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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
196/321

第196話 町への往路

 6月11日平日5日目だ。明日が休日なので週末に当たる。ただ農業は天候に合わせるし魔物対応は平日も休日も関係ない。加えて中央区の人々も毎日同じ様な生活スタイルなので、村にいる限りあまり週末の雰囲気を感じたことは無い。


 住人料理の日が唯一の区切りだったが西区では撤廃されているため休日でも平日と変わらない。俺の仕事も決まった休みはなく用事が無ければ工房へ行っているから今日が何日なのかも分からなくなる。


 ただ神の魔物は今のところ規則性があるため襲来が予定されている日はしっかり準備しないといけない。予定? 何だろう、魔物にも用事があるからその日しか空いていないとか。そんなバカな、あるとしたら神の予定だな。


 そうか、神の予定か。何しろ神だ、この世界全ての管理者である。世界は広い。宇宙の声は地球とほとんど同じだと言っていた。それが惑星の大きさを指すのかは分からないが、少なくとも東西1200kmのカイゼル王国は世界全体から見ればごく一部の地域に過ぎない。


 きっと今までは他の地域でも魔物や刺客、或いは神託を使って人間の行動を調整していた。ところが8歳の洗礼を過ぎて一部封印が解かれたためこっちに注力せざるを得なくなった。そのまま封印の効果があり記憶も戻らなければ引き続き世界全体を見ることが出来たはず。


 現状、神は俺に掛かりきりになり世界のコントロールを失っている。それが長期間続くと人間社会は神の意図しない方向へ進むかもしれない。兆候をつかんで広がる前に芽を摘むのが管理なら、それを把握していて対応できないのは非常にもどかしいだろう。


 フフフ、困りましたねぇ。他事に手が回せないと苛立ちだけが増大するねぇ。ベルソワの勢力ほどの力があれば世界中で色々できたのにねぇ。しかも俺は仕留め損ねてまたスキルを解放しちゃいましたよ? 必死になるほど逆効果、悔しいのう。


 いかん、最近性格がねじ曲がった気がする。いや元からこんな性格だった可能性も。確かに前世では雑草や害虫に極度の殺意と怨念があった。野菜は農家の財産だからね、それを脅かす存在は敵だ。枯れた草や死んだ虫を見ると心が晴れやかになったものだ。


 などと目覚めたベッドの中で悶々と考えているとクラウスが朝の訓練を誘いにやってきた。


「疲れているなら今日は構わないが」

「ううん、行くよ」


 実のところベッドの寝心地をちょっと楽しんでいた。そう、昨日から高級家具が我が家に来たのだ。しかしうーむ、ソファと言い、人をダメにする罪深い家具だな。


 朝の訓練を終える。昨日は一日雨が降ったり止んだりでスッキリしなかった。今日は降ってはいないがどんよりとしている。生暖かい風も吹いているのでいつ降りだしてもおかしくない。神が天候を操れないのは良かった。流石に英雄でも天変地異には勝てない。


 朝食を終えて居間に座る。


「今日は弓の訓練できそうね」

「村を出るのは10時だが商会へはいつも通り8時だ」

「なら十分時間があるね」


 護衛と共に訓練場へ。ソフィーナは再びサラマンダーの弓に向き合っていた。


「この時間、父様は何してるの?」

「今日はサラマンダーの剣を訓練してるわ。そうそう、この間リオンに教えてもらったこと伝えたの、武器に振り回されないようにって。何とも言えない表情だったけど」

「……抽象的だからね」

「あの熱風、剣でも出来るのかしら」

「同じサラマンダーだから出せると思うよ」

「本当に凄いのね、あなたは」


 剣は頭の角だったな。もしかしたら火炎ブレスを吐けるかも。え、剣からブレス? それは変だな。じゃあ俺の口から? そんなバカな。


 訓練を終えて家に帰る。納屋の前ではクラウスが剣を振っていた。


「おー、帰ったか」

「サラマンダーはどう?」

「どうもこうも、魔力を使って疲れるだけだ。それでソフィから聞いたが弓で面白い事ができたってな……剣も試してみるか」

「いいの?」

「もちろんだ、ただ危なそうなら止めてくれ」

「分かった」


 クラウスから剣を受け取る。鍔付近や柄頭は何とも派手な装飾だ。これがAランク魔物素材だぞと言わんばかりの自己主張か。


 魔力を流す。


 ブウウゥゥン


 ほほう弓よりも攻撃的な力を感じる。そうか頭に付いていたもんな、その思考とかを感じやすいのか。


 ブオオオォォー


「おおっ!」

「まあ」

「集束70%くらいかな、多分この状態なら熱風を放てる。でも危ないから止めておくね」

「ああ、そうだな」


 渦を巻いた炎の魔素が剣身を包み込んでいる。何という凄まじい力だ。


 む、この感じは……そうか!


「ちょっと別のこと試してみるから離れてて」

「分かった」

「家を燃やしちゃダメよ」

「……大丈夫」


 サラマンダーの剣を両手で持ち体の前に立てる。剣身の側面が俺の顔の前に来た。熱く煮えたぎる魔力、これを一気に放出すれば灼熱の炎となって全てを焦がす。


 フフ、吐きたいか、火を吐いてこそサラマンダーだからな!


「はああっ!」


 ゴオオオオォォ!


「うわっ!」

「きゃあっ!」

「なんだい!」


 シュウウウゥゥー……


 俺はそのまま剣を空に向かって突き上げた。すると高密度の魔力は一気に放たれ、炎の柱となって天に昇って行った。


「ハァハァ、父様返すよ」

「あ、ああ……」

「朝から何をやっておる」

「フリッツ!」

「そろそろ商会へ行こうと呼びに来たら、火の渦が立ち上がって驚いた」

「渦? 柱じゃなくて?」

「竜巻と言って分かるか」

「分かるよ」


 ほう、そうなのか。俺は1本の柱をイメージしたが、剣身を中心に魔力が渦巻いていたから捻じれて回転を生んだのね。これ前方に放ったらどれほどの破壊力だろう。ただ同時に強い燃焼効果もあるから使いどころが難しい。


 しかし凄いな魔物合金は、火属性レベル1の俺でもこんな芸当ができるなんて。もちろんサラマンダーの力と俺の魔力操作があってのことだ。


「今のを誰がやったと聞かれたらクラウス様として欲しい」

「え!? 無理だぜあんなの」

「一瞬ではあったが中央区からも十分見えたはず。偶然出来てしまったが再現は難しい、それで頼む」

「……分かった」

「ごめんなさい、調子に乗りました」

「何とでもごまかしは効く、気にせず訓練すればいい」


 でも伸剣や飛剣みたいに見えないワケじゃないからな。今度からはちょっと考えよう。


「リオン様は弓を持参してくれ」

「え、これ?」

「うむ、矢は商会が用意する」


 何だろう。あ、そうか、神の魔物が来たら弓技の解放を狙うんだな。Aランク魔物なら的が大きいから斜め上に放てる。もし変な方向に飛んでも地上で戦っている騎士たちには影響は無いだろう。いや飛行中の魔物を狙ってもいいな、当たるかは別にして。


 おー、いいね。もし弓技を覚えたら生産速度が剣並みになるぞ。自由時間をもっと確保できるじゃないか。これは何としても成し遂げたいところだ。


 フリッツや護衛と共に中央区へ向かう。


「そう言えばミーナは?」

「10時の出発前にエリーゼが商会へ連れてくる」


 そっか。


 商会へ到着。工房にはクラウスとソフィーナ、そしてフリッツも入る。作業場にはミランダがいた。


「フローラさんは?」

「朝からメシュヴィッツと共に本店へ向かった。ジルベールは勉強のため来ない」

「そうですか」

「出発までリオンは生産をしてもらう。剣8本、槍2本、弓10本、杖6本の計26本だ。10時までには間違いなく終えるな」

「それなら1時間10分ほどですね、では剣からいきます」


 ギュイイイィィィーーーン


 ふー。


『トランサイト合金

 定着:2年364日22時間51分

 製作:アベニウス商会 剣部門』


「おー、アベニウスですか」

「うむ、26本全てだ。あそこの取り扱い決定は授与式の日、それから実質3日ほどでこれだけ用意したのだ」

「それで意匠が簡素なんですね」

「剣身さえあれば他はどうとでもなる。まあ子供用となると新たに作る必要があるがな」


 8本のうち剣身80cmが3本、75cmが3本、70cmが2本か。クラウスは80cmでも背中の鞘から直接抜いてたな。多分あれが限界の長さなんだろう。それ以下を揃えておけば要望に応えられると。


 その点、槍は穂身の長さはそこまで気にならない。弓はある程度標準の大きさが決まっているからそれに合わせる感じ。杖は下部の長さ調節が出来るから問題ない。しかし弓と杖はかなりシンプルなデザインだ。きっとそういうの拘らない客に提示するんだね。


 あー、価格の差が何かと思ったがそういうところか。じゃあ凝ったデザインは時間が掛かるから後に売れる武器には高価なのが混じってるかも。いや流石に億単位では変わらないか。まあ宝石なんかを贅沢に装飾なら多少差が出るかな。


「あら? 私の記憶では初回10本と伯爵は言ってたわ」

「後日私が撤廃するように申し入れた。アベニウス商会ならトランサスの貯えもあるはず、小出しではラウリーン商会への配分には遠く及ばないと」

「そうね、ラウリーンが大きい顔をしているのを戒める目的もあったわね」

「もうラウリーンは十分売った。しばらく停止してもいいくらいだ」


 確かにカルカリア伯爵もそんなこと言ってた。地理的にもアベニウスが更に東だからその方面へ広めるなら主要商会にしてもいいくらいだね。


「ところで昨日、カイゼル工房から直接武器を持ち込んだようですが扱いはどうなってるんですか」

「知らん」

「え、でも報酬はちゃんと貰えますよね」

「だろうな」

「あらら、商会長は何も聞いてないんですか」

「今日、お前たちを屋敷へ送ったら私はそのまま城へ行く。シンクライトの報酬含めて伯爵と話すつもりだ」

「そっちもまだ決まってなかったんですね」

「お前の生産速度があまりにも早いため調子に乗ってどんどん持ってくるんだよ。昨日一日でシンクライト6本とトランサイト145本だぞ。異常過ぎる」

「は、はあ……」


 真面目に仕事してるだけなのに。


「そんな顔をするな、全く問題ない。伯爵たちが準備不足なだけだ、私含めてな。まあしっかり話をつける、時間見合いの追加報酬も貰ってやるぞ」

「おお、それは嬉しい」

「53本を翌日渡せるのだ、喜んでいくらでも払うさ」

「それってカイゼル工房の分ですよね、ちょっと気になったんですが伯爵は職人についてどう説明するつもりでしょう」

「職人の特定は身の安全のため控えてもらう、そう聞いているぞ。例え王都の使者だろうが対応は変えんだろう」

「あー、そうなんですか」


 なるほど、生産視察どころか会わせもしないのね。


「連れていかれでもしたら伯爵にとって大きな損失だからな。加えて深い恨みを覚える。そんなことを国王は望んではいない」

「良かった、じゃあ俺に繋がることは無いんですね」

「もちろんだ。伯爵は何としても隠し通す。もし詮索するようなら預かった武器は渡さないとでもするか」

「おいおい随分と強気だな、王都の使者だぞ」

「構わん、それほどトランサイト生産と言うのは破格の仕事だ。その代わり持って来たトランサスは最速でトランサイトに変える、それで十分だろう」


 まあ確かに。欲しいのはトランサイトだからね。


「何も心配するな。伯爵はこれまでも様々な上位貴族と渡り合ってきた。伊達にこの国の北西最先端を預かってはいないさ」

「ミランダには珍しく伯爵を褒めるな」

「敵対するなと言ったのはクラウスだろう」

「その通り、仲良くしようぜ」


 伯爵家は大きな後ろ盾だからね。


「ところで53本全部がマルカリュード騎士団配備ですが、あまりに偏り過ぎています、商会長はどう思いますか」

「一番最初に到着したのがその53本なだけだ、輸送部隊はまだ来る。あと100本ほどが近日中に到着するらしい」

「うわ、まだあるんですね」

「ただ本当に100本なら30本ほどはオービドス配備で後はまんべんなく散らすだろう。リオンの言う通りマルカリュードが多すぎる」

「やっぱり不自然ですよね。フローラさんは山脈に何かあると見ています」

「フン、新たな国境でも切り開くか。あの辺りは深い渓谷があると聞く。恐らく山脈を抜けられるぞ」


 ほう、渓谷か。


「もちろん山のど真ん中を進めばどんな魔物が出るか分からん。それをトランサイト部隊で蹴散らすのだ」

「ただもし山脈を抜けても交易路なんかとても作れないだろ」

「かなりの大事業となり何十年も費やすだろう。それでも今まで入れなかった奥地を切り開けるのだ、大きな進歩と言える」


 まあ開拓するんだからね、無理だろってところに切り込むものさ。


「さて工房馬車だが明後日完成予定が早まった。今日中に受け渡しとなるぞ」

「おー、それはいいですね」

「試しにカルニン村を視察するんだったな」

「うむ、明日の朝から行けるよう手配するが構わないか」

「俺はいいぜ」

「私も行くの?」

「ソフィも夫人として領地運営に意見するべきだ、フリッツも含めて同行しろ」

「分かったわ」

「無論、私も行く、防衛部隊の馬車と共にな」


 町ではない地域へお出掛けはちょっと楽しみ。カルニン村か、畜産が盛んなんだよね。


「それで運用に問題が無かったらバストイアへの日程も組む。既にアレリード子爵とメースリック子爵、そしてバストイア男爵には大体の話はしてある」

「では明後日辺りか」

「今日が11日で16日から3日間が極偉勲章授与式だ。私の授与式は18日だが、ナタリオが初日に授与されるため防衛部隊指揮官として出席する。従って行くなら13日~15日の間だ。日帰りは難しいためメースリック子爵邸宅で宿泊希望とも伝えてある」

「初対面でいきなり泊まるのか、何だか悪いな」

「経営するアベニウス商会にこれだけトランサイトが渡るのだ。我々が口利きをした経緯は伝わっている、初回10本の撤廃含めてな。故に大歓迎さ」


 いきなり降って湧いた儲け話だからね。しかも巨額で今後も継続する。1泊世話するくらい何てことないわな。むしろこれを機にノルデン家と仲良くなって何かしら投資を引き出すチャンスでもある。


「フリッツ、母方の実家に帰れるのは嬉しいか」

「……今はクラウス様にお仕えする身、ワシの血筋がノルデン家のためになるなら利用させてもらうまで」

「はは、頼もしい家令だ」

「父方の身内とも顔を合わせればいい。騎士家系だからな、今でも北東部で任務に就いている。ロムステルとの境界奥地の情報収集となるだろう」


 父方と言うとローエン・レーンデルスか。彼の兄弟の子、いや孫世代だな。


 ギュイイイィィィーーーン


「ふー、全部終わりました」

「ご苦労。ではクラウスたちと服を着替えに行くといい」


 護衛と共にエスメラルダ横の服屋に向かう。庶民のかなりいい服に装いを変えた。商会へ戻ると店の前に貴族馬車が2台、1台はメルキース男爵家、もう1台は……。


「これってウチの馬車?」

「そうだぞ、ノルデン家専用だ」

「うわー、あれ? 御者の人って」

「ラウルだ」


 やっぱり。


「ラウルおじさん、今日はお願いします」

「はっ! お任せください、リオン様」


 あらら、かなり緊張した面持ち。大丈夫かな。


「今朝屋敷からここまで来たんだ、隣りにメルキース男爵家の御者もいるから安心だろ」

「はい、クラウス様。屋敷までの道は覚えました」


 まあほぼ1本道だもんね。


 店内に入るとミーナとエリーゼが待っていた。


「リオン! 一緒にお出掛けだね!」

「うん」


 ミーナの様子を見ると神の魔物はまだらしい。おお、そうだ、シンクライトも持って行かないと。ミランダにそれを伝えると既にノルデン家の馬車に載せてあると。トランサイトもシンクルニウムの弓と矢も一緒だ。


「では少し早いが出発するか」


 ノルデン家の馬車に俺とクラウス、ソフィーナ、ミランダ。続くメルキース男爵家の馬車にはフリッツとミーナと護衛が乗り込んだ。GD型含めた防衛部隊のトランサイト班は監視所で合流する。村を出るのは授与式以来の5日ぶりか。


「今日もメルキース男爵が村で来客対応をしてくれるのですか」

「いや、アーレンツ子爵家令のナタリアと聞いている。父上はクラウフェルト子爵に呼び出されて朝から子爵邸宅へ向かった」

「え!?」

「神託の話か」

「恐らくな」


 うむむ、俺を渡さないなら別の手段を考えたのか。


「あの、男爵は大丈夫ですか」

「はっは、問題ない。むしろ何か手を出すなら好都合だ」

「おいおい」

「父上は常に覚悟をしている。それがコーネイン家のためなら喜んで先頭に立つ。無論、優秀な護衛もいるし、父上もただの老人ではない、心配するな」


 元騎士だからね、戦闘スキルは有しているか。


「しかし不思議だな、クラウフェルト子爵ならあの内容の重要度はよく分かっているだろ、伯爵にも伝わっていないそれをメルキース男爵とミランダに知らせる意味が分からない」

「それは私も違和感を覚えた。まあ向こうから見ればノルデン家を囲っている貴族家だ、リオンを呼ぶなら我々に接触するのは当然の流れ。しかしその根拠まで正直に示す必要があるのか」


 確かにそうだ。代わりの理由を何でも考えられそうなのもを。あんなこと知ったら俺を渡すワケないだろ。


「今日はその辺りを男爵へ伝える気なのか」

「恐らくな。ただどんな理由があろうとも、殺害を指示する神託を信じている者たちだ。リオンを渡すことはない」

「もちろんだ。殺す気じゃなくてもロクなことにならん」


 クレア教信者が沢山いるだろうからね。怖いよ。


「あ、本を忘れた!」

「本とは鉱物大全か」

「はい商会長、移動時や屋敷で読もうと思ったんですが」

「向こうでもそんな時間は無いぞ、工房でゆっくり見る方がいい」

「……そうですね」


 まあ遊びに行くわけじゃない。身内との顔合わせという目的があるんだ。それに既に見知った身内とも現状や今後を話する大事な機会だ。それをほったらかして本に夢中ってのは失礼だな。人の集まりでもスマホばっかり見て、この場には興味ありません早く帰りたいですアピールしてるヤツみたいで感じが悪い。


「さて、監視所だ、すぐ戻る」


 ミランダは馬車を降りて騎士たちに指示をしている。前と後ろ、それに横にも1台付くようだ。


「よし、行くぞ。フリッツに確認したがミーナの様子は変わらずだ。リオンは何か感じたか」

「いいえ」

「そうか、今来ないのならコルホル街道で襲撃は無いな。もちろん町に入っても接近を感じたら直ぐ知らせろ、ベルソワまで戻る」

「分かりました」


 どんよりとした空を見上げる。本当に今日来るのだろうか。


「さて、東区のケイスについてだが」

「あ、そうそう、フリッツに交友関係の確認を頼んでいたんですよ」

「うむ、フリッツが東区の世話人へ依頼し調査をしていた。結果、男児には大きく2つの集まりがあり、1つは冒険者を目指す者が多いそうだ。ケイスはそちらに属している」


 あー、やっぱりね。


「その内、リーダー格の子供をトマス・フェンテルと言う、9歳だな。そのトマスとケイスが東区へ移住した翌日に言い合いをしていた。大人の見えないところでは手を出していた可能性が高い」

「うわ」

「ケイス本人に問うても何もないと言うが、他の子供らに複数の目撃証言があった」

「きっと他の子も叩かれたりしてるんだよ」

「恐らくな。トマスは体が大きく力もある。東区では対等な子供はおらず、自然と従うようになったのだろう」

「親はどうなんだ?」

「注意をする時はあるようだが聞き入れても表面だけ、根本的な解決にはならないそうだ」


 言うこと聞かないんだな。


「こういった手合いは町へ出れば大人しくなる。所詮、東区の小さな範囲、思い通りに振るまえるのも今の内だ」

「でもケイスが可哀そう、何とかなりませんか」

「トマス本人は強い冒険者志向を持ち、純粋に鍛錬を積んでいる。従って同じ様に冒険者を目指す子供たちに指導しているつもりなのだ。それが時には荒々しくなるのだろう。決して悪意を持ったいじめではないとの報告だ」

「あらら、そうなの」


 そう言えば中央区で見掛けた時もそれらしいことを言っていたな。そんなんで冒険者になれるか、だっけ。うーん、問題はその態度か。


「それでトマスは剣技5だ。まあ平凡よりは僅かに才能があるな。本人は訓練討伐への参加を熱望しており既に武器も調達している、ただ正直その程度ではFランク下位でも苦戦する。一度私に会いに来たが却下したぞ」

「剣技5か、魔物に対峙するなら7か8は欲しいな。じゃあ武器は槍や弓の素材か」

「その通りだクラウス、ロムルス合金と言っていたな、槍なら適性85だが剣なら25だ」


 ほう、ではメリオダス副部隊長の息子ダニエルと同じ様なものか。彼は10歳で剣技5、本来槍向けのクリヴァル合金を剣にして使っていた。あれも適性が25になるんだってね。


「共鳴も少しは出来ると言うが2%や3%を上乗せしても大して変わらん」

「冒険者希望なら来年中等学校の冒険者コースへ行けばいい。ただ実戦は養成所に入るまでは無理そうだな」

「それで考えたのだが、このほど訓練討伐に参加させることにした」

「えっ!」

「おいおい」

「2班の進路だ」

「うわ、商会長、それは危険ですよ」

「同じく東区のシーラと同じパーティだ、そこで力の差を感じれば大人しくなるだろう」


 なるほど、それが狙いか。


「東区は避難部屋から魔物対応がよく見える。少し実力があれば間違った認識をするものだ、自分でも戦えるのではないかと。それが全く通じないと分かれば、今まで下だと思っていた周りの子供と何ら変わりないと気づく」

「同じ年のシーラが十分通じていますからね」

「彼女は天才だ。親のルナ以上の使い手になるだろう。トマスに分からせるのに丁度いい人材がいたものだよ」


 本当の才能ある者はこういう人だと。


「あれ? 俺って剣技無しで商会長に初めて会いましたよね。身体強化しかできないのに、どうして訓練討伐参加を許可したのですか」

「……まあ、トマスと同じ理由だ」

「うわ、調子に乗った子供と思ってたんですか」

「よくしゃべってたからな。頭で戦えると勘違いした身の程知らずと判断した」


 うは……でもその通りかもしれない。


「フリッツが妙に推していたので乗ってやっただけだ。全く期待はしていなかった。本気で育てるなら1番進路の5班に加えていたぞ」

「なるほど! 何でいきなり2班だったのか今分かりました!」

「魔物を間近で見れば自分の考えが甘かったと気づく。ところがガルウルフと対峙したと聞いて少しは動けるとは思った。それがまさか参加2回目にして自らトランサイトを生産して戦うとはな」

「あの時はトランサスと思ってましたよ」

「お前の魔力操作ならトランサスでも十分戦えただろう」


 まあ共鳴率を上げれば通じていたかな。


 そんなことを話していると馬車はベルソワ検問所へ差し掛かる。


「おっ、ラウルが騎士とやりとりをしているぞ、ちゃんとできるじゃないか」

「貴族家の御者になるなら検問官に顔を覚えてもらうことだ。今後またノルデン家が町に出る時、なるべくラウルに御者を任せる。まあ当面は隣りにウチの御者を乗せてやるがな」

「すまんな」


 もうそうやって無理やり経験を積ませるしかないね。頑張れラウル。

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