第181話 ノルデン家の口座
メルキース男爵邸宅にて夕食をとる。俺と同じテーブルには従兄弟のディックとカレル、そして今日到着したマルス、ドロシー、カインが座った。マルスたちは祖母の兄の孫だから俺から見れば『はとこ』もしくは『また従兄弟』という関係、6親等だから親族に当たるな。
この世界の基準は分からなけど実際に身内と呼べるのはこの辺りまでだろう。俺は前世で早くに亡くした父親の代わりに法事や葬式に出て行ったが、この祖父母兄妹の家系までが集まる線引きだった。ウチの祖父から分家だったため分かり易かった方ではある。
その身内を自分の敷地内に住まわせるのだから貴族とはかなり特殊な身分だね。
「リオン、俺は明日の夕方から養成所の寮に入ることになったよ」
「へー、新しい環境はちょっと楽しみだね」
カレルは明日からか。
「それでヴァステロースの養成所から何人か来るんだけど、名前聞いたら知ってるヤツばかりでびっくりしたよ」
「おー、それは良かったじゃない」
「寮の部屋も近くなんだってさ」
ミランダの言ってた計らいだな。
「カインはラウリーン中等学校だっけ」
「冒険者コースがあるからね、多分そこへ行くよ」
「俺のねーちゃんディアナも同じだよ、ああでも夏休みが終わったらシャルルロワ学園に行くけど」
「そこは何の学校?」
「貴族学園だよ」
「あー、そっか! ドロシー姉ちゃんも一緒に行ったら? 頭いいんだし」
「私が? うーん、社交はちょっと苦手かな」
まあ独特の雰囲気だからね。
「じゃあ登録士の専門学校?」
「そうね、いくつかあるのは聞いてるから」
「前から気になってたんだけど何を勉強してるの?」
「主に商取引や賃貸ね、人同士の契約よ」
「ふーん、難しそう」
「意味が分かればそうでもないよ」
面倒そうな分野だな。
「貴族家にお仕えする登録士資格持ちなら家令を目指すんだね」
「そうなるわね、マルス兄さん」
「じゃあ人付き合いが上手くできた方がいいよ」
「やっぱりそうよねー」
なるほど家令か。確かに色んな所に出て行くからね。
「兄さんは木工の専門学校へ行くの?」
「うん、近くにあるみたいだからそこへ」
「卒業したらどうするの?」
「屋敷で父さんの手伝いをするよ」
「家具は作らないの?」
「どうかな、色々と設備が必要だし。近くに家具商会があって雇ってくれればいいんだけどね」
設備か。
「木工所を屋敷内に作ればいいよ」
「え、リオン、貴族向けの家具は趣味で作る様な道具じゃダメなんだよ」
「ウチなら本格的な環境を揃えられる、道具でも何でも最高品質を調達できるよ」
「えっと」
「俺が父さんに言うよ、大丈夫、お金の心配は無いから」
「……じゃあ頼みます」
こりゃ完全に金持ちのボンボンだ。
「そうかトランサイト製法発見だもんな、よく知らないけど凄い鉱物なんでしょ」
「めちゃくちゃ凄いぞ、ヴァステロースでは養成所の教官たちは大騒ぎしてた、何もかも根本から変わるって。いいか、俺の共鳴率でもレア度3を超えるんだぞ、ガルウルフなんか余裕で1撃だ。尚且つ剣技適性9だから養成所のみんなが使える」
カレルが興奮気味に割って入って来た。
「へぇ、じゃあみんな強くなるんだね」
「それがとても買える値段じゃない、1本100億って聞いた」
「え!?」
「うわ!」
「そこから1割だか売れただけ入って来る。俺たちの当主が金持ちな理由が分かっただろ」
「凄いわね」
「そりゃ木工所でも何でも作れる」
ほう1割とは当たってるじゃないか。まあプルメルエント公爵が決める偉勲褒賞なら過去の例から予測はつくか。まあ実際の収入は俺の報酬30%が大きいけどね。
「所長の話では既に近隣の騎士団含めて100本近く運用しているらしい」
「100本!? じゃあ1本100億だから1兆、その1割は、ええと1000億、姉ちゃん合ってる?」
「合ってる、計算上は。全然想像できないお金だけど」
所長はよく知ってるね、元騎士団なら情報も集まりやすいのか。そういや騎士団販売分は価格決まったのかな、もう一般にも随分売ったはずだ。
「リオン、いやリオン様、これからもよろしくお願いします」
「今はリオンでいいよ、マルス」
「いや慣れたら急に変えられない、今からリオン様と呼びます」
「そうね、私もリオン様にするわ」
「俺も」
「……やっぱそうだよな」
「カレルは従兄弟だから変えなくていいと思うよ」
「そっか、まあ父さんが兄弟だからな」
俺が15歳までに限れば爵位を預かる順位はマティアスが1位、その子のディックとカレルが他の子と同列とは言えないだろう。マルスたちとはちょっと距離が遠くなるけど身分に沿った付き合い方も貴族家なら仕方ない。
しかし親に言われるまでもなく自発的に変えられるのだな。つまりは貴族をよく分かっている。まあ具体的な収入金額を聞いて改めて気づいた感じだけど。
「何となく家令になれたらと思ってたけど、そんな大金の運用に関わるならもっと勉強しなきゃ」
「メルキース男爵家の家令に聞いたら参考になるよ」
「リオン様の言う通りです、この後聞きます」
「いやまあ今日来たばかりだし環境に慣れるまではゆっくり進めてね。あんまり根詰めると体調崩すよ」
「はい、お気遣いありがとうございます」
ドロシーは優秀そうだから意識して気を抜く方が丁度いい。
「兄ちゃんはホント食べてばっかりだな」
「えー? あー、まあ食事に集中してるからねー。俺は料理と会話を楽しんでいるよ」
「……ふーん」
マルス、ドロシー、カインは今の言葉でディックがどういう人物か察した模様。
「明日は城の昼食が楽しみだね」
「今は夕食に集中するんだカレル、料理に失礼だぞ」
「え、そっか」
謎の説得力があるな。
楽しい夕食の時は終わりに近づく。今夜も懇親会があるとのこと。
「リオン、別室で話がある」
「はい、商会長」
何だろう。まあ今日は色々とあったからね。
「みんな俺は用事があるから懇親会には行けない。多分明日まで顔を合わさないからここでおやすみの挨拶をするよ」
「はい、リオン様」
「明日もよろしくお願いします」
「おやすみなさい」
「また明日な!」
夕食は解散となり俺は別室へ。クラウスとソフィーナもいた。
「何のお話かな」
「口座情報の共有だとよ」
「へー」
「フリッツが昼間に記帳してきたのよ。私たちが村に帰らないから持ってきてくれたの」
「それは手間掛けたね」
明日帰るからその時でもいいのに。急ぎの何かあるのか。
「食後直ぐにすまない」
「いいえ男爵」
メルキース男爵だ、ミランダも続けて入って来る。
「早速だが今日フリッツがノルデン家口座の確認を行った。これがそうだ」
ミランダが机に紙を置く。
「上から順に説明しよう」
5月26日
入 76億
残 76億
ハーゼンバイン家より78本分の報酬
5月26日
入 215億1000万
残 291億1000万
ハーゼンバイン家より7本分の販売利益
5月26日
入 71億7000万
残 362億8000万
ハーゼンバイン家より7本分の偉勲褒賞
「これが口座開設してから最初の金の動きだ。78本分の報酬はリオンが生産時に直接支払われるもの」
「確か1本1億ですよね、この入金との2億の差は4本の試験素材を含んでて1本5000万だからでしたっけ」
「その通りだ。次の7本分の販売利益はリオンの30%、偉勲褒賞はクラウスの10%だ」
「ここまでは準備室で聞いたな」
「ええ、コーネインとロンベルクだけが先行して販売できたのよね」
確か最高値はロンベルクが115億で売ってたな、他も100億前後で。ほんとにこんな金額で売れているのに驚いたのを覚えている。
「次は同じ日に出金した記録だ」
5月26日
出 100万
残 362億7900万
引き出し、ソフィーナ・ノルデン
「覚えてるわ、急な入用に準備室へ保管したのよね」
そういやミランダに貰ったメルキースの地図代をそこから出したな。
「次はトランサイト生産分だ」
5月30日
入 240億
残 602億7900万
ハーゼンバイン家より240本分の報酬
「240本! 俺、そんなに作ってたんですか」
「これは5月23日から5月29日の生産分だ、剣技を覚えてから驚くほど効率が上がったからな。もちろん他の武器種も着実に生産速度が上昇したため当然の実績だ」
「はは、凄いな、もう最初から合わせると300本を超えてるぞ」
それも訓練討伐とか行きながらだもんな。ずっと工房に籠ってたら凄い数になりそう。
「次の2件はトランサイト販売分だ」
5月30日
入 221億7000万
残 824億4900万
ハーゼンバイン家より7本分の販売利益
5月30日
入 73億9000万
残 898億3900万
ハーゼンバイン家より7本分の偉勲褒賞
「最初の7本とほとんど同じだな」
「うむ。その販売商会と価格はこれだ、下から7本が5月30日入金分に当たる」
ミランダが別の紙を出す。
コーネイン 剣 110億
コーネイン 剣 97億
コーネイン 杖 95億
ロンベルク 剣 115億
ロンベルク 剣 98億
ロンベルク 弓 108億
ロンベルク 弓 94億
ロンベルク 剣 99億
ロンベルク 剣 97億
コーネイン 槍 103億
コーネイン 弓 115億
コーネイン 弓 107億
ロンベルク 弓 109億
ロンベルク 弓 109億
「おお、コーネイン頑張ってるじゃないか」
「なんとかロンベルクが売った最高値115億も実現できたぞ。ちなみに当商会の平均販売価格は104億5000万、ロンベルクは103億625万だ」
ミランダはちょっと自慢気な表情。まあコーネインが6本、ロンベルクが8本だからね。向こうも多く売っている割に頑張ってるじゃん。
「次はウィルム侯爵からの入金だ」
5月30日
入 120億
残1018億3900万
ヴァンシュラン家より2本分の報酬他
「これは面談した時に言っていた件だな」
「うん、自分たちの都合で俺の仕事する時間を潰すから埋め合わせに100億、それから侯爵の前で1本と村に家令が来た時にも1本作ったから、その報酬がそれぞれ10億で合わせて120億だね」
「さて次の記録だが」
6月1日
出 18億3900万
残1000億
振り替え、クラウス・ノルデン
「これか、確か準備室の100万だけでは対応しきれない場合に備えて動かしたんだよな」
「うむ。この口座は貴族家専用であり出金はクラウスとソフィーナしか出来ない、フリッツは記帳のみだからな。従ってそのフリッツとコーネイン商会コルホル支店長のキューネル、そしてウチの家令リカルドの3人も引き出し可能な口座へ移動した」
なるほどね、いちいちクラウスとソフィーナが立ち合うのは面倒だ。今日みたいに出てることもあるし。
「村でのエスメルダ食事代、メシュヴィッツとプリシラの宿泊代、ジェイクの姉フレイへの入金、ディアナ関連費用、身内全員の食事と衣装代、村の家へ納品予定の家具代、ノルデン家の馬車調達費用、その他にも細かい出費は移した口座から適宜支払われている」
おお、そういや色々あったね。まあ18億もあれば当面大丈夫か。
「次の項目は金額が大きいからこっちの口座だ」
6月1日
出 260億
残 740億
コーネイン商会へトランサイト武器2本代金
「これも俺が処理したな。納品は2日だったが金額が決まっているので先に全額支払ったんだ」
クラウスとソフィーナの武器だな。1本130億が2本、とんでもないお買い物だ。
「それで次の2項目が本日の取り引き記録となる」
6月5日
入 945億
残1685億
ハーゼンバイン家より30本分の販売利益
6月5日
入 315億
残2000億
ハーゼンバイン家より30本分の偉勲褒賞
「おー30本分ですか、他の商会が頑張ってくれたんですね」
「いや、これは騎士団販売分だ」
と言うことは販売価格が決まったのか。騎士団配備の単価は一般販売の平均価格が適用される、それは騎士団毎の配備数が一般販売の合計と並んだ時点で決まる流れだ。ここまでコーネイン商会とロンベルク商会でそれなりに販売したから数が届いたんだね。
ミランダはまた別の紙を机に出す。
ゼイルディク……36本
カルカリア…………8本(6月5日)104億
ロムステル………12本(6月5日)104億
レリスタット……10本(6月5日)104億
ウィルム…………15本
プルメルエント…19本
ブレクスタ………17本
エストフォル……12本
アルメール………24本
「カルカリア、ロムステル、レリスタットに配備した合計30本が今回の対象だ」
「右側の104億が単価ですか」
「うむ、先程のウチとロンベルク販売分14本の平均価格だ」
「なるほどー、だから14本以内の配備は価格が決まったのですね、それで早速入金してくれたと。あれ? エストフォルは12本ですから単価決定ですよね」
「うむ、104億だ、遠方のためやや入金が遅れている」
そっか、かなり東の地域だったからね。
「エストフォルには城壁が無かったと記憶してますが配備したんですね」
「加えて領主の爵位は伯爵、本来なら隣りのサランシュ侯爵領が先だ、城壁もあるしな。まあゼイルディク伯爵に何か考えがあるのだろう」
ちょっと優遇して機嫌を取る、それが後々の布石なのか。
「この配備実績によると次はウィルムの価格が決まるな」
「あれから売れたのが1本なワケ無いでしょう、プルメルエントやブレクスタの分までは決まると思うわよ」
「加えてお前たちに販売した2本がある」
「お、そうだった」
うは、平均価格が上がるね。
「直ぐに税金70%分を2本とも伯爵の口座に振り込んだから安心しろ」
「はは、104億は超えるな」
「もちろん他の商会も販売している、5月27日の生産分から加わったからな。それでこれが6月2日までの各商会配分だ」
また別の紙をミランダは出す。
エールリヒ…28本
ロンベルク…30本
カロッサ……28本
スヴァルツ…21本
ラウリーン…40本
ブラームス…16本
ルーベンス……3本
ユンカース……3本
ガイスラー……3本
合計 172本
「うは、こんなにあるのかよ」
「これとは別にハーゼンバイン武器工房が36本だ、尤も伯爵生産分はほとんどが騎士団向けだがな。それとウチは5月27日以降生産分から10本を一般向け販売に当てている、うち2本はお前たちの分だ」
「なるほど、じゃあゼイルディク騎士団配備の36本は分からないけど他は早々に決まりそうだな」
「せいぜい安売りされないことを祈ろうか」
まあ高く売れば自分とこの利益も上がるんだし頑張るんじゃないかな。
「しかしこんなに買い手がいるのか、ラウリーンなんか40本もあるぞ」
「皆、恐ろしいほど貯め込んでいる、お前も口座に2000億あるだろう」
「いやまあ、そうだが」
「父上」
「うむ」
ずっと黙っていた男爵がミランダに促され1枚の紙を置く。
「これは……」
「我がコーネイン家の貯えだ」
そこにはびっしりと記録された口座記録があった。
「現在1358億7225万2300ディルだな、この程度の金なら大体の貴族家は持っている。平民でも大手商会経営者なら同等かそれ以上だ。そんなのがこの国には何百といる、買い手に困ることはないぞ」
へー、そんなにいるんだ。
「ただ遠方の客となれば時間と手間もかかる。現実的にゼイルディクから話を持って行けるのは東はロガート公爵領、南はクレスリン公爵領までだろう。ワシの見立てではその範囲に100億の買い手は300いる」
500km圏内か、それが限界だろうな。
「とは言え販売の主体は騎士団だ、一般販売はその価格を決める意味合いが強い」
「あの、ちょっと気になったのですが単価を決める区切りは何本ですか? 今回104億と決まったのは14本の平均値でしょう、カルカリアなら8本、レリスタットなら10本の時点で決まりそうですが」
「それは伯爵側で取り決めがあり販売先の領主にも示している」
ふーん、まあ伯爵も自らの利益に関わるんだ、ちゃんと考えてるか。
「さて、まだ見せるものがある」
男爵は更に1枚紙を置く。うわ、これまたびっしり細かく書いてある。
「……もしかして決算書ですか」
「その通りだリオン、メルキースの2297年分だ」
「凄いですね、こんなに沢山項目があるなんて」
「領地運営をしているのだからな、当然だ」
「こりゃまた……俺にはさっぱりだ」
「私も見てるだけでクラクラするわ」
しかし電子機器もないのに人海戦術でよくここまで把握できるもんだ。
「昨年の税収は約830億、支出は約640億ですか」
「うむ、その差額が男爵家で自由に使える金となる、昨年なら約190億だな。そこから屋敷使用人の給金、馬車や庭園の保持、我々の衣料品や食費などを賄っているのだ。従って貯えに回せるのは半分程度か」
ほー、じゃあ毎年100億前後を貯めていたのね。
「興味があるなら男爵家の会計も見せてやるが」
「いやもう十分です、俺にはさっぱりですから」
「ははは、そうか」
「しかし領地の財政面となれば重要度は高いでしょう、俺たちに見せても構わないのですか」
「我々はノルデン家の資産状況を把握している、それでは不公平だろう」
あー、そういうことか。
「むしろ遅くなってすまなかった。まあ細かいところは分からなくても大体の財政規模が掴めればいい」
「意図は理解できました。配慮を感謝します」
「それでどうだ、メルキースの人口は約4万、城壁があり納税者に冒険者が多い特殊な環境ではあるが、そこの領主ならこんなものだ。ゼイルディクでは他の貴族も似たようなもの、大体貯えも1000億前後だろう」
ふむ、条件も似たようなものだし。そうなるか。
「いいか、我が男爵家は何十年もかけてこの1300億を貯めた。それがどうだ、クラウスの口座には既に2000億ある、1カ月も経たずにだぞ。尚且つ今後も増える一方だ」
「……」
「ゼイルディク伯爵家の貯えでさえ5000~6000億程度であろう、それさえも来月には余裕で越していく。そなたらがどれだけの大貴族になるのか分かったか」
「は、はい」
まあ合ってるな、トランサイト44本の販売利益でこれだもん。あれ、でも。
「男爵、1つ聞きたいのですが、対外的に広まっている収入源は父さんの偉勲褒賞だけですよね、でも実際は俺の販売利益が大きい。コルホルを大規模に開拓するに当たって、その財政規模があまり実態と離れていれば周りに不思議がられませんか」
「ほう、リオンはいいところに気づくな」
カレルでさえ知ってるからね。多く広まっていると見ていいだろう。
「その販売利益30%は伯爵からの開拓補助金との名目でプルメルエント公爵に報告されている。それはいずれ漏れ伝わり誰も不思議には思わなくなるぞ」
「へー、そうなんですか」
「新たに叙爵する者を正しく支援しているか監督するのが公爵の役目だ。偉勲褒賞と合わせてトランサイト売上の40%が渡っていれば文句のつけようがあるまい」
なるほど、いい口実があったもんだ。
「分かりました、お答えありがとうございます」
「皆も補助があるのは薄々気づいている、金額までは分からんがな。さて、遅くなってはいかん、明日の授与式に備えなければな」
「そうですね、来賓も豪華ですし」
「その来賓なのだが、レリスタット侯爵とカルカリア伯爵もお出でになると聞いた。分かっていると思うがこれは異例のことだ」
だろうね、ゼイルディク内輪の式典に他地域の領主が来るんだもん。
「つまり目的は他にある。もちろんゼイルディク伯爵とトランサイト配備について話すだろうが、そなたらとも会談の席を設けるだろう」
「そんな気はしてました、でも何を話すんですか?」
「分からんが、まあ伯爵から指示がある、言っていい事とそうでない事のな。ともあれ臆することは無い、先程の口座を見たであろう、あと1カ月もすればカルカリア伯爵やレリスタット侯爵の貯えをも超えるぞ」
あー、だから今のタイミングで口座の話をしたんだ。身分では相手が上でも財政面は圧倒的にこっちが上だと。確かに実際に数字で把握していれば堂々とできるね。
「さて、口座関係書類はワシが大事に預かっておく、明日帰りに立ち寄った際に渡そう」
「お願いします」
「明日は7時に朝食、場所は夕食の会場だ」
「では失礼します」
「うむ、ゆっくりと休め」
部屋を出る。
「私はミリィと同じ部屋だから行くわね」
「うん、おやすみ母さん」
ミランダとソフィーナはニコニコ談笑しながら通路に消えて行った。
「あの2人仲良さそうだな」
「ほんとだね」
使用人に案内されて客室へ入る。
「さー、風呂を準備するか」
湯を入れながら体を洗う。
「今日もまた色々あったな」
「うん、朝城に行ったのが随分前に感じるよ」
「明日乗り切れば村に帰れるぞ」
「そうだね、でも俺より父さんが大変だよ、主役なんだし」
「あー、まあそうか」
「きっとまた英雄扱いだよ!」
「はは、もう慣れたさ」
風呂を上がってベッドに入る。
「照明消すぞ」
「うん、おやすみ」
やはり疲れていたのか、クラウスの寝息が直ぐに聞こえる。俺もほどなく眠りに落ちた。




