第191話 感知と隠密の訓練
エスメラルダでの昼食を終えてコーネイン商会の工房へ戻る。昼前に到着した便のうち剣14本は終えた。後は槍5本、弓16本、杖9本の計30本、1時間半あれば生産できる。
ギュイイイィィィーーーン
「ふー、休憩します」
「3分休憩も安定してきたね」
「はい」
やろうと思えばもっと縮められるが本数が進むほどキツくなる。従って毎回満タン回復した方が総作業時間は短くなるのだ。ただ残り数本ならペースを上げても支障はない。他事に取り組む時間確保のためには少しでも早く終えたいところ。
弓技があればな。弓16本50分掛かるところを休憩含めても20分で終わる、1日に弓30本とすれば1時間の余裕が生み出せるぞ。これまで生産した武器種の割合は剣4:弓4:杖2:槍1ほどで、今後も剣と弓に需要が偏るだろう。
先に弓を集中して訓練するべきか。ただ解放を狙える実戦へ行くにも、真っすぐ安定して飛ばない現状では難しい。森へ入れる腕前に到達するまでどのくらい日数を要するのだろう。うーん、やはり朝の空き時間程度に止めておくか。生産時間の短縮手段が分かるだけに、もどかしいところではあるが。
「伯爵の方針が決まったようだね」
「え?」
「ほら昨日の夕方来た便、あれは全部コーネイン商会のトランサスだ。剣は昨日終わらせたけど今やってるのがその続きさ」
「あーそうなりますね」
「これ全部プルメルエント騎士団に行くようだよ」
「へー……ん? 凄い数になりませんか」
ここの30本と昨日の剣14本を合わせると44本になる。
「プルメルエントには既に19本配備されているけど数日前に伯爵工房から3本追加されて22本になる。加えて今回の44本、合わせると66本だよ」
「うは、多い。確か一番多いのはゼイルディクで36本だと記憶してますが遥かに超えますね」
「これが昨日の昼の便までの配備実績と予定を合わせた数だよ」
フローラはポケットから紙を机に出す。沢山数字が書かれているが二重取り消し線も多い。
「汚くてすまないね、一番右の数字だけ見ればいい」
ふむふむ。
公爵プルメルエント…22
公爵クレスリン………10
公爵ロガート…………11
侯爵ウィルム…………18
侯爵レリスタット……10
侯爵アルメール………24
侯爵サランシュ………12
伯爵ゼイルディク……36
伯爵カルカリア…………8
伯爵ロムステル………12
伯爵ブレクスタ………17
伯爵エストフォル……12
「お、クレスリンやロガート、そしてサランシュにも行ってたんですね」
「近場を優先するにしても公爵をあまり待たせるワケにはいかない。距離を考えてもクレスリンとロガートまでは配備しないとね」
「じゃあ今後はロガート公爵領より西へ売れますね、そっかだからサランシュ侯爵領にも配備されたんだ」
「そう言うこと。残るはロガートの西に接するアルカトラ侯爵領、モレド侯爵領、オングラン侯爵領だった」
縦に3つ並んでいる地域だね。
「ところが今回、全てプルメルエントに行く、それもかなりの数がね。もちろん公爵領が優先されるのは理解しても既に22本あるところに行くかね」
「その3つの侯爵はちょっと納得できないかも」
「クレスリンやロガートも待たされて10本だ、ちょっと釣り合いが取れないじゃないか。そもそもサンデベール領主たるウィルム騎士団配備がアルメールより少ないのはどういうことだい」
「ほんとだ」
まあアルメールは特殊な位置にあるからね。山脈を越える街道沿いにも城壁があるんだし。いや、それを言ったらクレスリンも同じだ。
「もしかしてゼイルディク伯爵はプルメルエントとアルメールに肩入れしてる」
「特にプルメルエント公爵へ大きく傾いている」
「何ででしょうね」
「何でかね」
「あ、同じ国王派だからでしょうか、アルメールには建国の地もありますし」
「いい読みだね」
「ロガート公爵はどっちなんですか」
「公爵院でも態度をはっきりさせないらしいね」
「公爵院?」
「年に1回国中の公爵が集まる議会さ、毎年6つの公爵が開催場所を順番に受け持っている」
「へー、何月に集まるのですか?」
「11月さ、今年はフォルシアンだよ」
罪人の町か。しかし毎年変わるって最東端のオービドス公爵はクレスリンが会場の年は移動距離約1000kmだぞ。それを馬車なんて何日かかるんだよ。
「国の両端の公爵は年によっては大変ですね」
「それでも他領の様子を実際に見ることは大事だよ。同行する家令や文官も道中の領地で色々と勉強になるし」
「あー、そうですね。ふーん公爵院か、あ、もしかして侯爵院や伯爵院もあるのですか」
「あるよ、侯爵院は4月と10月の2回、国を6つの区域に分けて公爵領で行うんだ、この辺はプルメルエントに集まるね」
流石に国の端までは行かないのか。
「伯爵院は地域によって違うけどサンデベールは3月と9月の2回、ウィルム侯爵の宮殿に集まる」
「ふーん、それにしてもフローラさんはよく知ってますね」
「民管所に各議会の内容が貼り出されてるからね。領主の思惑を想像するのは楽しいよ、ひひひ」
あー、あそこか。領民管理所、略して民管所、領民の移転入や出生・死亡・婚姻なんかを手続きする施設だ。隣りには領地管理所、これも略して地管所と呼ばれていて、城壁や建物、農地や道路を管理している。家令ナタリアは大体地管所にいるそうだ。
クラウスやソフィーナの話では滅多に行かない施設らしいけど、行政広報の末端も担っているなら情報源として有力だ。俺もたまに見に行こう。
「後は杖2本だね」
「はい」
『トランサス合金
定着:3年26日5時間34分
製作:未登録』
やはり未登録か、城でハーゼンバイン武器工房と登録するのだろう。
しかしフローラはどうして騎士団配備を知っているのだろう。ミランダに聞いたのかな。
「配備先は商会長から教えてもらったんですか」
「それもあるけど、ほら、書いてるだろ」
「え、あっ! ほんとだ」
杖の上部、精霊石を据える台座の下に小さくだがプルメルエント騎士団と刻まれていた。近くには何やら記号や数字も見える。管理番号かな。
「最近ここに来る武器は記してあることが多いよ。一般販売は使用者の名前っぽいのが入っているね」
「気づかなかった」
「まあ凝った字体だと模様にも見える。そうだ、クラウスとソフィーナの武器も名前が入っているから見せてもらいなよ」
「あー、そうですね」
鑑定に頼っていると外見で分かる情報すら見落としてしまう。
「あんたのミランデルは展示品だったから入ってないね、シンクライトは名前があると後々面倒だし。まあ今作ってるジルニトラの剣にはちゃんと名前が入るから安心しな」
「おお、それは嬉しいです」
さー、これで最後だ。
ギュイイイィィィーーーン
「ふー、終わりました」
「14時過ぎか、想定より少し早く終わったね」
「今日は用事があるのでここまでです、夕方の便は明日の昼から生産します」
「午前は魔物討伐に行くんだったね、じゃあまた明日」
工房を出て店内で待つ護衛2人と合流する。
「副部隊長から聞いてるよ、行こうか」
「はい、お願いします」
ようやく隠密と感知の訓練だ。さーて、どんなことをするのかな。クラリーサとエマと共に中通りへ、するとそのままエスメラルダに入って行く。
「西区に帰らないの?」
「ここで訓練するんだよ」
「ありゃそうなの」
カウンターで部屋の鍵を受け取り螺旋階段を上がる。2階の客室に入るとソファに座り音漏れ防止結界を施した。
「西区の自宅でも良かったんだけど、ちょいと狭いからね。ここならある程度の広さもあるし人目を気にすることもない」
「そっか、外では住人の目があるし」
「それであんた感知も覚えてるのかい、一体どうなってるんだ」
「はは……」
「まあ詳しいことはいい、私らは伸ばすための訓練担当だからね」
「よろしくお願いします、リオン様」
「こちらこそエマさん」
さあ頑張るぞ。
「じゃあまず感知からだ。聞けば基礎レベル11で鑑定感知レベル6と魔物感知レベル11があるそうだね」
「うん」
「当面の目標は標的感知だ。基礎レベル11で習得可能だから今日覚える可能性もある。同時に傷害感知の訓練も行うけど、基礎レベル21が条件だから習得はまだまだ先の話。それでも基礎レベルの向上が期待できるから一緒にやるよ」
「標的と障害」
感知の派生スキルらしい。
「傷害は身体に直接的な破壊を及ぼすこと。剣で切りかかる。殴る。蹴る。突進する。離れたところから弓や魔法を放つ。石を投げる」
「実力行使だね」
「標的は敵意や殺意を向けること。不自然な注視継続も含まれる」
「注視継続って、監視かな」
「そうだね。見続けるってのは何か目的がある。ただ好意も起因するから、その辺を判別するには訓練が必要だよ」
そっか、好きな人を見るってのも意図した注視だもんな。
「尾行捜査もそれにあたる」
「なるほど。つまりは何らかの強い意思を持って視線を向けられる。それが標的感知の対象になる」
「そういうこと」
「リーサは気配消去が使えるよね。尾行対象が標的感知を持っていても気づかれないの?」
「お互いのレベルによる。同じだと相殺されるらしい」
「へー」
そこでレベルが意味を成すのか。
「それで誰かが襲ってくるだの、睨まれて視線が合うだの、見えてりゃ誰でもわかるだろ。感知スキルってのは視界外でも認識できる能力なんだよ」
「視界外……じゃあ目を閉じても分かるの?」
「もちろんさ」
「へー、凄い」
あれ? そう言えば。
「魔物感知と効果が重複してないかな。発見されて殺意を向けられた時に感知すると商会長は言ってた、襲ってくることも標的にされることも同じに思えるよ」
「魔物は対峙した時の動き予測にも効果がある、次にどっちに跳ぶか、火を吐くかとかさ」
「あー、それも言ってた気がする」
「後は感知範囲が対人よりも広くて魔物種なんかも分かるらしいよ」
「おー」
確かにベルソワでは魔物種判別も出来た。
「ただあくまで有効なのは魔物だけ。対人なら傷害と標的を覚えるしかないね」
この世界では魔物がとても大きな存在だ。専用スキルを設けて対抗する力としたのだろう。
「次は理屈の説明だ。と言っても隠密の気配消去や足音消去が出来ているから理解しやすいだろ」
「確か空気中に満たされた魔素を通じて気配や足音を認識する。隠密とはそれらの伝播を遮断すること」
「その通り。つまり感知は逆に動きや視線を魔素を通じて感じ取ることなのさ」
「だから視界外でも有効なんだ」
「じゃあ実際の訓練に移るとしようか。こっちの椅子に窓を向いて座ってくれるかい」
「うん」
クラリーサは背もたれの無い椅子を窓の近くに置く。俺は言われた通りカーテンが閉められた窓を向いて座った。
「後ろからこれを投げるから頭を振って避けるんだよ」
そう言いながら窓際の机に置かれたメモ用の羊皮紙を丸め、糸でぐるぐる巻きにする。同じものをエマと手分けして作り始めた。
「もちろん黙って投げるけど、服が擦れる音とか僅かな息づかいは耳をすませばまあ聞こえる。それを防ぐために音漏れ防止結界を施すからね」
「えっ」
「それでも気づくのが感知スキルなんだよ」
そうなのか。
「じゃあ始めるよ」
5つの羊皮紙を丸めた玉を持ち俺の後方にクラリーサとエマは姿を消した。
……。
むう、何も感じない。
コン
あっ!
コン
うぐぅ。
コン
ぬぐぐ。
……。
5個全て命中した。大して痛くはないがこの屈辱感は何だ。
「続けるよ」
クラリーサは椅子の近くに散らばった羊皮紙玉を回収し再び姿を消す。
コン
おのれ。
コン
分かんねぇ。
コン
しかしよく外さないな。
コツン
あ、ちょっと速かったぞ。
……。
再びクラリーサは拾いに来る。何だかちょっと楽しそうな様子だ。俺は全く楽しくないぞ。
それからひたすら頭に紙玉を受け続ける。たまに勘で頭を振ってみるが飛んでは来ない。
「休憩としよう」
ソファに座るとエマが紅茶を淹れてくれた。
「これって正しい訓練なの?」
「そうだよ。ところでたまに殺気も送っているんだが」
「もしかして速い紙玉」
「その通り」
「うーん、全然分からない」
「まあ始めたばかりさ、焦ることは無いよ」
とは言え今後も頭に受け続けると思うと憂鬱だ。
「次は立ってみるかい。肩やお尻を狙ってみるよ」
「分かった」
と言いながら背中や脚ばかり狙う。ぐぬう、頭だけの時より情報量が多くて益々分からん。
「紙玉を増やすよ、いちいち拾いに行くのが面倒なんでね」
紙玉は15個になる。そして再び紙玉を全身に受け続けた。
「休憩だ」
ソファに身を沈める。確かにこの訓練は人に見られてはいけない。俺がいじめられているだけじゃないか。
「再開するよ」
「はい」
ポフ
既に感知スキルは習得している、従って封印の開放ではない。ならば足音消去の様に仕組みを理解し行使の感覚を変える。
コン
魔素を伝播する投擲の流れ。
パフ
神の魔物を感じた時を思い出せ。遠い空を見ただけ、そして方向を変えただけ。それだけで常にこちらへ向けた殺意を感じ取った。でも紙玉は常に飛んでいない。
コツン
飛ぶためには投擲者が力を加える必要がある。力を加える。それは筋肉の動き。筋肉が動く、それは魔力の動き、魔力の流れが変わる。それが空気中の魔素と反応する。
ポフ
僅かな魔素の乱れを感じ取るんだ。
……。
動いた!
ストン
避けた! 頭に飛んできた紙玉を避けたぞ!
ポフ
さっきの感覚を思い出せ。僅かな魔素の乱れ……。
来た!
「……あれ?」
後ろを振り返るとクラリーサが結界から出てくる。
「投げる真似だけで投げてないよ」
ぐぬぬ、フェイクか。
「大したもんだよ」
「え、そうなの」
「いいかい、本来投げてから避けるのでは遅い。例えば弓矢が放たれて気づいても間に合わないのさ」
「あー、確かに」
「放つ直前に軸をずらせば修正は難しい。射撃手が今だと思った瞬間に動くのが最良の頃合いだよ」
「そんなの分かるの?」
「分かる。だから今度は紙玉が手から離れる直前に避けてごらんよ」
言われた通り投げるか投げないかの判別に集中する。
……。
む、動いた、いや投げない。
よーしよし。
お、今度は来る!
クイッ
あらら飛んでこない。
ポフ
ぐぬ。
……。
来る、避けろ。
んー、来ない。
……。
「投げ方を変えたよ」
「えっ」
「前までは上から振り下ろすだけ、今は下からや横からも混ぜている」
「それで何か感覚が違ったのか」
「さあ続けるよ」
あー、余計な情報が増えて分からなくなった。
ポフ
くっそう。
パフ
んー、むむ。
コツン
……。
「休もうか」
「はい」
ソファに座る。
「あの、投げるかどうかは分からないけど、動き出しが分かるようになったのは傷害感知を覚えたから?」
「どうだろうね。基礎スキルの感知はレベル11あるんだ、恐らくそれの効果じゃないか」
「あ、基礎スキルも能力の内か」
「もちろんだよ」
確かに測算スキルは派生が無いのに時間が分かる。
「派生スキルは特化した別のスキルだよ、今の感じでは覚えた様子はないね」
「リオン様、まだ始めたばかりです、そう焦ることはありませんよ」
「そうだね」
「まあ投げられ続けるのも気分的に良くないだろ、感知はここまでしておこう」
「……うん」
これを長時間は色々と辛い。
「次は隠密の訓練だ、まず気配消去の効果範囲を計ろうか」
そう言ってクラリーサは居間の壁に向かう。
「ここに立っておくれ」
「うん」
「私が寝室の奥、エマがトイレの前に立って合図をしたら後ろを向くから気配消去を発動するんだよ」
「分かった」
クラリーサとエマは指定場所に散る。
「じゃあ後ろを向くよ」
2人同時に背中を見せる。
気配消去!
「おや、消えたね」
「こっちも見えない」
振り返った2人は俺を認識してないようだ。
「あ、見えたね」
「こっちも確認した」
7秒過ぎて効果が切れたんだね。ここからクラリーサまでは10mほど、エマも同じくらいか。へー、そこそこ有効範囲があるんだな。
「良さそうだね、じゃあ私たちは部屋の外に出るからその間に好きなところに隠れるんだ。1分後にノックして入って来るよ。それで部屋中を探すけど見つからない様に部屋の外に出ておくれ。そしたら脱出成功の合図としてノックを頼むよ」
「だ、脱出? 分かりました」
2人は部屋の外に出る。
あー、早く隠れないと! ひとまず気配消去が切れたときの事を考えて姿自体を隠した方がいいな。扉を入ると8畳ほどの居間、低いテーブルを挟んでソファが2つ、窓際には机と椅子がある。居間の南側は壁、西側が一面窓でカーテンで覆われている。
居間の北側は東からトイレ、風呂、寝室。トイレと風呂には扉がある。よし、扉がある方が入ってしばらくは時間が稼げるぞ。えーっと、風呂にしよう。
俺は風呂へ駆け込んで湯船に入り息をひそめる。
コンコン
来る!
「おやー、いないね」
「どこでしょう」
わざとらしく声を発する2人。む、しまった、足音が聞こえない。これではいつ入って来るか分からん。
ガチャ
扉が開くぞ! 気配消去!
「あららー、いませんねぇ」
エマが浴室へ歩みを進める。
「まさか湯船に入ってるワケないわね」
うぐ、こっちを見るな。あー、7秒過ぎる!
「どこかしら」
後ろを向いた! 今だ、再発動!
「……うーん、やっぱりいない」
そしてエマは浴室を出た。
ふー、なんとか凌ぎ切ったぞ。
しかし困った。エマは出る時に扉を閉めたから不用意に出られないじゃないか。外の音も聞こえないし。ひとまず少し扉を開けて2人の気配を探れるようにしよう。
そーっと、そーっと。
カチャ
よしよし。
「あら? 浴室の扉、ちゃんと閉めたのに」
「おや、少し開いてるよ、おかしいね」
「誰かが開けたのかしら」
「誰だろうね、もしかしたら中にいるんじゃないか」
「調べましょうか」
うわ、やめろ。
と、とと、とにかく気配消去だ。
「うーん、誰もいないね」
「ほんとね」
「じゃあ私は寝室をもう一度見てくるよ」
「私はトイレを確認するわ」
2人は去った。これはチャンス!
今のうちに一気に廊下へ出るぞ!
「あっ」
「リオン発見」
「ずるい」
クラリーサは寝室へは行かず浴室の前で待ち構えていた。
「じゃあまた外に出るから隠れなよ」
「うん」
今度こそ!
浴室は失敗だったな、扉があると2人の動きが分からないから出るタイミングが計れない。同じ理由でトイレも無しだ。となると寝室か。
寝室にはベッドが2つ。窓はカーテンで覆われている。ベッドの下はどうか。気配消去が切れても視界に入らないし、2人の足元が見えるから動きも分かる。よし、そうしよう!
俺はベッドの下に潜り込んだ。
コンコン
「いないねー」
「そうねー」
む、1人こっちに来る。
ドキドキ……。
止まった。
これは!
気配消去をすると同時にしゃがみ込んでこっちを見るクラリーサの顔が見えた。ちょっと笑っている、怖いよ。
スタスタ
彼女は寝室から離れた。
ふー、危なかった。
む、扉を開ける音がする、風呂とトイレを見ているな。ならば、チャンス!
俺は息を殺しベッド下から這い出る。そして足音消去を発動し居間に向かう。
おっと! 今度は入るフリして居間にいる可能性がある、直ぐでてはいけない。
「いないなー」
「こっちもー」
少し声が籠っている、2人は風呂とトイレの中だ!
足音消去を発動し速足でソファの陰に身を転がす。
「今度は私が寝室を見るわね」
「じゃあ私は居間のソファ周りを見ようか」
む、クラリーサがこっちに来る。足音を聞くんだ。
……。
足音がしない!
くっそ、足音消去を使ってるな、これでは動きが分からん!
ええーい、気配消去だ。
ドキドキ……。
来ないな。ソファの陰からそっと顔を出すとトイレに向かうクラリーサの後ろ姿が見えた。
お、いける!
俺は扉まで速足で駆け抜けノブに手を置いた。
「見つけたー」
「ひっ!」
振り返ると凄く嬉しそうなエマの顔。怖いよ。
「もう少しでしたね」
「ぐぬぬ」
「はは、じゃあもう1回だよ」
「ねぇ、リーサ、足音消去はずるいよ」
「賊には隠密持ちだっているんだ! それくらい想定しないと」
「は、はい!」
一体何の訓練なんだこれは。
それから3回脱出は失敗する。あの2回目の扉前まで行ったのが最高到達点だった。
「そろそろ夕方の鐘だね、今日は終わりにするかい」
「うん」
「まとまって時間が取れたらまた同じ訓練をしようか」
「付き合ってくれてありがとう」
「はは、私らもちょっと楽しかったからね、エマ」
「そうですね」
ロビーに下りるとクラウスとソフィーナがいた。
「お、終わったか」
「訓練どうだった?」
「何だかよく分からない疲労だよ」
「はは、そうか」
「慣れるまでは仕方ないわ」
西区へ向かう。
お、よく考えたら両親に協力してもらえば脱出訓練は家でも出来るな。ただ正直、風呂から寝るまではゆっくりしたいところ。まあ今日のところはいいや。
夕食と風呂を済まし居間に座る。
「ウチの馬車を見に行ったぞ」
「あ、今日完成だったね」
「普段は騎士団の馬車と一緒に管理してくれるってさ」
「乗れる日が楽しみ」
ノルデン家の馬車かー。
「さて、明日は8時に搬入口前だ」
「久々の進路だね」
「まあな。ところで昼食時に男爵が話してたミーナの件だが」
「うん、同じGD型だから神の魔物を察知できたんだね」
「俺もその仮説で合ってると思うが、少し不思議な点があってな」
「なに?」
「ミーナの誕生日は10月、だから洗礼はまだでスキルも4属性がレベル1だけのはずだ」
「あ、そっか!」
言われてみれば感知スキル無しで神の魔物を察知してたんだ。
「スキル無いのに不思議だね」
「そうだろ。後はリオンも村を襲ったサラマンダーを察知したんだよな」
「うん」
「でもあれはミーナを狙ってたそうじゃないか」
「そっか、俺への殺意じゃなかった、あれれ?」
「深く考えても理由は分からないがな」
きっと何かしら条件があって合致したんだろうけど。
「さあ寝るか」
ベッドに入りおやすみの挨拶を交わす。まあGD型というよく分かってない波長だ。男爵も同型の騎士や冒険者を調べて集めてくれるそうだし、そこから少しずつ解明されると期待しよう。




