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ミリオンクォータ  作者: 緑ネギ
1章
189/321

第189話 中央区

 コーネイン商会の工房へ護衛2人と共に向かう。高級宿エスメラルダからは直ぐ近くだ。さっきは衝動買いに等しい決断をしてしまったが、新たに多くの知識が手に入ると思うと素直に嬉しい。城で依頼している鉱物、そして今回の魔導具の本が揃えばきっと工房で過ごす時間がより楽しくなる。


 前世で小学生の頃は地図を見るのが好きだったが同じくらい図鑑も好んでいた。動物や魚類、特に好きだったのは恐竜図鑑。一体何がそんなに興味を惹いたのかは分からないが、とにかく見ていると幸せだった。


 中高生でゲームに夢中になっていた頃も設定資料集を買ってきては読み漁っていた。中でもモンスター編は今でもそのイラストがハッキリ思い出せるくらい何度も眺めた。おお、そうだよ、せっかくファンタジー世界に身を置いているんだ、次は魔物図鑑を手に入れよう。


「やあ、来たね」

「ちょっと用事があって、直ぐ取り掛かります」


 生産作業を始める。


「武器が終わったらこっちも頼むよ」

「鍬や斧ですね」


 ミランダの話では試験運用期間を多く取るらしい。


「鍬はヘニングスの農業ギルドへ渡すそうだね」

「カルカリアですか?」

「身内の実家があった地域なんだろ」

「そうですね、少し縁は遠いですが」


 イザベラの実家だ。ソフィーナの兄ランメルトの妻だから血の繋がりは無い。まあでもこっちに来るまでの僅かな期間は世話をしてくれたのだから、その礼だろう。む、いやこれは……そうか、俺がカルカリアで活動する時の足がかりに使うんだな。


 ヘニングスは城のあるテルナトスに隣接しているしバストイアも比較的近い。なるほど、アレリードやメースリックの様に馬車を借りる算段か。試験運用ならそのまま大特価で提供するのもいいだろう、それで大きな貸しができるなら安いものだ。


「ところで村のルーベンス商会が明日出て行くんだが」

「あー、撤退なんですよね」

「そうさ、まあ潰れはしないだろうけど、かなり規模を縮小する話だよ。それで空いた店舗に隣りのスヴァルツ商会が入って、スヴァルツ商会の抜けたところにラウリーン商会が入るのさ」

「ラウリーン凄いですね、こんなゼイルディクの辺境まで支店を出すなんて」

「カルカリアの商会が入るのなんて普通は無理だよ、誰か裏で動いたに決まってる」


 ミランダだな。商売敵でも受け入れる懐の深さ、いや客層が違うから影響は少ないか。それで恩が売れるなら差し引きで得となる算段だろう。


「スヴァルツは店舗面積が一気に広くなる」

「工房もあるんですよね」

「職人に加えて接客要員も増やすんだけど、私の孫が来ることになってね」

「おー、そう言えばスヴァルツ商会で働いてましたよね、ララさんと年が近いとか」

「そうそう、仲良くしてくれるといいんだけど」


 ララとフローラは一緒にいる時間が多くなり仲を深めた。孫も独身だから将来の相手にどうかと前に話してたな。こりゃ呼び寄せたに違いない。ただ、別の商会員同士が交際するのって情報管理的に心配ないのか。まあそれを言ったら誰とも付き合えないが。


「それから例の専門学校の学生、今週中には移住するみたいだね」

「ええと……あー、俺の講師ですか」

「これで私も用済みさ」

「そんなことないです、フローラさんの指導で沢山身につきましたし、今後もその学生と一緒にお願いしたいです」

「まあ鉱物士の仕事もあるからね、今までよりはここに来る頻度は減るさ」


 そっか、本店でトランサス抽出の仕事があるんだよね。あんまり俺に付きっ切りとはいかないか。


「15歳だからあんたとは年も近い、年寄りと話すより楽しいだろ」

「俺は知識と経験が豊富な年配が好みです」

「はっは、つくづく8歳の意見じゃないね……あんた本当は何歳だい?」

「8歳ですよ」

「見た目はね」


 中身は大人! そういやフリッツと2人で話もしばらくしてないな。楽に話せていいんだが彼も忙しくなったようだし。


「おや、武器はそれで終わりかい」

「はい」


 槍5本、弓10本、杖9本、計24本か。


「次は農具を頼むよ」

「分かりました」


 鍬4本、斧2本、木工鋸3本、石切鋸3本か。まあ武器ほど慣れてないから5分休憩で1時間だな。終わるのが15時30分頃だから、そこから隠密や感知の訓練を少しできそう。いや弓でもいいか。


 それから合間に錬成の訓練を挟みつつ農具類の生産を終えた。


「今日は武器が88本だったから全部で100本が終わったね」

「いやー、働きました」

「はは、よく言うよ」

「さて今からどうする? 魔導具でも見るかい、もう少ししたら明日の分が届くから剣くらい終わらせるだろう」

「あー、そうなんですか」


 どうしよう。まあ今日は生産に集中するか、明日の分を前倒しすれば通しで訓練時間も多く取れる。うん、その方が色々と試せていいだろう。ミランダに訓練方針を相談してからと思ったが昼食時に聞きそびれちゃったし。


 さて、魔導具だが。


「これは時計ですよね」

「そうだよ、中を見るかい」

「はい」


 直径40cmほどの円の外周に1から12の数字が並んでおり、中央からは長さの異なる細い棒が3本伸びている。前世でも見慣れたアナログ時計だ。この世界は地球と同じ1秒1分1時間、そして1日24時間、それを示す発想も同じらしい。


 フローラが裏側のカバーを外すと歯車がいくつか重なって見える。地球の機械式時計と構造は近いがカンギ車などの脱進機が見当たらない。となるとクォーツ式? まあ水晶は精霊石があるから入手も加工もし易いだろうが、モーターや電子回路があるとは思えない。


「動力は魔石ですよね」

「そうだよ。魔石から一定量の魔力を送るのが伝導線、その先の準備光に魔力を送れば流れ始めるのさ。これは魔導具なら大抵ある構造と思っていい。その伝導線が時針歯車軸の周りにある金属に繋がっていて12時間で1周させるんだよ、後は歯車を経由して各針を60分で1周、60秒で1周させるんだ」


 ふむ、金属が軸を12時間で1周させているとな。


「この金属部分はどういう仕組みなんですか」

「ええと……錬成スキルに付与ってのがあってね、そう動くように金属に覚えさせるんだってさ。それがどうして軸を回すのかは明かされてないけどね」

「付与!」

「かなり高レベルで習得するから使える錬成士は少ないし、正確な12時間を付与するには高い測算レベルも要求される。加えて金属はレジストロって鉱物が主体の合金なんだけど希少でね。時計が高価なのはそういう理由さ」


 ほー、作れる人も材料も少ないってことか。


「まあ時計が無くたって不便はない。洗礼直後で測算が低くても大体何時何分かくらいは分かるだろ?」

「え、はい」

「これは正確な時間を知りたい時にたまに見る程度さ」


 あー、やっぱり! 測算スキルで時間を把握してたんだ。だから住人は毎朝決まった時間に畑へ出て行けると。こりゃ時計の進化が遅いワケだ、必要ないんだもん。それで錬成の付与か、何だか万能な予感がするけど高レベルかー。


「失礼します! 明日の分が到着しました」


 ララがそう告げて後から木箱の積まれた台車も入って来る。


「来たね、剣をやってしまうかい」

「はい」


 職人も一緒になって机に並べる。16本を一気に終わらせた。


「調子はどうだ」

「商会長、明日の剣まで終わりました」

「そうか、ご苦労。明日も8時に頼んだぞ」


 そう告げるとミランダは足早に工房を後にした。あらら、ちょっと様子を見に来ただけか。


「私も8時にここでいるからね、お疲れさん」


 まだ17時前だけど今日は終わりにするか。


 店内に出て護衛2人と合流し中通りへ出る。この時間に中央区を歩くのも久々だ。おや、あれはケイスじゃないか、近くにいるのは東区の子供かな。一緒に中央区へ遊びに来てたんだろう。


「さっさと来いよケイス」

「待ってよ」

「遅いんだよお前は」

「そんなんで冒険者になれるもんか」

「うっ!」


 あ、小突いた。ケイスがちょっと涙目になってる。


「どうしたんだい」

「知り合いを見かけてね」

「あー、子供かい」


 胸がキュッとする。ケイス、うまく馴染めてないのかな。


「冒険者ギルドでも行ってたんだろ」

「確かに興味ありそうですね」


 ギルドか、しばらく行ってないな。


「ちょっと寄りましょう」


 挨拶がてら魔物素材鑑定でも。


 西区へ続く道を過ぎると武器商会が並ぶ。お、フローラの言ってた通り、ルーベンス商会の店内はまとめられた荷物でいっぱいだ。明日運び出すのだろう。


「これはリオン様!」

「アッケルマンさん」

「私の名前を覚えてくださり光栄です。シンクルニウム合金の調子はいかがですか」

「ええと、凄くいい武器です」

「それは良かった。今後もお世話させていただきたいところですが、残念ながら明日でお別れとなります。保守はスヴァルツ商会が引継ぎますので」

「分かりました」


 あれはもう随分前にシンクライトになって城に保管されてるけどね。


「アッケルマンさんは何処へ行くの?」

「とある商会の外回り営業です、この村へ来ることは無いでしょう」

「そうですか、お元気で」

「はい、お気遣いありがとうございます。リオン様のご健勝をお祈りします」


 アッケルマンは店内へ引っ込んだ。俺が初めて作った武器、それを担当してくれた人はやっぱりちょっと特別な思いがあるな。まあ当の武器は全然使わなかったけど。実質最初はジェラールのトランサスか、ララが持って来たミランデルか。


 ギルドへ到着。


「これはリオン様!」

「こんにちは、アレフ支所長」

「訓練討伐の話は伺っておりません、如何なされましたか」

「ええと……」

「リオーン!」

「え、シーラ!」


 馬車の荷台から降りた見知った顔が声を掛けてきた。


「おお、シーラ、帰ったかい、訓練はどうだった」

「はい、報告します」


 隣りで一緒に報告を聞いていると2班のメンバーは相変わらずの様子だった。


「中に入るけど一緒にどう?」

「あー、うん、行こう」


 前はいつも断ってたからね、いい機会だ。


 掲示スペースに入ると何組かの冒険者パーティーがテーブルで雑談をしていた。


「あら、シーラお帰り」

「グロリア、新しい情報は?」

「あるわよ、ダークマンティス」

「え! どこどこ」


 壁面の少し高い位置に貼り出された魔物情報を祖父ベルンハルトに抱っこされて熱心に見入るシーラ。


「うわー、新種だー、凄ーい」

「どんなの?」

「真っ黒なマンティスだよ、体もひと回り大きくて甲殻も固い……え、鎌の付いた前足が4本!?」


 えげつない新種だな。


「村に出たの?」

「ううん、森の奥だって。倒したのは北部討伐部隊のセドリック副部隊長よ、もちろんトランサイトの伸剣で真っ二つ!」

「流石だね」


 しかしCランク大型でも新種が出ているのか。やはりトランサイトがこれだけ出回ったから反応しているんだな。きっと従来の武器では厳しいけど、トランサイトなら敵じゃない。


 ゴーーーーーン


 夕方の鐘だ。


「じゃあ私口座管理所に寄ってから帰るね、ばいばい」

「うん、またね、シーラ」


 久々に顔が見れてちょっと嬉しかったな。


「西区へ帰るよ」

「うん、リーサ」


 しかしケイスのことが気になる。まずは調べてもらうか。


 西区の搬入口にはクラウスとソフィーナが待っていた。


「商会にいなかったが何処行ってたんだ?」

「ちょっと冒険者ギルドに」

「ほー、そうか」


 カウンターでトレーを受け取り席に座る。


「ねぇ父様、さっき中央区でケイスを見かけたんだけど、何だか東区の子供たちとうまくいっていない様子で」

「まああっちは子供も多いからな、変なヤツも混じっているさ」

「2年前に移住した子たちは町で育っているわ、こことは考え方が違う子もいるでしょう」

「そっか」


 確かケイスは生まれた時から西区だもんね。


「気になるんなら調べさせようか」

「うん、お願い」


 とは言え、もしケイスにとって辛い環境だったとして俺に何が出来るんだろう。次期領主の長男としていじめっ子をとっちめるか。こういう時こそ権力を使えばいい。いや、うーん、謝っても結局はその場しのぎで変わらない気がするな。


 そもそも近所の子だったからと言ってひいきにしていいのか。向こうには向こうの主張もあるはずだ。もしかしてケイスが事の発端を作った可能性もある。あー、あるな、俺がリーダー的なノリが受け入れられなかったと。


 まあ状況を把握してから関与も考えるか。


 夕食後にクラウスはフリッツへ先程の件を告げに行った模様。きっと東区の家令候補と会ってるから調べてもらうんだね。


 風呂を済まして居間に座る。


「そういや父様、サラマンダーの剣はどう?」

「はは、手強いな」

「夕方にずっと訓練してたわね」

「ソフィも弓をやってたじゃないか」

「ふふ」


 新しい武器には興味津々か。やっぱ冒険者だね。


「お前のジルニトラの剣は3週間くらい掛かるって言ってたな」

「あ、忘れてた」

「凡人が扱うには相当苦労するが、お前なら問題ないだろ」

「ええと、そうだね」


 魔法が放てるのは楽しみ。


「そうだ、魔導具の本なんだけど」

「フリッツから聞いたぞ、よさそうじゃないか」

「うん、まあね」

「他に気になったらどんどん買えばいい」

「でもあんまり写本士たちを困らせたらいけないわよ」


 しまった、取り扱い本の一覧を工房に置いて来ちゃったや。まあいいか。


「あの、訓練なんだけど、明日は午後から時間が多く取れそうなんだ、何をしたらいいと思う?」

「そーだな、隠密と感知じゃないか」

「私は弓も進めたらいいと思うわ」

「お、ソフィ、ミランダが訓練討伐の話してたな」

「そうね、えーっと、明後日だったかしら。またミリィから明日案内があるわよ」

「分かった」


 進路に入るのか。確か探知も一緒に訓練するんだったな。


「ところで昼食時に男爵が話してたこと、神の力と信仰心なんだが」

「うん、俺もその仮説は合ってると思う」

「そのクレア教っていう信仰がこの国には主流として広まっているが、他にもいくつか宗教はあるんだよ」

「へー」


 まあ色々あってもおかしくないよね。


「あ、そうか!」

「ミランダの話ではクレア教の他に俺たちが肩入れして勢力拡大を後押しするのも効果があるのではと」

「うんそうだね、そしたら神の力の源を削ることになるかも」

「特にカイゼル王家を信仰する者は多いから狙い目だそうだ」

「あ、別の宗教なんだね」


 へー、王家自体が信仰の対象か。確かにアルメールには神殿があるって言ってた、建国の一族は最早神格化していると。


「いいだろ、王家を崇めるなら体裁としても問題ない」

「うん、でもクレア教の反発があるんじゃない?」

「その辺の力関係がどうなっているのか、調べてみないと分からないんだってさ。ただクレア教は統一暦を作った時に南の国から入って来た異教、元々国内は王家崇拝のみだった。今でもプルメルエントの一部には異教を認めない層がいるから利用価値があるとは言ってたな」


 ほほう、クレアシオン信仰は他の国から来たのか。ただ宗教の争いはロクなことにならない気がするなぁ。でも神の魔物を弱体化できるならやっておきたいところ。穏便に勢力縮小させる方法があればいいけど。


「あれでも、スキルは? 洗礼や祝福は礼拝堂でするんでしょ」

「何でもクレア教が入って来るまでは王家が洗礼をしてたんだと、それをクレア教が奪ったとか何とか王家派の主張らしいが」

「ふーん」

「ミランダも宗教には全く興味がないからとにかく調べるってさ」

「はは、そうなんだ」


 あの人、妙に現実主義だからな。


「さあ寝るか、絵画の対象は疲れたよ、長時間同じ姿勢だったからな」

「ふふ、表情も細かく指定されてたわね」

「どんな絵か楽しみだね!」


 いいじゃん、勇ましい姿を残せるんだし。


 ベッドに入って照明を消す。やっぱり村で過ごす時間は落ち着いてるね。この辺は前世も田舎暮らしだった影響があるのだろうか。この穏やかな日々が続いてくれればいいんだけど。

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― 新着の感想 ―
[一言] スキルを伸ばすなら鑑定偽装のために鑑定と、護身のために隠密や感知を最優先で訓練するのがよさそうだなと思いました。 あとは剣技を1上げればシンクライトの適正に届くので、そのあたりでしょうか。 …
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