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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
208/321

第208話 バストイア

 6月15日、平日3日目だ。フリッツと挨拶を交わし朝の支度を済ます。


 それにしても昨夜の話は興味深かった。フリッツが貴族に対して手厳しい理由も、血筋であれこれ言われた子供の頃が起因しているのだろう。ただ騎士に対しても似たような感情を抱いていたな。亡き両親の後を追い、妹のために自ら騎士精神を磨いたはずなのに不思議ではある。


「ねぇフリッツ、俺の記憶が正しければ騎士や騎士団にあまりいい印象を持ってないよね。確か組織的な活動が窮屈だとか」

「うむ」

「でも自ら指揮官として先頭に立ったならその有用性をよく分かっているはず。きっとアーレンツ子爵が西区の魔物討伐指揮へ抜擢したのも組織的な戦いを住人に根付かせる目的じゃないかな」


 クラウスも戦い方に決まりがあると言っていた。


「確かに騎士団の規律や戦術は魔物討伐において高い効果がある。特に大型や数を相手にすれば顕著だ。ただな……つまらん」

「えっ!?」

「言わば騎士たちは命令に従う駒だ、個性を封じられ何の面白みもない。加えてその環境に慣れれば自ら考え動くことをためらう」


 うーむ、言わんとしていることは分かるが騎士団ってそんなモンだろ。まあ自己判断も出来ないほど命令待ちは困るけど。


「ワシは騎士となり1つ確信を得た、命令されることが心底嫌いだったのだ。その性格をロンベルク部隊長は早々に見抜いており、副部隊長を任せた理由の1つでもある」

「それなら命令する側に回ってみろと」

「しかし制約や責任が増すだけで自由とはほど遠かった」

「あらら」

「結局のところ好き勝手に動いていた冒険者時代の気質を変えられず葛藤に苦しむ場面が多かった。騎士団を否定はしないが性に合わん、それだけだ」


 まあ性格の根本を変えるなんて難しいよね。それでも騎士を続けられたのはララベルが近くにいたからだろう。


「冒険者気質と言えばミランダはどうなの? 加えてあの人は貴族家に入ったからフリッツよりも大変だったはず」

「……8年前か、丁度お前が生まれた頃にエリオット討伐部隊長が防衛部隊長に、セドリック討伐副部隊長が討伐部隊長となる。その空いた討伐副部隊長へミランダが就任した」

「エリオットは討伐部隊だったの」

「うむ、6年は務めたか。それまで正副は主に夫妻や兄弟が就いていたが、エリオットはミランダと入れ替わる形となった。ちなみにその時の防衛副部隊長はトリスタンだ」

「へー」


 トリスタンはアーレンツ子爵の長男、今は保安部隊長だけど昔は村で働いていたのか。


「機会があれば歴代の正副を教えてやろう」

「うん、お願い」

「ミランダは立派に討伐副部隊長を5年間勤め上げた。そしてガウェインとベロニカが討伐部隊正副へ就任しトリスタンに代わって防衛副部隊長となる」

「おー、今の配置か。それにしてもミランダは直ぐ指揮官を任されてよく務まったね。士官学校で突貫教育を受けたのかな」

「彼女は学校へは行かず屋敷へ講師を招いていた。もちろんコーネインの家系にも指揮官経験者は多く教育環境として申し分ない。時間も妊娠期間や産休を含めれば十分確保できた」


 なるほど3人の年子(としご)だから自由に動けない3年間を有効に使ったと。ただ子育ては使用人に任せるとしても本来休息する時間が勉強とは気が休まらなかったね。


「その様に必要な知識を習得したはずの彼女だが、就任当初から村へ訪れてはワシに指導を要求した」

「ほう」


 フリッツが討伐副部隊長だった頃を聞きたかったのか。加えて養成所ではあるが教官の経歴もあるし。


「何を教えていたの?」

「魔物の出現傾向や地形ごとの立ち回り、また指揮官としての心構えや部隊運用などワシの経験を余すところなく伝えた」

「ふーん、でも当時の討伐部隊長がセドリックなら聞くことも出来たはず。何より夫のエリオットも監視所勤めなら村より立ち寄りやすい」

「学び終えたはずなのに聞きまくっていては無能と思われる。エリオットたちに限ってそんなことは無いが、彼女は貴族家に対して身構えていた」

「あらら」


 屋敷での教育で何かあったのか。


「従って元冒険者であるワシに親近感を抱いたのだろう。お陰で貴族社会の愚痴を聞く役目にもなった」

「そうか冒険者から指揮官へと同じ道を辿っているからね。なるほどフリッツがミランダと名前だけで呼んでいた理由もその辺りが影響してか」

「あれも捌け口が必要だった、身分関係なく何でも言える相手がな」

「なんだ俺と一緒か」

「つくづく面倒な役回りだ、少しは年上を敬え」

「うっ、すまない」

「まあ聞いてやるがな」


 フリッツは懐が深いのよね。だから甘えてしまう。


「でもミランダが冒険者気質なら指図されると嫌がるでしょ? 貴族家の指導は我慢したとしてもフリッツの言うことをよく聞いていたね」

「喧嘩ばかりだった、上から目線で口ごたえばかりする。そっちから教えろと言っておきながら全く酷いものだ。それでも実際に任務で役立てば正しかったと気づく。口には出さないがワシを慕っていたな」

「ほんとかな」

「あれは本心を出せば負けと思っている。だが態度で直ぐ分かる」


 思い当たる節はあるね。


「そうか訓練討伐のときにレナン川沿いで見せた連携は師弟関係で培われた賜物だったと」

「師と言うほど大したものではないがミランダの動きはよく知っている。あれは指揮官のクセに1人で突っ込むからな」

「ははは、確かに」

「商会長としても独断で何でも決める。結局は周りが合わせて成り立っているのだ。それでもあのやり方が彼女の力を最大限発揮する」


 うん、相談しないタイプだね。


「確かに旅のついでが如くエスレプやカルージュへ出店する話を進めていた。でもちょっと広げ過ぎの懸念はある、心配ないかな」

「売り上げなぞは期待せず名を広める目的だ。その地域に支店が存在するだけで意味がある」


 最初から宣伝広告費として割り切っているのか。


「それを可能とさせたのはトランサイトの利益があまりに莫大だからだ」

「コーネイン商会ってそんなに売ってたのか。まあ生産時にはよく見掛けたけど」

「これまで160本ほどだ」

「うはっ! じゃあえっと1本100億として商会取り分は30%だから4,800億!」

「最終的な利益から商会税を引かれてもかなり残る。店舗の1つや2つ何のことは無い。むしろ投資に回して課税対象を減らす方が賢い」

「今はお金を使うべきだと」

「同業より先んじて動くなら彼女の性格は適している」


 確かにトランサイトで儲かった他の武器商会もこれを機に勢力拡大を考える。少しでも入り込む余地を見つけたら突き進んで正解か。


「そろそろ朝食の時間だ、会場へ向かおう」


 客室を出る。


 しかしフリッツとミランダの関係は面白かった。元冒険者で同じBランクなら共通の話題も多かっただろう。


「あっフリッツ、冒険者気質はいいけど家令ならちゃんと言うことを聞かないと困るよ」

「ご心配には及びません。ワシは常にノルデン家やリオン様のために動きます。またクラウス様のご意向で家令長となる身です。部下もおりますので面倒ごとはそやつらに任せます」

「なんだそれ、都合のいい指揮官だな」


 フリッツはニッと笑う。結局のところ役職は側で働く口実だからね。クラウスとソフィーナの精神的支柱の意味合いが大きい。もちろん俺も頼りにしている。


 朝食会場に入ると席を案内される。昨日の夕食と同じく子爵長男ラシュディ、妻のミディア、ミランダ、フリッツ、そして俺だ。


 おやミランダの髪型が後頭部のお団子ではなく下して後ろで束ねている。幾らか知的でおしとやかに見えるね。口を開けばギャップにもなるが。


「コーネイン商会長、朝食を終えれば直ぐに発つのか」

「はい、ラシュディ殿」

「夜までにゼイルディクなら分からんでもないが随分と忙しいな」

「食事と宿泊だけで申し訳ありません」

「それは構わん、いつでも我が屋敷を宿代わりに使うといい」

「ありがたいお言葉です」


 これだよ。いくらトランサイトの恩があるとは言えこっちが気を使う。


「例の件は父上にも聞いておく。有力な情報があれば直ぐ伝えてやろう」

「大変助かります」


 ほう魔導具に関することでも依頼したか。


 朝食を終えて玄関に向かうとメースリック子爵家の馬車が2台待機していた。2台とも御者台には2人座っている。1台目はラウルの姿も見えた。


「では発ちます、お世話になりました」

「うむ、また会える日を楽しみにしておる」


 代表してミランダが挨拶をして馬車に乗り込む。1台目はミランダとフリッツと俺、2台目は商会の護衛2人と騎士2人だ。見送るアベニウス家の人たちに手を振って応えながら馬車は庭園を抜けていく。


「商会長、ラウルの隣りはメースリック子爵家の御者ですか」

「うむ、バストイア到着後に馬車をここまで運ぶ役目だ」


 そっか戻す人も必要だね。


「ラウルはバストイアから別行動となる」

「会食の予定がありましたね」

「場所はテルナトスの高級料理店だ、男爵の馬車が護衛付きで送り届けてくれる。食事後は相手の馬車でヘニングス男爵邸宅へ向かい我々と合流する段取りだ」

「楽しい時間を過ごせるといいですね」

「フン、馬車商会の受付嬢なぞ見た目ばかり気にする中身のない女だ」


 ひでぇ言い様。相手は18歳だったか。まあ貴族の姪ならチヤホヤされて育っていそうだ。ラウルは32歳だから会話をリードして大人の余裕を見せたいところ。


「さあバストイアまで45kmほど、丁度コルホルからエーデルブルク城と同等だが交差点も多いため2時間半と言うところか」

「この辺は冒険者の渋滞はないのですね」

「居住区がメースリックの城壁沿いに集まっているからな、元よりこの道は主要街道からは外れた農業用だ、普段から交通量はそれほどでもない」


 地元民が使う生活道路か。


「しばらく走って左折すると大通りに入る。そこはカルカリアを南北に貫く幹線道路だ、それなりに交通量が増えるぞ。もちろん見合った車線があるため快適に進めるだろう」


 確かに沿道は畑や牧場だが進行方向の先には建物が多く見える。町の中心へ近づいているな。


「カルカリアは市街地と農業地がハッキリ分かれている。神の魔物がどこで襲ってきても直ぐ近くに人気のないところは必ずある」

「戦場には困りませんね」

「ただバストイア付近は防衛部隊はおろか冒険者もほとんどいない。城からも距離があるため常駐騎士の到着まで時間が掛かる。それすら陽動を絡めて足止めする可能性も高い」


 ふーむ、確かに孤立した戦いにはなるか。


「まあAランク1、2体なら我々の敵ではない」

「でも商会長、俺たちがAランクを仕留めたら色々と面倒になりませんか、カルカリア極偉勲章ですよ」

「うむ、厄介なのはむしろそっちだ。従って地元の保安部隊に止めを任せる」

「そんな器用なこと出来ますか」

「クラウスがサラマンダーの首を落とした流れを再現する。私がトランサイトで首筋に深い傷を負わせて、その内側に切り込めば切断可能だ。剣を持った騎士ならその程度の力量は誰でも持っている」


 なるほど、お膳立てするのね。


「お前は弓技の解放にでも注力していろ、魔物の標的であるお前が距離を保っていればこちらも戦術を立てやすい」

「コルホル街道でガルグイユを倒した感じですね」

「うむ。従ってフリッツは弓矢を持ちリオンと行動を共にしろ、頃合いを見てシンクライトから持ち替えるのだ」

「承知しました」

「とは言え展開によっては飛剣で直ぐ倒しても構わん。討伐者は私として報告する」

「分かりました」


 強敵を油断すると大怪我を招くからね。


「リオン様、右手にヒューゲルブルク城が見えてきました」

「えっ……ほんとだ、かなり遠いけど丘の上に薄っすら見えるね。あれがカルカリア伯爵の住んでいる城かー」


 ゼイルディクのエーデルブルク城より高い位置にあるな。さぞ眺めがいいだろう。


「フリッツは入ったことあるの?」

「いいえ。近郊に貴族学園が位置するため初等部時代は毎日見上げていました」


 幼いころから主従関係を意識づける狙いとも取れるな。将来はカルカリアの貴族なら従うべき当主はこの城にいると。


「この道はかなり広いけど昔は城壁だった?」

「はい。今から約150年前から130年前まで城壁が中央を通っていました」

「やっぱり。でも城壁は南北に延びていたの?」

「現在のテルナトス北半分を囲う形だったからです。西側はフェルセンの中央を通りハンメルトまで、東側はハルデンの中央を通りロムステルまでほぼ直線で続いていました」


 なるほど現在の城を中心にして北側へ突き出ていたのね。その端から東西へは真っすぐだったと。ハンメルトとフェルセンを通る大きな幹線道路、あれがその名残か。


「ハンメルトまでなら北側は森だったの?」

「はい。ただ北側だけではありません、当時ゼイルディクはハンメルトの南東部とエナンデルの中央部のみで他は全て森でした」

「大部分が未開拓だったのか。比べてカルカリアは現在の南半分が既に城壁の中だったと」

「その通りです」

「ウィルムって統一暦前からあるよね、つまり少なくとも約2300年前だ。その北西部に位置するゼイルディクを本格的に切り開いたのが150年前ってかなり最近に思える」


 国土の東側を優先していたらしいが随分と後回しにされたな。


「開拓しようにも出来なかっただけ」

「何故ですか商会長」

「高ランク魔物が多い時代が長く続き立ち入ることさえ困難だった。もちろん接するウィルムも無事では済まず何度となく大規模襲来を経験した。そうやって壊滅と復興を繰り返していれば先へ手を伸ばす余裕など持ち合わせない」

「うはー」


 維持するだけで精一杯だったのか。


「ゼイルディクとは古い言葉で『竜の森』だ。ドラゴン種が多く棲み、腕利きの冒険者でも避けるほどの危険地帯だった」

「へー、竜の森」

「王都を移転した理由もこれが大きい。実際ウィルムを突破されプルメルエントまで到達した記録もある。南は国境、北は魔物、そして西が山地なら東へ向かう流れは自然なことだ」


 確かにそんな脅威が近いと気が休まらない。


「先のベルソワ防衛戦、あれほど多くのドラゴン種が一度に襲来すれば不自然でもあるが、ゼイルディクの由来を知っている者なら、再び竜の支配が始まったと解釈するだろう」

「実際に周期があるのですか?」

「何十年、何百年、或いは何千年単位で存在すると研究者は主張している」


 まるでプレートテクトニクス理論に基づく巨大地震みたいだ。ひょっとしてこの世界は惑星規模で魔素の流れがあり、魔物の出現傾向に影響を及ぼしているかもしれない。ゴブリンなどの亜人種が姿を消した要因も説明できるのでは。なんてね。


「リオン様、大型交差点に入りました。これより西側がヒューゲルブルク城へ続く大通り、東側はハルデン中央を抜ける大街道です」

「さっき言ってたロムステルへ続く城壁の跡地を辿るんだね」

「はい。城への大通りも大街道の幅に合わせており、カルカリア中央を東西に繋ぐ大動脈となっています。我々は直進しますが交差点の途中でその道幅を確認できるでしょう」


 ロムステル方面から合流する馬車が見えてきた。そろそろだね。


「うへー、めちゃくちゃ広い!」


 片側8車線はあるか、何という無駄な広さだ。これがゼイルディクまで続いているならカルカリア伯爵が極偉勲章授与式へ来た時に通行止めしたはず。要人警護のためとはいえ領民からしたら本当に迷惑な話だ。


「ここからしばらく走ればランツクルーナに入り、少し進んで左折します。そこから直進すれば目的地のバストイアです」

「時間はどのくらいかな」

「1時間も掛からないでしょう。ラシュディ様がおっしゃった通りこの馬車馬はかなり力があります。10時前には到着するかと」


 確かに周りの馬車をどんどん追い抜いていく。時速30km以上は出ているな。なるほどバストイア産の馬か。旅の口実で馬を見るとしたが実際にノルデン家の馬車用に何頭か確保してもいい。


 しばらく走ると少し開けてきた。道沿いには野菜畑や羊牧場が広がる。


「リオン、この辺りより先は100年前も城壁の中だ。記憶を呼び起こす景色が目に入るのではないか」

「はい商会長、意識して観察します」


 カルカリア北半分はビクトルの死後に開拓されたからね。この旅の目的は今からが本番だ。ただ似たような平原をいくら眺めても期待が持てない。特徴のある人工物が望ましいが100年以上残っている物件はどれほどだろう。


「現存する古い街並みはありますか」

「私は詳しく知らない。フリッツはどうか」

「この後通りますランツクルーナからバストイアまでの街道は2130年頃に整備され、これまで大きな再開発も行われず道幅も変わっていません。天然石造りの建物なら当時のままでしょう」


 ただ地図で見た限り該当の街道は20kmほどだ。もし古い街並みが多く残っていたら調査に何日かかるか分からないぞ。むう、行けば何とかなると思っていたが、よく考えるとかなり無茶な試みかもしれない。


 しばらく走ると大きな環状交差点を左折する。ここからがバストイアへ続く街道だ。


 その沿道には建物が多く並んでおりランツクルーナの中心地がこの辺りと思われる。イザベラの次兄ミゲルが勤めていたオステンデ商会もこの通りにあったはず。


 建物の作りは1階部分が石造りで2階以上は木柱と漆喰壁が多い。石の質感からは天然素材と推察される。ではこの通り全てが古い街並みなのか。だとしたら残っていてありがたい半面、見るところが多すぎるぞ。それでも街道沿いを注視し続けるしかないな。


 うーむ、何も感じない。まあ平原よりは変化があるとは言え、似たような建物ばかりだ。当時ビクトルが眺めたとしても魔導具開発に関係性があるとは思えない。


「商会長、やはりノードクイスト家の痕跡は全く残っていないのでしょうか」

「跡地含めて住所などの情報も完全に抹消し、一族の墓も撤去しているはず。つまり初めから存在しない扱いだ。伯爵家に都合が悪いならそこまで徹底するだろう」

「……現地に行けばと漠然と考えていましたが進捗はかなり厳しそうです」

「バストイア男爵が何か知っている可能性もある、そう焦るな」

「はい」


 ちょっと見込みが甘かったな。


「ところでバストイアはどんな町ですか」

「人口約2万、全域で羊の畜産が盛んだ。馬の牧場は北部が中心だな。他に特徴的な産業は知らない。ここの騎士団は最低限の保安部隊だけ、冒険者ギルド支部もあるにはあるが、片付けや物探し、はたまた話し相手など、お前の知っている冒険者とは活動内容が全く違う」


 あらら冒険者と言うより何でも屋か。


「魔物討伐と縁遠ければ珍しくない環境だ。むしろ似たような地域はこの国に数多く存在する。良く言えば長閑(のどか)だが活気のない田舎町と言えよう」

「メルキースも魔物絡みが無ければ近い雰囲気かもしれませんね」

「魔物は脅威と繁栄をもたらす、そう言うことだ」


 人によってどっちがいいかは分かれるね。まあ食べていけるならバストイアでのんびりもいいだろう。そう考えると俺が魔物を呼び込んでしまったら申し訳ないな。魔物から距離を置きたい人たちが住んでいるはずだから。こりゃ襲ってきたら速攻で倒すべきか。


 そんなことを考えながら流れる街並みを眺めるが何も感じない。午後は反対側も確認できるからそっちに期待するか。ただ街道沿いではなく中道に記憶の鍵があったらどうする。うへー、そんな隅々まで歩き回るって何日かかるんだ。


 うーむ、魔導具については地球の知識を頼る展開も考えておくか。


「減速したな、ここの交差点を入るらしい」


 馬車が左折するとほどなく敷地の壁が見えてきた。そう言えば貴族屋敷って左折進入が多いな。つまり大通りの北側に敷地が広がっている。あ、そうか、屋敷正面が南向きだからその先に通りがあるのね。


 正門を抜けると庭園が広がる。ここもまた異常な広さだ。


 屋敷の玄関前に到着すると数人が出迎えた。


「よくぞ来られたコーネイン夫人そしてリオン・ノルデン。ワシはガニエル・オルソン・バン・バストイア。我が牧場の馬たちはそなたらを待ちわびているぞ」


 ニコニコしながら名乗った50歳ほどの男性。この人がバストイア男爵か。恰幅が良く口髭を生やし頭頂部は全く毛が無い。一度見たら忘れない外見だ。


「私は妻のファビオラよ、さあ客間でひと息つきなさい」


 こちらも体格のいい40代後半の女性、男爵夫人か。


 この夫妻はとても穏やかな人柄に見える。やはり魔物に縁が無いからか。加えて馬や羊に囲まれていれば性格が丸くなるのかも。いやこれまで騎士家系と接する機会が多かったから、貴族家に対する印象が偏っていただけかもしれない。


 とは言え相手は牧場経営の商売人だ。きっと本心は表に出さない。まずは客として信頼関係を築き有力な情報を引き出したいところ。


 客間へ案内されソファに腰かける。


「牧場へは直ぐ案内できる、準備が出来たら声を掛けてくれ。そなたらが乗ってきた馬車の隣りにウチの馬車を付けておくから荷物の移動をするといい」

「分かりました」

「馬車はヘニングスまでも遠慮なく使ってくれ。それでは昼食時にまた会おうぞ」


 バストイア男爵は去った。


「男爵は一緒に来ないのですね」

「牧場の責任者が案内するだろう」


 まあ現場の人が馬に詳しいか。


「リオン様、私は会食のため先に移動します」

「頑張ってラウル」

「はい、ヘニングスでお待ちしています」


 ラウルは去った。


「確かラウルやミゲルの相手は商会長が世話すると言ってましたよね」

「その件はソフィが熱心に取り組んでいる」

「あらら母様が」

「家格や学歴を特に気にしているぞ、まあ分からんでもないが」

「じゃあ今日の相手は母様基準なら合格ですね」

「そうなるな、ラウルが気に入ったなら先へ進んでもいい。ただどうせ社交しか頭にないつまらない女だ」


 ほんと手厳しいな。ミランダが認める女性ってハードルが高過ぎやしないか。ああ騎士か。なるほど確かに人柄は一定の信頼が置けるかも。でも騎士こそ似たような受け答えでつまらない気がする。


「さあ行くか、馬の用事はさっさと済ませて調査時間を確保しないとな」


 使用人に告げ玄関へ向かう。フリッツと騎士たちがメースリック子爵家の馬車から荷物を移動する。御者の話では10分ほどで到着とのこと。


「この馬車も速いですね、流石バストイアの馬は力があるみたい」

「……まあウチでも2頭ほど買ってやるか」

「メイルバルで交配すればいいのでは」

「それは何度か試みている」

「あれ? じゃあメイルバル産も良い血統が反映されているのですか」

「それがどうしたことか他とあまり変わらん。魔物素材のエサなぞこちらより充実しているにも関わらずだ。恐らくはこの土地特有の何かが馬の成長に作用している、つまりバストイアで育てなければ意味がない」

「へー」


 何だろう。土、気候、水……うーむ。


「あー、そうか井戸! きっと井戸水が鍵ですよ」

「何故そう思う」

「いや……何となく」

「もちろんメイルバルでも井戸水を使った。なるべくバストイアと環境を近づけたのだ。ただその水質に違いがあれば真似は出来ないな」


 異世界特有の成分でもあるのか。


 そんなことを話していると馬車が止まる。牧場に着いたらしい。


「ようこそお出で下さいました。私はフェアード牧場、第1区長のヘスターと申します」


 40代半ばの優しそうな女性だ。俺たちも名乗りを終えると厩舎へ案内される。


「こちらは中型の馬でして既に大人です。リオン様のために特に性格の良い何頭かを用意しました。試乗もご自由にどうぞ」


 ほほう子供でも乗れるサイズか。


 ブルルルッ


「おや、こちらはリオン様が気になっている様子ですよ」

「えっそうかな」

「軽く首を撫でて下さい」

「……うん」


 暖かい、間違いなく生物だ。そう言えば魔物も血肉があるなら同様に体温を感じるだろう。ただこんな風に撫でることは出来ないが。


 いや異世界ファンタジーなら魔物を従えるなんてありがちだ。いわゆる従魔だね。それなら背中に乗ったり空を飛んだり実現するかも。ひょっとして使役スキルの高レベルともなれば魔物を仲間に出来るのではないか。


 しかし実際に使役可能なら危険な使い方もある。そう、気に入らない奴にサラマンダーを仕向けて葬り去るとか。何だ、まるっきり神と同じじゃないか。とは言え流石にAランクは厳しそうだから最初はヘルラビットあたりか。うーん、返り討ちにされそう。


(なつ)いていますよ、試乗をお勧めします」

「ワシが乗り方をご指導します」

「じゃあフリッツ教えて」


 せっかくの機会だ、乗馬に挑戦してみよう。

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