避したのか」
「はい」
「回数は?」
「1回です」
「ふむ」
「その後に地面が広範囲に凍結しましたがワシとリオン様は運よく範囲外でした」
「その事象について詳しく申せ」
「範囲は魔物の中心から半径50mほど、効果時間は数分です」
「突然放ったか?」
「予備動作はありませんでした」
「そうか」
本当は半径70mくらい凍ったけど感知で回避したなんて言えないからそれでいいか。
「近くに他者はいたか」
「ゼイルディク防衛部隊ガストンが数メートル付近で戦っていました、他は分かりません」
「確かフリッツは剣を携行していたが魔物に切りつけたか」
「いいえ。あれはリオン様の武器です。そのリオン様は弓矢しか使っていません」
「武器の素材を聞こう」
「剣、弓ともにシンクルニウム合金、矢はAランク素材です」
「そうか分かった。ひとまず以上だ、協力感謝する。コーネイン副部隊長の治療と聞き取りが終えればこちらへ案内する、それまで待機していろ。何かあれば部屋の前の騎士に伝えればいい」
そう告げてアルバは立ち上がり騎士たちと退室した。
「ふー、妙に緊張した。受け答えはあれでよかったのかな」
「戦闘時の記憶なぞ曖昧ですから」
「そっか必死だもんね」
「ガストンの証言と食い違っても気にすることはありません。あくまでカルカリア騎士団が知りたいのは魔物の特徴と討伐に至った大体の流れです」
「じゃあ最初の飛剣はどう説明するの」
「原因不明の落下です」
「またそんな都合のいい魔物側の体調不良かよ」
ベルソワ防衛戦のリンドブルムも火球生成に失敗して勝手に落ちただもんね。
「ミランダ様に任せておけば問題ありません」
「そうだね、俺たちは今伝えたことが全てだ」
ガチャ
「待たせたな」
おっミランダだ。
「ひとまずヘルラビットの爪を1本商会で買い付けた。他に必要なら直ぐ調達する」
そう言いながら彼女は素材をテーブルに置く。
『ヘルラビットの爪
定着:27日14時間
成分:F02 L02 R01
G02 A01 W01
H07 D05 М06』
「ありがとうございます、多分これ1本で事足ります」
素材を見つめる。
俺はヘルラビット、どこまでも追い続け長い角で串刺しにする。それでも生きながらえるなら噛みついて止めを刺す。おや、また標的が見つかった。後ろ脚で強く地面を蹴れば一気に間合いを詰める。その驚きの表情を鋭い爪で引っ掻くぞ!
シャー!
「ハァハァ……手応えはあったけど」
どうか。
『ヘルラビットの爪
定着:5カ月27日14時間
成分:F02 L02 R01
G02 A01 W01
H07 D05 М06』
「うおおおっ! やったあっ!」
「解放したのか」
「はい成功です、定着が5カ月延長しました」
「見事だ!」
「おめでとうございます、リオン様」
これも商会の工房で訓練を続けた成果だ。フローラに礼を言わないと。
「いやはや専門スキルを無しから覚えるとは本当に大したものだ。錬成は先に伝えた武器強化にも関係するが、魔導具や武器製作そして建設事業など多岐に渡って必要とされる。派生スキルにおいては全スキルの中で最も多いと聞くぞ」
「へー」
「土属性を伸ばせばその可能性は格段に広がる。使役も解放すればゴーレム生成と操作も可能だ」
「おおっ!」
「ともあれ、例の魔導具に関しても錬成絡みの結びつきを期待できるぞ。まだ記憶が甦っていない他の開発者も掘り起こすきっかけとなるやもしれん」
「確かにそうですね」
いいね錬成は、一気にできることが広がりそう。やっぱりモノづくりで成果を挙げてこそ大きな達成感に繋がる。
「ところでFランク素材の定着延長って錬成レベルどのくらいでしょう」
「……分からん」
「ワシも知りません」
「あらら」
「明日、エーデルブルク城で人物鑑定を受けるといい。弓技含めて確認できる」
「そっか!」
伯爵は全面的に協力してくれるもんね。
「さてラシュディ殿が聞き取りを終えたらここへ来る」
「おお、いよいよ情報ですか」
「とは言え具体的な内容は聞いていない、過度な期待は禁物だ」
「まあそうですね」
それでも前へ進めるならありがたい。
「今回の魔物素材及び魔物装備の所有権だが、全てバストイア男爵で確認が取れた」
「やっぱり討伐地点の領主ですか」
「うむ。それで魔物装備の中に共鳴率追加の腕輪が1つあったぞ、何と34%加算だ」
「34%!」
「前回のジルニトラは15%と13%で合わせて28%、今回は1つで超えるのだ、85%を実現した私が装備すれば119%まで到達する」
うへー、凄いのが出たな。
「合金でも成分割合によっては生産可能だ、もちろん変化共鳴の習得前提ではある」
「装備は片腕に1つずつですよね」
「その通り、数%なぞ探せば直ぐ見つかる」
「これは大変なことになりそう」
「発表は偽りなく行われるのですか」
「隠すどころか大々的に周知するそうだ。もちろんウィルム侯爵やプルメルエント公爵の耳にも届く。どれほどの値がつくか見物だな」
上位貴族が本気で来るぞ。
「バストイア男爵は思いもよらない臨時収入ですね」
「間違いなく1000億は超える」
「ひゃー」
「バストイア勲章授与式における我々への待遇が楽しみだな」
「情報提供も惜しみなく協力してくれますね!」
「領地の隅々まで徹底的に調べ尽くすだろう」
いやーこれはありがたい。
「ただあまりに高額の値付け合戦は不自然に思われるのでは」
「上位貴族の拘りなぞ理解できる者は限られている。新種のAランクという希少性、加えて記録にも残っていない飛び抜けた高性能品だ、獲得に熱くなる貴族がいても不思議ではない」
「言われてみればその通りです」
コンコン
「来たか」
ミランダが扉を開くと見知った顔が。ラシュディだ。続けて施設の職員が入り紅茶を出して退室する。ラシュディは満足気な表情でソファに腰を下ろした。
「ラシュディ様、お怪我は大事ありませんか」
「はっはっはフリッツ殿、あの程度の凍傷、少し痒いくらいだ。そなたらも無事で何よりだぞ」
彼も地表凍結に巻き込まれたか。
「さて、改めて礼を申すコーネイン商会長、いやゼイルディク騎士団、北西部防衛副部隊長、そなたの計らいで私は偉大なる功績を手にした」
「ラシュディ殿のお力があってこそです。止めの太刀筋は本当に見事でした」
「トランサイト自体は北東部配備前に幾らか試していたからな。それがまさかあの様な場で役立つとは思わなかった」
北東部はメースリック子爵家の配下だからね。その装備品が幻の鉱物ともなれば絶対に触っている。尚且つ今やアベニウス商会の取扱品だ。
ラシュディは40代後半に見えるがそこは流石の騎士家系か、年齢による衰えもなんのその、きっちり役目を果たしたね。ミランダもそれを見越してトランサイトを預けたはず。
「極偉勲章を授かるアルベルト殿を父上に一目会わせてくれと、そんな願いを告げた翌日に自らあの様な戦果を上げるとは。それも誰も知らないAランクだぞ、あれほどの巨体はどの記録にも見当たらない」
ラシュディは淡々と続けると急に涙ぐむ。
「私はアベニウス家に……父上と母上に……これ以上ない栄誉を報告できる。本当にありがとう、心から感謝する。フリッツ殿とリオン殿もよくこの旅を思い立ってくれた。そなたらが来なければコーネイン副部隊長たち精鋭もあの場にはいない。その様な偶然が折り重なりカルカリアは救われたのだ」
うう、俺が引き寄せたなんて言えない。
「この英雄たちの活躍にはカルカリア伯爵から盛大な式典と相応の褒賞がもたらされるが、我がメースリック子爵家としても大いに祝いたい。是非とも近く屋敷へ来てくれ」
「はい喜んで」
「元よりレーンデルス家は揃ってお伺いします」
「ノルデン家も必ず」
「うむ、心待ちにしよう。さあそれはさて置き、そもそも私がバストイアまで赴いた理由だ。父上より預かったこの情報がそなたらの欲するものであることを願おう」
おお、いよいよだ。
「まずそなたらはオレフェス子爵家をご存知か」
「はい存じています。カルカリア最南端を領地とし東側はロムステル伯爵領、南側はウィルム侯爵領内のトレド伯爵領とバルバストロ伯爵領、その3つと川を挟んで接しています。また東からはエネル川、西からはドニア川が合流する地点でもあります」
「その通りだフリッツ殿、そなたは地理にも明るいな」
「恐れ入ります」
確かに3つの伯爵領に接している。うちバルバストロ伯爵領の北端がワケありのブラガス子爵領だろ、川を挟んでいるとは言え考えることが多くて大変そう。
「あそこはカルカリアの中で最も早く開拓が入った地域だ、最初の騎士団拠点も子爵領内に今でも残っている。言わばカルカリアの礎であり、カルカリアの歴史はオレフェス無しでは始まらなかった」
そんな特別な地域だったの。
「その領主ともなれば誇り高い貴族だ。故にあらゆる方面に影響力を及ぼし、良くも悪くも存在感が大きい。それは歴代のカルカリア伯爵家に対しても同じ、時には全力で支え、また支えられた」
むむ、いわゆるズブズブの関係か。
「ここからが父上より聞いた話だ。約100年前、オレフェス子爵家に高い錬成スキルを有した女性がいた。名をユーノ・ガンヘル。彼女は魔導具開発をカルカリアにおける新たな産業と提唱しテルナトスに専門学校を建てた。それが現在のスコーネ錬成学校である」
ほほうオレフェス子爵の家系が設立者なのか。
そしてユーノ・ガンヘル。ユーノ……この名前を俺は知っている。何だ……憧れ、尊い、褒められたい。ふーむ、どうやらビクトルは特別な感情を抱いていたらしい。
「その錬成学校は大きな期待を背負っていたが、長きに渡り目ぼしい成果を出せなかった。加えて研究に多くの高級素材を費やすため、その存在意義に疑問の声が上がり始める。それでも伯爵家が必要性を誇示し続けた」
そう簡単に魔導具なんて開発できないよね。
「そんな中、北東部討伐部隊へ極秘の魔導具試験運用が開始される。それは多くの魔物素材を片手で運べるほど小さくする画期的な性能だった」
ここで出てくるか。
「しかし試作品は耐久力が低く、たった3度の使用でバラバラとなった。以降、何度も試作品が送り込まれたが本格的な運用に耐えうる強度は実現されなかった」
あらら。
「開発者はユーノ・ガンヘル、文献を元に再現したと言う。ただ一部騎士の間では違った噂が囁かれていた。その魔導具開発は彼女が成し遂げたのではなく、誰かから盗んだ情報が元ではないかと。その名もなき技術者は伯爵の手によって消されたとも」
これは!
「コーネイン副部隊長、そなたより聞いたビクトル・ノードクイストとは正しくその者ではないか」
「極めて高い可能性があります」
「話は以上だ」
「とても貴重な時間でした、ありがとうございます」
興味深い話だった。あの魔導具は未完成だったから世に出なかったのか。
「これらは父上が古い騎士仲間より受け継いだため信頼性においては責任を持てん。また情報自体の取り扱いは好きにして構わんが出所は伏せてくれ。私とて伯爵やオレフェス子爵家と揉めたくない」
「決して情報源は明かしません」
「くれぐれも頼む」
その騎士仲間とやらの間でそれなりに広まっている可能性もあるけどね。案外、多くの貴族が知ってたり。
「いやしかし魔導具自体は過去に存在していたと学んだが、こんな身近で試験運用まで行っていたとは。ときにメルキース男爵家は本気で再現を試みるつもりか」
「はい」
「私で協力できることがあれば何でも申せ。我が家系にはスコーネ錬成学校の卒業生もいる」
「その時はお願いします」
「商品化の暁には販売経路の一端を担ってもよいぞ、ははは」
おや、お金の匂いがする。
「さて昼食は聞いているか」
「支部の食堂を利用しろとトゥルネー団長より伺いました」
「やはりか。これは英雄に対して誠に無礼である、カルカリア騎士団として詫びよう。本来は高級宿の食事でも案内するべきだ」
「お気遣い感謝します、ですがあまりゆっくりもしていられませんので」
「そうだったな。かくいう私も明日に備えて準備がある、これにて失礼するぞ」
「エーデルブルク城でお会いできる時を楽しみにしています」
ラシュディは去った。ああそうか、メースリック子爵夫妻に代わってアルベルトの極偉勲章授与式にラシュディとミディアが参列するのだった。よく考えたらさっきの話もその時で良かったじゃないか。まあいち早くとの気遣いは嬉しいけど。
いやバストイアで伝えてその足でゼイルディクへ向かう流れだったかも。だとしたら妻のミディアは別ルートで行くのかな。まあアベニウス商会長だし道中についでの用事があるかも。
「ミランダ様、今の話で少し不可解な点が」
「何だフリッツ」
「成果を横取りして口封じに抹殺など極めて悪質な行為です。それほどの情報を一介の騎士が知り得ているとは思えないのですが」
確かに全力で隠すよね。伯爵が絡んでいるなら情報統制も厳しいはず。
「……魔導具の試験運用となれば開発者も同伴する、ユーノ含めて複数がな。その中に真実を知り得て快く思っていない者がいれば騎士とのやりとりで故意に漏らした可能性もある」
「なるほど」
「今の話からもオレフェス子爵家には敵が多いと見た。隙あらば陥れようとする勢力が多く存在しても不思議ではない」
おお怖い。
「それで魔導具だが、不完全とは言え試験運用まで至ったなら設計図なり残っているやもしれん。やはりスコーネ錬成学校、そしてオレフェス子爵家周辺を探ってみるか」
「そんなことして大丈夫ですか?」
「何重にも人を介して動く、末端がどうなろうと我々に影響はない」
「はぁ……」
逆に言えば俺たちの周りにも誰かの指示を受けた者が紛れ込んでいるかもしれない。だからって人を疑えばキリが無いけどね。




