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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
197/321

第197話 工房馬車

 ベルソワ検問所を抜けて城壁の内側に入る。


「もうクエレブレが突っ込んだところ直したのか」

「いやクラウス、仮の状態だ。ひとまず外側だけ積み上げて本格的な修復は内側からと聞いている。ラウリーン検問所を抜けたら振り返ってみろ」


 ほう町側から直すのか。


「ほんとだ、こりゃ大規模だな」


 メルキース城壁は高さ20mほどか。その半分辺りの高さまで地上から階段状に石が積み重ねられている。下には多くの人と修復用と思われる石が並び、十数体のゴーレムが作業していた。


「下で石を作ってゴーレムが運ぶんですね」

「うむ、遅くとも今月中には外側含めて修復が完了する」

「商会長、ゴーレムの色が違うのは何故ですか」

「操石士も得意な石質があり、その成分割合によっては色見も大きく変わる。中にはゴーレムの作業効率が高い石質もあるが扱える操石士は少ないと聞くな」

「石なら何でもいいワケじゃないのですね」


 これは興味深い。性能のいいゴーレムは操作する腕前も要求されると。むむ、あの赤いゴーレムはもしかして3倍速く動けるのか。あの白いヤツは新型か! なんてね。


「ウィルムではゴーレム同士を戦わせる興行が流行っているそうだ」

「え、戦うの? でも動きが遅いから盛り上がりに欠けるような」

「競技専用のゴーレムがある。もっと手足が細く動きもそれなりだ」

「へー、面白そう」

「じゃあ兵器としても使えそうだな」

「魔石が見えているのは同じだ。そこを狙えば一発で崩れる。それに動きを速くする分、力が弱い。今見た石でも持ち上げることはできないさ」


 なるほど、競技に特化したゴーレムなのね。


 メルキース男爵邸宅に到着し客間で休憩する。


「では城へ行ってくる」

「食事はどうするのミリィ」

「道中どこでも食べられる。夕方には村へ帰るからな」


 そう告げてミランダは出て行った。用事は伯爵とシンクライトやカイゼル工房のトランサイト生産報酬などを話し合うとのこと。いい成果を期待しよう。


 ほどなく使用人から昼食の案内がされる。食事前に男爵が挨拶をしたところを見るとクラウフェルト子爵邸宅からは無事に帰って来られたようだ。流石に貴族相手に変なことしないよね。


 俺と同じテーブルにはミリアムの兄の孫マルスとカイン、そしてミーナがついた。


 ミリアムの孫ディックとマルスの妹ドロシーはシャルルロワ学園へ視察に行っており昼食も学園の食堂を利用するとのこと。ディックはアーレンツだったかの料理人専門学校と聞いていたがそっちに行くのね。ディックの弟カレルはマクレームの冒険者養成所へ入っている。


「ねぇリオン、お食事おいしいね」

「うん、ミーナ」


 隣りに座ったミーナはとても幸せそうだ。好意ある相手とこんな豪華な食事だもんね。


「ミーナは村に住んでるの?」

「そうだよ、カイン」

「うへー、魔物恐いだろ」

「ううん、西区のみんなが強いから平気。この間はお父さんがサラマンダーを倒したよ」

「Aランクも来るのか!」


 カインの中でコルホル村が危険地帯と認定される。


「城壁にお部屋があってね、魔物と戦ってるお父さんたちがよく見えるの。凄く早く倒すんだよ」

「へー、流石冒険者だな。ミーナも冒険者になるの?」

「えっとね……リオンのお嫁さん」

「!?」


 ミーナは真っ赤になり言っちゃったという表情で俺を見つめる。どう返していいか分からない。


「え、ええと、もしそうなったらよろしくね」

「うん!」


 マルスとカインはそんなミーナを微笑ましく見守る。


「ところでマルス、ドロシーは登録士の専門学校じゃなかった?」

「はいリオン様、ドロシーは昨日メールディンクの専門学校を視察しました。ただ貴族学園も選択肢なので見る必要はあると言ってました」

「ふーん、マルスは行かなかったの?」

「自分では貴族学園は無理です。昨日、木工の専門学校を視察しましたから」

「そうなんだ、良かった?」

「はい、素晴らしい環境でした。早く通いたいです」


 こればっかりは無理強いできないからね。


 食事を終えて客間へ移動すると既にカトウェイク家は到着していた。俺たちはミリアムの指示のもとにソファへ散る。


「じゃあ先にカトウェイク家から名乗りを頼むよ、まずはエンドラからだ」

「はい、姉さん。私はそちらのミリアムの妹、エンドラ・カトウェイク58歳です。アルデンレヒト男爵領より来ました。仕事は建設ギルドの事務で、主に建設商会へ提示する基準工費作成に携わっていました。夫レオンは操石士をしてましたが2年前に老衰にて65歳でこの世を去っています。このほど姉の次男であるクラウス様が叙爵されるに当たり、私どもを身内として受け入れてくださったこと大変嬉しく思います。長男夫婦、孫2人共々よろしくお願いします」


 何とも落ち着いて頭のよさそうな人だ。姉のミリアムとは真逆の雰囲気だな。はは、周りの反応も同じと見える。


「エンドラ、ウチの者にもう少し礼儀を教えてやってくれ」

「うるさいね、じゃあまずアンタから指導してもらいな」

「女は女の指導があるだろ、ワシはマティアスがいい」

「え、父さん、俺?」

「何じゃ嫌なのか」

「はいはい、静かにして! 次はカミロだよ」


 ゴードンは野次を入れるのが生き甲斐のようだ。


「僕はエンドラの長男でカミロ、40歳です。アルデンレヒトではブラームス武器商会の注文製作を担当してました。今話題のトランサイト合金も1件お世話させていただき、極めて飛び抜けた価値に驚愕した次第です。その製法を発見したクラウス様にお仕えできること、大変嬉しく思います。どうぞよろしくお願いします」


 ほう、1本売ったのか。どんな客か興味あるが守秘義務で無理かな。それでこっちに来たならコーネイン商会に転職するのだろうか。


「次はロディーヌ」

「はい! 私はカミロの妻ロディーヌ、28歳です。夫と同じくブラームス商会で働いていました。役職は支店長秘書で、商会要人のお出迎えやお茶出し、時には事務も担っておりました。仕事柄、貴族やギルド幹部などと接する機会が多かったので、クラウス様のお屋敷でも幾らかお役に立てると思います。どうぞよろしく」


 おしとやかな美人さんだね。ふーん、元支店長秘書か。コーネイン商会でもあるのかなそんな役職。


「次はカーシス」

「はーい、僕はカーシス、8歳、ヴァルヴィエ初等学校2年です。えっと、リオン様と年が同じなので仲良くしてください、終わり!」


 はは、いいね、これが8歳の子供だ。


「最後にユフィール」

「はい……えっとユフィールです、7歳。お兄ちゃんと同じ学校で1年です。みんなお友達になって下さい。これでいい? お母さん」

「よくできたよ」

「えへへ」


 あらまあ可愛いね。この兄妹はヴァルヴィエ初等学校か、家から通える距離だったのかな。


「さあ次は私たちだ、まずはゴードン」


 俺の祖父ゴードン、祖母ミリアム、クラウスの兄マティアス、その妻エリサが名乗りを終える。長男ディックはシャルルロワ貴族学園に視察、次男カレルはマクレーム冒険者養成所に入っていると告げられた。


「次に私の兄家族のイーデンスタムだよ」


 ミリアムの兄ユリウス、その妻バルバラ、息子キース、その妻ミネルバ、長男マルス、次男カインが名乗る。長女ドロシーはディックと共にシャルルロワ貴族学園へ視察に行っている。


「次はキースの姉とその子だよ」


 キースの姉マリベルと長女レナが名乗る。次女リーリアはマクレームの冒険者宿舎へ入ったそうだ。身内が来るなら顔合わせに屋敷へ戻りそうだが割とみんな自分の用事優先なのね。


 続いてエリサの兄ウォレンと妻カチュア、メルキース保安部隊は直ぐ近くだから来たのね。ただ長男ライアンと長女アストリアは士官学校にいると告げられる。


 次にカチュアの実家であるシベリウス家だが、カチュアの母メリッサ、カチュアの兄アグロヴァル、その妻ウェンデル、長女シャロンは北西部防衛部隊、そして長男フローレンスは士官学校と紹介された。


「名前だけ伝えた子供らは夕方に帰って来るよ」


 ああそうか、カトウェイク家もどこかに行くわけじゃないし直ぐ会えるよね。


「次はディンケラ家、ノルデン夫人方の身内だよ」


 イザベラの父クレメンテ、その妻マルセラ、イザベラの上の兄ミゲル、下の兄ラウルと名乗りを終える。ブラード家もまた折を見て村から来るだろう。


「夫人の実家はエシルストゥーナ家が来た時に一緒に紹介するからね」


 なるほど、一度で済ますんだね。カスペルやエミー、特にエミーは貴族屋敷が苦手っぽいから、なるべく回数を少なくする配慮だろう。


「次はクラウスたち」

「うむ」


 クラウス、ソフィーナ、俺、そしてフリッツ、ミーナと名乗る。ディアナは中等学校なので夕方顔を出すとのこと。ミーナは使用人でも身内でも無いが1人だけ名乗らないのも変なので流れで入れた。将来は分からないけどね。


 最後にメルキース男爵と夫人が名乗った。


「カトウェイクのみんなは身内についてミゲルに話を聞くといい。彼は特技から性格から全部頭に入っているよ」

「ミリアムさん過大評価です」

「ミゲル、是非とも力になってやれ」

「はい、父さん。私でお役に立てるなら」


 ミゲルは羊皮紙商会の調整役だったから顔と名前を覚えるのが早いんだよね。クラウスの屋敷でも外との連絡役が向いているかも。家令が良さそう。


「さて皆の者、ワシとクラウスたちはここまでだ。カトウェイク家の者たちは我が屋敷の使用人に何でも遠慮なく聞いてくれ」

「はい、男爵、お気遣いありがとうございます」

「では行くぞ」


 男爵と共に客間を出て玄関へ。ノルデン家の馬車に俺とクラウス、ソフィーナ、男爵が乗り込む。いや忙しいね、屋敷では食事と名乗りだけ。確かに本を読む暇なんて無かったや。


「これよりキッケルト建設商会へ行く」

「それは、工房馬車ですか」

「うむ」


 おおー、遂に乗れるのか。


「フリッツとミーナはそのまま村へ帰る」

「工房馬車に乗り換えたらウチの馬車は何処へ行くのですか?」

「後からついて来るぞ。工房馬車も村までは行かん。ブレイエム監視所に入り、中で再び乗り換えるのだ。村で工房馬車から我々が出てくるところを見られては面倒だからな」


 確かにキッケルト建設商会に偽装しているのに乗ってるのバレたら台無しだね。


「遠出の際も似たような運用だ。必ず人目に付かないところで乗降する」

「では出先の施設は事情を知っている人の管理に限られますね」

「うむ、大体は繋がりのある貴族家、もしくは騎士団とするつもりだ。何しろ中ではトランサイトを生産してるのだからな」

「そっか、作った武器をまた運ばなくちゃいけない」


 俺は降りてもトランサイトはそのままにできないぞ。


「いや運び出すことは無い。そのままウチの屋敷なり商会本店なり、または城なりへ行けばいい」

「城とは、ゼイルディク伯爵も工房馬車の運用を把握しているのですね」

「もちろんだ。城壁の検問を抜ける際に特例措置で中を確認しないと周知されている」

「へー、凄い」

「ただ逆に何かあると思われるのでは」

「クラウスよ、伯爵特例で素通りする馬車は他にもある。それをいちいち詮索はしないし、そもそも触れること自体が伯爵に背くことになる。心配は要らんぞ」


 うは、ここで強権発動か。でも助かるな。


「さてキッケルトに着いた。倉庫にそのまま入るからな」


 馬車は脇道から大きな倉庫の裏手に回る。もう明らかに怪しい行動に見られてるぞ。


「お待ちしておりました、男爵」

「うむ、手間を掛けるな」


 倉庫の中で馬車を降りるとキッケルト建設商会長が出迎えてくれた。


「こちらが工房馬車です」


 おおー、これか! 大きいな。4頭立てで荷台は天井まで板で覆われている。前世でキャラバンと言われる型に近いか。


「奥にある我が商会の馬車と外見はほとんど同じでしょう」

「本当にそっくりですね」

「ですが車軸付近は全く違います。裏から見れば分かりますが貴族家の使う馬車と作りが似ており、走行時の揺れはかなり抑えられます」

「早速乗り込むか」

「では階段をお出しします、そのままお待ちください」


 商会長は荷台の下に手を入れると側面の一部が扉の様に内側へ開いた。


「おお、そこが開くのか」


 中から階段が下される。


「どうぞ」


 男爵に続いて階段を上がる。


「おお、これは」

「まあ素敵」


 そこには低いテーブルと両側にソファが置かれていた。


「まるで居間じゃないか」

「後方には天井まで届く家具が置いてあり、荷台後ろの扉を開いても中は見えません。検問官には荷物が多く積載されているだけに見えるでしょう。また先程の側面扉は荷台底面の錠を解除すると開きますが、内側からその錠を固定できますので不用意に開かれることはありません」

「ふむ、良いなこれは」

「またこちらの壁には覗き窓がいくつかありまして、塞いでいる板をずらすと外の様子を確認出来ます」

「これか……なるほど、よく見える」


 俺の身長でも届く場所にあるね。覗き窓と言われた部分には小さい穴がいくつも並んでいた。例えるなら地球のお面、または被り物、あの視界を確保する部分に近い構造だ。


「しかし外側から不自然では?」

「いいえ、ちょっと見ただけでは分からない工夫をしております」

「ほう」


 商会長へついて再び外へ出る。


「どうでしょう、覗き窓が分かりますか」

「なるほど、これは分からないな」


 側面にはキッケルト建設商会と大きな文字、そしてシンボルマークが立体的に取り付けられている。その文字間の隙間に小さい穴の開いた背景が敷き詰められていた。確かにこの一部が中まで通っていたとしてもパッと見は分からない。


「ただ夜間などに中の照明を点けるとよく分かります。窓の板をずらす際には照明を消してご利用ください」

「うむ、承知した」

「それでは中へ、我が商会の御者が監視所までお送りします」


 荷台に乗り込みソファへ腰を下ろすとほどなく動き出した。


「うむ、悪くない乗り心地だ」


 そもそもソファが衝撃を吸収するため多少揺れてもお尻は痛くない。


「さて、そなたらも知っての通り、ワシは朝からクラウフェルト子爵邸宅へ招かれていた」

「よくご無事でした」

「はっはっは、確かにワシを人質にでも取ればノルデン家を動かせるかもしれん。ただ貴族相手に直接手を下すなぞ発覚すれば爵位剥奪より重い罪だ。流石に手段を選ぶだろうて」

「ただもし子爵が神の刺客となっていた場合、我々の常識は通用しません」

「クラウスよ、危険が想定される場こそワシの役目だ。ノルデン家を守るためなら喜んで前に立とう。老いても自分の身くらい守れるぞ」

「改めて男爵の決意に感謝します」


 何ともありがたい話だ。


「それで話したのは例の神託に関わること。結論から言うとリオンを神殿で清めたいとの主張だ」


 え、清めるだって?


「リオンの中には破壊と混乱の源が眠っている。それが目覚めてしまうと思考を支配され誰の手にも負えなくなる。そうなる前に神殿で儀式を行い身を清めれば、悪意は消え去ると言うのだ」

「だから連れてこいと」

「うむ」


 何だかよく分からない方向に解釈したな。


「殺害を目論んでいないだけマシですが清める儀式なんて十分怪しく感じます。やはりどさくさに紛れて殺す気では」

「いや、私の見る限り子爵はいたって真剣にそう申した。純粋にリオンを救うおつもりだ」

「はあ……リオンはどう思う」

「言葉通りだとしても行きたくはありません」

「まあそうだろうな」

「恐らく子爵の言う悪意が消えるまで清めの儀式は繰り返される。その過程でクレア教の信仰に引きずり込み、意のままに操りたいのではないか」


 うわ、洗脳か。


「確かにただの善意で動くとはとても思えません。それであの情報はどこまで伝わっているのですか、また誰が神託を受けたのですか」

「知っているのはクラウフェルト子爵、家令モニカ、神殿司祭ガルハールだけ。神託を受けたのは別の神殿の司祭でその人物から直接聞いたそうだ。従ってその先の広まりは分からないと。その神託を受けた人物の情報は明かしてくれなかった」

「なるほど、分かりました」


 情報源は他か。


「子爵も情報の重要度はよく理解しておられる。伯爵へ伝えていないのもリオンを兵器開発の道へ進めないためだと。元々クレア教と言うのは戦争を禁じておってな、故に神託でリオンの危険性を伝え殺害を命じたと。しかし子爵は殺さずして解決する方法を模索し、その清めの儀式が答えというワケだ」

「子爵なりに考えてくれたのですね」

「リオンがトランサイト生産職人であること、それが伯爵家やゼイルデイクの未来を背負っていることは重々承知している。子爵はある意味、神の意志と板挟みになってるのだ」


 ふーむ、なるほど。


「男爵、今後はどう対応するべきでしょう」

「殺意が無いとはいえ、儀式を通じての最終目的が不透明だ。それに向こうの主張に合わせて何の条件も無く応じる必要はない」

「確かに。そもそもリオンはクレア教信者ではない」

「それどころか敵対関係だよ、父様」

「うむ、神の影響力がある神殿に行けば何が起きるか分からないしな」


 怖いよ。


「じゃあ拒否を貫く方針で決まりだな。ソフィもそれでいいか」

「ええ、もちろん」

「では男爵、子爵へそう伝えてください。理由はお任せします」

「相分かった……しかし1つ、懸念がある。メルキースで予定している国王崇拝の拠点建築だ」


 むむ、あれも宗教だぞ、何か関与してくるのか。


「アルメールに大神殿を構える国王及び王家を崇拝する信仰、これを神王教と言う」

「神王教」

「初代国王は死後天界に昇り神々の王となった。だから神王だ」

「神々って、神王教は複数の神を認めているのですね」

「うむ、あの創造神クレアシオンでさえ配下との考えだ。もちろんクレア教はそんなことは認めない。神とはただ1つ、クレアシオンだけだ」


 こりゃ絶対に相容れない関係だな。


「リオン、我が国にクレア教が後から入って来たのは知っているな」

「はい、確か統一暦を定めた年、つまり約2300年前ですよね」

「それ以降、クレア教の他にも様々な宗教がこの国へ入って来た。ただ中には極端な差別や暴力的な教えを有しており、時には多くの信者を率いて社会的秩序を乱す事態も発生する」


 怪しい宗教が混じってたか。またそれに惹かれる人間も一定数いるだろうな。


「ただ個人の思想を制限しないのがカイゼル王国の姿勢だ。問題を起こした宗教は厳しく罰せられはしても消滅までは追いやらない。それが逆恨みに繋がる可能性もあるからな」

「自分たちが正しいと信じ切ってますからね」

「しかし再び勢力を広げて問題が発生しても困る。そこで新規拠点建築や大規模な行事などには議会の承認が必要としたのだ」


 あ、そう言うことか。


「その規則の対象を特定の宗教だけにすると差別だと主張しますね」

「その通りだリオン。つまり国内の宗教全てが拠点建築に議会を通す必要がある、それはクレア教でも神王教でも例外ではない」

「だから子爵がメルキースの拠点建築を妨害してくる可能性があると」

「或いは建築を妨げない代わりに清めの儀式を受け入れろと」

「むむむ、交換条件ですか」


 でも待てよ。


「クラウフェルト子爵は神職者ギルド長なので分かりますが、他の子爵には神王教信者もいるのではないですか」

「それぞれの子爵領にはクレア教の礼拝堂があり司祭もいる。洗礼や祝福を今後も滞りなく行いたいだろう。ギルド長なら神職者の異動も思いのままだ」

「うわ、いやらしいですね」

「そうやってゼイルディクでは長きに渡りクレア教が独占を維持している」


 いやよく考えるとチャンスでは。


「クレア教の司祭がいなくなっても代わりに神王教の施設で洗礼などを行えばいいのでは? むしろそうやって規模を縮小してくれればこちらとしても都合がいいですし」

「両方あって好きな方を選ぶのと、慣れ親しんだ片方が無くなり違う方を強要されるのとでは領民の印象が全く違う。また他の地域で洗礼や祝福を続けられると寄付が流れて税収にも影響を及ぼす」


 あー、そうか。


「あくまでクレア教に神王教が選択肢として加わる。それが自然に受け入れられる唯一の方法だ。更に運用面で神職者ギルドの存在がある。今あるのはクレア教のギルドだけで神王教のギルドも新設せねばならん。それも議会の承認が必要だ。ギルドがなければアルメールなど外部から神職者を呼ばなければならない」

「うわ、それは手間ですね」

「これは子爵に動いてもらうしかないのでしょうか」

「他に方法が無いか探ってはみるが、現状はそういうことだ」


 むう、俺が我慢すればクレア教を少しでも縮小するチャンスと。


「まあその儀式次第だな。まず安全が絶対条件、次にリオンが耐えられるかだ」

「裸で踊れとかじゃないなら大丈夫だよ」

「ははは、それは俺もゴメンだ」

「よしではまず儀式の内容を聞いておこうか」

「お願いします、男爵」

「アルメールの使いは数日後に訪れるだろう。直ぐに具体的な建築計画に取り掛かり、今月の議会には発議を間に合わせたいところだ」


 しかし子爵とはちょっと変な利害関係になるな。


「裸踊りで思い出した、例の新たな儀式についてだ」

「それは神の魔物の勢力増大に繋がったとされる、確かトレド伯爵領の神殿で催された儀式ですよね」

「うむ、クラウフェルト子爵へ問うたらその概要を話してくれた。儀式とは若い女性が裸になり舞いを披露する、それを主に男性信者が囲んで眺めると」

「うわ!」

「まあ!」

「舞いが終われば男性信者を1人選んで別室へ入り更に高みに昇る儀式を執り行う。それは選ばれた男性の証言から性行為で間違いない」


 おいおい、まるっきり性風俗じゃないか。


「これを丸一日、複数人の女性が入れ替わり行う。その日の神殿には数百人信者が集まったそうだ。もちろん男性ばかりがな」

「それが儀式と言えるのですか?」

「子爵は憤慨していたな、神殿が汚されクレア教に大きな恥を残したと。ウィルムの神職者ギルドでもかなりの批判を受けたらしい。もうトレドの神殿は除外する話もあるそうだ」

「いやまあ、何というか」

「ただクレア教の信者層で最も少ないのは若い男性たちだ。神殿や礼拝堂の祈りを何とも思わないそんな奴らを、一時的でも集めた功績は認めざるを得ない。極めて破廉恥で地に落ちた方法だがな」


 もう宗教とか関係なくただ性欲を満たしに来ただけだろう。


「でも神にとっては効果があったのですね」

「ただ力を得る方法が何なのか定かではない。信仰心が無くとも神殿に行けばいいのか、或いは神殿でその様な行為が力の源なのか、はたまた今回の催しは関係なく全く別の要因があるのか、もうワシでは判断がつかん」

「その発案者は誰ですか?」

「トレドの神官らしい、それも神託を受けたと主張しておる」

「まあ神の指示で間違いないですね、でなければ明らかにおかしいと気づきます」

「うむ、恐らく信者の若い女性に神に近づくためとしてその役割を命じたのだろう」


 本人は純粋に信じて引き受けたに違いない。もう宗教って何だか分からなくなってきた。


 しかし本当にその儀式が神の力となったのなら、あの魔物たちを動かした根源は野郎どもの熱い性欲なのか。俺はそんなのに殺されかけたとか嫌すぎる。死んでいった騎士たちも浮かばれないぞ。


 もう神はクレア教の評判とか度外視でなりふり構ってられないと。その必死さはよく伝わって来た。ただ再び同じ儀式は難しいだろう。いや若い男性たちは熱望しているか。数百人だもんな。次こそは別室で高みを目指したいはずだ。

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