第188話 魔力波長
コーネイン商会コルホル支店の工房にてトランサイト生産を続ける。生産後の休憩を5分と見積もっていたが3分でも十分だったので予定より早く全ての生産を終えた。
「それで最後かい、剣12本、槍6本、弓17本、杖13本の計48本を1時間50分で終えたよ、相変わらずとんでもないね」
「慣れましたから」
「城からの追加到着まで時間がある、魔導具を見るかい」
「はい」
テーブルにはいくつか魔導具がある、前回は照明を分解して仕組みを教えてもらったが今回は何にしよう。
「この大きいのは何ですか」
「魔力波長測定器だよ」
「へー」
口座管理所では本人確認時に客側から金属の板しか見えなかったが職員側はこうなっていたのか。幅1mほどの装置にはアナログテスタみたいな目盛と指針がいくつも並んでいる。つまり数値化できると。
「これって分解できますか」
「繊細な部品が多いからちょっと難しいね。外装を取って中を見るだけでいいかい」
「はい」
フローラは慎重に背面カバーを外す。うわ、確かにごちゃごちゃしてる、これは触れない。
「仕組みはどうなっているんですか?」
「ええと……まずは準備光に魔力を送る、すると魔石から準備光に魔力が一定量流れ続ける、この部分を伝導線と呼ぶね。その状態で人間が測定板に手を置くと魔力が伝導線を流れて波長ごとの金属と反応する、そこで指針が振れるってワケさ」
フローラは準備光と言いながら正面の小さな照明を指差した。起動スイッチと電源ランプが一体化したようなものか。これが点灯していると測定可能状態だと。
それで測定版から魔力が伝導線を通って波長ごとの金属に流れる。ふむふむ、伝導線が途中からいくつも枝分かれして目盛の裏側に繋がっている、ここに波長と反応する金属が格納されているのか。
「どうして指針が振れるのですか? 金属反応とは具体的にどういったものですか?」
「ええと……特定の波長を受けると金属の体積が増加する、つまり膨張だね。その金属と、体積変化のない金属と合わせて薄い板を作るのさ。それで片方が膨張すると反り返るだろ、その現象を利用して指針を動かしている」
おお、バイメタルみたいなもんか。
「人間の魔力には波長がいくつもある。それぞれに反応する金属ごとに目盛を用意してるんだよ」
「分かりました。ただ板に手を置くだけで金属の体積を変えるほどの魔力が送られているのですか」
「波長さえ届けばいいから魔力量は少しでいい。実は人間の手からは常にそれなりの魔力が放出していて、それだけで必要量を十分確保できるんだとさ」
「へー、そうなんだ」
自分の手を見ながら頷く。
「その波長で膨張する鉱物がどれも希少でね、加えて別の鉱物と極薄に合わせる高い技術が必要だ。熟練の魔道具士が高価な素材を使って作る、だからこの魔導具は値が張るんだよ」
「じゃあ分解して壊したらマズいですね」
「そういうこと。ちなみに人間の魔力は触れたものにしばらく残るから客が帰った後に毎回測定板を交換しているそうだよ」
「それは手間ですね。あ、測定器に流れた魔力も残りませんか」
「そっちは触ってないから2~3分で消える、だから直ぐに測定結果を控えるのさ」
フローラは全面下部に格納された沢山の小さな板を出す。そこには文字や数字が記されており、まるで幼児用の算数教材みたいだ。
「これを測定結果通りに目盛の下にある隙間に入れ込むんだよ」
「そっか、いちいち書き残すのも手間ですからね」
「ちょっと測ってみるか」
フローラは準備光を点けると測定板に手を置く。おお、指針が一斉に動いた。
「さあ早く並べるんだよ」
「え、えと、この15と16の間に針がある場合はどうするんですか」
「15だよ、次の数字に到達するまでは前の数字で判定する」
「分かりました……どうでしょう」
「いいね合ってるよ」
「自分の波長を覚えてるんですか」
「まあね、ちなみに同じ波長は25億人に1人と言われている」
「うわ!」
「この世界の総人口は知らないけど、まず一致することは無いさ」
だから本人確認として有効なんだな。
「最初の2文字だけ数字じゃないのは意味があるんですか?」
「魔物との相性と言われているね、私はBR型だから鳥系の魔物素材の扱いが一番得意なんだよ」
「へー、じゃあ戦う時は鳥系に深い傷を負わせるのかな」
「そうらしいね」
ほうほう、戦闘に関係するなら知っておくべきだな。
「全部で8つの型があるけどゼイルディクでは4つが94%を占めてるらしい。ええと……内訳はBSが28%、BRが25%、NSが23%、RPが18%だってさ。ああそうだ、治療スキルを使う時に負傷者と型が一致すると効果が上がるんだと、それから波長占いってのも町では流行ってるらしいね」
はは、血液型みたいだな。
「あんたも測ってみるかい」
「はい」
「じゃあ板を交換するよ」
測定値をフローラが控える。
「おやまあGD型かい、かなり珍しいね」
「得意な魔物種は何ですか?」
「不明だよ」
「えー」
「獣系、鳥系、昆虫系、トカゲ系じゃないことは確かだ」
「その4系統の他に何がいるんですか」
「魚系だけどFS型が相性のいい波長だからね、GH型、DH型、GD型は存在自体が希少だから魔物相性の記録も残ってないのさ」
うーむ、よく見かける4系統に得意な魔物がいないなんて、なんだか損した気分だ。いや待てよ、世界の魔物にゴブリンとかの亜人が載ってたな、もしかしてそっちか。
「失礼します、城よりトランサス合金の本日分が届きました」
ララが工房に入り告げる。お、来たね。
職人たちは作業の手を止めて木箱が積み上がった台車を押す。
「剣なら昼の鐘までに全部終わるだろ、並べようか」
「はい、お願いします」
全部で13本、俺は一気に終わらせてソファで休む。回復したら鐘までに他の武器種も3~4本できそうだな。
「これも昨日のと合わせて持って行くか、エリカ手伝っておくれ」
「あいよ」
フローラとエリカは手際よく鑑定と箱詰めを行う。昨日の分とは朝から生産した48本だな、既に馬車に載せているから今作った剣13本も合わせて運ぶのだろう。しかし合計61本だぞ、こんなにトランサイトを運んで本当に道中は大丈夫なのか。
「馬車は店の前で待機してますよね」
「そうだよ」
「沢山の木箱を積み込む様子を見られても心配ないのですか」
「大丈夫だよ。ウチは普段から騎士団配備武器の保守を担っているからね。ええとブレイエム監視所と、フェスク、バーゼル、グレンヘンの駐留所か、それらの武器庫に補修依頼品がある程度溜まったらこっちに運んで来るのさ、もちろん戻すときもまとめて持って行く」
「なるほどー、日常の風景なんですね」
補修工房があるのは騎士貴族商会ではコーネインだけ。そこに武器が集まるのは自然なことか。
「ただ補修依頼は剣や槍と魔物装備ばかりで弓や杖はまず無い。まあ似たような箱に入っているから分かりゃしないよ」
「はは、そうですね」
「この便も偽装するために監視所に立ち寄るよ、用事は無いけどね。それで町に入ってから城までの大通りもトランサイト運搬をする様になってからは保安部隊を増やしている。通るのはメルキース、アーレンツ、エナンデル、そこの領主は事情を知ってるからね」
ルートの安全も確保していると。
「それにさ、表向きは城でトランサイトを生産して受け取るだろ、つまり襲うなら往路より復路だ」
「そっか、行きはトランサス合金だけ」
「まさかその往路に60本もトランサイトが載っているとは思わないってね。もちろん復路は危険性があるけど、私が賊なら保安部隊の多い通りを避けて客への納品時に警備が手薄な道で狙うさ」
確かに、襲う方もリスクを考えれば場所を選ぶか。
「あんたが心配するようなことは周りが先に考えて備えてくれてるよ、心配なさんな」
「はい、分かりました」
それから弓を3本生産したところで昼の鐘が鳴る。
クラウスたちと合流してエスメラルダへ向かう。昼食会場の円卓にはメルキース男爵が待っていた。俺とクラウス、ソフィーナ、ミランダは席に着く。
「父様、フリッツは?」
「村の家令候補たちと中央区の店で食事だ」
ふーん。あ、そうだ。
「男爵、俺の魔力波長はGD型でした。得意な魔物が不明なんですよね」
「ほう、珍しいな。確かに代表的な4系統はどれも対等だが、そなたの能力なら気にするほどではあるまい」
「言われてみればそうですね。あの、屋敷の書庫で見たんですが亜人種が存在したら対象かもしれません」
「あれは記録上の存在だ。考えても見ろ、知能を持った魔物が無限に湧いてくるなぞ我々に勝ち目はない。世界で人間がこれほど勢力を維持していることこそ亜人種が存在しない証ではないか」
教育係のサラディンと同じ様な見解か。ただ世界には未踏の地も多いはず、奥地では確認されていない魔物種が存在するかも。それが亜人種でも何でも俺の波長型が得意な相手だとありがたい。そんな程度に考えておくか。
「ところで神の魔物だが、1回目ワイバーンから11日後、2回目サラマンダーから10日後、そして3回目ガルグイユから9日後に先のベルソワ防衛戦であった。襲来の間隔が1日ずつ早くなっているな」
「となると次は8日後の11日でしょうか」
「この規則性に当てはめるとその日だな。そして11日に来たとしたら次回は7日後の18日、極偉勲章授与式の最終日になる」
ふーむ、何とも分かり易い、これでは奇襲にならんぞ。ただもう接近を感知できるから予め知られても構わないのか。
「とは言え予想の範囲だ、日々の警戒は継続しろミランダ」
「はい」
「それでリオン、前回はあの規模だったが、次回以降は分からぬか」
「今のところ不明です」
「そうか、また不思議な声の知らせがあったら直ぐ教えてくれ」
「はい」
あれから宇宙の声は聞こえていない。うーん、もし前回の規模なら事前に知りたいところだけど、向こうの都合だからな。それで使徒だっけ、そんな役割になれば全て教えてくれる。ただ絶対服従ってのは流石になぁ。
「実は神の魔物について1つ仮説がある、主にその規模に関わることだ」
なんと分かるのか。
「あの強大な魔物は神が操っている。神とは創造神クレアシオン、知っての通り国中にその信仰は広がっており、礼拝堂や神殿なども数多く存在する。この村にあるほどだからな。それで一部の信者が中心となって先月から新たな儀式を行っている」
「新たな儀式ですか?」
「うむ、その神職者の主張ではより神に近づく方法を発見したと。それに肖ろうと多くの信者が集まり1日中神に祈ったそうだ」
1日中って熱心な信者だね。
「神の力の源は人々の信仰心だとワシは考える。つまりその新たな儀式によって多くの力を得た神は先の魔物勢力を操れたのではないか。そして今後またその儀式を行えば、近いうちに前回と同等の魔物勢力が襲来する危険性がある」
おー、確かに信仰心が力はありそうだ。それで儀式で集中的に力を得たのか。
「或いはその力を一度に行使せず規模を抑えて襲来の間隔を縮めるか。はたまた魔物ではなく強力な人間の刺客を向かわせるか、儀式で多くの信者を集めたなら対人戦に優れた者も中にはいるだろうからな。以上がワシの仮説だ、皆の意見を聞こう」
「流石男爵です、俺は合っていると思います」
「俺も父様と同意見です」
「魔物と刺客を同時に襲わせる可能性もあるわ」
「いい考察だノルデン夫人」
うわ、キツイなそれは。
「その儀式は先月のいつどこで行われたんですか?」
「5月28日ウィルム侯爵領トレド南部の神殿だ」
宇宙の声を聞いたのは29日の午後だ、なるほど神が力を得たから翌日直ぐに伝えてくれたと。
「しかし男爵はよくその情報を掴みましたね」
「一度リオンを神職者が襲ってきただろう、それ以降は信仰心の高い者を中心に動きを探らせていたのだ。ただワシが把握している儀式はその1回、別の地域でも行われている可能性があるため、広域の神職者ギルドでも情報を集めているところだ」
「お手数をおかけします」
「大したことは無い。リオンの身の安全のためなら当然の措置だ」
いやー、ありがたい。
「いずれにしろ儀式と神の力はワシの仮説だ、繋がりを結論付けるには事例が少な過ぎる。ひとまずは11日付近を警戒しろ」
今日が7日だから4日後か。スケジュール通りに来るかな。
「父上、昼前に伯爵家から報告を預かりました」
「うむ、申せミランダ」
「昨日のカルカリア伯爵との会談の場において、ゼイルディク伯爵第1夫人アンジェリカ様のお感じになった印象です」
そう言えば同席してたね。
「ビクトル・ノードクイストの名をカルカリア伯爵が聞いた時、僅かに動揺していた。直後に語った真相もやや早口でその話題を早く終わらせたい意思を感じたと」
「ほう」
へー、流石は姉弟、よく見ているね。
「アンジェリカ様は15歳までカルカリアでお育ちになりましたが、その職人の名もバストイアの噂話も昨日が初耳だったと」
「当主のみに代々伝える事柄もある、つまり家の外に出てはならない話だ。夫人がご存じないのも頷ける」
「僅かな動揺はどういった心境の現れでしょう」
「クラウスはどう思う?」
「リオンの夢の内容が真実で伯爵も把握している、もちろん絶対に広まってはいけないので伯爵家に都合のいい話を捏造し隠している。恐らく先代からそう言えと教えられている」
「うむ、ワシも同じ見解だ」
その可能性は高いけど。
「俺の夢が間違っている可能性もあります」
「確かにそうだが、ワシはリオンを信じるぞ。大体、貴族の言うことなぞ疑ってかかるくらいが丁度いい、それも古い年代の話なら如何様にも言えるからな。まあバストイアの調査を続ければ綻びも出るであろう」
「この件はゼイルディク伯爵も全面的に協力されます」
「当然であろう、先の展開を考えればカルカリアの弱みは1つでも多い方がいい。新発明を隠蔽なぞ、王家が最も嫌う行為だ。証拠を掴めばかなりの交渉材料になる」
あー、だからゼイルディク伯爵から聞かせたんだね。ミランダが情報源をどう伝えたか知らないけど、展開によっては大きな貸しを作るかもしれない。しかしゼイルディク伯爵も妻の実家なのに容赦ないな。
「ちょっと気になったのだけど、カルカリア伯爵家は新発明を未だに隠したまま運用しているのかしら」
「ソフィ、俺もそう思った。ただ魔物素材を小さくして運搬なんて独占しているように見えないんだよな」
「クラウスの言う通り、カルカリアの魔物素材の流通、特に大型の素材に関して近隣と比べて突出しているワケではない」
「では職人を抹殺した後に再現できなかったと」
「その可能性が高い」
では俺みたいに職人に依存するタイプの発明か。いや、だったら殺しはしないはず、情報だけで再現できるから……あ、もしかして。
「職人は嫌な予感がして肝心なところを隠していたのでは」
「なるほど、それもあるな」
「では当時の職人仲間が情報を共有していた可能性もある」
「そうか、ノードクイストの最期を知った職人は伯爵に教えたら同様に始末されると、そして誰にも明かさないまま生涯を終えた」
「いや、密かに身内にでも預けているのではないか」
おいおい、随分と飛躍した推理だな。まあ考えるの楽しいけど。
「では職人方面も合わせて探らせればいい」
「男爵、お手数をおかけします」
「構わん、コーネイン魔導具商会の目玉商品になるやもしれんのだ、全力を尽くすぞ、はっはっは」
あー、売る気だ。
「さてリオン、午前には今日も様々な来客があったが写本ギルドの連中も来ていた。先日は伯爵に写本を依頼したそうだが、ギルドなら喜んで受けてくれるぞ」
「おお、それは興味があります!」
「そう言うと思って中央区で待機させている、この後面会するといい」
「はい!」
うひょー、これは楽しみ。何の本がいいかなー。
「俺たちはダンスの訓練だな、フリッツを同席させるか」
「ワシが行こう」
「男爵がお側にいれば安心です」
「父様、予算はどのくらいがいいかな」
「制限はない、何冊でも興味を持ったなら依頼しろ」
「はーい!」
この圧倒的経済力よ。だからこそ色々と売り込みに来るんだよね。
食事を終えてメルキース男爵と共にエスメラルダの一室で写本士ギルドを待つ。音漏れ防止結界の外側にクラリーサとエマが護衛として立っている。
「失礼します!」
2名の男女が向かいのソファに座った。この人が写本士ギルドか。
「私はゼイルディク写本士ギルド長のファイネンと申します。まずはメルキース男爵のご配慮でこの様な席を設けていただき大変感謝いたします。必ずやリオン様の望む本をご案内差し上げ、完璧な仕上がりの元にお届けすることをお誓いいたします」
満面の笑みで言葉を発する50代前半の男性、ギルド長自らが来ていたのね。
「私はゼイルディク写本士ギルド総務部長のトーンデルと申します。どうぞよろしくお願いします」
こちらもニコニコとした40代後半の女性、総務部長なのね。しかし揃って幹部がお出ましとは写本士ギルドって暇なのか。いや業務と言ってもひたすら写本するだけ、上が営業を担当してもおかしくない。
俺も名乗るかな。
「リオン・ノルデン、8歳です。文字は読めるので本の種類は問いません。とにかく情報量の多い本を希望します、専門書でも構いません」
「何と! 8歳にしてその様なご教育を終えられていらっしゃるとは、流石は偉大なるノルデン家のご令息であられます」
「リオンの聡明さは他言するな、本の依頼も含めてな」
「もちろんでございます、男爵。私とトーンデルの心に留めておきます」
そうだね、変に目立つのは避けたいところ。
「では早速、こちらが当ギルドで取り扱っている本の一覧でございます。現物も何冊か用意しておりますので仕上がり見本としてご自由に手にお取りください」
ファイネンは細かく文字の書かれた羊皮紙を、トーンデルは本を数冊机の上に置く。
ふむふむ……ほほう。
「この『魔導具大全』とはどんな内容ですか」
「主にカイゼル王国内に流通している魔導具を記しています。現行のものはもちろん、歴史上に存在した魔導具も全てです。その仕組みや使い方、発明者など、1つ1つ丁寧に解説されています」
「ほー、それはいいですね、じゃあお願いします」
「ええと、ご依頼で構いませんか」
「はい、いつできますか」
「そうですね……外見や仕組みで幾らか絵がありますので3カ月いただければ十分かと」
あー、そっか、絵があると手間だよな。
「それは写本士1人の想定か」
「いいえ男爵、図形が得意な者が1名と文章主体が1名の計2名です」
「ふむ、どうするリオン」
「写本士全員が現在の仕事を止めて分業でこの1冊を仕上げるとして何日ですか」
「……12日ほどかと」
「改行など忠実に再現せず、ページの装飾などを省けばどうですか」
「……6~7日かと」
「ではお願いします」
フリッツを真似してみた。内容が分かればいいからね。
「お言葉ですが、幾らかの上乗せをいただかないとお受けできません」
「具体的には?」
「そうですね……本来200ページの図形ありなら500万ほどですが、全員の手を止めた遅延損害などを加えると1500万となります」
うへ、高いな。
「3倍とはいささか盛り過ぎだろう」
「ですが皆、納期がございまして、そちらを守る上で休日を返上して取り組みます、その手当ですので」
「納期などあってない様なもの、ウチの依頼分は期日を守ったことなぞ一度も無いが」
「その分お値引きいたしております、つまり今回は皆の値引き分もご負担いただく計算でして」
「休日返上で間に合わすのではないか」
「こちらのご依頼を済ませた後に休日を多めに取りますのでその分が遅延いたします」
そう言うことね。
「分かりました、1500万でお願いします」
「ありがとうございます! ではご契約の書面にサインを」
「……はい、書きました」
「前金の750万はいつ頃」
「直ぐに1500万全額振り込みます、口座を教えてください。ああ、家令のフリッツを向けますので後は彼と手続きを」
「承知しました! この一覧は差し上げますので、気になった本はいつでもお申し付けください! もちろん当ギルドは最優先で取り組みます!」
こりゃ完全にカモにされるな。まあいいか。
「あの、くれぐれも写本士の皆様が体調を崩すことが無い様に、こちらは遅れても構いませんから」
「はい、我々も写本士が財産ですので日頃から気を使っております」
「なら安心です」
「では行くかリオン、お前たちはここで待て、フリッツを呼んでくる」
男爵はそう告げて俺と部屋を出る。
「リオンは護衛と工房へ行け、後は任せろ」
「お願いします」
時間を買うと考えれば安いものだ。うまく魔導具を開発できれば余裕で元が取れるし。そのためには情報だ、工房の空き時間を有意義に使うためにも早い方がいい。
しかし200ページが500万とは本って高いなぁ。それを2人で3カ月なら同じ様な仕事を年間受けたとして1人当たり売上1000万か。手取りはどのくらいなんだろう、まあさっきの2人は幹部だから高給だろうけど。
ただギルドがそのまま窓口なんだね、商会は無いのかな。まあ業態が特殊だし、店舗を構える意味はあんまりないか。基本的に金持ちの客へ売り込み営業で仕事を取るなら、ゼイルディクでも事務所兼作業場が1つあれば事足りるな。




