第183話 極偉勲章授与式
エーデルブルク城の客間からクラウスを先頭にバルコニーへ出る。奥行は3mほどだが幅は15m近くあり、身内が全員一列に並べる長さだ。下の広場には少し距離を置いて騎士たちが領民の最前列を監視している。
「兄さん! それにカチュアも」
バルコニーに立つ騎士にエリサが声を掛ける、彼女の兄ウォレンと妻カチュアだ、側には子のライアンとアストリアもいる。もしやと思い反対側に目をやればカチュアの兄アグロヴァルと妻ウェンデル、そして子のシャロンとフローレンスが立っていた。身内の騎士にバルコニーの警備を任せていたのね。
「これより第126回ゼイルディク極偉勲章授与式を開催します、初めにゼイルディク伯爵よりお言葉があります」
若い女性の声が広場に響き渡る、これは間違いなく拡声されたものだ。へー、割とクリアに聞こえるんだな。音の出所はバルコニーの下、そこにスピーカーが設置されているようだ。
「このゼイルディクは皆も知っての通り北側と西側が魔物の棲む森だ。その最前線では日々多くの騎士と冒険者が働き、町の安全と豊かさに寄与している。まずはその功績を称えようではないか」
拍手が巻き起こる。伯爵が手を上げると静まった。
「魔物には様々な種類があるが中でもAランクは突出した脅威だ。その強大な魔物に立ち向かい、見事仕留めた戦果をゼイルディクは最高の栄誉として称えてきた。今日はその輝かしい歴史へ新たに2名が加わる」
やはりAランク討伐が基準なのね。最初に第126回と言ってたから過去にそれだけAランク討伐者がいるってことか。そして年間でまとめてではなく、その都度授与式を催すようだ。
「町を救った英雄の姿をしかと見届けよ!」
歓声が沸き立つ。それが落ち着いたところで楽器の演奏が広場に鳴り響いた、これがゼイルディクの歌か。前奏パートを終えるや否や一斉にバルコニーの下から音の圧力が襲って来る。1番を歌い終えると拍手が巻き起こった。何という盛り上がり、やはり大人数の合唱は一体感がある。
「では授与を行う、ラウニィ・フルネンデイク!」
「はっ!」
伯爵が名前を呼ぶとその向こう側に観衆の注目が集まる。あっちがラウニィ陣営か。なるほど、伯爵を中心として左右に授与者とその家族が待機しているのね。
「彼女は北西部防衛部隊の騎士であり誠に優れた剣の使い手だ。去る5月24日、コルホル街道ベルソワ検問所から北西へ6kmの地点でAランク魔物ガルグイユと交戦する。彼女は一瞬のスキを逃すことなく両腕が凍り付きながらも見事首を切り落とした。その功績を評し極偉勲章を与える」
パチパチパチ……。
拍手の中、ラウニィは伯爵の元へ歩み寄る。バルコニーはずっと向こうまで繋がっているのね。彼女は勲章を受け取ると最初に立っていた位置へ戻った。
「ラウニィは18歳と若いが未婚で婚約者もいない。この強く美しい騎士には貴族含めて多数の縁談が舞い込むであろう。ワシは勲章保持者として相応しい家系に入ることを望んでおる」
なんと、そこまで言及するのか。そりゃ騎士団の未来を考えるとラウニィの子は有望だけど。ただこんな大勢の前で伯爵に宣言されるなんてラウニィの心持ちはどうなんだ。
「ではラウニィ、皆に言葉を伝えよ」
「はい!」
伯爵たちがじゃまでラウニィの姿がよく見えない。見える隙間を探して首を動かしているとふいに視線が高くなった。
「父さん!」
「これで見えるだろ」
なんとクラウスが肩車をしてくれた。いいのかこんな衣装でそんな品の無い事を。でもよく見える。ラウニィは棒の下にしゃがんだ城の者が手で合図を送るとマイクに近づいた。
「ガルグイユの首を落とせたのは同じ防衛部隊の頼もしい騎士が効果的な戦いを繰り広げたからです、決して私1人の力ではありません。そして我々を正しく導いてくださったのは、そちらにおられるミランダ・コーネイン副部隊長であります!」
ラウニィがそう告げながらこちらへ顔を向けると歓声が沸き起こる。ミランダは客間にいたが急いでクラウスの横へ出てきた。その際に紅茶をひっくり返した様だが直ぐに表情を整えて観衆に応える。
「まだ未熟な私をコーネイン商会は特別待遇契約者として迎えてくださいました。そのご期待に応えるべく戦いに挑みましたが、ガルグイユを倒せた一番の要因は言うまでもなくトランサイトです。その様な至高の武器を配備くださったゼイルディク騎士団、そして伯爵に大変感謝いたします」
完璧じゃないか。
「またここまで私を育ててくださった両親、士官学校の皆様、防衛部隊の皆様、本当にありがとうございます。これからも変わらぬご指導をお願いいたします」
パチパチパチ……。
ラウニィ、よくできた子だ。お、近くにエマがいるが号泣してるぞ。まあゼイルディク最高の名誉だからね、加えて立派なスピーチだ。親としてこれ以上ない喜びだろう。
「続いてクラウス・ノルデン!」
「はい!」
返事をして俺を肩から急いで降ろす。
「彼はアーレンツ子爵領コルホルの西区に住み、日々魔物対応と畑管理をしているCランク冒険者だ。去る5月14日、アーレンツのマルシュ、この城から北西10kmと正に市街地の真ん中へAランク魔物サラマンダーが降り立った。彼は保安部隊や居合わせた冒険者と共に死闘を繰り広げ、遂には剣から放たれた斬撃波がサラマンダーの首を落とす。その武勇は極偉勲章に相応しい」
パチパチパチ……。
拍手の中を伯爵に歩み寄る。勲章を受け取るとこちらへ戻って来た。
「このクラウスがトランサイト製法発見の功績により叙爵するのは皆も知っての通り。来年には盛大な式典を経てコルホル周辺の領主となる。そのトランサイトを多く配備した騎士団の手で開拓は一気に進み、このゼイルディクには多大な恵みがもたらされる。皆の豊かな未来は約束されているのだ!」
観衆が湧く。
「クラウス、言葉を届けろ」
「はい!」
使用人がマイクを操作しクラウスに合図を送る。
「確かに俺はサラマンダーに止めを刺したが、そこに至るまで多くの犠牲を伴った。共に戦い命を落とした勇敢な騎士たち、ボスフェルトで散った若き冒険者たち。しかしもう同じ悲劇を繰り返しはしない、再びAランク魔物が襲って来ようとも退ける圧倒的な力を俺たちは手にしたからだ!」
大歓声が沸き起こる。
「俺が製法を発見したトランサイトは武器の革新だ! 1本でも多く最前線に渡ればどんな魔物も恐れることはない! 現に先のベルソワ防衛戦では17体ものAランクを全て切り裂いた! ゼイルディクは絶望的な魔物勢力に勝利したのだ! そしてこれからも勝ち続ける! トランサイトある限り!」
先程より更に大きな歓声が広場を包む。
「クラウス!」
「クラウス!」
「クラウス!」
どこからか名を呼ぶ大合唱が始まり、それにクラウスは拳を突き上げ応えた。自覚の表れか、こんな大勢の前で製法発見と言い切り、加えて観衆を盛り上げる言い回し。もう色々と吹っ切れた印象を受ける。
しばらく続いた合唱も伯爵が手を上げると静まった。
「次に来賓のお言葉がある、カルカリア伯爵!」
伯爵が名を呼び少し下がると、60歳ほどの男性がマイクの近くに進む。
「ワシはベネディクト・レンスタール・アル・カルカリア、本日は盛大な式典を間近で見られ大変満足だ。ラウニィ・フルネンデイク、そしてクラウス・ノルデン、そなたらの功績、ワシからも賞賛いたす」
この人がカルカリア伯爵、ゼイルディク伯爵第1夫人の弟か。
「ゼイルディクの未来は明るい。我がカルカリアも共に発展することを願っておるぞ」
パチパチパチ……。
拍手に見送られカルカリア伯爵は姿を消した。
「そして本日はレリスタット侯爵がこの場にいらしている」
伯爵が告げると50歳くらいの男性がマイクへ近づいた。
「我はクローゼ・グライスナー・マキス・レリスタット、かつてサンデベールと呼ばれた地の領主だ。ノルデン卿も申した先の魔物襲撃、あれほどの規模に打ち勝つとは流石トランサイトの力と言える。無論、我がレリスタット騎士団でも短期間で多大な成果を挙げておる。その生産拠点であるエーデルブルク城は今後も重要な意味を成すであろう」
低くドスの効いた声だな。顔も怖い。この人がレリスタット侯爵か。
「ゼイルディクの民よ! この地の栄華は始まったばかりだ!」
観衆は沸き立ち拍手に包まれる。そして侯爵は姿を消した。
「以上で授与式は終了する、もう一度ラウニィとクラウスに拍手を!」
エナンデル子爵の言葉に再び大きな拍手。それを背に俺たちは客間へ下がった。
「ふーっ」
大きく息を吐いてクラウスはソファに身を沈める。
「父さん、お疲れ」
「立派だったわよ」
「大したのもだ」
「本当に素晴らしい」
彼は労いと賞賛の声を目を閉じたまま受けた。
「昼食までゆっくり休むといい」
子爵はそう告げて客間を出る。
「勲章、見てもいいかな」
「おう」
細かい装飾の施された木箱を開けると、青いリボンのついた銀色の勲章が姿を現す。鑑定するとやはり出来ない、天然の鉱物か。
「俺も構わないか、できれば鑑定をしたいのだが」
「ああいいぞ」
ユリウスが寄って来る。ほう、鉱物鑑定ができるのか。彼は冒険者ギルドで魔物素材の鑑定士だったが他の方面も伸ばしてたんだね。
「……本当に鑑定出来ない。見たところ銀を多く使っているな、これはかなりの価値があるぞ」
「父さん、よく分かるね」
「キースよ、これでも俺は鉱物士の資格もある」
へー、優秀だね。
「クラウス様、失礼します。ラウニィ様がこちらでご挨拶をとの申し出ですがいかがいたしましょう」
「いいぞ、入れてくれ」
使用人はクラウスに確認をとると客間の扉へ向かう。ほどなくラウニィと何人かの騎士が入って来た。
「お休みのところ失礼します」
「見事な観衆への言葉だったぞ」
「クラウス様も素晴らしいお言葉でした。私がこの様な場に来られたのはクラウス様、ソフィーナ様、リオン様のお陰です。大変感謝いたします」
「いやいや、ラウニィの実力があってだ、ガルグイユの討伐は本当に見事だったぞ」
「ありがとうございます、今後とも防衛部隊の騎士としてノルデン家をお守りいたします」
「頼りにしているぞ」
ラウニィたちは去った。
「伯爵は18歳と言っていたな、リーリアと同じ年とは思えんぞ」
「それはどういう意味? ゴードン父さん」
「私の娘と何が違うって?」
「そりゃ、あれだ、リーリアの方が強くて可愛いってことさ、ははは!」
要らんことを言って意味不明な弁解をするゴードン。
「才能があって環境も恵まれていればああなるわよ」
「誰でも似たような口調の騎士よりもリーリアの方がよっぽど魅力的だと思うぞ」
「え?」
「ほう」
「まあ」
「あーいや、深い意味は無いんだ」
独り身のラウルが言うと勘ぐるではないか。ただ32歳と18歳ではちょっと離れすぎだな。
「ところでクラウス、先程の騎士のガルグイユ討伐時は近くにいたのか」
「おおそうだ兄さん、ソフィもリオンもな。それと……あれ? ミランダがいない」
「ちょっと前に出て行ったわよ」
「そうか、まあラウニィも言ってたがミランダ副部隊長の的確な指揮があって討伐に至ったのさ」
「あのお方は先日もAランクを4体倒したと聞く、指揮官としても騎士としても優れているな」
「何度も死にかけてるがな」
おや、噂をすればミランダが戻って来た。フリッツも一緒だ。
「ラウニィが挨拶に来たぞ」
「廊下ですれ違ったがそれが目的だったか。さてフリッツから伝えてくれ」
「うむ、クラウス様の副賞についてだ、ゼイルディク伯爵から1億ディル、カルカリア伯爵から3000万ディル、レリスタット侯爵から7000万ディルが振り込まれる」
「そうか、分かった」
「ちなみにラウニィも同額だ」
副賞ね、よく考えたらあって当然だ。それで来賓からも出ると。まあ手ぶらで来るワケにはいかないか。しかし今、フリッツはクラウス様と言ったぞ、今から主従関係に徹するのね。まあこれだけ身内も揃ったし示しをつける上でも必要か。
そうだ、マイクのこと聞いておこう。
「あの、バルコニーの拡声魔導具について知りたいのですが、説明できる人を呼んでください」
「畏まりました、少々お待ちください」
使用人はバルコニーへ出る。なるほど使用時に操作していた人なら分かるね。今は取り外し作業をしている模様。
「どうした?」
「魔導具に興味があってさ、外に出て話を聞いてもいいよね」
「もちろんだ」
使用人に案内されてバルコニーへ出る。ウォレンたちはまだ警備を続けていた。
「すみません突然」
「いえいえ、私は魔導具係のミルザースと申します、何なりとお聞きくださいリオン様」
「仕組みを教えてください」
「はい、この先端に声を発すると棒を伝って3m先の拡声器から大きくなって聞こえます」
「どうして大きくなるのですか」
「棒の中には空洞がありまして、そこを音が通ると大きくなるのです」
「それは何故ですか?」
「それは、その……」
あら? 分からないのかな。
「専門用語なり交えても構わんぞ」
「あ、フリッツ」
「承知しました、ではお伝えします。まず発した音声を反射させて棒の空洞へ通します。棒の内側はアンプリウム合金で覆われており、音声が通過すると増幅する効果が得られます。そして増幅した音声は再び反射して漏斗状に広がった先端部より拡散します」
「なるほど分かりました」
「!?」
何かに変換せずに声そのものを増幅させていたのか。
「携帯用の拡声器も仕組みは同じですか」
「基本的には同じですが、やや複雑な構造となっています。十分な音声拡大効果を得るには増幅部の距離が最低2m必要でして、故に携帯用は何度も折り返し反射させることにより持ち運べる大きさを実現しています」
「なるほど分かりました、フリッツが言ってた調子悪いってどんな症状?」
「む、よく覚えていたな。あれはたまに声が大きくならなかった。手で叩いたら一時的に機能回復したがな」
はは、調子悪くなると叩く。その発想は異世界でも同じか。
「それは恐らく反射板の角度に歪みが生じているのではないかと。叩いた拍子に角度がたまたま合っただけで繰り返すと全く機能しなくなります」
「よく知っているな。終いに蹴とばしたらバラバラになったぞ」
「……おうふ」
意外と短気な面もあったのね。まあ養成所教官時代の話か。
「あんなものを使わずとも怒鳴ればそれで済む、拡声器を買う金があったら施設の拡充に当てるべきだ」
「高いの?」
「当時で500万ほどだったか、そこそこの武器が買えるぞ」
「うへー」
「アンプリウム合金がとても高価ですので」
「ではこの設備もいい値段ですね」
「はい、一式で700万ほどと聞いてます」
ふーん、けっこうするね。しかしフリッツは500万の備品を蹴とばしたのか。
「お仕事の手を止めてまで対応ありがとうございました」
「滅相もありません、リオン様の理解力に感服いたしました」
客間へ戻る。
今はトランサイトの利益だけで問題ないけど、ジルニトラの腕輪によって将来の優位性が揺らぐ可能性もある。だからメルキース男爵の言う通り、別の収益の柱を早めに確立すれば安心だ。その候補として魔導具は最適と考える。
バストイアの職人の技術はまだ何とも言えないからね。今ある魔導具からヒントを得て新規開発を同時に進めるべきだ。アイデアはいくらでもある、要はこの異世界の技術でどうやって再現するかだ。
マイクとスピーカーなら電話とも思ったが全然違う仕組みだった。そりゃ何か信号に変換して戻してたなら遠距離通話なんて誰しも思い付くからね。そうか、なら音声を変換する鉱物なりあれば可能か。
「何か参考になったか」
「え、うん、まあね」
「拡声器は演劇の場面解説でも使っていたな」
「へー、演劇か」
「ウィルムの劇場に一度見に行ったことがある、英雄の物語だった」
フリッツは色々と見聞きしてるんだね。
「貴族家ならそういった嗜みも必要となる。4~5年前にエナンデルに劇場ができたと聞く。機会があれば行ってみるといい」
「うん、分かった」
今日のゼイルディクの歌もオーケストラ演奏だった。きっと演奏会もその劇場で催しているんだね。そうだ、もし電話が実現出来たら有線放送も可能だ。生演奏を聴く機会のない人たちでも、町に音楽が溢れれば自然と耳に入るだろう。
いいね、魔物襲来などの緊急情報も同時に広域へ伝えることが出来る。鐘の回数よりずっと詳細な情報だぞ。騎士の応援要請も伝令を走らせるより速くて正確だ。やはり電話に相当する魔導具の開発が影響力を考えれば優先するべきか。
インフラを持てば使用料で安泰だし。よーし、じゃあ情報を集めよう。鉱物とその特性一覧とか城の書庫なら絶対あるよ。伯爵は俺に何でも協力してくれるはずだからね。
「昼食の準備が整いました、会場へご案内いたします」
使用人の声に皆次々と立ち上がり客間を出る。お、子爵がいるぞ。
「エナンデル子爵、お願いがあります」
「うむ、何でも申せ」
「城の書庫で本を読みたいのです。鉱物関連を希望します」
「もちろんいいぞ、昼食の後に案内させよう。鉱物関連も豊富に揃っておる」
「ありがとうございます」
うひょ、これは楽しみ。
「あ、いいかな、父さん」
「好きにしたらいい」
「クラウス殿とノルデン夫人は侯爵閣下が会談を希望されている。リオン殿はその中に入ってないため自由だからな」
「うわ、緊張するね」
「父上や私も同席する、案ずることは無い」
やっぱり何か聞いてくるのか。まあ伯爵たちもいるなら大丈夫だな。
昼食会場へ到着すると身内の面々は使用人に案内されて席へ着いた。
ゴーーーーーン
時間ピッタリだ。




