第201話 デルクセン男爵家
高級宿エスメラルダ・カルニンにて昼食をとる。俺のテーブルにはクラウス、ソフィーナ、ミランダ、少し離れたテーブルにフリッツとコルホルから同行した世話人2人だ。
先程は東中央区長コンラードの地図を交えた的確な説明によりカルニン村の構成や規模がよく分かった。ただ同席したフローテン子爵家令でカルニン担当ジョバンナはほとんど話さなかったな。まあコンラードが優秀だったので出番なしか。
「クラウス、午後からの視察はどうする?」
「うーむ、どこを見るにもそれなりに距離があるからな、リオンの予定も考えると視察は東中央区内に限定されるか」
「武器商会は中央区にあるのでしょう?」
「もちろんだソフィ。騎士貴族経営はこの東中央区に集中している」
「コーネイン商会カルニン支店を見たいわ、ミリィもあまり行けないでしょうし、この機会に商会長として顔を出したらどう?」
「……そうだな」
確かに近場がいいか。
「ああリオン、希望があるなら優先してやるぞ」
「実は船着場と養殖場に興味があるけど両方とも遠いからね」
「ふむ、ではフリッツたちに行かせるか」
「あれはここから別行動で構わん、なんなら1泊させてじっくり見させればいい」
「では任せるとしよう、忘れないうちに今から言うか」
クラウスは席を立ちフリッツのテーブルへ向かう。まあ滅多に来られないし、せっかくだから色々見てもらうといい。フリッツたちもいい気分転換になるだろう。
クラウスが戻る。
「そうだ、魔物素材は村内のどこに集まるのでしょう、やはり南支所ですか」
「あそこも多いが最終的には駐留所と聞いているな。まあこの後トランサイト班と合流時に寄るのだ、そこで鑑定すればいい」
「分かりました」
「往路でもブレイエム監視所やソートラン第2中継所に素材はあったが、ここへの到着時間を優先した。帰りはいくらか融通が利く、見る時間は十分あるぞ」
そうだね、もし遅くなってもメルキース男爵屋敷に泊ればいいし。
お、これは魚料理だな。見たところアクアパッツァに近い。
「まあおいしそう、それにいい香り」
「白身魚のハーブ蒸し煮だな」
「……白ワインがよく合うわ」
「……うん、うまい」
クラウスは一口で食べた。味を楽しんでいるように思えない。
次は牛肉。メインが2種とはお腹いっぱいになるね。
「いあー、本場カルニンの肉は絶品だった」
「やっぱり特産があると目当てに訪れる人も多いでしょう、コルホルでも何か考えたいところね」
「そうだな」
郷土料理ねぇ。このカイゼル王国、いやサンデベール地方かは分からんが前世のヨーロッパに近い食文化が根付いているようだ。異世界転生なら日本食で革命と行きたいところだが、ちょっと口に合うか疑わしい。食材も揃うか分からんし。
まあカレーやらハンバーグやら無難なところも考えられるが、コルホル村西区の食堂でさえたまに出るんだよね。そりゃ5000年も歴史があり2億もいる国だ。調理器具も豊富なようだし、様々なレシピが考案されてしかるべき。もう俺の入る余地は無さそうだな。
いや1つだけある。弁当だ。みんな食事は必ず食堂や飲食店ですませる。食事を持ち運ぶ習慣が無いのだ。それだけ食べる所が充実しているせいもある、森の奥地の拠点でさえ料理人がいるからね。やっぱりどこでも清潔な水が簡単に手に入ることが大きい。
そう言えば家で料理をしないからスーパーマーケットやコンビニなどの小売りも存在しない。そうか、どうしてコルホル村みたいな辺境でも食費が安く抑えられているか分かったぞ。食品ロスが圧倒的に少ないからだ。基本的に食べる分しか作らないからね。
うーむ、しかし弁当が郷土料理とはおかしなものだ。また別の案を考えるか。
昼食会場を出て玄関ホールへ。ミランダは使用人らしき人物に何か伝える。
「馬車をコーネイン商会の前へ回すよう指示した、行くぞ」
今のは御者か。
エスメラルダを出て大通りを東へ歩く。この東中央区は真ん中を東西に幹線道路が貫いている。道幅30mほどで片側3車線あるが外側1車線は駐停車用らしい。
「商会長、居住区規模の割に道路幅が狭く感じます。東西に1kmですよね、馬車が多めに入ると直ぐ渋滞しませんか」
「城壁を囲むように道があり、荷物などはそちらを利用すると聞いている。例えば今出てきたエスメラルダは玄関や客室が南側、搬入口などは全て北側だ。その裏手の城壁の外に直ぐ道があるのさ」
「なるほど、中央の道に入らなくても用事が済ませるのですね」
目的別に分かれていると。
「じゃあ城壁周りの出入り口には余分に検問官が必要だな」
「片側200mおきに4個所だったか。まあ区内の保安部隊に兼任させれば新たに配属させることもない」
そりゃ荷物も四六時中じゃないしね。
「着いたぞ、ここから騎士貴族商会が並ぶ一角だ」
「まずはユンカース商会か、工房を抱えるだけあって間口は広いな。コーネインは向こうか」
「……うむ」
「冒険者向けはルーベンス商会だな、さぞ大きな店構えだろう」
「あれは南中央区にある。区域自体が町からの冒険者向けに飲食店や宿屋を多く構えているからな。こっちは住人管理所や領地管理所、各ギルドの支所が中心だ、保安部隊本部もある」
「なるほど、2つの中央区は役割が分かれていると」
へー、東中央区は村行政や町の出先機関に偏っているのか、確かに雰囲気が落ち着いている気がする。冒険者が集まる南中央区はさぞ賑やかだろう。
ミランダに続いて通りを歩く。
「エールリヒ、ガイスラー、ロンベルク……ありゃ? 過ぎたか」
「こっちだ」
ミランダはロンベルク商会へ入る。え? 間違えてるぞ。まあ、すぐ出てくるか。しかしロンベルクで商会の連なりは途切れる。ちょっと離れているのかな。
「どうした、ここで合っているぞ、上の看板を見ろ」
「看板……あ、ほんとだ、コーネイン商会って小さく出てる」
店内に入るとミランダは受付カウンターの最奥へ向かう。
「これは商会長、カルニンに何かありましたか」
「連れの付き添いついでの視察だ」
「お立ち寄りいただき、ありがとうございます。カルニン支店は問題なく営業中です」
「うむ、フラウセン支店長」
20代前半か、商会員服の女性がミランダとやりとりする。なるほど、ロンベルクと同じ建物だったか、これは間借りだ。
「あーら、コーネイン商会長、こんなところでお会いするなんて。カルニンに何の様かしら?」
うわ、何だ。声の方を向くと50代前半ほどの女性が店入り口付近に立っていた。
「デルクセン男爵夫人、支店の視察です」
「支店? ああ、そうでした、こちらに仮設窓口がありましたわね。全く目立たないからすっかり忘れていましたわ、おほほほほ」
この人がデルクセン男爵の妻か。そしてユンカース商会長。
「ところで先日はベルソワで大変でしたわね、よくあれだけの魔物相手に生き残りました。もうコーネイン商会長が心配で心配で、こうしてお元気なお姿を拝見し安心しましたわ」
「トランサイトのお陰です」
「あなたのお力があってこそでしょう……ほんと、しぶといわね」
今、本音が。この人、娘のマルティーナがエリオットから一方的に婚約破棄され直ぐにミランダと結婚したため敵視してると聞いた。一度は暗殺を試みたらしい。
「ときにユンカース商会はトランサイト3本を販売し大きな利益を得ましたね」
「は?」
「4本目はいつ売れますか」
「……そんなの伯爵に聞けばいいわ」
「ああ、そうでした! 回って来なければ売れませんね! 私からも伯爵に頼んでおきます!」
「余計なお世話よ!」
ユンカース商会長は去った。
「まったく下品な女だ」
「ミリィの返しは流石ね」
「フン、トランサイト販売を出せば何も言えん」
「あの、恐れながらコーネイン商会長」
「何かフォルツ支店長」
ミランダに話しかけた30代前半の男性、こちらはロンベルクの商会員だな。
「ユンカース商会長は時折り当店を訪れてはフラウセン支店長にネチネチと嫌味をおっしゃってます。ただ我々は見ていることしか出来ず、彼女の心労をお察しいただければ幸いです」
「そうなのかフラウセン」
「いえいえ、夫人とはいつも楽しくお話をさせていただいてます」
「うむ、あれでも貴族夫人だ、失礼の無いようにな」
うひー、何という役目。逃げ場も無いし可哀そうに。
「出るぞ」
店の前には馬車が待っていた。俺たちは乗り込む。
「ねぇミリィ、さっきの環境はどうにかならないの」
「あの女がウチの支店進出をあらゆる手段で阻み、それを見かねたロンベルク商会長があの様な措置を施してくれた。今後も単独の店舗は難しいだろう」
「ただあの商会員、フラウセンか、精神が崩壊するぞ」
「フン、心配には及ばん。彼女はとある店舗で支店長と不倫関係を築き、加えて客とも複数関係を持っていた。商会の風紀を大きく乱した罰として、あそこへ配属させたのだよ」
「あらー」
問題ある商会員をこらしめる異動か。
「それにしてもよく辞めないな」
「あそこは1人しか商会員がいないため支店長だ、ちゃんと手当もあるぞ。加えてロンベルクのフォルツ支店長、フラウセンに気を使うところを見ると既に深い関係だな」
「まあ!」
「案外いい環境なのだろう、ふははは」
やれやれ、カルニン支店は色々とワケありか。フォルツが独身であることを祈るよ。
「さあ着いたぞ、北部防衛部隊カルニン駐留所だ」
高い城壁を抜けると石造りの巨大な建物が目に入る。馬車から降り立つと1階の応接室へ案内された。ソファへ腰を下ろし紅茶が出される。ほどなく指揮官らしき2人の騎士が現れた。
「これはコーネイン副部隊長、先日の武勇、誠に見事であった。おっと、そちらはノルデン家の方々だな」
俺たちが立ち上がろうとするとそれを静止し、騎士2人は向かいのソファに座った。
「私はヒルベルト・ユンカース、デルクセン男爵長男であり北部防衛部隊長だ。そなたのお陰で私もトランサイトを今の時代に握ることが出来た。クエレブレを倒せたのもこの武器があってこそ、まずは感謝を申し上げる」
30代半ばか、爽やかなイケメンだな。加えて性格も良さそう。これはカルニンの住人に人気が出るわな。
「私はバネッサ・ユンカース、ヒルベルトの妻であり北部防衛副部隊長であります。この程トランサイトの追加配備により私の弓も幻の鉱物となりました。訓練初日はその高性能ぶりに手が震えるほどで、本当に良い武器を感謝いたします」
20代後半、キリッっとして芯が強そうだな。
俺たち3人も名乗りを済ます。
「村はどうだったか、クラウス殿」
「はい、コルホルに無いものばかりで、とても参考になりました」
「とは言え地図上での話だろう、また機会があれば1日使ってじっくり視察するといい。その時は私も同行してやろう」
「そうですね、是非また訪れたいと思います」
「ノルデン家の財力なら直ぐカルニンを超えるぞ」
「いえいえ、カルニンはこれからも目まぐるしい発展を遂げるでしょう、コルホルは遅れないように付いて行きます」
まあクラウスの言う通りだ。基盤がしっかりしたカルニンなら拡張しても安定して繁栄するだろう。コルホルはまだ手探りの部分が多い。
「さて今週は極偉勲章授与式だ、私は2日目にバイエンス男爵と共に授かるが、3日目はコーネイン家の4人で占めるとは恐れ入るぞ」
「それもたまたまベルソワが主戦場だったため。魔物がデルクセンの城壁に集まっていればユンカース部隊長が蹴散らしたでしょう」
「4体もAランクを仕留めておいてよく言う、ともあれそなたの様な使い手が近くにいれば頼もしい限りだ。もし北部が危機に瀕した際には力添えを期待する」
「無論です。ゼイルディクを守るためならどこへでも行きます」
ミランダの実力を認めているのだな。
「それでリオン君か、8歳とは我が長男ディランと同じではないか。士官学校初等部2年ではあるがまだまだ騎士とは程遠い。キミは特別契約者で訓練討伐にも参加していると聞く、将来は優秀な騎士だな」
「騎士になるかは分かりません」
「そうか、まあノルデン家の教育方針には口を出すまい。さて話し込んでしまった、そなたらも予定があるだろう」
「こちらの素材倉庫を視察させていただくとお伝えしています」
「おおそうだった、では行こうか」
皆立ち上がり応接室を出る。部隊長と副部隊長が直々に案内するのか。
少し廊下を歩くと一旦外に出て別の建物に入る。
「ここだ、周辺の森から毎日これだけの量が集まる」
「うわ、凄い!」
広い倉庫にはびっしり魔物素材が並べられていた。
「8割は町へ行くが、残り2割はこの建物で粉末状に加工し家畜たちの飼料に混ぜる」
「2割でもかなりの量ですね」
「家畜も多いからな」
ある意味、地産地消か。
「見て回っても構いませんか」
「もちろんだ、午前中には新種もいくつか運び込まれていたが、何だったか」
「あなた、アーマーリザードとシルバーホークよ」
「おお、そうだバネッサ」
「アーマーリザードは俺たちも討伐経験がある、針を飛ばして危険だった」
「遭遇した冒険者に複数負傷者が出たと報告があります」
あの魔物か。トランサイト無しではかなり苦戦しそうだな。
そして俺は素材を鑑定して回る。ほとんどがD~Eランク、たまにFランクとCランク大型か。魔物の種類はコルホル周辺と似たような傾向だな。10分程かけて見終わった。
「では出発します」
「うむ。ノルデン家においては折を見てデルクセンの屋敷でゆっくり話したいところだ」
えっ、その席って夫人がいるだろ、絶対に嫌だ。
しかしヒルベルトはウチとの繋がりを強く意識するな。やはり自身が次期カルニンの領主に近いと認識してか。同じ開拓村同士、仲良くしようと。まあウチは圧倒的な財力、何か投資を引き出すにも関りは持っておきたいか。
ノルデン家の馬車の前後には北西部防衛部隊の馬車が待機している。トランサイト班たちだね。
「よし次は冒険者ギルドエストレマ支部だ、1時間ほどで到着するだろう」
今が14時だから15時になるか。
「エストレマ支部からマクレーム支部まで何分だ」
「20分ほどか」
「フローラには16時以降に到着と伝えていたから丁度いいな」
「うむ、素材鑑定する時間を2個所合わせて30分とすれば、16時過ぎには工房馬車で監視所へ向け出発できる。村へ着くのが夕方の鐘と丁度になるだろう」
結構キツキツな感じだぞ。まあ馬車も乗ってしまえば速いから降りた時にダラダラしないことだね。
「ヒルベルトとバネッサの印象はどうだ」
「そうだな、エリオットとベロニカみたいな感じか」
「私もそんな風に見えたわ」
「商会長は似ている人いませんね」
「それはどういう意味だリオン」
「男勝りです」
「……誉め言葉として受け取ろう」
ミランダが部隊長でもなんら違和感はない。
「でも女らしい一面もあるのよ、花が好きだし、好みのドレスも可愛いのが多いの、ね」
「……ソフィはもっと女らしくした方がいいと思うか」
「そうね、いつも髪を編み込んで小さくしているけど下してもいいんじゃない」
「戦闘時にじゃまだからな」
「じゃあ後ろでひとまとめにしたら?」
「……たまには変えてみるか」
そう、ミランダはそこそこ髪の長さはあるが、いつも編み込んで後頭部にお団子1つにしてまとめている。ポニーテールくらいならじゃまにならないと思うよ。
「わあ、森が開けた」
「もう直ぐ橋が見える、それを通ってサンテ川の対岸に渡るぞ。そこからオレセン地域となる」
しばらくすると巨大な石橋が見えてきた。全長150mはあるな。
「あ、川に船が見えますね」
「あれは遊覧船だな、暇な貴族家の者が時間を無駄に過ごす最たる例だ」
「酷い言い様だな」
「む、フローテン子爵の家紋が見えるぞ、恐らく子爵の子供らではないか。カルニンから下ってフローテンまで戻るのだろう。あんなのが領主になって村が栄えるワケがない」
いいじゃん、今日は忙しい日々の束の間の休みかもよ。毎日忙しく動いているミランダは余暇をのんびり過ごす発想が無いのだろう。
橋を渡って対岸へ。
「お、この辺は草原ではないな、畑か」
「うむ、トウモロコシだな。カルニンでは牛に与えると言っていただろう。その産地がこの道沿いに続いているのだ。季節が変われば全面小麦になるぞ」
「城壁の外でもそんな取り組みをしているのだな」
確かに広大な平原をそのままにしておくのは勿体ない。
「魔物の心配はないの?」
「肥料に魔物素材を混ぜているから湧かないと聞く。村の畑もそうだろ」
「ではベルソワのコルホル街道沿いを畑にしてもいいな、おや向こうは森が残っているのか」
「あれは植林だ、防風林の役目も果たしている」
「言われてみれば何も無いから西風が直撃だ、トウモロコシが倒れてしまう」
あー、風ね。農家の一番の敵と言ってもいい。雑草や虫や病気は対処の余地があるが、強風だけはどうしようもない。俺も前世で何度壊滅させられたことか。一方的な破壊は魔物みたいなもんだ。
「畑があるということは居住区もあるのか」
「数カ所、点々とある。村という括りではないがな」
「ふーん、しかしこんなところにAランクでも来たら住人は絶望的だな」
「命懸けで町へ逃げるしかない。まあ城壁も近いのだ、町から冒険者なり応援に来る」
「ほんとね、もうデルクセンの城壁が見えてきたわ」
しばらく走ると検問所で一時停車。城壁を抜ける。
「オレセン第1検問所と見えたが、第2もあるのか」
「東へ7kmほどの距離だ」
「ところで検問所って何を調べているんだ? こう毎回止められては待機の列が長くなるぞ」
「実のところ城壁側道を通る馬車のためだ、向こうは止まらず進むため何もしなければ衝突する。それでこっちを止めるついでに検問をしているのさ」
「なるほどな」
側道は優先道路だったのか。確かに交差点になるからね、どちらかが止まらないといけない。
「検問は不審者もそうだが、馬車の番号を全て控えているのだ」
「番号? 何のために」
「何か馬車絡みの事件があった時に足取りを追うためだ。何日の何時ごろに通ったと記録があれば事件解決に役立つこともある」
「はー、知らなかった」
日本のNシステムみたいなもんか。
それにしても城壁内に入ると全然雰囲気が違うな。もう市街地が見えてきた。
「中等学校を過ぎればほどなくギルド支部だ」
「養成所はどの辺だ?」
「ここから7kmほど東か。向こうの城壁が山地が近い」
「あー、オレセン第2検問所がそっちの出入り口になるのか」
「そういうことだ」
「じゃあギルドがちょっと遠いな」
「向こうにも支部がある。こっちは主にカルニン方面の素材を集める役目だ」
ふーん、2個所あるのね。
「メルキースもラウリーン検問所近くに冒険者居住区を作るだろ、あそこにギルド支部も新設する」
「それは助かる」
「じゃあコルホルやフェスク方面の素材が集まるのね」
「うむ、将来のことを考えてマクレームより大きな施設にする計画だ」
いいね、かなりの距離を省略できる。しかしコルホルやフェスクの開発は随分前から始まっていたはず、今の今まで無かったのが不思議なくらいだ。
「もっと前に話は出なかったのですか」
「……施設を分散すると人件費など経費が余分にかかる。1つで運用できているうちは急ぐことは無い。それがメルキース男爵のお考えだ」
「まあ、分からんでもない」
「遅れた分、立派な施設にしてやるから安心しろ」
何と、ただケチってただけなのか。そりゃまあ作ったらずっと管理しなきゃいけないからな。なるほどねぇ、ゼイルディクの城壁内側付近がスカスカな理由がちょっと分かった。単純に森に近くするためにおいそれと施設は増やさないのね。移転するにも金がかかるし。
「そろそろギルドだ」
ほどなく馬車は左折し少し走って停車する。
「さあ着いたぞ、支部長には話を通してある」
俺たちは管理施設らしき建物へ向かう。ふー、ようやく到着だ。今日は馬車に乗ってる時間が長いよ。
そう言えば鉱物大全が座席の後ろに載ってるのを今思い出した。でももういいや、ボケーッと外を眺めながら話をする方がいい。やっぱり集中できる環境じゃないと本は無理だね。急いで写本してもらったけど何だか申し訳ない。
「む、あの女は」
ミランダはそう呟くと歩みを止めた。正面からは騎士服を着た女性が何人か近づいて来る。
「あら、誰かと思えばコーネイン防衛副部隊長」
「これはユンカース保安副部隊長」
「珍しいわね、通ってたギルドが恋しくなったのかしら?」
「連れの付き添いだ」
ミランダがノルデン家を紹介すると女性騎士も名乗る。この人がデルクセン男爵の長女マルティーナ。20代後半か、どことなく品がある雰囲気だ。
「あなたたちが今噂の次期コルホル領主ね、カルニンは先を越されたわ」
「次の議会でカルニン領主はユンカース防衛部隊長に決まるでしょう、何しろ極偉勲章ですから」
「それは無いわノルデン夫人、フローテン子爵が許さないから。だってヒルベルトが領主ならユンカース家が子爵にならないと釣り合いが取れないでしょう。貴族夫人になるなら教えておくけどルーベンス家は私たちを見下しているのよ、あらゆる手段を使って妨害するわ」
むむむ、そうなのか。コルホルで言えばアーレンツ子爵家とメルキース男爵家の関係だよな。まあ確かに子爵の配下感はあるかもしれない。
「ウチが子爵になれば協力する」
「コーネイン家にはやっぱりそう言う話があるのね。アーレンツ子爵は反対しないの?」
「我々は良好な関係だ、問題ない」
「ふーん、まあその時は頼むわ」
おお、メルキース男爵が陞爵か! 確かにベルソワ防衛戦でのコーネイン家4人の戦果は著しい。子爵になる話も上がると言っていたな。
「ときに……エリオットはお元気?」
「変わらずだ」
「そう、ベルソワでは重傷と聞いたから心配してたのよ。ああ、あなたもよくご無事で」
「本心か?」
「ふふ、私は母上とは違うわ」
おや、そこまで根に持っていないのか。いやー、本当かなー。
「ところで魔物討伐指揮は訓練しているか」
「あなたは会う度にそれね、何度も言うけど私には向いてないのよ。それとも森に入って死ぬのがお望み?」
「騎士貴族家の務めを果たせと申しているだけだ」
「……冒険者上りがよく言うわ、じゃあ失礼」
マルティーナと取り巻きは去った。
「何とも絡み辛いな」
「だからと言って避けてばかりはいられん、領地も隣りだしな。クラウスもソフィも面倒な相手こそ積極的に絡んで胸の内を探り出すのだ」
「はぁ、気が重いぜ」
「そうかしら、私は駆け引きも醍醐味だと思うわ」
「はっは、夫人はヤル気だぞ」
「いやはや頼もしい限りだぜ」
ソフィーナは本当に自覚が凄いな。




